ミラーノ
ミラーノ警備連隊の詰所のひとつに馬を返したところで、戦場でよく一緒になる士官が声をかけてきた。
「クリムゾンディブロ、今度は北征の募集があるぞ。その準備でユリウスから帰ってきたんだ。応募してくるだろ?」
「今の仕事が片付いたらな!」
「あれ? 大怪獣退治は終わったんじゃないのか?」
「やり残した仕事があるんだよ」
「早く終わらせてくれ!」
俺もそう願いたいよ!
片手をあげて別れた俺は、リュミドラが感心したように周囲を眺めている横顔を見る。
「どうした?」
「外灯が夜でも街を照らして……油?」
「油だけど、見回りの兵たちが注ぎたすから朝まで絶えない。犯罪率低下に役立ってはいるらしいが、ゼロにはなることはないな」
「だね」
「行こう。アロセル教団の五か国半島司教区本部に行く」
二人で夜道を急ぐ。
すると、警備連隊のなかでも特殊な任務につくことで有名な特殊急襲部隊、の分隊と、アロセル教団の軍装で整えた一個小隊が隊列を連ねて移動しているのを見つけた。
何事だろう?
「教団と共同作戦て珍しいな……屍術師以来……」
俺は、もしかしたらと思いながらリュミドラを誘って、通りを中央街区の方向へとまがった。
「こっちに教区本部がある」
「来たことあるの? お祈りとは縁が遠そうなのに」
「有名だ。誰でも知ってる」
教団の司教区本部は半島でも最大の聖堂で、ドーム状の中央塔を中心に複数の塔が連なる大規模なもので、居住館や神学校と連なっている。
現在の責任者は大司教で枢機卿のズボニール・ザヴィッチだが、彼は冬の教皇選挙で教皇となったから、そろそろ後任者が来るものと言われているが未だ空席だ。
代理は教団騎士団の騎士ムハメド・アルサッド卿で、この本部には騎士の一個中隊が駐屯していることは知られている。
ムハメド卿とは二年前に、ある仕事で一緒になったことがあるからお互いに顔は知っていた。
その彼が、まさに今、建物から兵たちを率いて出てきたので、俺は道を譲りながら声をかける。
「ムハメド卿、ご無沙汰です」
「ん? おお! エリオット! ご無沙汰」
武装している……さっきの部隊と合流するんだろうな。
彼はにこやかに挨拶を返してくれると、右手を差し出してきたので握手をする。
「どうした? 深夜に告解か?」
「違いますよ。ちょっと人を訪ねて……パトレア・グランキアルに会いたい」
「口説くなら来るのが遅かったな。彼女もこのあと出撃だ……て、美人を連れて口説きに来たのか?」
「彼女はリュミドラ、俺の相棒ですよ」
リュミドラが目を伏せて騎士に挨拶をしたところで、ムハメドが後ろ、司教区本部の玄関を見ながら口を開く。
「今夜はバタついていて、俺はもう行く! 時間を取れずにすまない。彼女は中だ」
彼が小走りに離れていく。
「知り合いだったの?」
「二年前、ゴズ鉱山跡地に出た炎魔人退治でちょっと……」
思い出したくない記憶だ。
あんなことは二度と御免だ。だから、必ずイングリッドを助けたい。
玄関から中に入ると、兵士たちを集めて指示を出すパトレアがいた。
彼女は玄関から現れた俺たちに気付いたが、兵たちへの指示を続ける。
「――を補給後に再出発します。一時間後に集合」
兵たちが散る。
「エリオット!」
パトレアがそこで俺に声をかけてくれた。
駆け寄った彼女を抱き止め、お互いに背中を叩いて再会を喜んだ。
「パトレア、頼りたいことがおきた」
「いいけど、この人は?」
聖女の視線は、リュミドラに定まっている。
姫さんが微笑んで名乗った。
「よろしく。エリオットの恋人一歩手前のリュミドラです」
「な! ……ななななんで!?」
パトレア、それは俺が訊きたい。
俺はリュミドラに「いらん嘘を言うな」と注意し、「パトレア・グランキアル。元相棒で一緒に屍術師を倒した」と説明した。
女性二人が、にこやかに接近して握手をする。
空気が張り詰めていくような……。
「パトレア、屍術師の仲間がこのミラーノにもいる。拠点を探したい。親友が捕まってるんだ」
俺の言葉に、冷たい笑みを浮かべてリュミドラと見つめあっていた彼女が、パっと表情を一変した。
驚いた顔。
「え? 聖なる騎士団?」
「そう、そうだ、それ!」
「わたしたちも追っていたの。覚えてるでしょ? あの光る化け物のこと」
「ああ」
「それを捜索する任務にあたっていたら、聖なる騎士団にいきついて拠点捜索中」
「さっき、出ていった部隊?」
「いえ、ムハメド卿は共同墓地の閉鎖区画に出た屍鬼退治」
「それ、聖なる騎士団の仕業じゃないのか?」
「まだ不明……だけど、かぎりなく黒に近い。来る?」
「行く」
「そちらの方も?」
パトレアの問いに、リュミドラは当然と頷く。
「そのつもり」
「怪我、しても知りませんよ?」
「大丈夫!」
女性二人が見つめ合う。
二人とも、微笑んでいるのに怖い……。
-Elliott-
共同地下墓地の入り口へと到着すると、篝火が連なる作戦本部が設置されていて、ムハメド卿が指揮を執っている。
パトレアに案内されて中に入ると、彼は開口一番こう言った。
「どうした? 金は払われないぞ」
「参加させてもらいたい」
事情をパトレアから話してもらう。
黙って聞いていたムハメド卿は腕を組み、地下墓地の図面を眺めながら口を開いた。
「だとしたら、お前はこっちに行ってみるか? 共同墓地を拡張する工事従事者が休憩したりしていた空間があるはずだ。今はもう使われていない区域で立ち入り禁止だ」
「そうさせてもらいたい」
「こちらも助かる。二人で大丈夫か?」
「大丈夫! 任せて!」
リュミドラが元気よく答え、パトレアを見ながら続けた。
「わたしとエリオットの二人で問題ないよ。ね?」
「……ムハメド卿、敵の拠点だったら応援を呼ぶ。口笛を吹く」
リュミドラが白紙を手にとり、すばやく地図を模写し始めた。
定規をうまく使って手慣れている。
「どこの人だ?」
ムハメドの問いに、「バルティア」と俺が答えると、彼は「それでだなぁ」と呟く。
「なにが、それで?」
「スラっと背が高い色白美人」
「ありがとぉ」
リュミドラが笑顔で言い、パトレアが無表情で俺を見ていた。
……悪いことしてないはずなんだが?
「エリオット、地図、写したよぉ」
「早いな」
「えへへ、お爺ちゃん仕込み」
どういう仕込みかわからないが、写しを折りたたんで外衣のポケットへとしまう。そして、ムハメド卿と握手をして、パトレアに礼を言って離れた……が彼女に無視された。
あれだ……パトレアは俺がリュミドラを連れているのが気に入らないのだ。
逆の立場になって考えると、わからんでもない。
たとえばパトレアが、俺の前に新しい相棒ですとイケメンを連れて現れると複雑だ。
仮にイングリッドが、新しい相棒だぞとイケメンを連れて現れると嬉しくはない。
男と女は難しい……臆病にもなるよ。
出入り口へと向かいながら、リュミドラに尋ねた。
「リュミドラ、パトレアが嫌いか?」
「嫌いじゃないけど、好きじゃない」
「……どういうふうに受け取ればいい?」
「元カノを紹介された今カノの気分」
「おまえ……今カノでもないくせに。それに彼女とはなにもない」
なにもなかった……小便、ぶっかけたけど……あれは事故だ。
なにもなかった……といえる。
出入り口が見えてきた。
兵士たちに会釈をして、先に入らせてもらう。階段をくだっていくと、共同墓地の一層に到着した。内部は壁面に等間隔で設置された松明があって明るい。
教えてもらった区域へと歩く。
「どうして、悪い奴らは地下に隠れるのかな?」
リュミドラの問いに、俺は苦笑を返した。
共同墓地の奥、未使用区域の東側を歩きながら作業員たちが休憩に使っていた部屋を探す。地図の写しをみると、もう五十メートルほど先だ。
「後ろめたいから、暗いところが好きなんだろ」
「でも、ここは地下でも明るいね。松明がこんなに……」
「共同墓地だから、普段から出入りがあるんだよ」
「じゃぁ、隠れ家としてはあんまりだね」
「でも、使われていない区画の奥は真っ暗だからな」
俺は、壁にかかる松明をひとつ拝借する。
彼女も俺にならい、壁の松明を取った。
ここから先は、未使用区域の奥まった場所なので松明が設置されていないのだ。
ゆらゆらと揺れる炎が照らす先に、その扉はある。
過去、ここを造った作業従事者たちが休憩していた部屋だ。
扉は当然ながら、閉じられていた。
だが木製の扉で、朽ちかけているので蹴ると難なく破壊できる。
中に入ると、祈りに使われていた部屋のようだ。
奥行と幅は約十メートルで、高さは二メートルほどと低い。正面にはアロセルの像があるが、室内でその像だけに違和を感じた。
「エリオット、アロセル像、新しくない?」
「……なんか、わざと汚したようにも見えるな」
石像を凝視すると、像の台座に、丸い穴があいている。
俺は、父さんからもらったマント留めを外して、その穴へとはめた。
なにもおこらない。
「回したりできない?」
リュミドラの声で、俺は右に左に回したが何もおこらない。
はずれか。
マント留めを外すと、ガチャリと台座のさらに下から音が聞こえた。
二人で、石像を動かしてみる。
すると、地下へと降りる階段を見つけた。




