脱出
俺たちが船に乗せられ、船倉に押し込められる前にわかったのは、イングリッドに協力を求める条件として、俺たちを生かすというものを奴らが使おうとしているからだ。
彼女とカミラ、まだパトレアではないのでカミラとするが、二人は俺たちとは別の船に乗せられている。
あくまでも、イングリッドには俺たちが生きていて、人質の価値があると思わせる必要があるのだ。
それも、キール港につくまで……どういうことだろう?
普通なら、憑代になるまでは利用するものと思うだろうが……。
ガノッザ卿は、腕の怪我もあり無理ができない。
ロープで縛られている俺たちだが、幸い船倉は狭く、お互いの距離は短い。俺はアブダルの背中に右足をあてて、そこに隠してあるナイフを彼にとってもらった。
「そのナイフ、そのまま持っててくれ」
俺はアブダルの背後にまわされて縛られた手に顔を近づけ、ナイフをくわえる。そして彼のロープを切り、それで俺のロープも切ってもらった。
アブダルは斥候の仕事をしていただけあり、ここに連れて来られるまでの船内を覚えていて、教えてくれながらガノッザ卿たちのロープをきる。
「船倉から出て上への階段。そこはケーブルやロープの置き場だ。その奥に帆布が畳んであった……その部屋から上は砲列甲板、横は漕ぎ手たちが繋がれている空間で、おそらく弾薬なども……砲列甲板の上は船尾楼だから、居住区になっているだろう。この船の船長はそこにいる」
小声の彼に、俺も小さく返した。
「逆に、もう一隻のほうも同じ造りだな?」
「多少の違いはあると思うが、同じ型式ならほぼ一緒だろう……漕ぎ手は奴隷で、加速や風がない時に使われるだろうから……戦闘中ではないので繋がれているだけじゃないか?」
「わかった。まず船長を拉致る。それからもう一隻に乗り込む」
アブダルが頷き、ガノッザ卿が解放される。彼は左腕に巻かれた包帯を手で押さえながら口を開いた。
「すまん。部下を手伝わせる」
「いや、ネイサンとオーリエを死なせた男だ、俺は……あんたの部下の命を預かる資格はない」
「そう言うな。皆、覚悟してここにいる」
怪我人二人に、無傷な者二人。
だが、彼らは魔導士ではない。
剣は奪われて、どこかに保管されているが、おそらく船首楼だろう。
「船長を拉致って、武器を取り返してから手伝ってくれ。俺ひとりで乗り込んでくる」
「……回復できたか?」
「魔法三発くらいなら問題ない」
俺はそこでお喋りをとめて、船倉の外に立っているはずの見張りへと声をかけた。
「おい、怪我人が一人、死んだ……死体を出してやってくれ」
ドアが開いた瞬間、ブン殴る!
顔面を殴り、すぐに膝蹴りを腹へ入れた。そして両手で奴の頭を掴み、首をへし折る。
一瞬だ。
見張りを静かに倒し、階段を上にあがる。帆布が置かれている室から、梯子で上にのぼり、そこにいた兵士が驚いて声をあげた瞬間には、手刀で首をつき、腹を殴り、顎を下から上へふりあげる拳で砕いた。
走る。
船尾楼の細い通路を駆け、正面の扉を蹴破る。そして食事をしていた連中へと跳びかかり、一人を蹴り倒し、卓上の熱いスープをばらまいて数人をひるませる。そして突っ込み一人の腰から剣を抜き、身体を回転させながら一閃、二閃と敵を斬った。
あまりのことに慌てる奴らを背後から追い、一人を斬り、蹴り倒す。そして通路へと逃げた兵士を背から突き刺し、その場に殴り倒して別の扉を開ける。
船長らしき男が、航海長と話しこんでいた。
俺は船長へと剣先をつきつけ、航海長を睨む。
「死にたいなら武器を持て。そうでないなら武器を寄越せ」
航海長は、海図の上に短剣を置く。
俺は航海長に、ベッドのシーツを使って船長を縛らせ、猿ぐつわもさせた。そのうえで、航海長に尋ねる。
「俺たちをキール港まで生かす理由はなんだ?」
「……俺は何も」
「航海長なら聞いていないはずがない。あんた、航海長だろ?」
「……」
俺は船長の脚に、剣先を突き立てる。
「ううぅ! ううううう!」
「ほら、痛がっているぞ?」
「わかった。わかったから……そうだ。航海長だ。あんたらを生かす理由は、あのエルフに協力をさせる為だ」
「キール港までで良いという理由はなんだ?」
「……キール港に、催眠術を使うことができる仲間がいる。彼は今回の作戦には参加しておらず、港で待機していた。彼がエルフに催眠をかける」
「……どうして、ミラーノでそれをしない?」
「……北方騎士団領を軽々しく出るような人ではない」
……フレデリクか?
北方騎士団総長の、フレデリク・ギュダール? あるいは限りなくその男に近い奴か?
とにかく、理由はわかった。
キール港に到着する前に、二人を取り戻す。
俺は、船長の首を剣で薙いだ。
「貴様!」
「おい、黙ってろ……お前らには本当にうんざりしてんだ……宗教狂いどもが」
俺は吐き捨て、航海長の首に剣先をピタリとつける。船長の血が、その首に付着した。その感触で、彼はうめいた。
「俺たちの武器は?」
「船首の倉庫だ」
「ありがとさん」
俺は剣を突き刺し、航海長を殺した。
卓上の短剣を取り、船尾楼から甲板へと出る。上陸用の小舟が数層あり、それをしばるロープに足をとられないように注意して船首へと向かう。
途中、でくわした敵兵に遠慮なく剣をみまい、奴らが恋焦がれる神さまのもとへと送ってやった。
船首の倉庫に、装備があった。
俺は鎖帷子を着て、上着をきる。そしてマントをした。皮鎧はあちこちがボロボロで、新しいのを買わないと駄目だとわかる。
剣……相棒がいた。
魔剣を腰ベルトに結ぶ。
すると、キィン……という音が耳に届いた。
喜んでくれているのだろうか?
んなわけないか。
俺は剣を三本掴み、倉庫にあったロープで結ぶ。そして樽に入っていたサラミを一本つかんで、包装されたまま齧り、腹を満たした。包みだけを床へ吐き出し、齧りながら外に出る。
敵兵が、ちょうど倉庫へと来ていて、俺はサラミを投げつけた。
慌てた敵へと一気に迫り、魔剣をふりおろす!
さすがに異変が船内に伝わっていて、あちこちで敵兵の声がし始めた。
俺は船首楼から甲板に出て、下の砲列甲板へと梯子を飛び降りる。
奴隷たちが驚く。
俺は彼らの列を割って走り、一気に船尾の底、船倉を目指した。
怒号が上から聞こえた。
船長が殺されていると、ようやく気付いたようだ。
俺は周囲を見渡し、奴隷たちが俺をじっと見ているとみて問いかけた。
「自由になるか? 逃亡すると追われるかもしれないが俺は元奴隷で、逃げて自由になった。どうする?」
彼らは、手を差し出す。
鎖で繋がれていた。
俺は、順に鎖を魔剣で斬っていく。
彼らの幾人かが、砲身を掃除する細いさく杖を握った。鉄製で、殴る、突く、といった武器に使えるだろう。
手斧がどこかにあったらしく、幾人かがそれで仲間たちを自由にしていく。
「船尾楼を占拠すれば自由になれるぞ。俺は仲間を助けに下に行く」
それだけ言い、船尾を目指す。
あとは、彼らが勝手に暴れてくれるに違いない。
-Elliott-
ガノッザ卿やアブダルたちを救った後、上で大騒動がおきているとあって俺たちはしばらく待機を選んだ。
まきこまれるのは馬鹿らしい。
奴隷たちの歓声があがり、それから俺たちは上へとあがる。
敵兵たちは無残に殺され、降伏して命乞いを始めた者たちも容赦なく殺されている最中だった。
奴隷だった男たちが、俺を見て口々に感謝を言う。
都市国家連邦であれば、奴隷の扱いにも厳しく法で定められているので、彼らのような扱いをされることはないが、一般的には稀だろう。とくにこの船の奴隷は、むち打ちのあとや、暴行のあとが目立つ者が多かった。
クソ騎士たちは、本当に下品な奴らだ。
甲板に出て、僚船を単眼鏡で見ると、こちらの異変に気付いて慌てている様子だ。奴隷たちが反乱をしたと騒いでいるに違いない。これで、あちらの奴隷にも火がつくはず!
「よし、この船をあっちに接近させる」
「舵、とります」
ガノッザ卿の部下たちが、素早く持ち場につく。奴隷たちがいつのまにか、俺たちに協力しようとオールへと急ぎ、帆の角度を変え始めた。
ガレオン船が角度を変えて、もう一隻のガレオン船へと寄せ始める。
「あっちには、レオニック・アルキメトスが乗っているので気をつけてください」
「あの騎士か?」
「そうです。騎士です」
奴隷の一人に教えらえれた名前、アルキメトスにひっかかる。
アルキメトス……あ、あいつだ。
間違って主人公になれなかった天才魔導士だ……本来なら、主人公になってチヤホヤされて俺スゲーしてたんだろうが……これも運命か……年齢的にノアの兄貴かな? いや、ノアは若かったからな……あの騎士、二十代に見えたが顔が整いすぎているから若くみえるだけで、父親かもしれないな……。
グングンと僚船に寄り、こちらの左舷と向こうの右舷が軽く接触した。反動で離れた両艦だったが、再び接近を始める。
俺は甲板で、構えた。
ガノッザ卿の部下二名が、船首楼から装備を手にして戻ってきた。
「先に行く!」
俺は叫び、両船が最接近したところで跳躍する。
僕ちゃんの親父め! 待ってろ!




