地下での攻防
巨石文明がこの世界にもあったんだなと、あと百メートルほどという距離まで接近して思った。ストーンヘンジに近いといえばわかりやすい配置だ。
だけど、その中央には四角形の小屋があり、岩を繰り抜き、削って整えたように見える。
歩哨五名が、周囲を警戒しているが、ガノッザ卿の部下たちが散開して包囲している。ここは彼らにお願いすることにして、俺は後ろのパトレアに言う。
「聖なる騎士団との戦闘に集中しよう」
「わかりました。エリオット、イングリッド、わたしの順ですね?」
「そうだ。お前には支援と、敵に呪いなどがかかっている場合の対応を頼む」
「わかりました」
あの建物が、地下へと通じているに違いないと思う。
ガノッザ卿の合図で、部隊が一斉に丘へと向かう。
歩哨と彼らが戦闘状態に突入した直後、俺たちは姿勢を低くして正面へと走った。アブダルは護身用の弩をもっているが、戦闘が終わるまではその場に待機と伝えてある。
敵の一人が叫んだ。
「下に! 下に知らせろ!」
だが、ガノッザ卿の部下たちは強く、一人残さず倒す。急襲から制圧まで、一呼吸ほどだ。
アブダルが追いついてくる前に、俺は建物の中へと入っていた。
下へと続く階段。
不思議なことに、天井が明るい。
俺を先頭に、下を目指す。
「パトレア、どれくらい下はあるんだ?」
「わかりません。そこまでは習っていないんです。イングリッドは知らないの?」
「エルフが関与してない遺跡だ……とても古いとは聞いたが、我々でも知らないとなると、竜や神々の伝説が生まれた頃に近いのではないか?」
俺は、神の声を聞いたという男のことを思い出した。
「主神の声を聞いたという男は、神使に誘われて、その場所に立った」
声に出していた。
「最初の男ね?」
パトレアの声に、俺は階段を進みながら頷く。
「その場所、こういうところじゃないか? こんな場所がいくつかあるなら、どれかで主神の声を聞いた……金竜の声を……」
俺は言葉を止める。
神の声なら……俺も聞いている。
テンペストの声を、聞いた。
階段の終わりが見えてきた。
その部屋へと、警戒しながら入る。天上全体は発光していて、広い空間が露わとなった。
がらんとした部屋の床は、一メートル辺の正方形パネルが敷き詰められていると思える。そのパネルには、全て番号がふってある。
パトレアがかがみ、石でも鉄でもない素材の床に首をかしげた。
「ゴム? みたいな手触り」
イングリッドが、俺の隣に立つと「なぜか……知らない場所なのに懐かしく感じる」と呟く。
後ろから、ガノッザ卿の部隊が降りてくる足音が聞こえてきた。
彼らも到着し、斥候が先に進む。
「ここはなんだ?」
ガノッザ卿の問いに、俺がかぶりを払った直後、先に進んだ斥候が空間の真ん中で悲鳴をあげた。
剣をかまえると、矢を受けて倒れた斥候が床を転がって苦しんでいる。
助けにいくと、狙われるだろう。
どこにいる?
「ここまで追いかけてきた執念はすごいぞ!」
どこかで声……いや、前だ。百メートル先にドアがあった。
かすかに開いている!
「エリオット、部隊が進む。後に続け」
ガノッザ卿の決断は、俺の反論を許さない素早さで実行に移された。
彼の合図で、兵士たちが一斉に盾をかまえて前進する。そして仲間の遺体を回収する二名が、盾を連ねて置き盾とすると、残りは一気に扉まで接近した。
俺たちも前に進む。
扉の後ろには、誰もいなかった!
声をかけて、わざと狙っているとこちらに思わせ、時間稼ぎをしようとしたのだ。
ずる賢い……ガノッザ卿がいなければひっかかっていた。
扉の向こうは通路で、左右に別れている。
兵たちが進み、左の通路から悲鳴と絶叫が連なる!
駆け付けようとしたが、その声が届いた。
「行き止まり! 右へ!」
彼らのおかげで、戦わないまま先へと進むことができるのはありがたい。少しでも力は温存しておきたい。とくに魔法……魔力は大事にとっておきたい。
日本人のころにやったゲームみたいに、マジックポイントが数字で表示されるようなわかりやすいものだったら困らないのにと思う……。実際は、魔力は精神力や体力とリンクしているから厄介だ。
ガノッザ卿の部隊のおかげで、地下へと進む螺旋階段まで無傷で進むことができた。
斥候が先へと進む。
こういう役目は度胸がないと無理だよ……。
あと繊細さ……。
地下の作りは洞窟ではなく、人工的なもので壁も石材で覆ってしっかりと造られている。これを全て手作業でおこなっていたんだろうから、どれだけの年月をかけて造ったのか知りたくなる。
長い階段を下りきると、最深部と思われる空間に出た。
……ここは、城だったのか?
正面に玉座があり、俺たちが立つ場所の左右には廊下が続いていて、他の部屋もあるように思える。内装がこれまでとガラリと変わって、柱や壁の細工、模様などはリズ建築風に近い。
「ここは、ロイ記に出てくる魔将ガブリエルの城だったの?」
パトレアの言葉に、俺は学長の発言を思い出した。
あれだ。
この剣のことを、学長が話した時に出てきた名前だ。
「魔将ガブリエル?」
「主神の敵、竜王の僕。竜騎士の筆頭だったと言われています……彼は最果ての地に竜王を迎えるための城を造った……だけど、ロイが追い、そこで決戦となり……ここが、そうなのかも」
ここで、ゴォンという大きな音がした。
現代人だった頃にきいた大型機械が作動する音のようだと感じる。
俺たちからみて、右の通路から敵兵たちが現れるも、様子がおかしい。
左側からは、一人の騎士が歩いてきている。
ミラーノで、最初に逃げた男ではない。
「グレンダルフはどこだ!?」
俺の問いに、彼らは答えない。
「エリオット……こいつら人間じゃないな」
イングリッドの言葉で、俺は剣をかまえた。
兵たちが、自らの皮膚をかきむしるようにして剥がしていく。そして骨が鳴り、関節が外れる音が無数に発生した。
ガノッザ卿の部隊が、弩の引き金をひく。
敵兵たちは矢をくらいながらも、ゆっくりと俺たちへ迫りながら変貌を続け、それを迎え討つ部隊は、矢の装填をする後列と盾と剣をかまえる前列に別れた。
敵兵たちが、約十メートルといった距離で邪悪な姿となってこちらを見る。
牛頭魔人が二体、山羊の頭をもつ黒司祭が二体、人型の狼である人狼が三体。
魔人となった彼らを見て、ガノッザ卿が俺に言う。
「こいつらのような奴らとこれまでも?」
「ああ……」
「ご苦労さん……」
彼は苦笑し、部下たちに声を張った。
「化け物退治だ!」
彼の声を合図に、ガノッザ卿の部隊が交戦状態となる。
一方の俺は、彼らに背を向けて不気味な騎士を睨んでいる。
隣にはイングリッド、背後にはパトレア。
騎士は俺たちへとゆらゆらと近づいてくるが、本体はその背後にいた。
人間を操り人形のように動かしている道化師が、俺たちを見て笑っている。
「主神への祈りを忘れた者ども……罰を与える」
「わたしは毎日! 祈ってます!」
パトレアが叫ぶ……いや、気持ちはわかるよ? わかるけど、今はそこ?
「聖女? アロセル教団がどうして我々と敵対している?」
「悪を倒すのは当然のことです……主神の力を借りよ!」
聖女の神聖魔法で、俺たちは身体が軽くなったと感じる。
パトレアは、この場で戦う味方全員に支援魔法を発動させ、また次の聖法発動の準備を始めた。
道化師が指を動かすと、操られていた騎士が一気に迫ってきた。
操られているだけだと思っていたが、力強い踏み込みからの一閃を浴びせてきて、イングリッドに届く前に俺が剣で防ぐ。
騎士の目は白く濁り、生者ではないことは明らかだが、その動きと力はこの騎士が生きていた時のものだろうと思うほどにキレと強さがあった。
道化師はさらに、指先に光を灯すと空中に魔法陣を描きはじめる。
「……汝らの罪、裁くべし。現れよ……断罪人」
騎士の隣に、地面から這い出すように黒い影が現れると、立ちあがりながら身体と色を変化させ、俺たちの前に立った。
フードで顔を隠した猫背の男は、肉切包丁を両手に持ち、その刃をこすりあわせることで耳障りな音を発する。
背後で、パトレアが言う。
「冥界で、罪人を処罰する邪鬼です……神聖魔法が効きません」
「わかった。イングリッド、魔法戦は任せる」
「任された」
俺は右脚を前に踏み出すと同時に、姿勢を低くする。魔剣を左から右方向へと斬り払う動きで騎士を後退させ、邪鬼の前進を誘った。
断罪人は、俺の攻撃が終わる瞬間を狙って巨大な包丁を振ったが、俺は火炎弾をすでに発動していて、断罪人の身体を吹っ飛ばした。
邪鬼の悲鳴に、道化師の怒声が重なる。
「火炎弾!」
道化師の魔法は、俺に届かない。
イングリッドが魔封盾で守ってくれている!
一気に前進し、壁に激突した断罪人の身体へと魔剣を突き刺し、抜きながら左に払う動きで迫った騎士へと一閃をみまう。
剣と剣がぶつかり派手な金属音が響いた直後、騎士の剣が折れた。
さすが俺の魔剣!
ここで俺は、視界の端で断罪人の動きを捉える。
バックステップと斬撃を同時におこない。敵の攻撃を剣で弾きながら逃れた。直後、道化師の氷槍が俺に襲いかかるも、イングリッドが防御魔法で防いでくれつつ、道化師と騎士へ魔法を発動した。
呪文詠唱も、魔法の名前も口にしない発動は、道化師たちへの魔法直撃に繋がる。
風姫歌踊によって、敵を包んだ竜巻は、内部で奴らを無数の竜巻で切り刻んだ。
それでも、やつらは再生するものと思い、俺は剣をかまえて突進し、魔法が終了した瞬間、再生を始めた邪鬼の肉片たちを突き抜け、道化師へと加速する。
「聖戦!」
パトレアが神聖魔法を発動させた。
魔人たちに押されていたガノッザ卿の部隊がもりかえし、俺も身体に蓄積されていた疲労が消える感覚を覚える。そしてわきあがる勇気と戦意で叫ぶ。
「おらぁああああ!」
渾身の力で、道化師の核と思われる黄色い石を剣で両断する。
キィィン、という音が高鳴り、核に吸い寄せられていた肉体の残滓が、糸が切れたようにばらばらと地面に落ちた。
肉、血、体液……さまざまなものが一斉に床を汚す。
振り返る。
イングリッドは、すでに魔人たちと戦うガノッザ卿の部隊を魔法で援護していた。
部隊は一人、やられていた。
許せないのは、敵の黒司祭がこちらの死者へ屍術を使い、屍鬼にしたことだ。
「ジェネス! 生きてるのか!?」
ガノッザ卿の呼びかけに、ジェネスと呼ばれた屍鬼は応えない。
俺は、彼らに仲間殺しをさせたくなかった。
敵中へと突っ込み、牛頭魔人の攻撃をかいくぐり、人狼の爪を躱し、剣を一閃し後退し、床を転がり立ちあがって部隊の前で剣をかまえる。
屍鬼となっていたジェネスは、胴体から頭を切断されて倒れた。
「化け物ども!」
ガノッザ卿が両眼を滾らせ、兵と共に前進する。
彼は至近距離から風刃波を敵にみまい、人狼をそれで倒すとさらに剣をふるった。牛頭魔人の攻撃で、兵の一人が後方へとふっとぶ。パトレアが彼を助けに駆け寄るも、「死亡!」と叫んだ。
俺は部隊にまじり、人狼の一体と対峙する。
直後、俺たち全体を魔封盾が包んだとわかる。
黒司祭が何かの魔法を発動したようだが、イングリッドの魔法が守ってくれたのだ。
俺たち全員が、それを理解している。
一気に前へと突っ込み、俺は牛頭魔人の脚を斬り、右に剣を払って人狼の首を薙いだ。そしてさらに加速し後ろの黒司祭へと突っ込む。
山羊頭が動揺し、後退した。
俺は駆けながら、魔剣を投げる。
逃げようと身を翻した黒司祭の背から、胸へと身体を貫いた剣。
駆け寄り、剣を握って引き抜いた。
さらに魔剣を斬りあげ、奴の腕を切断し、振り降ろして首を落とした。
背後で、魔人たちがガノッザ卿の部隊に討ち取られていく。
牛頭魔人の蹴りを受けた兵士が、血を吐いて倒れた。だが、仲間が魔人の首に剣を突き立て仇をとる。
三名の死者、三名の負傷で勝利した。
ガノッザ卿は部下を助ける時に、左腕で人狼の爪を受けて肉を抉られていた。大事な血管はやられていないが、彼はパトレアと同じ左利きなので、剣を使えない。
イングリッドに尋ねる。
「治せるか?」
「傷は防げると思う」
「いや、駄目だ」
駄目だと怪我人本人が言う。彼は他に怪我をしている部下たちを眺め、口を開く。
「彼らと俺、死にはしない。ここは先へ進め……イングリッドどのが治癒を使えるとしても、力を消耗させたくない。終わってから……改めて頼みたい。エリオット……かっこつけさせろ」
「……わかった」
「お前たち、エリオットの指揮で進め。俺たちは後退する」
ガノッザ卿の部下のうち、二人が俺につくことになる。残りは負傷者を後方まで運ぶことになった。
上まで行けば、アブダルがいる。荷物には応急処置ができる医療品があったはずだ。
「ガノッザ卿、恩にきる!」
俺が言うと、彼は照れたように笑い、階段へと消えていく。
さて……右か左か。
「私はオーリエ、彼はベイトン……我々が斥候として先を確認してきましょう」
オーリエの申し出に、俺はかぶりを払った。
「皆で固まって、ひとつずつ潰そう……ただ、ここにイングリッド、パトレアは待機していてくれ。俺たちは先に右に行く。左から新手が出たら叫んで教えろ」
「わかった」
イングリッドが頷き、俺の手に手を伸ばす。
「どうした?」
「精霊よ……この人が無茶をしませんように……」
照れるからやめろよ……。
彼女は躊躇いながら、指を離す……離れる瞬間の、指先と指先のひっかかりが、イングリッドの気持ちを十分に伝えてくれたから、俺は真面目な顔で口を開いた。
「無茶はしない」
「おう」
「パトレア」
パトレアとは、強い握手をした。
「イングリッドを頼む」
「任せてください。勇者が出たら、すぐに教えてくださいね」
「わかった」
俺はオーリエとベイトンを誘い、右方向へとのびる通路を駆ける。




