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封印の神殿

 俺は鉄入りの編み上げ靴に履きかえて、魔剣イングリッド、鎖帷子の上に上着とマントだけにして、革鎧レザーアーマーを着る余裕がないまま、家を飛び出し、グーリットの警備連隊で馬を借りようと思ったが、なんと馬は全て出払っていて借りられないと言われた!


「さっき、二頭を貸し出したからな、空きがもうないんだ」


 馬鹿!


 こんな時に!


 仕方なく走っていると、馬車に乗ったヴィンセント卿が声をかけてきた。


「おい、急いでどうした!?」

「あんた! 五十リーグの嫌がらせを許してほしかったら、馬車の馬を貸してくれ!」

「なんだ? 急ぎか?」

「相棒が墳墓に行ったかもしれない。連れ戻しに行く」

「……おい、馬を放せ」


 ヴィンセント卿が馬車から出て、彼の馬車から馬が離される。


「鐙がないが大丈夫か?」

「戦場で慣れてる!」


 馬の背に乗り、北へと駆ける。


 この時、船で見た顔を隠した男がいたが、かまっている余裕がなかった。


 市街地の中を全力で駆けたので、通行人たちから罵声を浴びせられたが、怒鳴り返して突っ走る。


 間違いであってくれ!


 俺の勘違いであってくれ!


 あの書き置きを、彼女が書いたのが朝であるなら、今は昼過ぎ……警備連隊で馬を借りたのがアブダルならば――イングリッドに相談されて、馬を借りることは十分に考えられる。


 二人で、テンペストの神殿に……アブダルには、食い物や水を運んでもらおうと考えた?


 竜の魂に呼び寄せられて、化け物が地下にはいるかもしれないから……戦う可能性があると思い、そうしたのかもしれない。


 アブダルも! 断ってくれよ!


 いや……あいつ、いい奴だから!


 ああ!


 くそ!


 イングリッドを連れて教団支部に行けばよかった!


 急げ!


 急いでくれ!


 全力で走ってくれているのはわかってるけど! もっと急いでほしい!


 頼む!


 間に合え!


 ……馬、二頭が森にいる!


 草を食んでいる!


 三層に降りる階段を使ったな!?


 あの場所! よく覚えていない!


 しかたない!


 俺は馬を停めて、ここで待てと目で伝える。鼻を鳴らした馬が、二頭のもとへとゆるやかに近づくのを眺め、墳墓へと入った。


 三層への階段を探して、時間を無駄にするより知っている道で行くほうが早い。


 下り坂を走り、二層を駆ける。


 暗い……だけど何度も通ったところだ!


 大丈夫。


 わかる……


 二人はどこにいる?


 馬を借りて、ここまで来て……三層から下に降りたとなると、もう六層より地下にいるかもしれない……くそ! 六層の道! もう覚えてねぇぞ!


 走る。


 走る!


 イングリッド!


 馬鹿!


 なんでいつもそうやって!


 俺に黙って一人で行く!?


 あの時も! 俺を部屋から追い出して!


 帝王の間!


 一度、ここで歩く……呼吸を整える。


 焦って、バテるのは駄目だ。


 水……忘れた。


 くそ!


 階段を、転げ落ちないように注意して降りる。


 三層!


 水!


 だけど、これ飲んで大丈夫か?


 ……腹を壊して動けなくなるのは駄目だ。


 四層へ降りる階段……こんな長い階段を造るなよ……。


 四層……石像!


 明るい!


 この部屋が明るい。


 二人は奥だ……。


 奥へと続く通路が、開かれている。


 神殿へと通じる道。


 もうすぐ追いつくはず。


 もうすぐ!


 はぁはぁ……駄目だ。


 歩く……焦るな……深呼吸して……呼吸を整えて……また階段……五層!


 荷物が置いてある!


 ……。


 食料と水……着替えもあるけど靴下だけ……食料はパンだけで水、水筒ひとつだけ? アブダルが急いで用意した……にしては少ないな。


 とにかく、水をもらおう。


 やっと水分補給できた……急ぐ時でも水は必須だ……気をつけないと。それにしても、ここにどうして荷物を置いて……いや、持って素早く移動できるだけの量を携帯して二人で下に降りた?


 どうし……六層に降りる階段のところに、その死体があった。


 女怪ラミアだ……下半身が蛇で、上半身は蜥蜴だが両手は人と同じで、道具を使う。声が女性に似ていることから、この名前がつけられていて、水辺を好み、肉食で人も捕食する。


 イングリッドの魔法で倒されたようだ……風刃波ベントス一発で仕留めているあたり、さすがだと思う。


 後ろから襲われてのかもしれない……それで、アブダルに待機を指示するよりはと、二人で向かった?


 六層……イングリッドは迷うことなく進んでいるはずだ……頼む。


 頼むたのむ!


 どこかで休憩をとっていてくれ!


 俺は、六層へと続く階段を駆け下りた。




-Elliott-




 六層に降りると、荒い鼻息が聞こえた。


 フガフガと鳴らしながら、何かを探しているその相手は、通路の先、曲がり角からヌっと姿を現す。


 天井に頭がつきそうな大柄な化け物は、豚の頭部をもつ亜人種でオークだった。小鬼ゴブリンを捕食するので彼らが森や山に現れると人間側は歓迎するのだが、まるっきり安全というわけでもない。


 性格が荒いとか、凶暴というわけではなく、雄は種として繁殖にものすごい執着をもつので発情すると大変だ。相手がエルフだろうがドワーフだろうが人間だろうが捕まえて交尾したがる……逆に雌はとても大人しいが、その具合がとても素晴らしいと言われていて、ディハーンの母親をおもちゃにした人間がいたように、どうしようもない変態どもは手を出すこともある。


 俺の視界に現れた個体は雄で、フガフガと何かの匂いをたどっている。


 俺を見ていない。


 もしかして、発情していてイングリッドを探しているのか?


 オークが、通路の先へと進む。


 イングリッドがこの神殿にいて、生きているのは間違いない。内部が発光して視界が確保できている現在がそれを証明していた。


 だから、本当の意味で無事であることを確かめたい。


 オークの後を追うと、そいつはとぐろを巻いていた女怪ラミアへと接近していく……。


 おいおい、やめとけ!


 一瞬で、オークと女怪ラミアがもつれあい、戦いが発生した。


 俺は後退して、正しい道順ルートを探す。記憶をたどり、ここはたしか真っ直ぐだったはずだと思いながら歩くと、行き止まりにぶちあたる……。


 くそ!


 道!


 正しい道は!?


 さきほどの二体が、噛みつきあいながら通路でバタバタとしている。


 邪魔だ!


 火炎弾フレイムを発動して、二体を同時に丸焼きにした俺は、燃える死体をよけるように通路の端を歩き、通っていない道を選んだ。


 風景が同じなので、正しいのかどうなのか本当にわからない。


 歩いていると、直進か左折か右折……直進すると、左折になり、また左折になり……交差部へと戻ってきた……右手に燃える死体があるから、元の場所に戻ったと理解できたのは幸運といえる。あれがなければ、さらに迷っていた……。


 本来であれば右折が正しかったと理解し、その道へと進む。


 似たような景色が続く。


 曲がり角……なんだ、この匂い……角の先から?


 のぞいて、匂いの正体がわかり戻しそうになる。


 過去に俺とイングリッドが、ぶっ殺した連中の死体が放置されていて、虫や蛇や化け物に漁られて、残った部位が道を汚していた。


 逃げるように元の場所へと戻り、先へ進む。


 また交差部……たしか、これは左に行くと聖なる騎士団サンクトゥエクェスの兵士たちがいた場所じゃないか? 彼らは二箇所に隠れていて、一か所は先ほどの場所で、もう一か所が……そうだ、思い出してきた。


 この先の交差部は右だ。


 右のはずだ。


 交差部へとあと十メートルほどとなったところで、その交差部の左から右へと通過した化け物に足を止めた。


 ……こっちに気付いてなかった。


 もしかして、イングリッドとアブダルは、あいつと遭遇したから仕方なく二人で進んでいる? というより逃げながら地下へと?


 あいつ……炎魔人ヴァルラグだ。岩石の身体をもつ魔人で、炎を操る。頭部の目や口は空いた穴でしかないが、その穴の闇はとてつもなく濃い。身体は大きくないが岩石なので硬く、隙間からは常に蒸気が噴き出している。おそらく内部の核が熱をもっているからだといわれているが、身体を割った者はおらず確かめられない。


 魔族なのか、悪魔なのか、そもそも生物なのかもわかっていない。


 個体差があり、もっとも凶悪だとされる炎魔人ヴァルラグは東方大陸の大隧道にいると言われているが、あいつがそれクラスでないことを祈りたい……。


 それにしても、どうしてここに炎魔人ヴァルラグが……待てよ? たしかにここは水の力が強い神殿だが、前回、地下から竜がのぼってきた。


 もっと下は、がらりと環境が違うのかもしれない。


 慎重に交差部へと近づき、右へと進む。


 あいつと戦うのであれば、七層と八層だ……いや、九層の穴に落としてやろうか……。


 次の二股は、左ですぐに右に曲がる。


「イングリッド! 追って来てるぞ!」


 アブダルの声!


 馬鹿! 声を出したら!


 二十メートル先の交差部へとさしかかっていた炎魔人ヴァルラグの背が、勢いよく直進を始める。


 急げ!


 二人は七層と八層……滝のところにいる!


 前後で挟み撃ちできないか!?


 走る。


 間に合え!


 まだ戦うなよ?


 わずかな時間が長く感じる!


 イングリッド! アブダル!


 間に合ってくれ!


 六層から七層へと降りる階段を、跳び下りるように走った。


 大量の水が落ちる音が近づく。


 七層!


 いた!


「イングリッド! アブダル!」


 俺は、滝つぼへと下り坂を走る二人へ叫ぶと同時に、炎魔人ヴァルラグへと氷槍バラスをぶつけた。空中に現れた人ほどもある氷柱の先端はとがっていて、それが化け物へと凄まじい速度で命中する。


 岩石の身体を突き破った魔法だが、炎魔人ヴァルラグは痛みを感じないように勢いよく振り向き、火炎弾を呪文の詠唱もせずにぶつけてきた。


 魔封盾スクトゥムで防ぐ。


「エリオット! どうして来た!?」


 イングリッドの問い!


 どうしてだと!?


 あとで引っ叩いてやる!


 炎魔人ヴァルラグが俺へと突進した。


 氷槍バラスを発動させながら横へと動き、角度を変えた敵のさらに側面へと足裁きで回り込む。右手の剣を一閃し、腹部の一部を裂いた後に後退、距離を取りながら再び氷槍バラスを発動させて化け物の動きを牽制した。


 だが攻撃を受けても意に介さない奴は、速度を落とさず突っ込んでくる。奴の拳を屈んで躱し、蹴りをバックステップで避けつつ斬撃をみまう。


 岩でも魔剣イングリッドは斬り裂くが、化け物は関係ないとばかりに体当たりをしてきた。


 まずい!


 両腕を交差して身を守ったが、吹き飛ばされて壁に背を打つ。咄嗟に身体を捻り、追撃の蹴りを躱した。


 奴の蹴りが、岩壁を砕いて穴が空いた。


 横に地面を転がりながら逃れ、地に手で触れて魔法を発動する。


氷華嫋々クアレスマ


 俺の手が触れた地面から扇状に凍気が広がり、冷気が範囲を優しく包む。


 炎魔人ヴァルラグは踏み出した足を動けなくして、凍りついたことを理解できないように両腕をばたつかせた。


 その化け物へと、空中に現れた氷槍バラスが突き刺さる!


 イングリッドの魔法だとわかった。


 彼女の魔法は、ガツン! という音がするほどに強烈な衝撃を化け物に与える。


 しかしそれでも、炎魔人ヴァルラグは止まらなかった。


 奴は自分の胸を貫く氷の槍を引き抜き、両手で砕くと身体の隙間から蒸気を噴出させることで俺の魔法が齎す冷気を無効化させる。そして火炎弾フレイムを俺、二人に向かって連続で撃ち始めた。


 たまらず魔封盾スクトゥムを発動しながら移動する。


 巨大な円筒状の空間を、囲む岩壁に沿って螺旋状に形成された幅四メートルほどの下り坂を滝つぼへと急いだ。下からは上へと二人が駆け上がってきている。


 炎魔人ヴァルラグの右腕が急激な伸びをみせた。そしてそれは、鞭のようにしなると滝を突き破って俺に迫る。


 剣で弾いたが、衝撃でたたらを踏んだ。


 炎魔人ヴァルラグが坂道をくだってくる。


 一歩いっぽが大きく、着地と同時に地面が揺れた。


 魔剣イングリッドをかまえた時、奴が火炎弾フレイムを放ってきた。俺は水幕アクアを発動して、化け物の魔法を防ぐ。


 炎魔人ヴァルラグと対峙する。


 奴の両眼が、赤く染まった。そして、身体から噴き出す蒸気が濃くなり、隙間からはチラチラと炎がのぞき始める。


 肩に手をおかれた。


「すまん」


 アブダルだ。


 肩越しに、彼の隣に緊張した顔のイングリッドを見る。


「お前ら、あとで一発ずついれるけど、まずはこいつを倒す」


 俺の言葉に、アブダルは苦笑した。


イングリッドは俺をチラリと見ると手を伸ばして、俺の右腕にちょんと触れると前を睨む。


 炎魔人ヴァルラグの口が、大きく割れるように開いた。


「ヴォォオオオオオオオオオ!」


 化け物が咆哮する。

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