親子
廃墟となった都市の中で、比較的まともな建物の中へと入った。
日没まではまだしばらくある。
荷物を置き、水筒の水を飲んだ。まだ半分以上は残っていて、明日の昼までは十分に足りそうだ。
「エリオットは強いね?」
唐突に言われ、リュミドラを見る。
彼女はマントを敷いて、その上に座っていた。そして胸当ての留め具を弛めながら続ける。
「わたし、一人で生きろなんて言われると困るもの」
「家出したじゃないか?」
「爺様と婆様がグラードバッハにいるから、そっちに逃げただけ」
「……実際、リズ王国の王子との結婚、どうするんだ? 言っておくけど、いい人だぞ」
「会ったこと、あるの?」
「ある。今の豚王から王位を継いだら、リズ王国は栄えると思う」
「……そっか。エリオットも、わたしがその人と結婚するほうがいいという意見ね?」
「意見というか、そういうもんだろ? 王族なんだから」
「……明日の食事、着るものに困ることはない……恵まれた生活……それに対する義務……正直、わたしは自分が姫だなんて呼ばれるの嫌なんだけど」
「そう呼ばれたいやつと代わってやれよ。いくらでもいる」
俺もマントを敷いて、寝転ぶ。
寒いな……無理もないか。北の端のほうだし、季節はまだ春先だ……。
会話がなくなり、珍しいなと思って瞼を開くと、彼女は座ったまま眠っている。
こういう野宿に慣れてるなんて、本当に変わった姫さんだ……。
俺も瞼を閉じた。
どれくらい時間がたったのかはわからないが、そう長い時間は寝ていない自覚がある。相変わらず浅い眠りの俺は、大勢の足音で目を開いた。
素早くリュミドラの肩をゆすり、彼女も覚醒したと同時に異変を耳でとらえる。
二人で武器をつかみ、建物の入り口から離れて姿を隠した。
声がする。
ヴァスラ語だ。
「全滅する前に逃げてくれればいいが」
「囮役なのだから仕方ない。しかしあの蜥蜴、無茶苦茶だ」
「まだこちらに気付いていない。早く入るぞ」
入る?
足音が向かう方向は神殿……。
「エリオット、あいつら、神殿に向かってる。ヴァスラ語……帝国人だよ」
「……俺は追う。お前はどうする?」
俺は、リュミドラに選ばせてやった。
一緒に来るなら、全力で守ると決めている。
「行く」
二人で荷物をまとめる。
俺は新調した革鎧にイングリッド、軽鉄製の盾だ。そして投擲用のナイフと、隠し武器の短剣。
彼女は短剣二本、革鎧、投擲用のナイフは腰のベルトに四本さしてあった。
それぞれに水筒だけを腰のベルトに結び付ける。
お互いの目を見て、うなずきあい、建物から出た。
神殿へ向かう集団を追う。
ステルラは!?
!
海のほうを飛んでる!
囮を相手にしてるんだな……。
隣に並んだリュミドラが言った。
「帝国軍?」
「軍が神殿へ一目散には行かない。中継港に使えるかの調査で島にきたならここまで入らない」
「じゃぁ……エリオットが言ってた?」
「たぶん」
聖なる騎士団だろう!
-Elliott-
神殿へと駆け込むと、奴らは一斉に振り返った。
「おい、何者だ!?」
叫んだ男の声が、神殿内を反響する。
「お前ら、聖なる騎士団だろ!?」
俺が剣を抜き放ちながら問うと、男が周囲の仲間たちに抜剣を命じながら応じる。
「どこかで会ったか?」
「たくさん会ったよ、あんたらの仲間にな」
「……どこで?」
俺は人数を素早く周囲を窺う。
神殿のエントランスは広く、一辺が五十メートルの正方形で高さは三メートル。敵の数はこちらから見えているだけで十人。奥に何人かいる……十二、三というところか。そいつらは扉の前に立っていて、扉を開けようとしているのかもしれない。
俺は相手が聖なる騎士団だとわかれば、それだけで十分だ。
よくないことをしようとしているに決まっている。
倒すだけだ。
これまでのこともある!
火炎弾を発動して、一気に速度をあげた。
「待て!」
鋭い声と同時に、防御魔法が発動されていた。
だが、それは想定していたことだ。
本命は接近戦!
こちらも魔法が厳しいが、相手も同条件にする。
リュミドラが隣にいて、右利きの俺の右側を守るように駆けていた。
ふつうは強いやつが右につくんだ!
生意気な!
「待てと言っている!」
集団をかきわけて現れた男が、俺たちの前に立つ。
俺は、その男を知っていた。
ビクン! と身体が硬直し、数歩駆けて、歩いて、男へ二メートルほどの距離で立ち止まる。
リュミドラが、俺の隣で困惑していた。
「どうしたの?」
「……父さん」
父さんだ。
「エリオット、強くなったようだな?」
そこに現れたのは、父さんだった。
最初に叫んだ男が、父さんに声をかける。
「閣下……」
「ああ、お前たちは先に行け」
「よろしいので?」
「五年ぶりに、息子と会えたんだ」
男達が、扉を押し開いて奥へと入っていく。
父さんと、仮面をつけた女が残っていた。
その女は、仮面を外す。
母さんだ……。
「エリオット! どうしてここに?」
母さんが俺へと手を伸ばした。お互いに歩み寄り、抱き合う。
両親と、こんなところで再会するとは……。
「俺、戦場で仲間に狙われて逃げたから、父さんや母さんがひどい目に遭っていないかと心配だった……もっと早くに……もっと早くに戻っていたら……」
声が震えて言えなくなる。
父さんに肩を抱かれた。
「よく生き抜いた」
涙がこぼれる……。
父さんの言葉で、俺は止まらない涙に困った。
-Elliott-
父さんが、リュミドラに名乗る。
「アレクセイ・ギュダール。妻のオリビア……エリオットの父と母親です」
「……リュミドラ・ガルディア・フェンネスト……エリオットの友人です」
「バルティアの第三王女がどうして?」
父さんの問いには、彼女の名前を聞いただけで何者かを知るだけの知識があると意味している。
一方、リュミドラも困惑した様子で呟いた。
「ギュダール……北方騎士団の総長家……」
……いろいろと衝撃な事実がたくさん出てきて、いちばん困っているのは間違いなく俺だ。
父さんは簡単に、これまでのことを教えてくれた。
戦場で手柄を立て続けたことで、帝国の臣民となることができたそうだ。それから母さんを農場から連れ出し、帝国へ復讐をするために活動をしていると……。
こんがらがる。
聖なる騎士団は帝国と戦う組織?
じゃ、なんであんな物騒なことをしている?
今もどうしてこの神殿に……そうだ!
「父さん、駄目だ。神殿の地下に入ったら駄目だとステルラ……魔竜に言われている」
「魔竜と話をしたのか? お前はどうしてそ――」
「そんなことよりも、仲間を呼び戻してくれ。魔竜がこれを知ったらただじゃすまないぞ」
「帝国は北方大陸の六割を支配し、百五十六の民族を統治している。地味な活動では倒せない。竜の力を借りる」
「駄目だ、竜はそういう存在じゃないぞ」
「なぜ、そう言いきる? お前は何を知っている?」
……言えない。
イングリッド、たしかにお前の言ったとおりだ。今、父さんに竜のことを説明したとしても、よけいにその気にさせてしまうだけだ……。
真実は隠したほうがいいこともある。
「言えない……相棒と約束した」
「……帝国摂政シュバイク候ズラターンが病に倒れた今が好機だ。あとで話そう。ここで待っていろ」
「駄目だ。行かないでくれ」
親子で見つめ合う。
母さんが、俺の腕に手を置いた。
「エリオット、わたしたちはやらないといけないの」
「どうして……どうして父さんと母さんは屍術なんて術を使う奴らの仲間なんだ!? どうしてだ?」
二人が硬直する。
「それを、どこで?」
父さんの言葉に、俺はグーリットでの出来事を教えた。
「俺はグーリットで傭兵をしている。そこで、聖なる騎士団の屍術師がおこした事件で戦った」
「お前が! お前がクリムゾンディブロなのか!」
父さんの驚きに、母さんも目を見開いた。
母さんが声を震わせる。
「神使を倒した邪悪なる者? ……エリオット、本当なの? 嘘よね?」
「本当だ……神使こそ邪悪な姿だったぞ」
父さんと母さんが離れる。
「行かないでくれ」
俺の言葉に、父さんがかぶりを払った。
「我が息子とはいえ、堕ちた者にかける言葉はない。邪魔をするならば斬る」
「……」
母さんが動揺しつつ数歩、後退した。
父さんの手が、剣の柄にかかる。
わかる。
とても強い。
でも、今の俺のほうが強いとわかる。
だけど……父さんと戦うなんて無理だ!
「エリオット!」
リュミドラが鋭い声を発した。
奥へと続く扉から、先に向かったはずの男が一人、よろよろと現れる。
「アレクセイ、ラウルが!」
母さんの声で、父さんが俺を睨みつつ移動し、戻ってきた男を視界に入れた。
「ラウル? 何があった?」
ラウルと呼ばれた男は、よろよろと歩いていたが、脚が膝のあたりでずれはじめ、両足を立たせたまま、膝から上が前へとのめりこむ。そして床へと顔から落ちた直後、胸、腹、腕がバラバラと散りばり、臓腑がこぼれ落ちると同時に血だまりができあがる。
リュミドラが、扉へ向かって風刃波を放った!
彼女の魔法は、何も存在していなかったはずの空間を裂いたが、ブツブツと何かが切れる音が聞こえる。
「斬糸……」
父さんの声。
奥の部屋から、不気味な呼吸音が聞こえてきた。
人間ではない。
「ガフッ……カカカカ……ガフッ……」
何かがくる。
俺はイングリッドをかまえた……。




