五月一日
フレデリク・ギュダールの手紙を、グーリットに帰る船で開封する。
封筒からは、純金の指輪と便箋が出てきた。
手紙には、俺への謝罪と、自分が直接的、間接的に関わった事件の全てを公にすることを約束すると書かれている。
そして、俺に両親の墓をたててやってほしいとも記されてあり、封筒の中の指輪はその費用に使ってくれとあった。
俺はその指輪を投げ捨てようかと強く握りしめたが、あの総長は他の馬鹿騎士たちと違って、生きて責任を取ろうとしていると考え、少し……本当に少しだけど、彼のことを認めたいと思う。
俺は手紙を折りたたみ、指輪とともに封筒にいれて、上着の内ポケットにしまった。
気分転換しようと、甲板に出るとアブダルとイングリッドが何やら話しあっている。
「おい、酒、飲まないか?」
俺が二人に声をかけると、アブダルが笑い、イングリッドが頷く。
「わたしはお肉もほしい」
俺は笑みを返して、「了解」と答えた。
三人で、客室へと戻ろうとした時、フードで顔を隠した奴らがこちらを見ていることに気づく。
……襲ってきたら、返り討ちにしてやろう。
だが、彼らは近づいて来ず、ただ監視をしているだけのようだった。
アテナに寄港する前に始末してやろうかとも思ったが、姿をくらましてしまった。
-Elliott-
五月一日早朝、グーリットへ帰還した俺は、真っ先に教団支部を訪ねることにした。イングリッドは寝たいというので家の鍵を渡して別れ、アブダルともそこで別れた。そしてパトレアと二人で支部へと入る。
リュミドラを見舞うと、彼女は随分とまともになっていて、会話が成り立つようになっているが、隙あれば抱きついてくるので、まだ完全回復には至っていないということが理解できた。
ジャンヌに礼を言う。
「ありがとう。随分とよくなったみたいだ」
「あら、じゃあお礼に今晩どう? 身体中を舐め回した後に、包み込んで空になるまで吐き出させてあげるけど?」
「……遠慮しておく」
「残念……あなた、傭兵のくせに奥手ね?」
いや、あんたが異常なんだと思うが……。
教皇聖下はまだ滞在していて――ジャンヌがいるから当然そうなんだが、まさかリュミドラの件でここまでしてくれるとは思っていなかったところもあり、確かめたいこともあって、彼を訪ねると部屋に入れてくれた。
パトレアはヴィクトルと仕事の打ち合わせをしているようで、俺ひとりだ。
「聖なる騎士団にも不手際があったとしても、よくやってくれたよ、クリムゾンディブロ」
「パトレアを寄越してくれてありがとう。助かった」
「いや、こちらが無理を言ったからね……で、君が訪ねてきた理由をあてようか?」
「……どうぞ」
「私は何者か?」
俺は姿勢を正して、教皇聖下以上の存在を前にしているつもりで口を開く。
「仮に、メフィスレスという神使なら、どうか俺たち人間を苦しめないでほしいと頼みたい」
彼は苦笑し、立ち上がると応接間の棚へと近づき、酒を手に席へと戻る。
卓上に置いてあったグラスが二つ、そこに酒を注ぐ彼は、そうしながら口を開いた。
「私は召喚者の頼みをきいているから、これ以上の頼みはきけないんだ」
「……召喚者?」
「この肉体の持ち主だった司祭だよ。エルフじゃないから残念さ……何を頼まれているかは言えない……ただ、究極のことを言えば、君の願いに限りなく近いよ」
「では、どうして聖なる騎士団に手を貸していた?」
「……それが人の世の為になると思ったのだよ……あの時は。しかし、彼らは途中でおかしな方向へと進んでいってしまった……まさか竜王を復活させることを目的にしてしまうなんて……それは手段だというのにね」
「異端とされる信仰を守るために創られた騎士団……神ではなく、竜を崇める人たちを守る騎士団……竜王復活は、彼らを守るためにおこなうこと……つまり、異端……いや、本来の信仰を迫害する情勢へと世の中が変化した時こそ、彼らは役目を全うするべきだった……と?」
「あの時、あるべき信仰は迫害されていたのさ……エルミラ半島は今、自治区だ。だけど、その前はどうだったか、知っているかい?」
「……強制収容所だったとは聞いている」
「そんな優しい単語ではないよ……地獄だ」
メフィスレスは言い、俺に酒を勧める。
口をつけると、香りのあとに甘さがやってきて、見事さに目を見張った。
「表に出ていない歴史は、君たちの世界においてはなかったものとされていく……そうではなかったか? 君はわかるはずだ」
「……知っている」
「何が正しいかなんて、都度、計るしかないし、判断するしかない……ただ、あの時は良いことだと思っておこなったことも、今となれば失敗だった……残念ながら私は人に危害をくわえることはできない……掟で縛られているからね? だからといっては無責任だが、おかしくなっていく彼らを罰することもできなかったわけだ……ネレスの件、関わった際にすぐにわかった……黒幕が何であるかに……そこで、君という存在と出会ったことはまさに天恵だったよ。バルボーザに感謝した」
「……エルミラじゃないんだな?」
「冥界を支配する神レヒト……竜でいうと竜王だ。レヒトは、死者の魂を優しく迎え、次の肉体を選んでやり、送り出す優しい神だ……どんな罪人でも、彼は一度は許し、肉体を与えて反省の機会を与える神だ……だからこそ、彼はエルミラと敵対してしまった……ま、神学の授業でこんなことを言うと批判されてしまうし、この世界ではこんなこと大嘘になるけどね」
彼は脚を組み直し、酒を飲みながら俺をじっと見つめる。
考えていることを、見透かされていると理解した。
「君は、私が邪悪な存在であるなら、竜騎士になってでも倒そうと思っているね?」
「……」
「やめておいたほうがいい。竜になってしまうと、あのエルフが悲しむだろう」
「……」
「彼女は今も、君をなんとか助けたいと考えているはずだ……羨ましいよ。フォーディ族の姫に愛されるなんて」
「……神使でも、羨ましいのか?」
「当たり前だ。彼女ほどのエルフであれば、その身に宿れば完全なる降臨ができるだろう」
「……悪役みたいな顔になったぞ?」
「失礼……私でも妬むことはあるんだよ、クリムゾンディブロ」
彼のグラスが空になったので、ブランデーの瓶を持って注いでやる。
メフィスレスは微笑み、会釈をして酒を飲む。
「あなたのことは信用していいんだな?」
俺の問いに、彼は頷きもせず、否定もせず、ただ酒を飲み干した。
じっと回答を待つ。
神使は、微笑むと口を開いた。
「君を殺すならば、これまで協力をしなかったし、リュミドラの治療もしなかった……違うか?」
「……ああ」
「私は君を介して、過去の過ちを正そうと決めたんだ……ネレスの事件の後にね」
「……」
「クリムゾンディブロ、ありがとう。感謝するよ……これは借りだ」
神使が頭を下げた。
俺はかぶりを払う。
「やめてくれ……逆に怖い。とにかく、リュミドラをよろしく頼む」
「もう少し、時間がかかる……安心しろ、ジャンヌには手を出さないようにちゃんと言ってあるから。彼女をちゃんと治して、借りを返すよ」
苦笑するしかなかった。
-Elliott-
教団支部を出た足で、ギルドに向かう。
金! 金をまだ受け取っていない!
メリッサが俺を見るなり、手招きした。
「どうした?」
「これ、請求書です」
請求書?
ヴィンセント卿からだ。
請求書と手紙を、彼女から渡された。
そこには、隧道の大怪獣を退治した後、化け物の死体を放置したまま報せなかったことを冗談めかして責める内容が記されていて、その処理にかかった費用を請求するとあり、内訳が記されていた。
死肉の運搬、廃棄に一万リーグ。角をミラーノの大学に運搬した費用が一万リーグ。そこで大学が資料として角を買い取った金額が一万九千リーグ……千リーグ払え? いや、特別値引きで五十リーグ……これ、たぶんヴィンセント卿からの冗談めいた抗議だろう。
『兵士たちが悪臭でゲロを吐きまくったせいで隧道は今も臭い。お前のせいだ』
手紙はこう締めくくられている……。
メリッサが苦笑していた。
「とっても臭くて……その死体を食べに来ていた化け物とかいて軍が大変だったみたいなのよね」
「……角、もっと高く買ってくれる先があったら俺が金をもらえていたのかな?」
「誰が欲しがるの?」
「さぁ……記念品としての価値があったりしないか? 俺は知らないけど」
「……どっかの金持ちで酔狂な人を探す手間をかけたら、見つかるかも。やってみたら?」
「いいよ、めんどくさい。五十リーグ払うよ。あと、報酬を受け取る」
「ヌリ、呼んでくる」
こうしてヌリが呼ばれ、五十リーグを払いながら愚痴ると笑われた。
「そういえばさっき、イングリッドとアブダルが来てたぞ」
領収書を書きながら言った彼に、俺は首をかしげた。
彼女は結局、寝ないで出掛けたのか? 腹が減ったのかな?
「二人で飯でも行ったのかな?」
「さぁ……アブダルが報酬を受け取って、彼女は俺を見るなり外に出ちまった」
ヌリが、傷ついたんだぞという顔で言う。
「なんだろう?」
「さぁ? ほい、こっちが報酬の小切手。お前、どうせ銀行行くだろ? 額がでかいからこっちにしておけ」
「ああ」
小切手と領収を受け取り、銀行に寄った。
小切手を差し出し、そのまま入金することを伝えると、係員が奥の偉そうな男を呼ぶ。彼は俺の前へと駆け寄ってきて、ペコリとすると尋ねてきた。
「エリオット様、投資にご興味はございませんか?」
「投資?」
「ええ、エリオット様はただ口座にお金を預けるだけのご様子ですが、うまく運用すればお金を働かせることで収入を得ることができます!」
知ってるよ。
現代人だった頃に、株をやってたから……。
「悪い。そういうのは今はしない。元本が減ると家が買えなくなる」
断りをいれて、金を預けるだけにして帰宅する。
すると、食卓の上に書き置きがあった。
イングリッドの字だ。
二日ほど留守にするけど心配するな。
こう書かれていた……。
二日で、どこに行く?
ふと、俺はあの時の記憶が蘇った。
北方騎士団領国へと乗り込む前、イングリッドが何かを考えていたけど、口にはしなかった時のことだ。
次に、船で話し合っていた二人を思い出す。
……。
イングリッドがアブダルと二人で? おそらく彼女は、彼に荷物持ちを頼んだに違いない。二日で彼と行く場所……。
どうして俺に言わない?
止められると思ったからだ……
ピンときた。
教皇聖下も言っていた。
イングリッドは、俺をなんとか助けたいと考えていると……これはつまり、竜化を止める方法に関してだ。
……二日で往復なら、あそこしかない。




