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抱き合った二人

 リュミドラは実は重傷だった。


 彼女にかけられた催淫は、俺たちがどうにかできるというものではなく、サカっている十代後半女子を背負うハメとなった俺は、耳元でずっと際どい誘いを受け続けるという拷問を味わうことになった……。


 このままにはできない。


 神殿に聖なる騎士団サンクトゥエクェスの奴らは入っていないことがわかっているので、俺たちはグーリットへと一度、帰還することにしている。


 四月十三日の深夜、街に入った俺たちは診療所に飛び込み、医者を叩き起こして解毒薬を彼女に飲ませてみた。


「なにぃ? 気持ちよくなる薬ぃ?」

「そうだ、飲んでみてくれ」

「熱い。服ぬぐぅ」

「駄目ダメだめ!」


 アブダルが慌てて止めて、イングリッドが薬をリュミドラに飲ませたが、一向に変化はない。


 医師が言う。


「これは……アロセル教団か、ガリアンヌ神殿分社で助けてもらうしかないかもしれませんよ」


 診療所を出て、俺とアブダルでリュミドラを抱える。そしてアロセル教団の支部へと向かうも、ヴィクトルは通いだから無人だったらどうしようかと不安になった。


 倉庫街のほうへ急ぐと、支部に明かりがついている!


 玄関をイングリッドが叩いた。


 扉が開き、意外な人物が顔を見せた。


「あら? ご無沙汰。どうしたの? こんな夜中に……午前一時よ?」


 ジャンヌ!


 俺は彼女にすばやく事情を説明する。すると彼女は舌なめずりをした。


「わたしが慰めてあげるわ。入って」

「……催淫を解いてほしいんだよ……」

「冗談よ! 入って」


 リュミドラはポーとした表情のままで、支部内を眺めている。


 身廊を進むと、祭壇の地下から男があがってきたところだった。彼は交差部のところで俺たちを待つ。


「誰かと思えばクリムゾンディブロ」


 教皇! 


 あんた、ここでなにを? ……挨拶しないと。


 俺は彼に仲間を紹介し、仲間に彼を紹介する。


 アブダルが腰をぬかし、イングリッドはイシュクロンのこともあって丁寧な言葉と態度で感謝を示した。


 俺は尋ねる。


「猊下……いや、聖下がこんなところで何を?」

「しばらく半島を離れるから、君に会おうと思って戻ってきたんだよ……秋にはもう完全に教皇領暮らしだ……彼女はどうした?」

「おめでとう……彼女はリュミドラだ。神使アンジェルに催淫をかけられておかしくなってしまった……それでここに来た」

神使アンジェルの名前はわかるか?」


 教皇聖下が、リュミドラの顔を覗き込む。


 彼女は唇をとがらせて、キスをしようとしていた。


 ザヴィッチ聖下は苦笑し、「たしかに危険だ」と言う。


 俺は「メフィスレスだと名乗っていた」と答えると、ザヴィッチ聖下とジャンヌは顔をみあわせる。


「……そいつはメフィスレスじゃないな」


 彼は言い、リュミドラを俺たちから預かるように抱えて、その耳元で神言ヴォイスを囁いた。直後、彼女がくたりと彼にしなだれて眠る。


 ザヴィッチ猊下は、リュミドラの髪や首をくんくんと嗅ぎ、俺たちへも身を乗り出すようにしてクンクンと鼻を鳴らすと口を開いた。


「……甘ったるい……おそらく、アザジールだろう。神使アンジェルの中でも最高位の一人で、子孫繁栄を手伝うと言われている」

神使アンジェルも嘘をつくのか?」

「つくよ。まぁ、このあたりのことを長々と説明する時間は君たちにはないだろう? メフィスレスは別の場所にいたことを私は知っているからね、それは嘘だとわかるんだ」

「……メフィスレスというのは、どういう神使アンジェル?」

「冥界の神レヒトに使える神使アンジェルで、最高位の一人。死者の魂が輪廻することを助けるし、死者を部下にして人間たちを守る戦士に仕立てたりもする……アザジールがその名を名乗ったのは……メフィスレスの残り香が君からしたからだろう」

「……会ったことないが?」

「会ってるよ。ともかく、時間がないはずだが、彼女はとても時間がかかる。一気に毒を抜くと死ぬよ」


 俺は肩を落とす。


 ジークと学長にあわせる顔がない……。


 ジャンヌがザヴィッチ聖下からリュミドラを預かり……軽々と抱えたことに驚いた。


「結界をはって、そこに寝させます」


 彼女の言に、教皇聖下は頷くと俺たちを誘う。


「私は君に用があった。ちょっといいか? 依頼がある」

「……俺たちは、聖なる騎士団サンクトゥエクェスを追っている。他の依頼を受ける余裕がないんだ。申し訳ない」

「……あの日、ヴェリガナールが現れたことで、君はそういう運命の歯車にはまったんだろうね……」


 彼はそこで俺に近づくと、指を動かして耳を貸せという。


 なんだ?


 教皇聖下は、俺の耳元で囁いた。


「この世界でありながら、別の世界から来た者エリオット……真の勇者ブレイブあるいは竜騎士ドレイグの素質をもつ者に頼みたい」


 ハっとして離れた俺に、彼は微笑む。


 イングリッドが口を挟んだ。


聖なる騎士団サンクトゥエクェスを、追わねばならないのです」


 彼女の口調は、王族を相手にする時のものにきりかわっている。


 ザヴィッチ聖下は頷くも、時間は取らせないといい二階へと誘った。


 応接室に入ると、彼は棚のシングルモルトを皆に配る。


 アブダルが恐縮してうけとり、イングリッドは少し舐めて顔をしかめた。


「クリムゾンディブロ……実は聖なる騎士団サンクトゥエクェス創立を助けたのは私だ」

「……」


 ?


 !?


 立ちあがろうとしたが、彼は「まぁ聞け」と言い、穏やかな声で続けた。


「北方騎士団の総長フレデリクと、その兄グレンダルフから相談を受けたんだ。騎士団本来の働きを再開させたいとね……二十四年前に……」


 この人、何歳だ?


「私は彼らの信仰心をとやかく言うつもりはなかったが、彼らの父上が許さないだろうと窘めたよ。彼らのお父上は厳格な人格者だった。世界の均衡を乱すようなことは嫌っておいでだったが……そのお父上が突然、病死なさった……」


 絶対、暗殺だろ……。


「跡目争いには心を痛めたよ……ただ、すぐにグレンダルフが訪ねて来て……当時の私はデーン王国にいたんだが、そこに彼がやって来て、騎士団本来の活動再会の許可を求めた」

「許可したのか?」

「許可した」


 俺は教皇聖下の襟を掴む。


 直後、ドアを蹴破って現れたジャンヌが、その腕を掴んで俺を睨んだ。


「ジャンヌ、待ちなさい。彼が怒るのも仕方ないことだ」

「クリムゾンディブロ……離しなさい」


 この馬鹿力……骨がやられそうだ。


 俺が手を離すと、彼女も離した。


 教皇聖下が襟のねじれを正しながら椅子に座り、続ける。


「許可をし、本来の騎士団名を名乗ることもグレンダルフに許可した。彼らには感謝している……彼らが活動をおこなった結果、私はこの世界においての影響力を強めることになり現在に至るが……さすがに竜を本当に復活させるのはよくないと思うよ……だから君に依頼をしようと思っていたんだ……」


 教皇聖下はそこで酒を飲み、喉を潤すと続ける。


聖なる騎士団サンクトゥエクェス総長グレンダルフを倒せ」

「……もともとやる気だ、こっちは」

「だったらよかった。報酬は……いくらほしい?」

「報酬はいい。かわりに、パトレアを寄越してほしい。神聖魔法がいる」

「なるほど、たしかにそうだね……わかった。到着はおそらく明後日になるだろう」


 俺は頷き、酒を一気に飲み込む。


 こいつ、ただの人間じゃないな……。


 俺は、問う。


「教皇聖下……ネレスの件、貴方は本当に知らなかったのか?」

「その件は本当に知らなかった。まさか、と思ったよ……アロセル教団は騎士団と完全にきり離して存在すべきと考えているからね……信仰を守るために」

「……もうひとつ、教えてほしい。聖なる騎士団サンクトゥエクェス本来の目的とはなんだ?」


 彼は、表情を消した。


「竜王の復活……竜王を復活させる条件はみっつ、母親の存在、憑代となるエルフの肉体、ヴェリガナールの助け。私があの日、決めたのは自分を助けてくれていた組織を壊さねばならないことだった……心苦しいが、よろしく頼むよ」




-Elliott-




 アロセル教団の支部を出て、風呂に寄り、借家に戻ったのは夜明け間近だった。


 公衆浴場はいつでも開いていて、本当に助かる。


 俺は防具類をはぎ取るように脱ぎ、服を着替えた。隣の部屋……倉庫代わりに使っていた部屋で、イングリッドも着替えをしている。


 アブダルが運んでくれていた荷物から水を取り出し、寝台に座って飲む。


 イングリッドが着替えを終えて現れて、荷物から干し肉の塊を取り出して齧り、俺の隣に座った。


 水と干し肉を交換する。


 ジャーキーに近いんだよな……硬いけど。


「あの教皇、人間じゃないな」


 イングリッドの指摘に、俺は頷くしかない。だが、正体を確かめようとも思わなかった。


「彼は隠すところは隠したが、それ以外は本当のことを話していた……だけど、ちょっと……なんとなくだけど、彼が何者かはわかった気がする」

「……エリオットもか?」

「イングリッドも?」


 目と目があった。


 あの男……いや、男の体をしているが、おそらく人間ではない。


 彼は、四層で出会った神使アンジェルが、メフィスレスだと名乗ったことを嘘だと見破った。その理由は、メフィスレスは他の場所にいるからだと言っている。そして、その嘘をついた理由が、俺たちがメフィスレスと会ったことがあることを、アザジールが残り香で知ったとも言った。


 ザヴィッチ聖下は、リュミドラの髪、首を嗅いでいた。


「彼は……いや、口にすると、怖い目に遭いそうだ。せっかく俺たちに協力をしてくれようとしている……今は」

「おう……エリオット、少し寝るか?」

「そうだな」


 俺は、イングリッドとの共同生活をしていた時と同じように、彼女にベッドを譲り、自分は寝袋を使おうとする。


 イングリッドの小さな手が、俺の手を握った。


「リュミドラと接吻をしたのに、わたしとはしないのか?」

「……」

「エリオット、汚されていないことを、確かめてくれよ……お願い」


 俺は、イングリッドの細い身体を抱きしめて、押し倒した。


 彼女が、耳元で囁く。


「迎えに来てくれて、ありがとう……愛してる」

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― 新着の感想 ―
[一言] ヒロイン競争はイングリッド大勝利
[良い点] 現在のヒロインレース イングリッド>リュミドラ>パトレア
[一言] そんな目的の組織を創設させるなよ汗 イングリッドが追い込みでまくったな。
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