キールの宿で
パトレアの室を訪ねると、彼女は疲労でまだ万全ではないとわかった。医師から、怪我はないが安静にするようにと言われたことを聞かされている。
「俺たちは北方騎士団に行く。神聖魔法の助けが欲しい……助けてくれないか?」
「もちろんです。すぐに回復できなくてごめんなさい」
「いや、俺たちがお前に頼り過ぎた……カミラが、本当に頑張ってくれたよ」
「……わたし、悔しいです。カミラでいるほうが力が強いのに……どうして彼女はいつも、隠れてしまうんだろうって」
「……」
俺は、カミラとの約束の件に関して、正直に伝える。
「カミラから、パトレアの気持ちを聞いている。俺もお前のことは嫌いどころか好きだと思っているけど……俺は裏切りたくない人がいる」
「わかってます。イングリッドでしょ? 彼女、可愛いもの……大食いだけど」
パトレアがそこで笑い、俺もつられた。
「カミラからは、その……お前とそういうことをと頼まれたけど、俺は頼まれてそういうことをお前とするつもりはなくて……同情とか情けとかそういうもんとも違って――」
「エリオットって傭兵らしくないほど、真面目です」
「……真面目だから、傭兵が続いてるんだよ」
彼女は目の下の隈を、化粧で誤魔化しているとわかった。
パトレアは何度も頷いている。
自分で、納得しているように思えた。
「でも、わたしはいつか、エリオットに襲いかかられるように努力します」
「……今、襲いかかろうか? その照れた顔、かわいいから」
「今は……倒します」
二人で笑う。
パトレアが、笑みのまま口を開いた。
「ごめんなさい。あと二日、待ってください。疲れたところに、月のものもいつのまにか始まってしまって」
「俺たちは急がない。ここまできて、急ぐ必要はない。クェスタで少しのんびりして……美味しいものを食べて……笑って……戦いに行こう」
俺は、拳を彼女へと差し出した。
パトレアが、そこにコツンと拳をぶつけてくれる。
「食べたいものあるか? 買ってこよう」
「……蟹! クェスタ蟹、有名なんです!」
「よし、買ってきて、宿で料理してもらって、皆で食べよう」
「はい!」
部屋から出ようとした時、パトレアが言った。
「貴方に惚れたわたし、男を見る目ありますよね?」
「ああ、間違いなくあるよ」
また二人で、笑った。
-Elliott-
北方騎士団領国は、名前のとおり騎士が支配している軍事国家といえる。現在の主要産業はケシから取れる医薬品の製造と販売で、北方大陸に出回っているケシ薬の五割が北方騎士団領産と言われている。といっても彼の国本国で栽培されているわけではなく、中央大陸の北に浮かぶエルガ諸島を、北方騎士団は植民地として所有しており、そこでケシを栽培して、本国に運んで加工精製梱包した後に出荷されていくのである。
その玄関口として栄えるキールは、多くの船舶が停泊していた。
「ケシ薬は一方で、麻薬としても使われて問題になっています……医薬品としての消費量以上に生産されている現実は、この国が裏事業で麻薬の製造と販売をしていることを示唆していますが、各国は放置しています……半島において、北方騎士団にものを言えるとすれば、都市国家連邦だけでしょうね」
パトレアの言に同意だ。
小舟で埠頭へと使づく俺たちへ、漕ぎ手の男が言う。
「そういうこと、上陸してから口にしたら捕まりますよ」
俺たちは苦笑を返し、埠頭へと縄梯子をつかってあがった。
漕ぎ手に料金を払い、港湾区から市街地の方向へと歩く。
よく晴れて、雲も白く高い。
四月二十七日、午後一時過ぎ。
北方騎士団のキールに入った。
市街地は厳格な雰囲気で、 歩いているだけで緊張する。
北方騎士団の人口は五十万人ほどしかいないが、それは国民がという意味で、彼らの生活をささえる奴隷が大量にいる。帝国の農園が天国に思えるほどの扱いが、この国の奴隷はされていると聞いたことがあるが、あの船の奴隷たちもそうだったに違いないから、俺たちに乗じて反乱を実行したのだろう。
傭兵ギルドで金を引き出そうと思い、建物の中に入ると組合は暇そうだ。
支配人らしい男に声をかけて、エリオット宛に送金されているはずだと伝えると、たしかに伝わっていた。
「ようこそ、クリムゾンディブロ……あんたがここに来たなら、騎士団が報せろと言ってきている。悪いが、そうさせてもらうぞ」
「捕まるのか?」
「さぁ? なにかやったのか?」
「心当たりはいっぱいある」
俺は五万リーグを受け取り、組合建物を出た。
「どうやら、俺が来たら教えろと騎士団から言われていたらしい」
「お前、捕まるのと違うか?」
イングリッドの指摘に、他に考えようがないという顔のアブダルが頷く。
「騎士団が先手をうってきた? にしてはおかしいですね」
パトレアは言う。
俺が騎士団に入国するかどうかなんて、騎士団側は事前に知るはずがなかった。それなのにお達しが出ているということは、今回のことではない理由で、騎士団として俺の入国があった時は報せろとギルドに伝えていたのではないか、と。
「エリオットが、来るかどうかはわからないけど、万が一このキールに来たら教えろ……という意味じゃないでしょうか。仮に、今回の狙い……を防ごうという目的なら、港を封鎖しておくほうが確実です」
「なるほど……」
たしかにそうだ。
となると、ノア・アルキメトスの件が最も確率が高いだろう。
親父の戦死はもう伝わっているかな? であれば、アルキメトス親子の件で、俺は殺人犯的な扱いになっているかもしれない。
「どうする?」
アブダルの問い。
とにかく、いきなり騎士団本部に乗り込むわけにもいかない。
出征式を狙うか、本部に総長がいる時を狙うか、どちらにせよ今日は無理だ。
一軒の宿に入り、アブダルの名前で部屋をふたつ、借りた。
俺と彼、イングリッドとパトレアで一室ずつだ。
「今頃、市内の宿に手配書がまわっているかもな」
部屋に入るとアブダルが言う。
俺は寝台へと歩み寄りながら応えた。
「だろうなぁ……突入してきたら、こいつがエリオットです! てお前を差し出す」
「おいおい、ひどいな」
「助け出してやるから安心してくれ」
「そういう問題じゃない」
二人で笑い、荷物を置いた。そして靴を脱ぎ、靴下を履き替える。船に乗っていたので、濡れていて気持ち悪いのだ。靴の中に手を突っ込み、湿気を確認してうんざりとした。
「乾かさないと駄目だな……」
俺の嘆きに、彼が大きな荷持つ入れの口を開き、靴を出してくれた。ただの革靴で戦闘用ではないが裸足を免れることができる。
彼が、女性陣の替えの靴を手に、隣の部屋へと行く。
靴のサイズはぴったりだった。
彼は戦えない分、こういう地味なところで大活躍してくれている!
報酬、もっと増やしてあげよう。




