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神の使いを倒す

 船が、大きく揺れた。


 波が船体にぶつかる音に、俺の呼吸音も重なる。


 心地よい緊張感で、走りながら睨むヴェリガナールの動きが、スローモーションのように感じた。


 突き出された槍。


 軌道がよく見える!


 躱し、走り、跳躍した。


 右手の魔剣イングリッド


 握りはまさにこれしかないという具合!


 斬撃をみまう。


 神使アンジェルの肩口から、胸まで裂いた一撃で、敵の体勢が大きく乱れる。傷口から光る液体がこぼれ出す。さきほど、薙いだ胴は徐々に再生が進んでいるが、おそらくそれは奴本来のものよりもそうとうに遅いのだと感じる。


 なぜか?


 ヴェリガナールの動揺が、俺への攻撃の単調さとなって表れているからだ。


 このあたりは人間よりも脆いかもしれない。


 すごい力をもっているがゆえの弊害だろうか。


 しかし、厄介なのは物理攻撃ではない。


「きゃぁあああああああ!」


 これ!


 これは卑怯!


 後退して頭を抱え、懸命に自分に落ち着けと言い聞かせる。


 肉体は無事だ! やられたわけじゃない! パニくるな! 


 耳なりがひどい……


「エリオット!」


 イングリッドの声で、後ろに跳ぶ。直後、ヴェリガナールの槍が俺のいた空間を裂いていた。そして魔法の追撃があったが、彼女が防御魔法ディフェンシォで俺を守ってくれる。


 着地して姿勢を整える俺は、イングリッドの魔法が神使アンジェルに襲いかかる光景を見た。いくつも火炎弾フレイムがヴェリガナールに直撃し、奴は魔法で防いだようだが衝撃でたたらをふむと後退する。


「エリオット! 奴は人間の身体に降りた! エルフじゃない! 実力を出すことができない!」


 イングリッドの声!


 そういうことか!


 どんなに強い神使アンジェルでも、憑代がエルフではなく人間だと弱くなるのか!


 俺はまだ頭痛が残る頭を左右にふって、勢いをつけ前に出た。


 剣をかまえ、槍を突きだす神使アンジェルの動きにあわせて、姿勢を低くしためをつくり、甲板を蹴って速度をあげる。


 加速からの一閃で、奴の左腕を切断した!


 翼による突風で吹き飛ばされる。


「人間のくせに!」


 奴が翼を羽ばたかせ、空へと逃げようとしている!?


「行かせるか!」


 イングリッドが素早く魔法を発動した。彼女の前に現れた球体の立体魔法陣が輝き、光の矢が多数、ヴェリガナールに向かって射出される。


 イングリッドはそこで、掴んでいたソーセージをもぐもぐと食べ始めた。


 彼女の魔法で翼を傷つけられた神使アンジェルが、飛び立てず落下する。そこに俺は突進していて、背から甲板に落ちた奴の首を、剣ですくうような軌道で刎ね飛ばした。


 首の切断面から、光る液体が噴出し、飛んだ頭部が海に落ちる。


 勝ったか!?


 だが、首なしの神使アンジェルが槍を一閃した。


 俺は剣で弾くも、衝撃で体勢を崩す。


 奴が風刃波ベントスを使ったのがわかったが、至近距離で反応が遅れた!


 しかし、イングリッドが魔封盾スクトゥムで俺を守ってくれている。


 俺の斬撃が、奴の胸を縦に裂いた。


 早く死ね!


 いや、こいつらは思念体だから死ぬことはない!


 肉体が活動不能なまでにならないと、動きを止めない。


 神使アンジェルの左肩から左腕が生えたが、不気味な棘付きの鞭に似た形状で、先端には食肉草のような牙がついた口が開いた。


 その腕がふるわれて、俺は屈んで躱してしなる腕を剣で斬るも、ゴムのような弾力で刃が通らない。


 距離を取るべく剣をかまえた。


 ヴェリガナールは傷口から光る液体を溢し続けているが、それが再び奴の身体へと吸い寄せられている。


 止まるまで斬ってやる。


 神使アンジェルを睨んだ時、カミラが叫んだ。


終末アポカリプス!」


 ヴェリガナールが、光る柱に包まれる!


「馬鹿な! 馬鹿な! 人間風情が! 嫌だ! これは嫌だぁ! い――」


 神使アンジェルは、光の収縮にあわせて身体を削られて消えていった。


 降り返り、ぐらついたカミラへと駆ける。


 イングリッドが彼女を支えようとしたが、彼女の力では無理で二人が床に倒れ込んだ。


 俺が駆け付け、二人を助け起こした時、カミラが微笑む。


「スケベ、頑張ったな?」

「……お前だよ、それは」


 笑みを見せようとした時、船体に大きなものがぶつかる衝撃でよろめく。


「お……したに……ぞ!」


 隣の船から、ガノッザがなにかを叫んでいた。


 聞き取れない。


 ドン! という衝撃で、俺たちは抱き合って支え合う。


「エリオット! 早くこっちへ! 沈むぞ」


 アブダル!


 俺は状況を確認しないまま、仲間の訴えを信じてカミラを抱えた。


「馬っ鹿! 恥ずいからやめろ」

「跳べないだろ!?」


 甲板を走り、ガノッザ卿の部下二人が奴隷たちを誘導しているところに接近する。彼らは奴隷たちも、敵兵たちにも、隣の船に跳べと誘導していた。


 俺は船の揺れにあわせて、ふたつの船の距離が接近したタイミングでカミラをアブダルめがけて投げる。


「うわぁあああ! 馬鹿やろぉ!」


 カミラの叫び。


 悪い!


 でも、先に言ったら嫌がったろ!?


 アブダルが抱き留め、俺はイングリッドを見る。


「跳べるか?」


 彼女は少し悩み、両手を広げた。


 俺は抱きかかえ、彼女はしがみつく。


 数歩、後退した。


 イングリッドの軽さなら、このまま跳ぼう。


 勢いをつけて、船が接近するタイミングで跳躍する。


 ガノッザ卿がわざと俺にぶつかってくれて、肉の壁となって僚船の甲板を転がることができた。


 ガノッザ卿が苦笑しながら立ち上がる。


「やめとけばよかった……予想よりも痛い」

「はははは!」


 自然と笑った俺は、沈もうとする船を見る。


 巨大なウミヘビが、体当たりをしていた。


 ……海に落ちた人間が、食べられている……。


「すぐに海域を離れるぞ!」


 ガノッザ卿の声に、奴隷たちが歓声をあげ、それぞれに作業へと走り出す。


 一人が、俺の肩を叩いた。


「ありがとう! 操船は俺たちに任せて!」


 別の一人が、俺に笑顔をみせてくれた。


「助かった! 休んでいて!」


 俺は頷き、一気に襲いかかってきた疲労でへたりこむ。


 疲れた……。


 頭を掴まれ、力を込められたがイングリッドの手だと思って抵抗しなかった。


 彼女はペタリを座っていて、俺の頭を自分の膝上へとのせると、顔を覗き込んでくる。


「いつも、守ってくれてありがと……エリオット」

「ああ……それはこっちの台詞だよ。お前がいるから俺は前に走れる」


 疲れて瞼を閉じる。


 唇に触れた柔らかい感触。


 俺は、されるがままに任せた。




-Elliott-




 デーン王国のクェスタへと帰還した。


 ガノッザ卿がエドワード王子とラムズフェール王子に、経緯の説明をおこなうと言って、上陸後に俺たちは別れる。


 カミラはパトレアへと戻り、ラムズフェールが用意してくれていた宿で、医師の診察を受けた。


 俺とイングリッド、アブダルは俺の部屋で、地図を眺めて相談している。


 今後のことだ。


 北方騎士団の総長を放置しない、というものになる。


 これは、両王子には話していない俺だけの気持ちだが、イングリッドは賛成してくれた。そして、アブダルも荷物持ちでついてくると言ってくれている。


 クェスタから、連絡船で北方騎士団領のキールへと渡り、そこで総長を狙うつもりだ。


 アブダルが、意見を述べた。


「近々、バルティア王国支援の為に軍務卿のアジール・レヴァンティンが一軍を率いて出征する。その出征式に姿を見せるはずだ。もぐりこめば、近くまでは行けると思う」

「問題は、どうやって潜り込むかだ」

「変装すればいい。当日は兵士だらけだ。騎士団の軍装で紛れ込めばわからないだろう」


 だが、俺と彼はイングリッドを見た。


「イングリッドは小柄だ……駄目だな」

「……小さくて悪かったな」

「ケチをつけたわけじゃない」


 アブダルがフォローし、冷えた地ビールを杯に注ぐ。イングリッドがチーズを齧りながら地図を眺めていたが、俺へと視線を転じた。


「エリオット、総長を倒してしまうと北方騎士団は混乱する。帝国との戦いにおいては問題じゃないか?」


 お前から、そんなまともな意見が出されるなんて意外だった……。


 彼女は続ける。


「それに、お前は半島全域でお尋ね者になるぞ?」

「……」


 それは、覚悟していたことだ。


 どうして、俺が北方騎士団総長を許せないか……。


 表向きは国家元首だが、裏では非公式の組織を使ってエグいことをしているし、父親を暗殺した疑惑もある。そして彼らは、俺の父さんを騙して利用していた……父さんは帝国打倒のために、聖なる騎士団サンクトゥエクェスに参加していたし、母さんもきっと、父さんのために協力をしていたと思う。


 違うかもしれないけど、確かめようがない今、俺はそう思う。


 こういうことを説明した時、アブダルが真面目な顔で俺の肩を叩いた。


「あんたが今、そうなのはご両親が立派だったからだ」

「アブダル、ありがとう」


 彼はまた俺の肩を叩き、イングリッドを見た。


「イングリッド、彼がこう言っている。手伝おう」


 彼女は地ビールを一気飲みすると、少し考える表情となる。


「どうした?」


 俺の問いに、彼女は優しい笑みとなって俺を見た。


「なんでもない。手伝うよ、相棒」


 俺は笑みを返したが、彼女が嘘をついたとわかっている。


 イングリッドは、何かを心配している。あるいは、何かを決めた。それでも隠したのは、今は言わないと決めたからだろう。


 だから、俺もあえて問い質さなかった。

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