皆で戦う
ミラーノの司教区本部の一室で、イングリッドは運ばれた料理を片っ端から食べている……。
牛フィレ肉のパイ包み、コンソメスープ、春野菜のサラダ、焼きワタリガニ、羊肉と野菜の串焼き、メジナの塩焼き……まだ食べ続けている。
「ふぁふぁしぃはふぁしこいくぁらあいふらふぉだまぁしぃふぁんふぁ」
食べてから話してくれていいから……。
パトレアが新しい料理を運んできてくれた……。
鶏肉の塩釜焼き……うまいよなぁ、それ。
リュミドラが、イングリッドが平らげて空いた皿を司教部本部の厨房へと運んでくれている……。
「んぐんぐんぐ……」
水を一気飲みしたエルフが、「ぷはー」と息をついてから俺に微笑む。
「エリオット、待ってたぞ」
「遅れてすまない」
「いや、思ったよりも早かった。さすがわたしのエリオットだ」
パトレアの動きが止まり、皿をさげて戻ってきたリュミドラの動きも止まる。
「エリオット、安心しろ。わたしは自己防衛と奴らの邪魔を達成したのだ」
「どういうことだ?」
彼女が話してくれた経緯はこうだった。
船で出発して五日目の夜、食事をとろうと船の食堂に入った彼女に、年配の夫婦が一緒にどうかと誘ってきたらしい。亡くした子供に似ているからと言われ、ご馳走にもなれると思って応じた彼女は、そこで薬をもられて捕まった。
幸いだったのは、食事の席ではベレー帽を服の内ポケットへとたたんでしまっていたことだという。
そのまま船外へと運ばれたらしく、気付くと例の牢獄に入っていて、男達に鉄格子を挟み会話をした。
テンペストの復活をしたいから、改めて協力しろと言われたイングリッドは、封印したてなので普通のやり方では無理だと嘘をついた。
「エルフが嘘をつかないことを奴らは知っていた……妹に助けられたんだ、わたしは」
イングリッドは、嘘をつくことで身を守り、敵に偽情報を掴ませた。
「わたしは殺されたくないから協力すると答えた……そして北の魔竜が守る神殿……五階には金の指輪がある。あれ、わたしの爺様が罠であそこに設置したんだ……謎を解かないと出れないようにって……あれを使って強制的に封印を解除する必要があるから、あれを取ってきてくれと頼んだ。そのあと、神殿まで連れて行ってくれたら手伝うと言った」
「それで納得されたのか?」
「ああ、ただ念の為にと血を抜かれたけど……ただ、ご飯が野菜をちょろっとだけだ……あれじゃ病気になる。あれは拷問だった……」
エルフが大食いなのを、奴らは知らなかったに違いない。世間に間違って広まっている『エルフは小食だ。木の実や野菜をちょっとだけ食べて、他生物の命を奪うことがない優しい種族なんだ』というものを信じていたようだ……。
彼女は鶏肉を食べながら、説明を続ける。
「あいつらは今、手に入るはずがない指輪を手に入れようとしているはずだ。魔竜を倒せるわけがない。あいつらが動けばそれだけ、エリオットが気付けるとも思ったし」
今度は俺が、彼女に経緯を説明した。
竜の命の欠片を偶然にも使ってしまって、自分に何がおきているかを知りたいと思い北の魔竜と会って話したこと。
そして、そこで聖なる騎士団の部隊と遭遇し、両親がその組織に属していたこと……俺の出自も話すことで、イングリッドとパトレアが驚いていた。
「北方騎士団のはぐれ騎士たち……言い方は悪いが、それが聖なる騎士団の中核だろうと俺は思う。あの時、円卓を囲んでいた奴らの奥にいた男……」
あの戦闘後、彼らが消えた通路の奥は破壊されて行き止まりになっていたので、行方を教団と警備連隊が追っている。
「……真っ先に逃げた男が、おそらく総長で俺の伯父グレンダルフだろうと思う」
そこで会話を黙って聞いていたパトレアが、俺に尋ねた。
「伯父……さまと戦うの?」
「……正直、イングリッドが無事ならそれでいいとも思うが、あいつらはまた、彼女を狙うんじゃないかと思ってる……それに、竜を復活させようと思っているような奴らが、都市国家連邦で悪さしているのは、一市民として放っておくのも気持ち悪い……潰そうと思う」
イングリッドが、鶏肉の一切れを俺に差し出す。
「あーん、しろ」
口を開けると、食べさせてくれた。
うまい!
……?
なんか、二人の視線が痛い。
「わたしはフォーディ族の巫女として、テンペストの封印を守る義務がある。奴らを倒す……エリオット、手伝ってくれ。報酬は……わたしの長いながい時間のほんのちょっとをお前にあげる」
「わかった」
「わたしも行くから!」
リュミドラが俺の右腕に、左腕をからめた。
「イングリッド、よろしく。新しい相棒で、恋人まであと一歩の関係にあるリュミドラ」
おまえはまたいらん嘘の自己紹介を……
「おう、じゃわたしの後輩だな? 先輩のいうことを聞けよ」
「ぐ……」
イングリッドのほうが強い……。
「わ! わたしも行きます」
パトレアはお勤めがあるだろ……。
「パトレア、俺は今日の午後、中央評議会で聖なる騎士団の件、報告してくれと頼まれているんだ。そちらにも協力要請はあるだろう。自然と一緒に戦うことはあると思う」
パトレアは残念そうな表情ながらも、大きく頷いて自分を納得させた。そして笑みをつくると、イングリッドを誘う。
「イングリッド、人間の医師になるけど、診てもらって身体に異常がないかを確認しましょう? あれだけジメジメしたところにいたのですから、ちゃんと調べたほうがいいです」
「そうだな……よろしく頼む。エリオットはその評議会とやらか?」
「ああ、終わったらここに来る。リュミドラも呼ばれてるから、そろそろ出るぞ」
チェザル卿が還ってきていて、彼が話を聞きたいそうなのだ。
俺と姫さんで、司教区本部を出て、中央評議員の官舎がある中央議事堂へと向かった。
-Elliott-
執政官執務室は四部屋あり、それぞれに補佐官やら相談役やら秘書やら護衛やらたくさんの人がつくから待機室やら準備室やら……とにかく一人でどれだけの空間を使っている? というくらいの部屋を使うチェザル卿は、都市国家連邦軍警備連隊群司令官のイザベラ・リュングベルと共に待っていた。
リュングベル閣下は五十歳の女性で、連邦内でも有名な女性だ。ブログブニシェは三十年前はまだ連邦に属していた。当時、二十歳の彼女もそこで暮らしていたが、帝国軍による宣戦布告もなにもない急襲での侵攻で都市は陥落し、彼女は家族を失った。ミラーノへと逃げた彼女は復讐のために軍に入り、大活躍をして現在の地位に就いている。
名乗り合い、席につくなりチェザル卿が苦笑して言った。
「ところで殿下、あなたはこんなところでなにを?」
リュミドラは、「リュミドラでぇす」とだけ名乗って、全ては伏せていたがばれたようだ。
「……どこかで会ったっけ?」
困った彼女の問いに、執政官は指をおりながら答える。
「三年前の新年舞踏会の時と、その夏の新緑祭の時も……」
「わかりました、もういいです」
姫モードに入ったリュミドラが答え、紅茶を優雅に飲むと続けた。
「わたくしは祖父母の許しを得て、エリオット卿とともに悪を討っております。我がバルティアは帝国の侵略に遭い大変な時であり、兵を割く余裕はありませぬが、わたし一人の身であるなら自由がききます。また、この厳しい戦いを他人に命じる卑怯さも持ち合わせておりません。わたしの申し出を、エリオット卿は許してくださいましたので、お供させて頂いております」
「……エリオット、本当か?」
執政官の問いは、信じられないという顔だ。
「ジークフリード先王陛下と、シルティア先王妃陛下はグラードバッハにおられますので、使者をたてお尋ねくださっても問題ないと思いますよ」
俺の返答に、リュングベル閣下が笑う。
「北の戦姫と敬われる姫さまをお迎えできて光栄なこと……我が都市国家連邦内で蠢動する害虫退治にご協力くださって感謝申し上げます」
彼女はそこで、部下たちからの報告を俺たちにも聞かせ、誤解や間違いがないことを確認すると、こめかみを揉んだ。
ここで、俺は自分がこれまでに得た竜に関すること、聖なる騎士団に関することを、二人へ聞かせる。その際、俺の出自に関しては隠した。
いらない誤解を与えることになりそうだし、よけいな陰謀に巻き込まれても困ると思ったからだ。
リュングベル閣下が、チェザル卿に言う。
「ここは、せっかくなのでクリムゾンディブロに任せたいと思いますが?」
「……わかった。エリオット、報酬はいくらほしい?」
「……イシュクロン王国への支援を……全ての都市国家がおこなうことを約束してください」
俺の発言に、リュミドラも驚く。
チェザル卿はうろたえていた……。
「その言い方だと、我々だけでなく、中央大陸の商人連合連邦や、大南洋の海上都市連合も含む……という意味だな?」
「……そうです。エルフは俺たちには理解しづらい種族だろうと思います……ですが――」
俺は、イングリッドの為に喋っていた。
「イングリッドは、俺だけでなく、この半島の人たちだけというわけでもなく……テンペストが世界に解き放たれたら犠牲になるだろう全ての人たちのために、一人で……あの恐ろしい試練に……身を焦がれるような恐怖と、割かれるような激痛の中に入ることを選んだ……そして、テンペストを封印してくれた……恩返しがしたい。俺は、ひとりの人間として恩返しがしたい」
「……」
チェザル卿が動揺を露わにして、視線を泳がせる。
ユリウスで会ったあの執政官と、同一人物であるかと思うほどに狼狽えていた。いや、それだけのことを俺は言っている……。
「チェザル卿、いま返事をくれなくてもいいです。俺たちはどうせ、彼女が封印を守るために戦うのを助けるつもりです」
俺は断言し、リュミドラを見る。
彼女は頷き、口を開いた。
「では、わたくしたちはこれで……イングリッドを待たせておりますので」
二人で席を立った時、チェザル卿が勢いよく立ちあがった。
彼はスタスタと俺たちの前に立つと、手を突きだす。
「やろう……イシュクロン王国を助ける。都市国家憲章に誓う。我々の理念は種族など関係ないはずだ……我々の永遠の盟友であるエルフのために、俺も戦う」
俺が感謝で胸を満たし、彼が突き出す手に手を重ねた。
リュミドラがそこに手をのせる。
リュングベル閣下も、続いた。
チェザル卿が言う。
「皆で成す! 必ず……いいな!?」
俺たちは一斉に、声をあげて手を離した。
リュングベル閣下が、俺の肩を叩いて言う。
「グーリットのギルドに準備金を送っておく。旅につかえ」
助かる!
大食いがいるから食費がかかるんだ!
-Elliott-
四月十一日の夕刻。
俺とイングリッド、リュミドラはミラーノを出た。
リュングベル閣下が馬を三頭、用意してくれていたので助かる。それも、とても訓練されたいい軍馬だ!
西の空へと、太陽が大きく傾いていてオレンジ色の輝きが眩しい。
街道を北へ走る。
グーリットに入って、準備をしてからテンペストの神殿に向かう。
因縁が始まった場所で、因縁に決着をつけるためだ!
リュミドラが馬を寄せてきた。
「エリオット」
「どうした?」
「……誤解してた。ごめん」
「なにが?」
彼女は照れたように笑うと、後ろのイングリッドをちらりと見て、口を開く。
「イングリッドのこと……恩人だって言ってた……わたしたちみんなの恩人だって、エリオットは言ってた」
「……ああ、実際そうだ」
「うん、本当にそう……だから、ごめん」
「なんで謝る?」
「……わたしはわたしの気持ちをしばらく殺す」
「……」
「エリオットと、イングリッドのために……一緒に戦おうとする皆のために、リュミドラは全力を尽くすよ!」
「ああ、頼りにしてるよ、戦姫」
リュミドラは輝く笑顔を一瞬だけ見せたが、落陽が逆光となって見えなくなる。
彼女は速度をおとし、イングリッドへと並んだ。
「先輩! 頑張ろうね!」
「お? おう! エリオット! こいつ、変わってるな!」
イングリッド、同感!
でも、いい娘なんだ!
俺たちは待ち受ける戦いが厳しいものであるとわかっていても、冗談を言いあい、笑いながら馬を駆けさせる。
斜陽でオレンジ色に染まったグーリットの町が、前方に見え始めた。
赤い悪魔と北の戦姫 おわり




