相棒に恵まれている
七階に飛び込むと、ノアの変化に唖然とした。
彼の左半身だけが大きく肥大化し、左右非対称になっている。左腕は伸縮自在で逃げ回るリュミドラを追い、右手は子供のままの手だが、接近した彼女の攻撃を素手で弾く硬度があった。
顔も大きく歪み、ノアであった右半面と醜く歪んで大きくなった左半面がエグい。目は白く濁り、鼻は膨れたようで唇は分厚く盛り上がっている。歯は変化によって生える方向がバラバラで、口を閉じられないので涎がずっと出ていた。
「ザマァ! ザマァ! ザマァ! ボクハ勇者ダ! ザマァ! ザマァ! ザマァみろォオオオオ……オオオオオ」
リュミドラは伸縮自在の左手に苦労しつつも、奴の下半身を光翼邪滅で破壊することで動きを封じている。
うまい!
相手がどんなやつがわからない時は、まず動きを止める。
わかってはいたが、彼女は強い。
「お待たせ。助けいるだろ?」
「エリオット! 待ってた!」
俺は彼女の右に並んだ。
俺たちは軽装のままだったから、盾も防具類もないが、剣だけで化け物に立ち向かっている。だけど、強いリュミドラの隣にいることで、負けるわけがないという自信がわく。
イングリッドと一緒だった時のように、冷静でありながら熱くいられた。
「ザマザマザマザマザマァアアアアアアアア! オマエラァ、ザマァァァアアアア! イマサラアヤマッテモオソォイゾォオオオオ!」
奴は左半身の動きに、右半身が振り回されるように動く。
俺が左半身へと、雷撃と氷槍を同時に瞬時に発動して攻撃をしかけつつ、腕をかいくぐって一気に接近した!
「ボクハァ勇者ダァ!」
ノアの肥大化した左半身の胸が波打ち、肉が裂けてアバラが剥き出しになると、それがエラのように呼吸をする。そしてそこから血煙を外へと吐き出し、俺は前進を止めて後退した。
一瞬でも判断が遅れると、あの血を浴びていたに違いない。
毒か? 酸か?
おそろしく臭い血は、毒のようだ。
「ヒザマズケェ! 主神の勇者にヒザマズケェゲゲゲゲェエエエエ!」
こいつはずっと喋ってやがる!
そうか、これがノアの本心だな?
あいつは、謙虚でおとなしそうな顔の裏で、ずっと思っていたんだ。人間であった時は他人の目があり本音を隠していたけど、もう隠す必要がないとばかりにダダ漏れているんだ!
俺の魔法で、肥大化した左肩が破壊されているにも関わらず、ノアは左手を伸ばして俺を掴もうとした。
俺は、イングリッドでその手を一刀両断する。
「ナマイキナマイキ! ナマイキ! オマエラトハカクガ違うンダ!」
リュミドラが、ノアの右半身と激しく戦いながら、魔封盾を自分と俺にかけてくれたのがわかった。
俺は毒の血から逃れ、鞭のようにしなる奴の左腕を躱しながら、その魔法の呪文を唱え終えた。
「風姫乱舞!」
七階全体を無数のかまいたちが走り回り、空間に存在する物体と生物を斬り刻む。それは寸単位に切断する刃数で逃れることはできない。
その風の刃たちが、渦となって空間を支配する。
「ナンデナンデナンデナンデ!? オカシイオカシイオカシイオカシイ! オガジィイイイイイイイイ!」
ノアの声が消えた。
化け物の身体が切り刻まれて、肉と血の残滓が不気味に床を汚す。
だが、その欠片たちがするするとひとつの方向へと集まり始めていた。
赤い石がそこにはある。
俺は、聖石を摘まみあげ、ノアの身体から離した。
「くそぉおお」
声のした方向を見ると、右半面の目と口だけが再生された彼が、俺を睨んでいる。
「まぐれで勝ったくせに……僕の父上は高貴な騎士だ。母上も高貴な生まれだ……おまえみたいな汚い傭兵が……まぐれで勝ってるだけの傭兵が……」
まぐれでも、勝つことが大事なんだよ、天才くん。
俺は彼を無視して、上にあがろうとしたが、リュミドラが火炎弾をノアの再生されていた顔に撃った。
「ぎゃああああ! あついぃ! あついぃいいいい! あつい……いやだ……いや」
ノアの顔が、灰となる。
彼女は俺を見て、真面目な顔で口を開いた。
「あのような愚者でも、勝者は慈悲を示さねばなりません」
「……お許しを、殿下」
「もう、ちょっとその呼び方はやめてよぉ! 行こ!」
彼女は俺の右腕をからめとると、階段へと誘う。
突然きり替えてから、さらにまたいきなり素になるなよ……。
-Elliott-
その防具は白銀に輝いている。
等身大の人形に、防具は着せられていた。
肩当ては左肩のみ、胸当ては胸部のみを守る形だ。脛当てと膝当てがあるが、他の部位は鎖帷子で守れということらしい。
動きを重視したものだとわかる。
「重そう。動けるかなぁ」
リュミドラがそう言いながら胸当てを人形から脱がせると、目を輝かせた。
「これ、軽い!」
触らせてもらう。
軽い!
これはあれだ。軽くなる加護を授かっているんだろう。
俺が胸当て、肩当てを持ち、彼女が両脚の膝当てと脛当てを持つ。
階段を降りていくと、七階にあがってきた教師たちが騒いでいた。
「これは!?」
「なんなんだ!? この惨事は!?」
「学長がうまく隠してくれるしかない!」
「これは誰だったんだ!?」
教師の一人が、細切れにされた肉片でしかなくなってしまった者の名前を知りたがっていたので、教えてやることにした。
「ノアだ」
「ひぃいいいい!」
「彼のお父様は多額の寄付をくださっておるぞ!」
「どうしよう、どうしよう!」
「隠蔽せねば!」
「すぐにばれてしまう! 何かいい方法を!」
リュミドラが彼らの前に立つと、にこやかな表情を一変して一喝した。
「愚か者! 己の欲で友人たちをまきこみ利用し、さらにはわたしとエリオットに対して化け物となって襲いかかってきた者がいたことを公表しなさい! 邪悪な魔法を使ったことで、わたしたちによって成敗されたと記録にも残せばいい! おまえたちはいつも、そうやって学院の中で起きたことを隠す! だからお婆様が乗り込んできたことをまだ理解していないのですか!?」
「ですが姫、魔法学院は他所の学校とは違います」
「そうです、そうです。歴史があります」
「我々は魔法の研究に身を捧げ、その使命を果たさねばなりません」
こいつらの毒が、ノアを汚してああしたんだと思うよ……。
リュミドラは鋭い声を出す。
「ではおまえたちの言、そのままお婆様に伝えておくゆえ、よきにはからってもらうがよかろう……エリオット、行こ!」
だから、いきなり素になるなって……。
一階から外に出て、生徒たちにスープを与えていた学長へと二人で歩み寄る。
「何が起きたか想像はつく……彼らから中の経緯を聞いたよ」
学長が生徒たちを見る。
俺は防具を地面に下ろしながら口を開いた。
「勇者になりたいと、聖石を使って化け物になった……以前に話したネレスやジェイクと同じ末路だ」
「そっちの処理はこっちでやっておく。あと、防具も預かる。今夜、発ちなさい。河の渡しを用意しておくから、グラードバッハの西から出なさい」
俺は感謝を示し、リュミドラは学長と抱き合う。
「婆様、行ってきます」
「戦姫の異名に、名前負けするんじゃないよ」
「えへへへ……」
リュミドラは照れて笑った。
-Elliott-
四月十日の夜にグーリットに入った俺とリュミドラは、軍の詰所へと急いで駆け込み、金を払って軍馬を借りた。
「ミラーノで返しておく!」
「おお! わかった! えらい美人さんじゃん! 紹介して!」
リュミドラに握手を求めて手を差し出した兵士の手は、馬に乗ろうとしていた彼女の目の前に突きだされる格好となる。
リュミドラはその手を取ってひねりあげた。
「無礼者!」
「痛い! イタタタ!」
「あ! ごめん! とっさに! 大丈夫!? ごめんね」
謝りながら兵士の手を離して馬に乗った彼女が、俺の隣に並ぶ。
二人で、夜の丘陵地帯へと出た。
徒歩なら半日かかるが、馬なら一時間もあれば到着する。全力で駆けさせ続けるわけにはいかないのでどうしてもこれくらいの時間はかかる。
都市国家連邦の中心。
グーリットもその都市圏に含まれる。
人口は把握しているだけでも二十万人以上。不法入国もいれるともっと多いはずだ。
向かう途中で、リュミドラが問うてきた。
「エリオット、もし! もしだよ!? イングリッドが! ノアみたいになってたらどうするの!?」
「……」
「エリオットだけが前世の記憶をもつから上手に使えるってことよね!?」
俺は、最悪の想像をした。
化け物になったイングリッドに襲われる光景……。
ノアのように……欲望が表に出るならば、彼女はきっとこう言うな……。
「大きいお肉を食べさせろぉ……て近づいてくるから、お肉を食べさせてあげようと思う」
「……っぷ! なにそれ!?」
リュミドラの失笑に、俺も笑う。
「俺は信じてる。イングリッドはきっと無事で、俺を待ってるんだ」
「……わかった。エリオットが信じることを、わたしも信じる!」
俺たちは、馬の速度をあげた。
ミラーノの明かりが見えてくる!
市街地に張り巡らされた公道に、外灯が設置されているから夜でも明るい。そしてその夜景は遠くからでも美しく映えていて、俺たちを誘うかのようだ。
「エリオット、どうやって聖なる騎士団の拠点を探すの?」
「協力を頼みたい相手がいるんだ」
「ミラーノに?」
「そうだ」
「信用できる相手?」
「ああ、間違いなく信用できる。アロセル教団の聖女だ」
ミラーノで、いちばん信用できる人だ!




