父と母と子
リュミドラの助けがありがたかった。
彼女がついて来てくれてよかった。仮に俺ひとりであれば、大怪獣を倒すのはもっと苦労していただろう。そして四層のゴルゴーンで詰んでいたと思う。
この神殿は、五層より下がある。
だが、俺たちの目的は神殿の深部を探ることじゃない。
指輪を取って、還ることだ。
五層から四層へと戻ったところで、一度、水を飲んだ。
四層から三層への階段を、ゆっくりとあがっていく。
「エリオット、きっと指輪を先に渡せと言われるわ」
「だと思ってる」
「どうするの?」
「……」
「嘘の場所を、教えられるかもしれない」
「……ああ」
「イングリッドの持ち物、残っていない?」
どうしてそんなことを聞くのかと思いながら、俺は記憶をたどる。
「いや、残ってない。彼女は去る時に忘れ物はしなかったし、部屋もきれいに使って……」
記憶が蘇る。
美味しい串焼きを食べていた時のイングリッド……好きなだけ食べさせてやるから、絶対に待っていてくれ!
リュミドラが言う。
「テンペストの魂……封印を解除するためにこの魔法具と彼女が必要なら、この島から神殿へと向かう途中のどこかに閉じ込めておくんじゃないかな?」
「……」
「……罠にかけて、あるいは騙して彼女を捕まえた。魔法の力を強制的に封じる呪具で力を封じて監禁している……魔法具をお父上の部隊が獲得すべくここに来た……彼らとしては、獲得したらすぐに神殿に降りたい……他大陸ではないし、半島内……神殿の場所はグーリット周辺?」
「グーリットとグラードバッハの途中だ。道を外れた丘陵地帯に墳墓、森に神殿がある……父さんたちが指輪を入手したと鳩や烏で報せを出す……この島から神殿まで……陸路は時間がかかる……戦争をしているかもしれない……海路……」
「バルティア王国は経由できない……お父上、北方騎士団の総長家の関係者よ。エリオット、あなたもそう……いや、ごめん。なにが言いたいかというと、北方騎士団領に経由地を用意している可能性がある」
「半島を反時計回りに船で……アテナで陸にあがるか」
俺は脳内で、北方騎士団経由である場合のルートを考える。
北方騎士団の本拠地キールで船を変える……この島に来るのに使った船はきっと、ひとつも無事なものはないだろう。しかし帰還用の船はどこか離れた場所で待機しているに違いない……その船に上陸部隊を乗せて、キールで補給をすると、そこから一気にリズ王国を迂回してアテナに向かうことができる。
不審船が国籍をはっきりとしていなかった理由は、北方騎士団の船だったからではないか? 同盟国であるバルティア王国の海域であっても、知られたくなかった……。
ヴァスラ語を使っていたのは?
父さんは長くヴァスラ帝国で暮らしていたし、ヴァスラ語は公用語のひとつだ……どうして父さんは奴隷にされた?
知りたいことは山ほどでてくるが、イングリッドの居場所に集中しよう。
三層が見えてきた。
-Elliott-
三層に戻ると、父さんが母さんを寝かせていた。
リュミドラに支えられて、二人へと近づく。
母さんの怪我をここで初めて、しっかりと見ることができた。
右肩が砕けている……出血もけっこうな量が……助からない怪我だ。
俺はさきほどまでの推理や疑問を捨てて、母さんの手を握った。
父さんは、俺がそうするのを阻まない。
「母さん」
「エリオット……無事ね?」
「ああ」
「聞いて……大事なことを言うわ……」
俺は母さんのしたいようにさせようと思う。
リュミドラも、俺の気持ちを許してくれて、俺の隣で膝をついた。
「エリオット……あなたは北方騎士団総長フレデリク・ギュダールの甥……だけど、わたしたちは総長選挙には出ることができない……アレクセイは死んだことになっている」
「俺から話そう……」
父さんの声。
父さんは総長家の四男として、本来であれば騎士団を支える立場であったが、先代総長他界時に発生した相続問題で、次男のフレデリクが総長に就くことになると、それに反対をしていた長男と父さんは命を狙われる立場になってしまった。
ここで長男が次男に提案をおこない、それまで反対勢力であったことの償いをするという意味で、長男は騎士団を出て、独自の組織を創る動きをした。彼ら兄弟は争ったが、対帝国という意味では一緒であったのだ。
これが、聖なる騎士団だ。
二十三年前の出来事である。当時、父さんは俺と同じ年齢だったそうだ。
四男である父さんは、病死したことにして騎士団を出て、この組織に加わり帝国に潜入……そこで傭兵として働きながら帝国内に協力者を作っていた。
ここで、ヴァスラ帝国の諸侯の姫であった母さんを誘拐しようとしたが、二人は愛しあうことになった。長男はこれを「役に立つだろう」「諸侯の家に諜報を入れられる」と言って許したそうだ。
だが、母さんの家が許さず、傭兵風情がと怒った。
俺はこの時、母さんのお腹にいた。
父さんは農園へと送られ、身籠っていたことが発覚した母さんは親によって汚らわしい娘とされて、父さんがいる農園に送られた。
母さんが、俺を見つめていた。
両目には、涙が溜まっている。
「でも……今はこうも思う……わたしをそうしたのは母上だけど、母上はわたしをそうすることで、アレクセイの近くにいさせてくれたのよ。そしてそうすることで、お腹にいたあなたを守ってもくれた……」
母さんが、父さんの手を握る。
「エリオット、あなたのお父さんは、奴隷を続けながら情報を集め、仲間に流していた……そしてあなたへの愛情も絶やさず、あなたに剣と魔法と誇りを授けたわ」
「……ああ」
「あなたのお父さんを、責めないでちょうだい」
「……」
俺は、母さんの顔から色が失われていくのを見て、その頬に手を伸ばした。
「母さん……やっと会えたのに」
「エリオット、こんな再会でごめんね? ごめん……愛してる」
「母さん……」
「エリオット……あなたはエリオット・ギュダールと、エリオット・ファウム・シュバイク……北方騎士団総長家と、ヴァスラ帝国摂政家の血をひいている」
リュミドラの硬直が俺にもわかる。
母さんは目を閉じると、一筋の涙を流して口を開いた。
「アレクセイ……エリオットを助けてあげて」
母さんが、そこで呼吸をとめた。
俺は母さんの胸に手をあて、心臓を動かそうと懸命に押す。そして人工呼吸をして、また胸を押す。
「エリオット」
父さんの声。
「駄目だ! 母さん! 駄目だ」
「エリオット」
父さんに手を掴まれた。
「父さん、邪魔をするな」
「逝かせてやってくれ……」
父さんが泣いている。
「エリオット、逝かせてやってほしい。お願いだ」
「父さん……馬鹿野郎!」
俺は父さんに掴みかかり、その胸に頭をぶつけたまま、泣き崩れた。
-Elliott-
「エリオット、お前の相棒はミラーノにいる」
母さんを見つめたまま、父さんが言った。
「……教えていいのか?」
「オリビアの願いだ……母親は強い。最後まで、お前のことだ……」
父さんが、母さんの頬をなでると、身をかがめて母さんの唇に接吻をした。
とても尊い光景を見せられたようで、俺は感情が穏やかになっていくことを認める。
父さんが、母さんを抱えた。
「ミラーノにいるが、どこにいるかはわからない……俺はアテナで合流する予定だったからな……これを持っていけ」
父さんはマント留めを千切ると、俺に差し出す。
受け取る。
金でできたマント留めは、竜の模様が刻まれていた。
「聖なる騎士団の証だ。拠点のドアには必ずこの留め具を鍵に使う仕掛けがある」
「……ありがとう」
「ミラーノには、兄のグレンダルフがいる。聖なる騎士団の総長だ……彼の近くにお前の相棒は隠されているはずだ」
「わかった」
「拠点は定期的に変わる……そこは自分でなんとかしろ」
「……父さん」
父さんは母さんを抱えて、上へと向かう階段へと進む。
リュミドラが口を開いた。
「上には、餓鬼がいるはず。お母上を狙ってくる」
そうだ!
奴らが上にいる。
「父さん、俺たちが先に行く。道を開く」
「……」
「父さん!」
「エリオット、頼む」
俺はリュミドラと進む。
疲労は濃い。
まだ完全じゃない。
だけど、母さんを奴らの仲間にさせてたまるか!
-Elliott-
一層にあがると、信じられない光景があった。
神殿の入り口に、真っ赤な髪を足まで伸ばした少女がいて、彼女は炎をまとうようにゆらゆらと揺れている。顔つきはエルフで、耳は長く先端はとがっている。
『我は入るなと言ったぞ』
!!
ステルラか!
餓鬼たちが、神殿の広間にいるが、皆、左右に別れてひざまずいている。
『いい、喋るな。今、読む』
俺は喋ろうとしていた口を閉じ、その場で止まる。
『なるほど……親子の再会があったか』
「……」
『そう警戒するな。我が来なければ、お前たちは餓鬼どもに喰われておったところだ』
「……」
『女、こんな時に汗臭いかどうかを気にする余裕があるな?』
「ひゃ!」
『おまえ、その男を好いているから臭いと思われたくないのだな?』
「ひゃー!」
お……リュミドラ……とんでもない晒され方……同情するよ。
悪い気はしないけど複雑だ、今は……。
『女、悪い気はしないと思われているから安心しろ』
「ひゃ……ひゃい!」
『それで……人間、お前たちは奴らを止めようとしたのはわかった。見逃す。だが、後ろの人間は許せぬな』
「父さんなんだ!」
叫んでいた。
ここで、母さんを抱えた父さんが広間へとやって来て、出入り口に立つエルフに似た少女を見て動きをとめる。
『テンペストが認めた人間よ、去れ。ただし、魔法具は置いてゆけ』
「エリオット、言われた通りにしろ」
父さんの声。
三人の頭に、ステルラの声は届いていた。
父さんは続ける。
「エリオット、相棒を救ってやれ」
「……父さん」
「俺が、母さんをさらわれたら、きっと同じことをするだろう。行け! エリオット、ミラーノに行け!」
「……ありがとう、父さん」
俺は魔竜に、指輪を差し出す。
竜は一瞬で俺の目の前に現れると、指輪を受け取り微笑んだ。
「たしかに」
直後、背後からの突風に襲われる。
抵抗できない力で、俺は神殿の出入り口から外へと吹き飛ばされていた。
隣でリュミドラも地面を転がり、受け身をとって立ちあがるもまた倒れる。
俺が建物の壁にぶつかり、彼女がそこに重なる。
抱き留めて、二人で深呼吸をした。
「父さん……父さん!」
叫んだ。
起き上がって、神殿へと数歩、近づく。
「父さん! 行ってくる! 父さんと母さんの息子であることを誇りに思う! 行ってきます!」
声よ、届け!
届いてくれ……。
父さん、母さん。
俺は行くよ!




