テンペストの声
俺は化け物へと変貌する騎士たちを睨み、なり果てる前に倒せば問題ないと前に加速した。
魔剣を煌めかせ、一人の騎士を薙ぎ払って胴体を真っ二つにしたが、その男はすぐに再生を始めながら笑う。
「ムダムダムダ……ゲゲゲゲゲ」
勇者さまは笑い方が下品だ。
こいつらが聖石を持っているということは、主だった騎士は同じく持っているものと認識すべきだろう。
一人は身体そのものを輝く鎧へと変貌させて、鳩のような翼を広げた騎士となったが顔は髑髏である。右手には槍があり、地面から少し浮いて仁王立ちしていた。
胴体を両断しても死ななかった男は、牛頭魔人のような形だが、まとう空気はこちらのほうが圧倒的に危険だと感じる。体色は赤銅色だった。
牛頭が足元に転がる仲間の死体を掴み、齧りつくと咀嚼する。肉を噛み骨を砕く音が律動的で、かえって不気味に聞こえた。
リュミドラも、イングリッドも、警戒して距離をとっている。
彼女たちもわかっていた。
この二人は、これまでの相手とは格が違うことを。
まず、まだ見られる外観だからというわけではなく、佇まいが違う。
髑髏が言う。
「主神の導きによって勇者となった我々と戦うのは愚策であるぞ」
牛頭が言う。
「汝ら、心を入れ替えて謝罪するのであれば部下として迎えてやってもよい」
彼らを前にすると、ノアはただ聖石に振り回されただけの半端者であったとわかる。そして、ジェイクやネレスはこの二人に近かったが強さでは彼らに及ばないと感じた。
俺は手信号で、アブダルに後退を指示する。彼は地面を転がり、素早く帝王の間から通路へと逃れた。
剣をかまえたまま、髑髏が持つ槍の間合いギリギリまで接近する。
「クリムゾンディブロ、さすがだ。だが勘違いをしている」
髑髏は、右手を少し動かしていた。
咄嗟に盾で胸を守る。ガツンという衝撃で、後ろへと後退した俺は槍が伸びたのを見た。
伸縮する槍。
軽鉄製の盾はヒビが入り、次をくらえば砕けるだろうと予想できる。
この時、俺は魔封盾によって守られたと感覚でわかる。空気が変化したというか、温度が少し変わったというか、言語化が難しいが把握できた。
剣をかまえたまま髑髏に向かいながら、視界の端でリュミドラが牛頭に接近するのを視認した。
俺とリュミドラは牽制だ。
本命の攻撃を隠すために!
イングリッドが魔法を発動させる。
「凍王降臨」
気負いなく声を発した彼女は、一瞬で帝王の間を凍りつかせた。
髑髏と牛頭が、何が起きたか理解できないままの氷漬けになる。
一気に加速し、髑髏へとトドメを刺そうとした時、本能がよけろと叫んだ。
身体を捻って跳躍した直後、俺の身体があった空間を槍が貫いていた。
牛頭が氷を内から砕き散らし、リュミドラが剣で繰り出した二連撃を腕で防ぐ。化け物の皮膚が裂けて血が流れるも、すぐに傷口が塞がっていくのが離れていてもわかった。
リュミドラが後退し、俺と彼女でイングリッドの前に立った。
「防がれたのか?」
俺の問いに、イングリッドはかぶりをはらう。
「いや、あいつら魔法を無効化する呪いを自らにかけているな」
「……パトレアがいてくれたら楽だったな」
俺は聖女の力を改めて認め、こういう邪悪な奴らには神聖魔法の援護は必須だなと痛感した。
髑髏が氷を割りながら言う。
「大気、水を瞬時に操るとても難易度が高い魔法を一瞬か……巫女、やるな?」
牛頭が、腕の傷口がふさがったところを舐めながら言う。
「改めて味方に欲しい……巫女、お前も協力すればそれなりの地位に就くことができるぞ? イシュクロンは大変であろう? 我々の組織が手を貸してもいい」
イングリッドが反応する。
「お前らは反帝国だろう? 帝国は中央大陸のギュレンシュタイン皇国と同盟関係、その皇国の支援で我が国はゴート共和国と戦っている! お前、矛盾しているぞ」
二体の化け物は同時に笑い、牛頭が口を開いた。
「帝国を潰す……など、信じておるのは真面目な奴だけであろうよ……いや、主神と戦神が復活すれば世界に存在する国家など我々の支配に降るは必定だ……」
髑髏が俺たちへと歩を進めながら、口を動かす。
「正しき支配者の君臨が、世界に秩序をもたらす。みてみろ……この国家が乱立して争う醜い世の中を……エルフの巫女、お前だって祖国、森の危機はわかっているだろう?」
俺は、リュミドラとイングリッドに、小声で伝える。
「殿になる。引き上げろ」
二人は反論しない。こんなところで口論をする余裕がないことを理解しているからだ。
このまま戦って勝てるか、負けるか……勝てたとしても誰かが死ぬ。
俺は、俺以外の三人に死なれたくない。
奴らを倒すには、神聖魔法の援護がいる!
リュミドラが「光翼邪滅!」と叫び、魔法攻撃を浴びせたがそれは二体の化け物ではなく、地面を直撃していた。
瓦礫と土煙が一帯に充満する!
「突っ込むよ!」
彼女はわざと、突進するような叫び声をあげてイングリッドを後方へと押す。
イングリッド、リュミドラと駆けた後ろに俺がついた。
アブダルは、休憩した空間まで後退してくれているに違いない。
イングリッド、リュミドラとわざと距離をとった俺は、後方を確認する。
追ってきていない?
いや、俺は勘で魔封盾を発動した。
直後、風刃波に襲われる。盾で防ぐことができたので斬られずに済んだが、衝撃で体勢が崩れた。よろめいてふんばり、反転して剣をかまえる。
髑髏が一気に距離をつめてきた!
槍が伸びる!
俺は身をひねって槍をくぐり抜けると、剣で髑髏の胴を薙いだ。ガツンという衝撃は硬いものを斬ったとわかるが、魔剣は刃こぼれもせずに振り抜かれる。直後、髑髏は胴を横に半分ほど斬られていても左腕を振った。
俺は横に身を投げ出し、転がって立ちあがりながら盾を投げつける。
髑髏は追撃しようとしていたが、盾を顔面に受けて後ろへ二歩、後退した。
その隙に接近し、槍を持つ右手を手首で斬りおとす。
どうせ再生されるだろうと思っていたが、やっぱりそうなり始めるとうんざりした。
剣をかまえて通路を数歩、後退して出入り口の方向を塞ぐように立ちはだかった。
髑髏の後ろから、牛頭がやって来るのが見える。
二対一。
後方、離れた位置からリュミドラの声が聞こえた。
「エリオット!」
こっちに来るな!
祈るように剣を握り、化け物二体を前に覚悟を決める。
竜になりたくないんだけどな……。
俺は首からぶら下がっている竜の命の欠片に願った。
力を得たい。俺は勝たないといけない。
『わかった』
頭の中に、美しい声色が響いた。
これが、テンペストの本当の声なのか?
直後、槍を突きだしてきた髑髏の攻撃が、やけにゆっくりに見える。
俺は何が起きた? という感覚のなかで、その槍を躱して前に進み、右手の魔剣を一閃した。
ゆるやかなに流れていた時間が、ここで早送りされたように再生された感覚となる。
いや、これが現実だ!
俺は一瞬で、槍を躱して化け物へと接近、その胸を斬り裂いている。
驚愕の声は、リュミドラと化け物からあがった。
「うそぉお!」
「貴様!」
俺はすぐに追撃に入る。髑髏の後ろの牛頭が、加勢しようと接近してきているのを視認した直後、また時間がゆるやかに流れた。
俺は魔剣を髑髏の胸に突き刺し、引き抜く。それは、そこに髑髏の聖石があることを知っていたかのような一撃で、髑髏の胸の中にあった石は、俺の剣によって砕かれた。
そして、引き抜いた剣を、迫る牛頭へと投げる。
牛頭の胸に刺さった剣が奴の背へと突き出し、それで奴の聖石を破壊していた。
ここで、時間の流れが現実となる。
俺は牛頭へと歩み寄り、立ったまま硬直した化け物の胸から剣を抜いた。
「……お前……どうして?」
牛頭の問いに、俺は答えないまま奴をトンっと押す。
化け物二体が、倒れた。
その肉体は、風にさらわれる砂のようにさらさらと消えていく。
慌てて戻ってきたイングリッドが、俺の前に立った。
彼女は俺をひと睨みすると、右手を振る。
頬を叩かれた。
「どうして竜の命の欠片を使った?」
彼女は俺を睨みながら、目に涙を溜めている。
「ごめん。こうしないと、誰かが死んでいた」
「……馬鹿! お前は馬鹿だ!」
彼女は怒鳴ると、俺に抱きつく。そして、声を殺して泣いた。




