四層での危機
三層へと向かう螺旋階段をくだりながら、イングリッドの説教をきいた……。
「お前はなんでも自分でしょいこむ。神話の主人公じゃあるまいし、馬鹿なことはやめろ」
「……」
「そぉです。イングリッドの言う通り」
「……」
リュミドラも、竜化のことを知っているので、俺の判断を責めている。彼女らは俺のために、そうしてくれているとわかっているので腹は立たなかった。
イングリッドは俺の左手を握っていて、歩きながらニギニギと力を込めたり抜いたりしていた。
「感覚はあるか?」
「ある。大丈夫だ」
「エリオット、瞳が右側、赤いぞ」
……そこが竜になってきていると?
リュミドラが後ろから手を伸ばして、歩く俺の髪に指で触れた。
「髪、少し伸びましたね……毛質が硬くなったような?」
三層に到着し、四層へと続く階段がある小屋の前で、距離をとってついてくるアブドラを手招く。
ここで休憩をとることにした。
イングリッドがチーズを齧り、水を飲み、パンを齧ってまた水を飲んだところで言う。
「浅瀬の底が乱れているから、下へと降りた奴らがいるだろう。エリオット、竜の命の欠片は二度と使うな」
「……」
「あれは麻薬みたいなものだ。癖になるぞ」
たしかに……そうかもしれない。
いや、そうだな。
本当に、どうやっても勝てないという時に使うために、今は使わないでいよう。だけど、これを彼女らに言うと怒るので、俺は嘘をつく。
「わかった。使わない」
イングリッドがじっと見てくる……。
疑われている……。
パンを食べるふりをして視線を逸らすと、リュミドラが俺をじっとりと見ていた。
信用がないようだ……。
「わかってる。次からは二人を頼るから」
観念したように言うと、にぱぁと笑ったリュミドラに肩を叩かれた。イングリッドは大きなチーズの塊を齧っていて食事に集中している。
だけど、不思議なのは頭に聞こえてきたあの声が、とても優しい声色だったことだ。
テンペストの声?
なんというか……怖いという印象はない。
以前に神使と対峙したことがあるが、竜と神が同一であるなら、あの神使は竜の使いということになる。にしては、高圧的で人間を見下しているように感じるが……。
休憩を終えて、四層へと向かうとそこには一人の騎士に率いられた十人の兵たちがいて、神殿へと続く横穴をどう開けばいいのか悩んでいる様子だった。
血がいるとしか、聞いていなかったからだな……馬鹿な奴ら。
この墳墓の調査をしていたネレスたちが全滅したことで、詳しい奴がいなくなったというところか。
イングリッドに反応して、四層の横穴が開く。
これで、彼らも俺たちに気付いた。
「二人を倒したのか?」
騎士が進み出て、俺を睨む。
「倒した」
俺の答えに、彼は右手の動きで印をきる。それはアロセル教団のものとまったく同じだ。
「勇者であっても、お前らに負けたのか……ならば、致し方なし」
騎士は唐突に、剣を煌めかせて周囲の兵たちを斬り伏せた。
三人の兵が血煙の下に倒れ、七名が茫然と騎士を眺める。彼らは上官が危機でおかしくなったと思ったようだが、騎士は計算でおこなったことを発言で示した。
「条件は整った。お前ら時間を稼げ」
騎士が呪文の詠唱を呟くようにおこなう。
俺は彼らへと加速したが、弩で狙われて射線上に立たないように回り込むしかない。イングリッドが風を操る魔法で矢を別方向へと飛ばしてくれたが、二呼吸ほど遅れることになる。
リュミドラが敵兵たちへ、氷の槍を複数はなった。
だが部隊に魔導士がおり、防御魔法で彼女の魔法を防ぐ。氷の槍が光の盾にぶつかって閃光が走った直後、俺が敵兵の隊列へと突っ込んだ。
魔剣は敵兵の盾を紙のように斬る。腕を無くした兵士の叫びが、岩肌にぶつかり響き渡った。
俺の剣が一人を薙ぎ倒し、二人目の首を斬り飛ばした時、リュミドラが二人の兵士を同時に相手にして圧倒していた。
彼女は右の剣を振り降ろし敵兵を後退させると、左の剣で近くの敵の攻撃を弾き、右の剣を振り降ろした後の斬り上げで倒す。顎を割られた兵士が絶叫をあげて転がりまわり、周囲の兵たちの足並みが乱れた。
残り三名となったところで、魔導士へ俺が斬撃をみまった。
剣で防がれたが、剣ごと相手の頭蓋を真っ二つにする。
血液と脳みそが噴き出し、飛び出た目玉が俺の右肩に付着した。左手で掴んで投げ捨て、騎士へと迫る一歩を踏み出す。
騎士が俺を見た。
俺は、騎士に横から迫るリュミドラに気づく。
勝ったと思ったが、衝撃波をくらって吹っ飛ばされた。
「な!」
叫んだ俺は、浅瀬を転がるリュミドラが敵兵を巻き込んで壁までいくのを見る。
騎士の隣に、まるで空中から降りてきたかのようにそれが立っていた。
光る存在は、人の形をしているが身長は二メートルを超える。
それが、騎士が斬り伏せた兵士たちの身体から、浮かびあがるように放出される赤い液体を吸い込み始めた。それは霧状になった血であると、死体が干からびていくさまで知ることができる。
リュミドラが、立ちあがりながら一緒に浅瀬を転がっていた敵兵を斬り捨て、俺の隣へと駆け付けてきた。
イングリッドが、背後で言う。
「力を温存させてもらったから、大きいのいこうか?」
「さっきみたいに、魔法がきかない相手かもしれないぞ」
「でかいので一発、試してみよう」
イングリッドが俺とリュミドラの影に隠れて、素早く呪文を詠唱した。彼女がそうするほどに難しい魔法なのだとわかる。
「天と地の狭間、人々を誘う尊厳、神々の吐息は花を咲かせて水を運ぶ。夢、歌、詩のなかで語られる神話よりも尊い言葉が齎す喜び。言葉は言霊となり、精霊の加護を齎す。竜の巫女が命ずる。静かな死を彼に与えよ……冥竜の祝福!」
ゴン! という重い音がした直後、死体から放出される赤い霧状となった血液を吸収していた光る存在と、その隣にいた騎士が一瞬で闇に包まれる。
聞いたことがある。
最高難度の魔法のひとつに、対象を強制的に死亡させるものがあることを。
それをイングリッドが使った……。
肩越しに、膝をつく彼女が見える。
リュミドラが助け起こした時、敵を包んだ闇が晴れた。
騎士が、瞳を白く濁して立っていたが、糸が切れた操り人形のように倒れる。
だが、光る存在はまだそこにいて、吸収した血により肉体を構築するかのように、足元から脛、膝、腿と存在を具現化していた。
イングリッドがリュミドラに支えられて立ち、口を開く。
「あいつ、生命じゃないから無理みたいだ……わたし、限界だ……ご飯、食べてくる」
よろよろと階段へと向かう彼女を守るように、リュミドラがその後ろを守った。
俺は光る存在が、肉体を得て立つ光景に剣をかまえる。
美しい青年は、金色の髪を肩までかけて、長い睫と青い瞳はエルフのようだ。整った鼻梁と艶のある唇は男の俺でも見入ってしまう。痩せてはいるが筋肉がついた身体に、武器や農具など握ったことがないようなきれいな手……彼? 彼は俺たちに微笑む。
「やぁ……テンペストが認めた人間。僕は望まないが、殺されたいか?」
……あの騎士、勝てないと察して神使を召喚した。それも、こうして立っているだけで気絶しそうなくらいに強い奴を……。
こいつに比べたら、さっきの牛頭と髑髏なんて幼児だぞ。
美青年が口を開く。
「君……その匂い、おもしろい。彼と会って……くくく、そうか……わかった。僕はメフィスレス。僕を呼び出した憎たらしい人間を殺してくれたエルフはどこに行った?」
「……ちょっと休憩中だよ。話は俺が聞く」
「わたしもぉ」
リュミドラが隣に立つが、彼女は左腕を俺の右腕に絡めることで立つのがやっとだとわかる。
支えてやろうと腕に力をこめた。
「僕の気にふれて、立っているのはすごいことだよ……それにしても、人間どうしの争いごとに僕たちを巻き込むなんて……この人間は頭がおかしいね?」
彼は、足元に転がる騎士の死体を足の指でつつき、微笑むと足裏で騎士の頭部を踏み砕いた。
血と脳漿で浅瀬が汚れる。
メフィスレスは、鳩のような翼を広げると、数度、羽ばたかせる。それだけで吹き飛ばされた俺たちは、テンペストの石像にぶつかって止まった。
エルフの体に召喚された神使と比べても、圧倒的にこいつが強い。
「その騎士は、あんたほどの存在を召喚するほどの力があったということか?」
「ははは、力とはなんだい?」
メフィスレスは首をかしげ、俺たちへと近づきながら口を開く。その声は美声で詩人や歌手のようだ。
「君たちはよく、強い、弱い、で物事を判断するけど、それは君たちが定める基準じゃないか? 僕たちはべつに、力比べをしたいわけじゃないし、知恵比べをしたいわけでもない。他を蔑み勝ち誇ることも意味がないし、他に引け目を感じて落ち込むこともない……個は常に個で、僕たちは個であるからこそ尊いのではないか?」
「……頭が悪いんで、難しい話はわからないんだ」
俺は禅問答なんてしたくない……。
とにかく、あの騎士の力云々ではなく、この神使は条件が整ったからやって来たということを言いたいのか?
だとしたら、神使を召喚するのは、方法さえ知っていれば誰でもできる?
「君はどうして、僕と戦いたい?」
目の前で膝をつき、俺の視線に合わせたメフィスレスは微笑んでいるが、目は笑っていない……。
「戦いたいわけじゃない……敵である騎士が召喚したから、警戒している」
「あの騎士を殺してくれてよかったよ……僕たちは掟が多くてね……召喚者の願いを叶えてやらないといけないんだけど、願われる前に召喚者が死んでくれたらからね……よかったよかった」
彼は手を伸ばし、俺の頬に手の平をあてると、顔を掴む。
抵抗できない。
リュミドラが動こうとしたが、メフィスレスに息を吹きかけられてその場で座り込む。
彼女は頬を上気させ、呼吸を激しくしていた。
「リュミドラに何を?」
「なに……発情させただけだ。こうすれば、だいたいの雌は僕に従う」
「……やめてくれ。彼女はあんたと戦いたいわけじゃない。俺が攻撃されると思って咄嗟に動いただけだ」
メフィスレスは無表情となり、俺の目を見据えた。
俺は瞬きもできない緊張で、彼の目を見返す。
「わかった。彼女を犯したりしないよ」
メフィスレスは微笑むと、俺から手を離した。
「……君、テンペストの力を二度、使っているね?」
「……そうだ」
「かわいそうに……あと十年も人間ではいられないだろう」
「……もう一度、つかうとどうなる?」
「さぁ……ただ、使った時の濃さにも寄るからね……一度目が濃かったみたいだね……まぁ、竜になったらそれはそれで幸せだよ? 人は苦しみから逃れることができないからね」
彼は俺たちに背を向け、神殿の方向へと歩く。
「頼む! テンペストの封印を守りたいんだ。何もしないでくれ」
神使は肩越しに俺を見た。
衝撃で、石像へと身体を押し付けられる!
「何もしないさ。ここは居心地が悪いから去るだけだよ」
メフィスレスの姿が、まるで色が薄まるように消えていき、その姿は見えなくなった。
見えない力から解放されて、浅瀬へと転がり落ちる。
リュミドラが、涙を流しながら俺を助け起こした。
「リュミドラ、大丈夫か?」
「……無理」
「む――」
いきなり口づけをされて、のしかかってこられる!
俺は今、とんでもなく消耗していて力が入らない!
俺に抱きついていた彼女が、後ろへと引っ張られたことで解放された。
よかった。
「……こんなところでなにをやってる」
リュミドラをどかせたイングリッドが、冷たい目で俺を見ていた……。
戻って……来てくれたんだな。
俺は感謝を伝えようとしたが、疲労で声が出ない。
ともかく、よかった。
ん? なんで拳を?
「いいわけもできないのか?」
え? 拳をふりあげる?
ガン!
頭を殴られた……。




