イングリッドとカミラ
騎士がいる船へ乗り込んだ時、砲列甲板で断末魔や絶叫がいくつも発生しているとみて、俺は船尾楼へと急ぐ。見ていないが、奴隷たちが僚艦の反乱に触発されて騒ぎ始め、それを沈めようと兵士たちが武器をふるっているものと思った。
俺の姿に、気付いた敵兵たちが慌てるが、接近して斬撃をあびせ、一人、二人と斬り伏せたところでワっと逃げ出す。
船尾楼へと突っ込み、細い通路を利用して一人ずつ、立ちふさがろうという奴らを斬り殺したところで、その室に入った。
「カミラか!?」
「残念! まだカミラ!」
半裸にされていた彼女を助け起こし、鎖を千切る。彼女は顔をひどく殴られていて、俺は怒りに支配されそうになる自分を懸命に殺す。
「大丈夫か? 待たせた」
「汚くて小さいものを突っ込もうとするから噛みついたり、暴れたりしてた……下で騒ぎが始まって助かった」
顔、ひどく殴られて……俺は彼女を抱き起して立たせる。すると、頬をつねられた。
「いてぇ」
「助けてくれてありがとな。待ってた」
「間に合ってよかった」
俺は彼女を抱きしめ、痣ができて腫れた頬を撫でる。
「おい、パトレアの時にしてやってくれ。急ぐぞ」
「神聖魔法は?」
「使える」
俺は通路へと出て、こちらへと走りながら俺の登場に驚いて兵士に殴打を浴びせ、続く兵士に剣を突き刺し、蹴り飛ばすと奥のドアへと突っ込む。
体当たりをして中に入ると、部屋の奥にイングリッドがいて、騎士が彼女の前に立っていてこちらへと背を向けていた。
彼は肩越しに振り向きながら言う。
「騒がしいぞ」
「アルキメトス! ノアの家族か!?」
叫んだ俺と、驚く彼。
俺は斬撃をみまい、奴の胴体を右肩から左脇まで切断した。
イングリッドの鎖をちぎり、呪具もはずして助け起こす。
「エリオット……お腹すいた……限界」
「船首に行くぞ!」
馬鹿の親父が、再生を始める。
勇者さまか、神使さまの力だろ、どうせ!
カミラが死んだ敵から武器を奪い、通路へと入ってきた敵兵と戦っていた。
「かがめ!」
俺がさけび、彼女がかがむ。
魔剣を投げ、走る。
敵兵の顔を真っ二つにした魔剣は、その後ろの敵の胸に刺さって止まった。
俺は一人めを蹴り飛ばして、二人めの胸から相棒を引き抜き、通路を駆ける。
後ろにカミラが続き、よろよろとイングリッドが走っていた。
甲板には、ガノッザ卿の部下たちが乗り込んでいて、敵兵たちと戦っている。隣の船から、ガノッザ卿が魔法で援護をしているのがわかった。
遅れたイングリッドを待ち、肩に担ぐ。
軽いので余裕!
後方で、その悲鳴があがった。
「キャアアアアアアアアアア!」
あれだ! 神使の悲鳴だ!
頭に直接、くるやつだ!
防ぎようがない。
イングリッドを落とさないよう抱きしめて、耳を塞ぐ。頭痛、不安、耳鳴りに襲われて立ち上がるのが困難になった。
「聖戦!」
カミラが、高度な神聖魔法を一瞬で発動させる。
立ち上がることができた。
走る。
船首楼の倉庫に入ると、そこにやはり食料があった。
サラミ、ソーセージ、燻製、水……野菜はないが仕方ない。
「イングリッド、食い物だ」
「おぉ……ごはん……ごはぁん」
食い物へと近づく彼女は、まるでゾンビみたいだ……。
ともかく回復するまで、俺とカミラでなんとか……カミラも万全じゃない。俺が頑張るしかない!
甲板へと戻り、カミラの前に立つ。
彼女は肩で呼吸をしていた。
「エリオット」
「おう」
「約束しろ」
「なんだ?」
「無事に帰ったら、パトレアを抱いてやれ」
「……お前は嫌じゃないのか?」
「お前なら諦められる」
「……俺、でも他に大事な相手がいる」
「わかってる。それでも、あいつはお前に抱かれたがってる。それで終わりでも、お前がいいらしい」
「……パトレアが、お前にいらんことを言われていないかと気にしていたけど、これだったんだな」
船尾楼が空へと吹き飛び、白く輝く騎士の姿があった。彼の背には翼が生えて、俺たちへと両手を広げて歩み寄ってきている。
「エリオット、約束しろ」
「……約束したら、頑張って支えてくれるか?」
「当たり前だろ。もとから、お前とわたしは相性いいしな」
カミラの笑みに、俺は笑みを返す。
神使となった騎士は、空へと手を伸ばすと、雷が天空から彼へと落ちた。
「主神に背く者ども。死すべし」
奴の手には、光る槍が持たれていた。
-Elliott-
神使、おそらくヴェリガナールだ。
あの馬鹿がペラペラと喋ってくれたおかげで、俺たちはその神使と対峙することができた。
こいつを倒せば、面倒なことはなくなるだろ!
「アルキメトス! 意識はあるか!?」
叫んだが、返答はない。
代わりに、ヴェリガナールが応えた。
「きゃぁあああああああああああ!」
だから卑怯だっつってんだろ! それはよ!
頭を抱えた直後、翼を羽ばたかせた奴のせいで、俺とカミラは後ろへと吹っ飛ばされる。
船首楼の壁へとぶつかり、背中を強打したせいで呼吸困難となった。
「大丈夫ですか!?」
ガノッザ卿の部下達が、声をあげた。
「こっちはいい! 下の奴隷たちを助けろ!」
俺の叫びに、二人は反応する。
呼吸を整えながら立ち上がり、すでに数メートルまで迫っていた神使へと剣をかまえ……るのをやめた俺は、左腕に魔剣をあてて、刃を滑らす。そして、滴る血を刀身にたらした。
魔剣が赤く輝き、キィンという音が耳に届いた。
お前、やっぱりわかって返事をしているんだな?
俺は剣をかまえ、神使を睨んだ。
カミラが神聖魔法を発動する。
「聖戦!」
高度な聖法を連発できるカミアは、聖女としてはパトレアよりも上なんだろう。
身体から疲労がきえ、勇気がわきおこり、高揚感で叫んでいた。
「いくぞぉ!」
俺は魔剣を一閃し勢いをつけ加速すると、奴の槍が突き出されるのを弾き返し、間合いへと入る。
下段から上殿への斬撃で、奴の胴を薙いだ。
「馬鹿な!?」
神使さまが、斬られた自分の身体に驚く。騎士の身体であったものから、光る液体があふれ、切断面の再生が始まらない。
「貴様! 魂喰らいを!」
「知るか! 相棒だ!」
二撃めを奴は跳躍で躱し、翼を羽ばたくことで突風をうんだ。
吹き飛ばされる!
くそ!
船首楼へと背からぶつかった直後、中からイングリッドがソーセージを左手に、剣を右手に現れて、ヴェリガナールを睨んで怒鳴った。
「ふぁべぇてるほひぃふぅるぅしゃい!」
食べてるのにうるさい?
彼女はゴクンと飲み込んで、俺とカミラに微笑む。
「よし、倒すぞ」
お姫さま復活!
彼女はカミラに近づき、彼女の腫れた頬に触れ、身体を撫でる。
カミラの傷が治っていき、痛々しかった痣も消えた。
「ただの大食いじゃなかったんだな?」
「エリオット、パトレアがおかしくなってる」
「……今はカミラだ。あとで話す」
俺が剣をもち、ゆらりと前に進む。船の揺れは強くない。
カミラが俺の後ろに立ち、イングリッドは俺に並んだ。
「ヴェリガナールともあろう者が! 人間に利用されるとは情けない!」
イングリッドの主張に、神使は笑う。
「しかたない。呼び出された者の定めだ。私を呼び出した者は、この者たちの味方をしろと願った。従っているだけだ、エルフ」
「しかしお前たちは、アロセルとエルミラに命じられているだろう! 現世界の情勢に関与してはならないと!」
「エルフ、語るならば後にしろ。主神の敵を罰するのが先だ!」
イングリッドが舌打ちをした。
「こいつ、前から馬鹿だったけど、治ってない」
「倒し方、わかるか?」
イングリッドが苦笑する。
「奴らを倒すことはできない。だが、封じることはできる」
彼女の言葉に、カミラが続く。
「墓に出た奴のように、冥界に落としてやろう」
カミラの言葉に、肩越しに彼女を見ると、俺とイングリッドを交互に見ながら続ける。
「さすがのわたしも時間がかかる。時間を稼いでくれ」
俺は頷いてみせた。
「任せろ。今度も時間をつくってやる。イングリッド、援護を頼む」
「おう、安心して前に出ろ」
頼もしさに深呼吸で応え、直後、俺は走った。




