キメラ討伐
街の西側には、ミラーノから北へと真っ直ぐにタリア半島街道が伸びている。それはグーリットへと向かう街道へと枝分かれしているが、交差点付近が目撃地点だった。
厄介な場所だと周囲を警戒した俺は、開けた場所で見通しもきくので、すぐに異物を発見する。
平野部にあるはずもないこんもりと大きな塊は目立った。一見、岩のようにも見えるが、これまでの経験から合成獣が擬態しているのだとわかった。
「パトレア」
彼女に声をかけると、擬態だとわかっていない彼女はキョロキョロと周囲を窺いながら答える。
「何です?」
「いた」
「どこに?」
「あの岩、擬態だ」
彼女もその塊をじっと眺める。
俺は、少しずつ距離を縮めた。擬態しているってことは、こうして待ち伏せて捕食する個体、あるいは休んでいるものと予想する。
俺が使える魔法の中で、一瞬で発動できるもので最も射程が長いのは火炎弾だ。その射程に擬態した合成獣を捉えたところで、俺は足を止めて後ろのパトレアへ手信号を出したが、思い出して声をかけた。
「止まれ」
彼女が止まる。
「拳を握るのは、止まれってことですね?」
「覚えておいてくれ」
いつかまた役立つとは声にしない。
俺は彼女に目配せし、右手を前に突きだす。
直後、炎の塊が瞬時に現れ、同時に示す方向へと一気に加速した。
命中を確信したが、合成獣は擬態を解くと防御魔法を使ったように見えた。
俺の魔法が、奴にぶつかる直前に爆発して無効化されたのだ。
「こいつ! 鷲頭のくせに魔法かよ」
思わず声がでる。
「エリオット、違う! こいつは呪いをかけられています!」
「呪い!?」
「一切の魔法がきかない、という呪いでしょう!」
けっこう厄介だ。それは、俺は魔法で遠距離攻撃ができるから、弓矢を持って来ていない。そして、パトレアも鉄棍と神聖魔法が攻撃方法である。
事前情報が少ないと、こういう情報不足から苦戦を強いられることは少なくない。
彼女が魔法を使った。
「神は汝を許したもう」
パトレアの身体が光ったと思うと、その輝きが一方向へと放出されて合成獣を包み込む。ほぼ同時に、聖女は身体から力が抜けたように倒れたが声を出した。
「エリオット! 呪いを解除しまし……」
俺は、合成獣がパトレアを狙って下降するのを防ごうと彼女を守るように立ちはだかり、炎の渦で敵を包む。
俺の魔法、炎宴が合成獣を包み、化け物はけたたましい悲鳴をあげて俺へと突っ込んできた。
俺は彼女を抱きかかえて地面を転がる。
墜落した合成獣が、土を抉りながら地滑りし、止まった地点で痙攣する。
「大丈夫か?」
「力を……使い果たして立てません……」
「ここにいろ。トドメをさしてくるから」
俺は彼女を座らせ、合成獣へと近づく。
身体中が焼けただれた化け物は、煙をあげながらピクピクと動いていた。
鷲の頭が少し動く。
首を落とし、死骸を炎の魔法で焼く。
肉が焼ける匂いに、野犬たちが集まり始めた。
俺はパトレアへと歩み寄り、肩を貸した。
「ごめんなさい」
「いや、神聖魔法で助かった……スピリトスは上級の魔法じゃないか? 司祭以上の位階でないと習得できないはずだ」
「ご存知なんですね?」
「休みの日はグーリットの図書館で読書三昧なんだ……お前はただの聖女じゃないな?」
聖女は魔と戦う女性戦士だが、位階は一般的に祓魔師であることくらいは知っている。当然、その位階では高度な神聖魔法であるスピリトスやベネディクティなどは習得できない。
「エリオットは位階を?」
「主神を崇める信仰の本は読んでいる」
「この五か国半島教区の大司教は、次期教皇選挙でも有力視されているズボニール・ザヴィッチ猊下……わたしは猊下に仕える直属の部隊にいます」
その言い方に、現在の支部への着任は通常の人事異動ではないと感じる。
「聖女にもいろいろあるんだな?」
「いろいろとあるんです……ですが、聖女であるのは事実です。それに、聖女であり主神に仕えるわたしは、合成獣を放置できないと思ったのも本当です」
「わかった。詮索はしない。ご飯、ご馳走してもらう約束だからあれこれと聞いて気まずくなりたくない」
俺は冗談めかして言うと、彼女が失笑した。
「あはっ!」
その笑顔がとても可愛かったので、俺は街に到着するまで意識しないように苦労したのである。
身体が密着しているから、大変だった……。
-Elliott-
パトレアを教団の支部へと連れていくと、誦経者の若者が俺に支えられたパトレアを見て慌てて駆け寄ってきた。
「パトレア様」
「ヴィクトルさん、大丈夫です」
「すぐに司祭様を呼んでまい――」
「私がどうかしたか!?」
ヴィクトルと呼ばれた若者が、祭壇の方向へと振り返る。俺も自然と声の方向を見ていて、そこには中年の聖職者がいた。ちょうど祭壇の地下から、一階へと続く階段を登ってきたところである。
「司祭様! パトレア様が!」
ヴィクトルが司祭へと助けを求めようとするが、司祭らしい男は顎をそらして俺達を見下すようだ。
「パトレア、私の決定に不服で勝手に行動した結果、傭兵風情に助けられて情けない」
人を殺す職業である傭兵を、教団がよく思っていないことは知っているが、魔物討伐などでは協力関係になることもある。今回もそれだ。しかしこの司祭はそういうもちつもたれつ的な考えはなく、駄目なものは駄目というタイプなのかもしれない。
パトレアは俺に目配せをして、離れるとよろめきながら片膝をついた。
「司祭様、申し訳ありません。しかし魔を祓うことができましたことをご報告いたします」
「……」
司祭は無言で立ち去る。
「嫌な上司だな?」
俺の問いに、彼女は疲れた笑みを見せた。
「ネレス様にも、いろいろとあるのでしょう」
彼女はそう言うと立ち上がり、俺に頭をさげた。
「ありがとうございました」
「よしてくれ。じゃ、これで」
片手をあげて教団の支部から外へと出る。
飯を済ませて帰ろうと決めたところで、思い出した。
彼女は、聖女にもいろいろとあるんだな? と尋ねた時、「いろいろとあるんです」と答えていた。
そして、ネレスという司祭にもいろいろとあるという言い方をした。
パトレアは、教えてくれていたのだ。
自分がこの支部に来た理由を。
彼女は、あの司祭を調べているのだ。




