魔竜の島で
夜が明けるのを待って、商船から小舟へと乗り込んだ。
漕ぎ手の船乗りたちが懸命に漕ぐ間、俺は単眼鏡で不審船を観察していた。その船は俺たちと同じように、島から離れた場所に停泊している。
リチャードが言っていた帝国の船かもしれないが、国旗も軍旗もあげてない。
こちらの商船はバルティア王国の国旗をあげていて、国籍を明らかにしている。国際法での決まりだからだ。
公海上において、船舶は国籍を明らかにしなければならない。
つまり、あの船は厄介な奴らが乗っているということになる……。
ヨルムンガントに眠る財宝の噂に釣られた海賊? だったらまだなんとでもなるんだが……。
というのも、俺はあることを思いついてしまっていた。
というよりも、思い出していた。
竜のいるところに、聖なる騎士団は現れる……。
予感がする。
というか、予感がしないようなら傭兵失格だ。
これまで散々に巻き込まれて、ひどい目に遭って、その仕返しでもっとひどい目に遭わせてやった仲なのだ……。
出会ってから「嘘だろ! そんなまさか!」とか言ってる奴は頭がどうかしてる。
「おい」
名前を呼べないので、リュミドラに話しかける時は「おい」と言うようにしていた。
彼女が俺の隣に立つ。
揺れる船の上で、俺と同じように立つことができる時点で彼女は戦士の質が高い。
わかってはいたが、再確認して嬉しくなった。
「以前、俺の過去を話した時に、竜を復活させようとしている悪い奴らがいると話したろ?」
「うんうん! 屍術を平気で使う奴らのことね?」
「あの国籍不明の船……怪しいと思う。その可能性がある」
「北の魔竜に用があるのかな?」
「そういうわかりやすい目的ならいいんだけどな……あの島、いろいろと謎が多いだろ?」
「そうだね。楽しみだね」
違う!
そうじゃない!
「兄さん、あそこへつけるからな。飛び移れ」
漕ぎ手の声。
前方に岩礁地帯があり、海面から突き出た岩たちは島へと渡れそうに連なっていた。
「わかった」
再び単眼鏡を眺めると、怪しい船からも小舟が出て、島へと向かっている。
嫌な予感がする……。
「エリオット!」
リュミドラの鋭い声。
俺は、彼女がさし示す方向を見た。
頭上高くを旋回していた北の魔竜が、怪しい船から出発した小舟へと滑空していたのだ。
「あっちを狙った? 俺たちのほうが早かったのに?」
「例の石、関係してるんじゃない?」
「……かもしれない」
そうだ。
そう考えるのが普通だ。
「よし! 行ってくれ!」
漕ぎ手の声で、俺は船首から岩へと跳び乗る。そして、三つほど岩を跳んで進むことで、島へと上陸できた。
リュミドラも続く。
「行こう」
「うん」
三月二十六日の午前九時過ぎ。
俺たちは、北の魔竜が住む島に上陸した。
-Elliott-
魔竜にどうやったら気付いてもらえるのかと、歩きながら頭上を眺めるが魔竜はこちらを見向きもしない。
死者の都市と呼ばれる廃墟が見えてきた。
昔は、とても大きな都市で金竜を敬う人たちが暮らしていた場所。
建物は石造が多いと感じるも、木造は朽ちて残っていないのだと理解できた。
道幅は広く、四メートルほどの通りが神殿まで続いている。
神殿……テンペストが封印されている神殿の外観に似ている。もし造りが同じであれば、あの長方形の形をした神殿の一階には、地下へと続く階段があるはずだ。
島に入って二時間ほど歩いたので、一度、ここで休憩をとった。
それぞれに軽食……ゆで卵と硬いパンを齧り、水を飲む。本来、こういう冒険じみた上陸には、必ず支援隊を引き連れておこなうのだが、今回は竜に襲われる可能性があるので二人だけだ……というより、本来は俺ひとりだけのはずだったんだけど。
神殿へと歩いていると、晴れからいきなり曇りになったかのように陰った。
雲ひとつなかったのにと思うも、すぐに原因を理解して頭上を見上げる。
竜の巨大な身体が、頭上に浮いている。
蜥蜴のような腹、鷲を連想させる後ろ足、前足は人の手に似ているが指は六本あるのが地上からでもわかった。翼は蝙蝠に似ているが、前足の手首から脇にかけての飛膜があるだけで、後ろ足まで達していないところが違う。
竜は空中で横回転した。
背にも羽根が二枚ついていて、四枚の羽根で飛んでいるようだ。そして長い尻尾は獅子の雄に似ている。長い首の先に頭部があり、角が生えた蜥蜴といえる。そして腹にはなかった鱗が、顔、頭部、首、背とびっしり覆われているとわかった。
「エリオット……」
リュミドラが声を震わせている。
「襲って……こないな」
竜。
北の魔竜。
真っ赤だ。
赤の濃いところ、薄いところの違いはあれど基本は赤一色……。
魔竜は少し高度を下げて、長い首を動かすと俺たちを両眼で捉えた!
「今、こっちを見たよ!」
「ああ」
しかし魔竜は襲ってこない。
いや、ゆるやかに下降しながら速度を落とし、俺たちが自分を見ていることを確認すると、誘うように空を滑っていく。速度を落としてくれているので風に襲われることはなかった。
「神殿に……誘っているね」
「ああ……」
「やっぱり、竜の命の欠片があるから襲ってこないんだよ」
「……そういう期待を裏切られてきた経験あるから、期待しないでおく」
「……嫌なこと、言わないでよぉ」
とにかく、神殿に急ごう。
-Elliott-
神殿まで走った。
魔竜は神殿の屋根にのっていて、俺たちをじっと見つめている。
魔竜の喉が、獅子の唸り声のような音を鳴らした。
『テンペストに認められた人間、歓迎しよう。このような場所まで何用で参った?』
頭の中に直接、魔竜の声が届く!
『失礼だぞ、魔ではないぞ』
思考を読まれるのも、あの時と一緒だ。
『あの時? ……そうか。クリスタロスに会ったのか』
隣のリュミドラにも、この声は届いているようで彼女が俺を見て口をあんぐりとしている。
『メス、大きな蜥蜴呼ばわりの無礼は許してやるから、あまりごちゃごちゃと考えるな。邪魔だ』
……わかる。きっと休むことなくあれこれと考えていたんだろう。
俺は、最初の質問に答えることにした。
思考を読まれるとわかっていても、リュビドラにも聞かせる為に声に出す。
「……俺はテンペストから竜の命の欠片をもらったが、気絶すると勝手に暴れていた。あれをなんとか自制できないか? あと、あなたの名前を教えてくれ」
『テンペストからは、ステルラと呼ばれている。意図的に使えばいいだけだ。お前は気絶すると暴れていたというが、生命の危機に反応したテンペストの欠片が、お前を守ったのだ。そういうことだ』
「意図的に使うにはどうしたらいい?」
『なにも教わっていないのか?』
「封印をしたから、声はもう聞こえなくなった」
『彼女も物好きだ。自分を封印しようとする人間とエルフを認めて魂の欠片をわたすとは……願えばいいだけだ。勝ちたい、守りたい、そう欠片を握って願えばいいだけだ』
「……力を得た代償は?」
『竜化がすすむ』
そういうことか……。
『そういうことだ。山奥、洞窟、そういうところで暮らす生物としての竜となるか、神格をもつ竜となるかはそれぞれの生き方、魂のありよう次第だ』
俺はすでに、一度、力を使っている。すでに竜化は始まっているんだ……。
『始まっているよ……またやって来たな』
なんだ?
ステルラが屋根からふわりと浮かびあがった。
『こりずに島へ入りたい奴らがまた近づいている。お前達、あまり長居はするな、お前たちの生命を繋ぐ食べ物、飲み物がここにはない。それと、神殿の地下には降りるな』
「地下には何が?」
『それは教えられない』
「迎えの船は明日なんだ。一晩、この島にいさせてくれ」
『生きていることができればいいがな。この島は夜、栄えるのだ。ではまたな』
ステルラは高度をあげていくと、回転して滑空した。
速い!
「エリオット、よかったじゃない! 話ができて!」
「……だけど、命の危機に反応して力を解放されるたびに、俺は竜になっていく……嬉しくないな」
明日の昼までは、船はこない。
ここで一晩、明かさないといけない。
「念の為に、夜は起きておこう」
俺の言葉に、リュミドラは「あはははは」と棒読みのような笑い声を出し、真面目な顔で口を開く。
「死者の都市、と呼ばれているよね?」
「……いやなこと言うなよ」
明るいうちに休んで、夜は起きていたほうがいい……。




