親を子は追う
それが、扉の向こうから姿を見せた。
やせ細った長身の男の頭部は羊で、角がねじ曲がっている。四本の腕は長く、手には何も持っていないようだが指先から糸を出しているものと想像した。
足は馬の後ろ脚だが、二本脚で立っている。
「ガフフッ……カカカカカ……アソンデェ……」
「父さん、仲間はこいつに殺されたみたいだぞ?」
「……精鋭を集めたのにか……化け物」
父さんが、化け物へと突進する。
俺も、羊頭へと剣をかまえて加速した。
化け物が、手の指を動かす。
「大気の流れ、大地の癒し、豊穣を誘え。風守護」
母さんの声で、俺たちの周囲で斬糸が乱れた。
父さんの剣が化け物の腹を破り、俺のイングリッドが頭部を切断する。
聞くにたえない断末魔の叫びをあげた化け物が、腸をこぼしながら倒れ、頭部は床を転がり壁で止まった。
父さんが、奥の部屋へと走る。
一瞬で皆、殺されたのだとわかる光景がひろがっていた。
死体が累々と床に倒れ、血と肉が発する異臭で鼻が麻痺する。
リュミドラもさすがにえづき、入り口付近で嘔吐した。
幅四メートル、奥行きはそのほぼ倍、高さは三メートルほどの部屋の奥に扉がふたつあり、ひとつは開いている。
立ちすくむ父さんを無視して、俺がその部屋を見ると中は空洞で何もない。
化け物がここから現れたとみるべきだ。
もうひとつの扉を開くと、下へとくだる階段があった。
ここで後方から、大勢の唸り声にも似た不気味な声が聞こえてきた。
リュミドラが後ろを見て、叫んだ。
「何か来る!」
駆け戻り、彼女の隣でそれを見た。
俺たちが入った神殿の入り口から、餓鬼が大量に迫ってくるのを見えた。
皆、骨と皮だけになった元人間で、頭部は骸骨だが死体を喰らうと言われている。
動きがとても遅いので、逃げ出すには余裕がありそうだ。相手にするには、今回は数が多すぎる。どこに隠れていたのかと思うほどの数が、神殿の中へと入ってきているのだ。
「死者の都市……そういう意味か」
母さんが言い、続ける。
「死者が増えれば、彼らがやって来て貪り、仲間にする……この都市は死者で満ちていく」
俺は奴らが近づく前に移動したほうがいいと思ったが、茫然とする父さんに声がかけられない。
仲間を一気に失っている……あの組織の奴らだとわかってはいたけど、父さん相手にざまをみろとは思えないでいた。
俺は、母さんに尋ねる。
「何が目的で、ここに来たんだ?」
「……テンペストの封印を破る魔法具があるのよ」
「……」
イングリッドは、そんなことは一言も言っていなかった。
父さんと母さんは、テンペストの復活を邪魔したのは俺であると、さきほどの会話でわかっているだろうから詳細ははぶき、要点だけを言う。
「魂は封印された。それを破るには、またあの神殿に入る必要があるが、俺たちでは入れない」
「いや、入ることができる」
父さんは断言した。
「どうしてだ?」
「我々は、巫女の一族であるフォーディ族の娘を捕まえることができた」
俺は、カッとなって思わず怒鳴る!
「……その娘を殺しただろ! あんたたちが!」
俺は、イングリッドと一緒に過ごした二カ月ほどの期間を思い出す。そこで見た彼女の慟哭を忘れない。
くやしいと泣きながら叫んだ彼女を、忘れるわけがない。
妹を残酷な目に遭わされた相棒の怒りと悔しさを、忘れるわけがないんだ!
「あんたたちが! 自分勝手に動いた結果! 死んでるんだ! 人が死んでる! 俺も死にかけたんだ」
母さんが俺の腕をやさしく掴み、口を開く。
「わたしたちがやらないと、もっと多くの人が死ぬ。帝国の侵略で苦しむ人々を助けないといけないの」
俺は、母さんの手を振り解いた。
「だったら、皆で協力して戦えばいい。神や竜にすがっては駄目だ」
「戦力が足りないのだ」
父さんが言い、階段の奥を見つめて発言を続ける。
「ともかく、入る方法はある。おまえは勘違いをしている、エリオット」
「なんだ!?」
「フォーディ族の娘は一人ではない。二人、いるのだ――」
音が消えた。
心臓をわし掴みされたような感覚で、俺は胸を押さえて膝を折る。
父さんはまだ何か喋っていたが、まったく頭に入ってこなかった。
二人……。
フォーディ族の娘は、イングリッドと妹……。
あんたら……。
「エリオット」
リュミドラが俺の肩を抱く。
父さんが歩きだした。
俺は、喉を絞るようにして叫ぶ!
「イングリッドを! イングリッドをぉ捕まえたのがぁ!」
俺は、胸が掻きむしられるような苦さに喘ぐ。
「……誰かが、やらないといけないのよ」
言った母さんが、父さんを追う。
父さんが、俺を一瞥すると下へと進んだ。
「待て……待ってくれ!」
イングリッドをどこに!?
イングリッドをどこに閉じこめている!?
馬鹿だ。
俺は馬鹿だ!
彼女を一人で行かせた!
あの時、船に乗る彼女を一人で……イングリッドを一人で行かせた!
船旅で一か月……いくつかの港に寄港する……組織が彼女を追っていれば、必ず機会はあった!
俺が、それを許した……イングリッドを一人で行かせた俺のせいだ!
「うわぁああああああああああ!」
怒りで叫び、勢いよく立ちあがる。
「エリオット!」
リュミドラに羽交い締めにされた。
「駄目!」
「邪魔だ! 二人を追うんだ!」
「待って! 冷静になって……この先、きっと危険よ? 竜の言葉を思い出して。下には行くな……危険なの! そんなに怒ってカッカッとしてたら駄目! 落ちついて!」
落ち着いていられるか!
「大丈夫。イングリッドは無事よ」
「どうして! どうしてわかる!? 彼女の妹はひどいことをされていた! されていたんだぞ!」
「彼女も竜の命の欠片を持ってるんでしょ?」
!
「エリオットみたいに、本当に生命の危機が襲ってきたら、彼女もきっとあの時のエリオットみたいになる! そうなったほうが逆に安全といえる」
そうだ。
彼女も石を持っている。
彼女は殺されてはいないはずだ。
だけど……だけど!
だけど、ひどいことをされているかもしれないじゃないか!
「エリオット、落ちついて! 自分の無謀で竜化を進めていいの!? イングリッドを助けるためにここは落ち着いて!」
リュミドラに、頬を平手打ちされた。
痛みで、興奮のあまり身体をちゃんと動かせていなかったとそれでわかった。
感情はささくれだっているが、懸命に深呼吸をする。
「焦るのはわかる。でも、落ち着いて」
彼女が俺を抱きしめた。
「エリオット、深呼吸」
深く息を吸う。
ゆっくり吐く。
「脈拍はどう?」
少しずつ、落ち着いている。興奮状態から、緊張状態に戻っていく。
「リュミドラ、すまない」
「ううん、お互いさま」
「……追う。手伝ってくれるか?」
「当たり前よ。いちいち聞くかな?」
彼女は微笑み、俺の肩を本気で殴った。
痛い。
ありがとう。
-Elliott-
長いながい階段を駆け下りる。
螺旋状の階段は、こういう神殿を造る際の基本らしい。
底が明るい。横穴へ続いていてそちらに明かりがある。
ドン! という大きな音が下から聞こえた。
巨獣の断末魔の悲鳴があがる。
戦っている!
はやる心を懸命におさえ、身体への負担を考えながら降りる速度を保った。
もうすぐ着く。
剣を右手に持ち、盾を肩の高さまであげる。
最後の一段を踏み、横穴へと突っ込む。
光る空間は、とてつもなく巨大な空洞だった。天井までは、あのガリアンヌの塔以上の高さがあるし、奥行きも幅も地下であることが信じられないほどの広さだ。
この広い空間は光る壁に照らされていて、父さんと母さんが空間の中間あたりに立っていた。
牛頭魔人の群れを倒したところだとわかる。
三体の死体を前に、肩を怪我した母さんを父さんが支えている。
「母さん!」
駆け寄ろうとすると、父さんが剣先をこちらへと向けた。
「近寄るな」
「父さん……」
「エリオット……お前は俺たちの邪魔をしようとしているな? ここで親子の縁をきる」
「……父さん……イングリッドは俺の相棒だ。親友だ! 彼女の……美味しいご飯を食べて喜ぶ顔が好きなんだ!」
「愚かな! 数多の人命を救うために犠牲は必要だ! 過去も現在も! 未来もきっとそうだろう! 平和とは叫んでかなえられるものではない! 血と鉄で掴むものだ! お前も傭兵として身をたてたならわかるだろう!」
「わかっている! そんなことはわかっている! だけど、俺は父さんの言葉をずっと覚えている! 誇りを捨ててなんていない! だけど父さんは! 騎士の誇りを捨てているじゃないか! 他人の命や希望を軽く扱うことを正義面して吠える父さんは! 誇りを捨てているじゃないか!」
「うるさい!」
父さんが怒鳴った直後、空間の奥にあった三つの扉のうち、右がゆっくりと開き始める。左はすでに開いていて、中央が閉じられたままだ。
左と中央の扉と比べて、右の扉はバカでかい。
縦横十メートルはある……。
それが、ゆっくりと開いていく。
父さんは、母さんをその場に座らせると、右の扉へと進む。
「父さん! 手伝う!」
「来るな! お前はもう息子じゃない!」
開かれる扉へと、中に潜むものがぶつかっている。
ごぉん……ごぉん……という重い音と、きしむ空間と揺れる床は、潜んでいるものが巨大であることをつきつけてきた。
「エリオット……これ、あれじゃない?」
リュミドラの言葉に、俺は頷く。
開きかけている扉から、化け物の一部が見えているが、それはまぎれもなく大怪獣の頭部だった。




