帝王の間へ
テンペストを封印した地下神殿の上層部に、古代ラーグ人がどうして地下墳墓を造ったのか。
ケイ・バーキン教授によれば、彼らは死者をテンペストに捧げることで、死者たちがテンペストに死後の世界で守られることを願ったとされている。それは肉体を捧げて、精神を守ってもらうという解釈だとも彼は主張し、古代ラーグ時代は精神こそが守られるべきものだとされていた。
「古代の人たちは、肉体は仮の入れ物で魂は常に個を保ち、肉体は変われど個は永遠に存在すると信じていた。ゆえに壁画に、複数の世界を個が輪廻しながら肉体を変えていき、それを竜が助けていると描いているのです」
このバーキン教授の説は異論も出たそうだが、大筋では受け入れられたと聞いている。
その発表の根拠となった墳墓へ、俺たち四人は入った。
「アブダル、きつかったらゆっくりでいいぞ」
俺の言葉に彼は苦笑する。
「楽をしたら歩行訓練にならない。イングリッドに治してもらった脚だ。ちゃんと動かしたい」
彼の言葉に、イングリッドが嬉しそうに笑い、荷物持ちの背中をバシバシと叩いた。
入り口から通路を進む。
先頭は俺、リュミドラが続いた。
彼女のいいところは、ガンガンに前でも戦えるのに、魔法戦もかなり強いってことだ。これで戦闘経験を重ねていくととんでもない戦士になるのではないかと思うが、それよりもエドワード王子に早く嫁いでやってくれという気持ちが強い……。
両国の為に……きかないだろうけど……。
俺たちは、ネレスがいた円形の空間へ到着する。
思えば、昨年の秋にここに来た時、まさかこんなに長引くとは思ってもいなかった……。
石棺の奥に伸びる通路は、暗闇に支配されている。
こういう時、パトレアがいたら照らしてくれるんだけどなぁ。
「精霊たちよ、少しだけ明るくして」
後ろに続いていたイングリッドが言い、洞窟の中は松明なしでも歩けるほどの明るさを得た。
「すごぉい」
リュミドラは手をパチパチと叩き、イングリッドが後ろに声をかける。
アブダルが到着したところで、軽食……イングリッドはがっつり――パンにチーズと野菜とハムをはさんだものと、チーズの欠片、林檎、干し葡萄一袋をパクつく。
俺とリュミドラは林檎を齧り、チーズをもらった。
アブダルが博識なところを披露する。
「エリオットたちが追ってる聖なる騎士団……その元になっているらしい北方騎士団は、東方大陸の北方騎士団とは別組織だ。あちらは正式名称を赤薔薇の騎士団というが、五か国半島の北方騎士団は正式名称を公表していない……所属する騎士でも、有力騎士しか知らないことらしい」
「詳しいね?」
リュミドラが興味深々という顔で尋ねた。
「実はもともと、北方騎士団にいた」
彼の言葉に、俺は警戒が顔に出たらしい。
「上役にたてついて追い出された。そんな心配そうな顔はしないでくれ」
「ああ、悪い」
「いや、神経質になるのもわかる。北方騎士団にはいろいろと裏話があるが、それが関係してるんではないかな? この一連のことに」
「わたしもぉそう思うなぁ」
リュミドラが言い、アブダルが全員に水を配りながら口を開く。
「屍術師が絡んでたから、神学の解釈によって異端とされた信徒たちを守るとした騎士団の一派から繋がっているのかもな。そうと考えると、北方騎士団は異端系の信徒の子孫になるのかも」
「そういうのを、表に出すとアロセル教団に攻撃されないか?」
「モグモグモグモグ……そうだ。教団はそういうの許さないぞ?」
俺とイングリッドの問いに、アブダルは苦笑する。
「だから、公表してないのかもな」
「なるほど」
休憩を終え、開いた石棺から奥へと進む。前回はここで戦闘など起きなかったが、どれだけの人員が中に入ったのか不明なので警戒しながら進む。
通路は少し歩けば広くなり、天井も高くなる。そして壁面には横穴がいくつか空いているのも当時と変わらないが、間違いなく気配を感じる。
リュミドラが右の壁に身体を寄せ、イングリッドが左の壁に身を寄せた。
俺は、中央を一気に走る!
咄嗟に、いくつかの横穴に火炎弾を放った。
隠れていた敵は、いくつかの横穴に分散していたが、俺が攻撃をしながら真ん中を走るので慌てて飛び出す。
リュミドラとイングリッドが、間抜けな奴らを魔法で倒していく。
言葉通り、敵を蹴散らした俺達は、通路奥の部屋へと入った。
ここの部屋、右に行けば帝王の間とバーキン教授が名付けた空洞に続くが、左がどうなっているのかを俺は知らない。前の時は、右方向の地面の砂利が乱れていたから、こっちだと思って進んだ記憶が蘇る。
左側へと進む。
すぐに石の扉があり、押し開けるとそこはこの墳墓を造った者達が使っていたと思われる休憩室だった。
無人で、地上へと続いていると思われる通風孔がいくつか空いているだけだ。
来た道を戻り、部屋でアブダルに合図を送る。そして彼の到着を待ってから右の通路を進む。
この奥は、帝王の間と呼ばれる広い空間だ。
多数で待ち伏せるには適した場所だ。
通路の終わる少し前で、俺は姿勢を低くして薄暗い空間をじっと睨む。イングリッドのおかげで松明を持たなくていいので、相手から俺達が丸見えになる恐れは免れることができて本当に良かったと思う。こういう入り口が一か所しかない場合、そんなものを持って近づけば的になるだけだ。
空間の奥を見据えると、大勢の気配がある。
イングリッドが、俺の後ろについた。
「凍王降臨で一掃するか?」
「……防がれる可能性はあるか?」
「これまでのような下っ端ならいけるだろうが、デキる奴がいると困ることになるな」
「……俺が敵の指揮官なら、この空間を最終迎撃地点にするから、信用できる部隊を配置する」
つまり、大魔法一発でケリをつけようとすると、防がれて反撃される確率が高いってことだ。
さて、どうするべきか……。
「エリオット、挟み撃ちにしよう」
「……あの階段で、三層からか? あっちにまた別の部隊が配置されていると後ろに回ったお前が危ない。駄目だ」
「……駄目かぁ」
「あの、いい?」
リュミドラが俺たちを交互に見て、口を開く。
「人質作戦で行こう」
-Elliott-
アブダルに追加五万リーグを支払うことで、敵兵に変装させた。倒した敵兵から装備を奪ったのだ。そして、リュミドラを確保して俺たちに追われているという設定で、帝王の間に逃げてもらう。
「この女がどうなってもいいのか!?」
アブダル! 悪役が似合ってる!
脚を引きずりながら、リュミドラを捕まえて逃げる彼を、俺とイングリッドは追う演技をしている。
「彼女を離せ!」
「卑怯なのだ!」
アブダルが、帝王の間にいるはずの味方へと叫んだ。
「撃つな! 女を一人、捕まえた! だけど仲間がやられた! 怪我人も多い! 手を貸してくれ!」
「よくやった!」
「こっちに来い!」
アブダルに、帝王の間にいるらしい敵たちが声をかける。
彼が出入り口から帝王の間へと、リュミドラを背後からわしづかみにして進む。それを手助けしようと敵兵の幾人かが駆け寄った直後、俺とイングリッドが巨大な空洞へと突入した。
あくまでも、リュミドラを追う演技だ。
「卑怯者! 彼女を離せ!」
叫びながら、素早く敵を視認する。
えらそうな奴が二人! 雑魚十五! 多いな!
帝王の間に、俺とイングリッドが駆け込んだことを確認したアブダルが、その場でしゃがみ込む。
彼へと駆け寄っていた敵兵たちは、短剣を両手に持って微笑むリュミドラを見て、硬直していた。
「アブダル、ご苦労様」
優しい声色のリュミドラが、一瞬で敵兵ふたりを斬殺する。
その血飛沫がふきあがって、一呼吸、二呼吸後にようやく聖なる騎士団の騎士や兵たちが騙されていたことに気付いた。
慌てて隊列を組み直して、盾を連ねて弓矢を構えようとしたところに、リュミドラの突進と魔法が襲い掛かった。
風刃波を立て続けに三発はなった彼女は直後、敵の真ん中へ突っ込むと素早い動きで一人の騎士に剣を突きたてた。
「くそぉ!」
首に刺さった短剣を、騎士が睨んで怒鳴った直後、彼女は彼を蹴飛ばす動きで剣を抜いて、周囲の敵兵に斬撃と返り血を浴びせる。
騎士が倒れ、兵達が悲鳴をあげた。
俺もイングリッドも、すでに敵部隊へ肉薄している。
こうなれば、こっちのものだ。
斬りあげ、突き崩し、体当たりで敵を吹き飛ばした時、イングリッドの魔法で敵数人が一度に氷漬けされた。
圧勝だ!
リュミドラが最後の騎士へ接近し、膝蹴り、肘打ち、回転からの斬撃二発で倒した。
しかし、俺たちは油断していない。
倒したはずの騎士が、笑いながら立ち上がったからだ。
「ググググ……聖石を持つ我らに勝てるはずがない」
二人の騎士が、ゆらゆらと揺れながら、俺たちを見ていた。




