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北の魔竜と会うために

 三月十八日の朝。


 俺は、準備を整えてギルドを出る。


 リュミドラは俺より先に、戦場に向かうと行って出掛けていた。


「陛下、いろいろとありがとうございます」

「馬っ鹿、お前。そんなん呼ぶな。ジークでいいと言ったろ。陛下、陛下、陛下、陛下……わしは今、ようやく名前で呼ばれるようになって嬉しいんだ」

「……ジーク、ありがとう。行ってくる」

「おう、無事に帰って来い。グーリットのギルドには、依頼完了と伝えておいたから、金はあちらに送金されるだろう。イヴァノフとディハーンの金は、こちらに届いたら間違いなく預かる」

「頼む。じゃ」

「気ぃつけていけぇ」


 ギルドを離れて、市街地を出る。そしてあの日と同じように、廃れた街道に沿って歩いていると、その声が聞こえてきた。


「おーい! 待って! 待ってってば!」


 ……予感はしてた!


 たぶん、先に出掛けてどこかに隠れて、あとから追いかけてくるのではないか!? という予感はしたんだ!


 振り返ると、リュミドラが追いかけてきている。荷物入れを肩から下げて、白い外套に同色の革鎧レザーアーマーは旅を意識してのものだった。


 軽鉄製でも、長旅だと負担が大きいからだ。


「エリオット! 一緒に行く」

「……ジークと学長は知ってるのか?」

「知ってる! 反対されたけど」

「……どうしてだ? あんたには他にすることあるだろ?」

「エリオットを、怖いと思った自分が嫌だ」


 いや、それはしょうがないと思うが……。


「皆は、わたしが戦いの場に出ることにいい顔しなかった。でも、エリオットはあの時、わたしの味方をしてくれた。覚えてる?」


 俺が責任をもつ、と言ったことか。


「戦士として扱ってくれて、本当に嬉しかった。だからわたし、初めての部隊指揮も集中できたの!」


 あれを初めて……天才だ。


「わたしを戦士として認めてくれたエリオットを、信用していなかった自分が嫌だ……だからそんな自分を鍛えに行く。ついていく」


 戦闘馬鹿娘……でも、嫌いじゃない。


「遺書、置いてきたか?」

「……部屋にある。それは……もっと前に書いてた」

「わかった。行こう」

「うん!」

「あ、でもグラーツに入るから仮面して顔を隠せ、お前、ばれるだろ?」

「……大丈夫! 持ってる」


 俺たちは並んで歩きだす。


 イングリッドと、リズ王国へと旅をした記憶が蘇った。


 あいつは、元気だろうか。


 美味しいご飯を食べて、笑顔であってくれたら嬉しいと思う。




-Elliott-




 三月二十五日、昼。


 グラーツに到着した。途中、化け物の死骸が残る隧道を抜けるのは悪臭で苦労したが、山脈を越えるよりはマシだろうと二人で懸命に鼻をつまんで進んだ……。


 おかげでとても早く、グラーツに入ることができそうだ。


 バルティア王国の都で、五か国半島ファイブペニンシュラでも最大の都市だ。北海で他大陸と繋がっていて、良港に適した湾に恵まれ、周辺は平野で農園の生産量は北国であるのに膨大なものだが、それが逆に帝国の侵攻を招いたという見方もできる。


 巨大な城壁に囲まれた旧市街地と、城壁の外に広がる新市街地、そしてそれらをぐるりと囲む深く広い堀を前に、俺は後ろの姫さんに声をかけた。


「仮面をとるなよ?」

「うん。大丈夫」


 俺たちは、傭兵募集に応じるために来たと、都市の入り口で睨みをきかせる兵士に説明した。


「仮面をとれ」

「彼女は鼻と右目を失った……あんたらの国の為に戦ってだ。女性だから隠している。それをさらせというのか?」

「規則だ!」


 俺は、ジークが書いてくれた通行許可証を兵士に見せた。


 兵士が、直立不動となり、敬礼をする。


「失礼しました! どうぞ!」


 ジーク、ありがとう!


 俺の後ろで、リュミドラも「お爺ちゃん、ありがとう」と囁いている。


 ジークに紹介された商会の場所へと、俺たちはまっすぐに進む。途中、俺は少し迷ったがリュミドラが案内してくれて助かった。


 戦時中でもグラーツは大賑わいで、人々は多い。戦争で生まれた難民が都に入って混乱を招かないよう、へき地に難民キャンプをつくってそちらに送った措置は、冷酷だが都を守るという意味では正解だったと思う。


 貿易商のジェブル商会は、グラーツでも立派な規模だと建物でわかった。


 五階建ての本店……。


 中に入り、受付で用件を伝える。


「グラードバッハのジークに紹介されて来た。エリオットだ。そちらのイーサン殿を訪ねるようにと言われているが……」

「はい! しょうしょうお待ちください!」


 受付の女が、慌てて奥へと引っ込む。


 広いエントランスには、商売目的で訪れている商人たちが大勢いた。


「お待たせしました。イーサン・ジェブルです」


 現れた紳士をみて、居合わせた商人たちが騒ぎ始める。


「だ……代表」

「商談したい」

「あいつら、何者だ?」


 ……ジークに感謝だ。


 代表自ら案内してくれて、建物の外へと裏手から出た。そこには馬車が待機していた。彼、俺、リュミドラの順に乗り込む。当然ながら、彼女は仮面で顔を隠して声も出していない。


「行きましょう。すぐにでも出港できるように整えています」

「助かる」

「船は島へはつけられないので、沖あいから小舟で上陸して頂くようになります」


 近づいたら危ないからね。


 了解!


「ただ、お一人だと伺っていたのですが?」

「あ……彼女はちょっと事情があってね。途中で仲間に加えたんだ」


 イーサンは頷くと、仮面をしげしげと眺めて俺に言う。


「これは独り言ですが……先王陛下から、貴方に連れの女性がいたら、女性だけを捕まえておけと言われております」


 ……ばれてるんか!?


 リュミドラが仮面を取る。


「イーサン、ひさしぶり」

「殿下……お転婆がすぎます」

「見逃して」

「……わたしは気付かなかった……でよろしいですか?」

「お願い」


 彼女は仮面をして、再び沈黙した。


「大丈夫なのか? その言い訳で通用するか?」


 俺が心配して尋ねると、イーサンは苦笑した。


「ま、このことが表に出たら、貴方と姫に剣をつきつけられて脅されたと言います」

「……悪い」

「いえ、姫の性格はよくわかっています。ね、殿下」

「……イーサンは、名付け親なのよ。それに、わたしの剣の先生」


 この商人が?


 剣の先生?


 彼は苦笑しながら教えてくれた。


「傭兵で貯めた金で商売を始めて、先王陛下が気に入ってくださって手広く商売をできるようになり、王宮にも出入りさせて頂いていました。そこで殿下がお庭で木の棒を振り回しているのを見てつい……」


 彼は言葉をとめて、窓から外の景色を眺めて続ける。


「いい天気だ……出港には最高ですよ」


 澄みわたった青い空が、どこまで広がっている。


 海が見えてきた。グーリットで見慣れた大南洋に比べて荒々しいのではないかと、海上を走る幾本もの白い波で思える。


 遠くに、その島が見えた。


「最近、帝国の船舶があの島の近海を航行しているところが目撃されています。海軍の基地にしようと思っているのかは不明ですが……気をつけてください」

「ありがとう」

「上陸後は、五日間毎日、正午になってから同じ場所に船を出します。それに貴方たちが乗らなければ、そういうことだと報告をしておきますので……そんな報告をさせないでくださいよ」


 イーサンに肩を叩かれた。


 けっこう、力が込められて地味に痛いけど、その意味は理解している。


「万が一の時は、彼女だけでも逃がすよ」


 俺の言葉に、彼は窓の外を眺めながら微笑んでいた。




-Elliott-




 その島には、名前があった。


 しかし、魔竜の島と呼ばれ続けたせいで、誰もがその島の名前を忘れてしまったのだが、グーリットの図書館で読んだ、竜と人の歴史、という本には、島の名前が記されていた。


 ヨルムンガント。


 聖書において、神々が金竜エルミラを倒した場所とされている。もともと、金竜エルミラの神殿を中心に都市があったが、その戦いで破壊された。


 都市は誰も住んでおらず、金竜エルミラの邪悪な気がいまだ消えないことから、魔族、怪物が他地域よりも力をつけて生息していると噂されている。


 噂であるのは、北の魔竜が棲み処にしていて、近づく者を殺し尽くすからだと言われていて、実際、この島の近海は航行することは禁じられていた。


 今回、俺たちは小舟で上陸を計画しているが、それよりもはやく見つかる可能性はある。


 ただ、俺は上陸が目的ではなく、魔竜と話をしたいので、見つかればそれはそれでいいかという心持ちだった。


 グラーツを出港した商船が、洋上に出る。


 北海は、北方大陸の北側に広がる大海だ。流氷も多く、水温は低い。地球でいう北極海に近いのだろうと理解している。


 水面に、すぅっと巨大な影が近づいてきたと思うと、巨大な鯱がジャンプして、また海水へと隠れる。


 船に挨拶をしたように思えた。


「緊張しますね?」


 隣のリュミドラが言う。


 彼女はまだ仮面をつけていた。


「緊張するのは悪いことじゃない。それを楽しむようになれば、味方にできる。だいたい、戦いの場で緊張しないことなんてないだろ?」

「……先生と同じことを言いますね」

「俺のほうが、戦いでは先輩だ」

「……はい、先輩。わかりました」


 ここで、背後から声をかけられた。


「珍しいことを依頼する人がいたもんだ」


 船長のリチャードだと紹介された大男だ。


 彼はきざみ煙草を紙に巻いて持ち歩いていて、グーリッドの不動産屋を連想した。


「宝物があったら、持って帰ってあげるよ」


 俺の言葉に、リチャードは笑う。


「いらねぇよ。命を抱えて戻ってきな」

「ああ……」

「あんた、傭兵だろ? 半島以外では仕事しないのか? 中央大陸のほうが稼げるぞ」


 中央大陸……イングリッドが戦っている大陸だ。


「俺はグーリットの市民権をもっているんだ。だから都市国家連邦専門」

「……赤いマント、都市国家連邦……グーリット。あんた、クリムゾンディブロか?」

「そうだ。知ってもらえて光栄だ」

「あんたのことを、この半島で知らない奴がいたらそいつはモグリか、帝国の間者でとぼけているかだろうよ……それかぼっちゃん、嬢ちゃんだろう」


 リチャードは煙草の煙を吐き出して、吸いかけの煙草を俺に差し出す。


 煙草は高級品なので、このように分け与えるのがマナーだと思っている人は多い。


「いや、俺は吸わないんだ」

「そりゃ、海に嫌われる。縁起もんだ、吸っときな。こいつを吸わない男は海に殺される。だから俺たち船乗りは皆、煙草呑みだ」


 縁起か……。


 俺は受け取り、煙を吸った。


 苦くて臭い……肺にはいれたくないので、口の中で味わって吐きだす。


 まずい。


「うまかったよ」


 嘘をついて煙草を返すと、船長が笑っていた。


 騙されたようだ……。


「到着前に、声をかける」


 リチャードが離れていく。


 俺は再び、島を眺めた。


「エリオット、あれ」


 リュミドラが示す空に、それはいた。


 島の上を旋回している。


 竜だ。


 イングリッドと一緒に、神殿の地下で対峙した竜……聖竜クリスタロスよりもデカいんじゃないか?


 ふと、疑問が生じた。


 金竜エルミラ主神アロセルは同一。


 テンペストとヴェロムは同一。


 では、あの魔竜は神々の誰にあたる?


 どうして、エルミラはこの島で神々に倒された? 神々の頂点に君臨するアロセルを、どうして神々は倒した?


 ……どうしてだろう?

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