何が起きたのかを知るために
三月十六日の朝、俺は爺さんがつくった朝食を前に考えている。
ずっと、考えていることがある。いや、たぶんこうなんだろうと思っているが、それを否定したくて他の答えを考えているという表現が正しい。
隧道で、大怪獣を倒したのは、俺じゃないか? そしてその時の俺は、竜の命の欠片で、ネレスやジェイクのように化け物になって大怪獣を倒したのではないか?
「おい、冷めるぞ」
爺さんに注意されて、フォークを動かす。目玉焼き、クロワッサン、腸詰め、サラダ、卵スープ……爺さんは料理がうまい。
リュミドラはすっかり回復して、俺よりも早く起きて出掛けたらしい。南の戦場に行ったか、魔法学院に行ったかはわからないが、たしかに仕事があるだろう。
「エリオット、仲間に死なれることに慣れてないんか?」
「いつまでも慣れないね……ジークは慣れてるのか?」
「わしは戦争で多くの兵士を殺して国を守った男だ。麻痺しとるよ」
「……ジーク、学長の知恵を借りたいんだ。一緒に来てもらえないか?」
「わし、殴られたくない」
「頼むよ……もしかしたら……俺が仲間を殺しているのかもしれない」
「どういうことだ?」
爺さんが真面目な顔になる。
俺は、勇者という化け物と戦った秋の事件を説明した。そして、冬にあったイングリッドと一緒に戦った竜の事件に関しても隠すことなく教えた。
「これが、その竜の命の欠片だ……ただ、聖石ともいわれる」
「竜と神が同一である……か」
爺さんは赤い石を睨む。
石は今、あの時のような揺らぎは発していなかった。
「俺は、あの時に化け物になったのかもしれない。そこで、大怪獣だけじゃなく、イヴァノフとディハーンを……殺したのかもしれない」
「なぜ、リュミドラは無事だった? お前さんが言うように、お前が化け物になったのなら、孫も助かっとらんだろ?」
「……二人が命がけで守ったのかも」
爺さんは目玉焼きを平らげると、俺に早く食べろと言い席を立つ。
「着替えてくる。それから出掛けよう」
「助かる」
俺は、深く頭を下げた。
-Elliott-
魔法学院の入門所を通る際、係の女が直利不動となる。
「ええ、ええ、楽にせい」
「は」
爺さんがスタスタと進み、俺が続く。二人でガリアンヌの塔へと入り、四階の学長室のドアをノックした。
「殴られたくなければ開けるな」
ドアを開ける。
すると学長が俺を見て「おお!」と声をあげた。
「あんた、大怪獣を倒したんだって?」
「そうらしい……覚えていない」
「話をきけ」
爺さんだ。
学長は、爺さんが喋ったのが気にいらないと表情で伝え、声を荒げる。
「あら、若者の手助けをするいい老人を気取りたいのか? あんたのおかげでわたしの人生は半分以上を損したんだよ! しょうもない国政なんかにまきこんで! なにが外交や魔法の勉強を最前線でできる!? 大嘘つき!」
「ぐ……できておったろうが」
「他のことに大忙しで満足するほどできてなかったさ! あーあ! あんたの愛とやらを信じた若い頃の乙女の自分を殺したい!」
「ああ、うるさい。エリオット、さっさと見せてやれ」
俺は竜の命の欠片を学長に見せる。
彼女は目を細めて石を見つめると、「そういうことか」と呟き執務椅子にドカリと座った。そして、俺たちに目の前の椅子をすすめる。
爺さんが座り、俺は立った。
俺は彼女の執務机に、竜の命の欠片を置く。
「自由に見てくれ」
「……」
学長はつまみあげると、ひき出しを開けて拡大鏡を出して石を観察する。
「ただの色のついた石……にしか見えないのがおかしい。表面は磨かれたようにきれいだ……そして色にムラがない。それでも宝石とは違う……あんた、これをどうして?」
「長い話になるがいいかな?」
「ちょいと待ちなさい。誰か! お茶をもっておいで! あんたもそこの椅子、こっちに持ってきて座りな」
俺は部屋の隅にあった椅子を掴み、爺さんの隣に並べて座る。そして、秋の事件から冬の戦いにいたるまでを彼女に聞かせた。
途中、学生が紅茶を運んできたが、学長は置いたらさっさと出ろといって追い出す。
話し終えたところで、学長の両目から涙がこぼれた。
「いい話じゃないのぉ……危機の時は必ず助けに行く……いい話だ」
学長は、ポケットからハンカチを取り出して涙をふく……。
孫、祖父、祖母ともにポイントは一緒だった……。
「シルティ、知恵を貸してやってくれ」
爺さんに促されて、学長は頷くと腕を組んだ。
学長……シルティさんね。覚えた。
「うぅん……竜の命の欠片は、竜が認めた人間に与えた。与えられた人間は、竜騎士として竜の敵である神々と、その尖兵と戦った……あんたは自分がそれになってしまって、大怪獣と仲間を殺したんではないかと疑っている……記憶がない……」
「そうなんだ。俺はあの時、大怪獣に吹っ飛ばされた。それは間違いない。激痛で意識を失った……しかし目覚めたら大怪獣は倒れていて、仲間も死んでいた……リュミドラが助かったのは運が良かったと思う」
「怪我はないのか?」
爺さんの問いに、俺は正直こまった。
「怪我をしたと思うんだが、なんともない。あの時、たしかに痛みを感じたんだ」
俺は胸を強打したはずだ……。
「クリムゾンディブロ……何がお前に起きようとしているのかを、知ることはできるかもしれない。バルティア王国と北方騎士団領の北に浮かぶ島に住む魔竜に会って話をしなさい。竜のことは竜に聞くしかないだろ」
「……大怪獣を倒せってより無茶だ」
「お前にその石を与えたテンペストに話を聞くのが一番だろうが、彼女は封印されたのだろ? ならば会える竜に会うしかない」
「……」
「お前と同じことが、イングリッドにもおきるかもしれないよ?」
!
たしかにそうだ。
学長は紅茶を音をたてずに飲むと、俺をまっすぐに見つめて口を開く。
「竜の命の欠片と聖石……竜と神が同一であれば、これらも同じものであるとしよう。その場合、聖石の力を解き放つには、この世界でありながら、別の世界から来た者であることが条件……お前はそうなのか?」
俺は正直に話すことにした。
とはいっても、日本とかそういう話はややこしくなるだけなので、前世の記憶があることだけを伝えた。
「……というわけで前世の記憶が残っている……だから俺は、若くして傭兵になっても生き残ることができたと思う」
「……ジーク、えらいのを連れてきたねぇ」
彼女は目を細めて微笑む。
こんな表情ができるのかと思うほどに、慈愛に満ちていた。
学長は無言で立つと、机を回りこむ。そして、俺の肩を抱いて、優しい声色を発した。
「エリオット、苦労したね? そうだからお前はとても苦労をしたはずだ……大丈夫。わたしはお前の味方をする」
俺は感謝で胸を満たす。そして、俺の肩を抱くしわくちゃの手に手を重ねた。
「シルティ様、竜に会ってきます」
「……他にお前の道標はないと思う。まずは、そこからだ。魔竜に竜の命の欠片とは何であるかを話してもらいなさい。そしてまた、ここで今後のことを話し合おうじゃないか……」
学長は続けて爺さんに言う。
「……あんたの名前で、バルティア国内の自由通行許可証を出してやんなさいよ」
「……そうだな。それがえかろう」
「助かります」
俺は自然と、口調を改めることができていた。
学長は手を叩き、「リュミドラ!」と声を張った。
彼女はここに来ていたのか……。
緊張した面持ちの彼女が、部屋へと入り俺の横に立つ。そこで学長が席へと戻り、ひき出しから煙管を出して、煙草をつめながら口を開いた。
「リュミドラ、今朝、わたしに話したことを彼に話しなさい」
「……」
彼女が俯く。
俺は座っているので、自然とその顔を見上げていた。
困っている……?
「彼は、このとおりまともな人間だ。少なくとも、会話はできるし、今は穏やかな若者だよ……安心して、お前が見たことを話してあげなさい」
……?
……! そういうことか。
リュミドラは、記憶をなくしたなんて嘘をついていた。それは、あの時の出来事を隠そうとしたからだ。
俺は彼女に頭をさげた。
「頼む。教えてくれ……俺が彼らを殺したのか?」
「ちがう! ちがう……ちがうの」
リュミドラはそう言うと、涙をハラハラとこぼす。そして、震える声で話し始めた。
あの時、大怪獣に吹き飛ばされた俺は、地面を転がり動かなくなった。ディハーンは勇敢に立ち向かい、大怪獣の前に立つ。しかしイヴァノフは恐怖で逃げ出し、リュミドラを突き飛ばした。
地面に倒れた彼女は、大怪獣の角がディハーンを貫き、イヴァノフの身体まで達した瞬間を見た。肉と血が吹き飛び、異臭が隧道内に撒き散らされた。
彼女は死を覚悟した。
ここで、倒れていた俺がむくりと起き上がる。
リュミドラは、俺の名を叫んだが、俺は聞こえていないように前進すると大怪獣の角からディハーンを解放し、地面に寝かせた。
母さんに楽をさせたいんだろ? 死ぬな、と叫んでいたそうだ。
リュミドラはそこで、起き上がりながら俺の変化を見ていたという。
全身が赤く染まり、炎が噴きあがったかと思うと身体がごつく大きく変化していく。鎧も服も砕けてしまい、全裸となった俺の身体は炎を甲冑のように変化させていた。身体が大きくなるように見えたのは、鎧をまとう変化だったのだ。
俺は大怪獣の角を一本ずつ、左右の手で掴むと、信じられないことに大怪獣をそれで振り回した。そして壁、天井へと巨体をぶつけ、ぐったりとした化け物の角を、一本ずつ引き抜きはじめたという。
リュミドラは、大怪獣の悲鳴、激痛による喚きを聞いて、頭を抱えて聞きたくないと叫んだ。
彼女はそこで、意識を失ったのだという。
目がさめると、祖父が住むギルドの二階、自室であった。
俺の顔をみて、あの時の恐怖が蘇り、なにも覚えていないと嘘をついている。
彼女は、大怪獣をあしらう俺へ恐怖していたのだ。
そして今朝、祖母の知恵を借りようとここに来て、自分が見たことを学長に話して、どうするべきか、彼は何者なのか、これはどう理解したらいいのかを相談している。
そして今、彼女は俺に謝罪した。
「ごめん……ごめん。まさかエリオットが仲間を殺したかもしれないと悩んでるなんてわからなくて……あの時のエリオットが……とても恐かった……人じゃないみたいだった……大怪獣が、子牛のように脅えていた……」
「いや、いいんだ。話してくれてありがとう。よかった……俺は仲間殺しはしてなかった……よかった」
俺は少し救われた。
学長はそこで、指先に光を灯すと、それで宙に魔法陣を描きはじめる。
「精霊よ、我の祈りに応え、そのものを生み、創り、存在を与えるべし……シルティア・ガルディア・フェンネストが命じる……」
執務机の上に、ペンダントが現れた。ロケットはちょうど竜の命の欠片が入る大きさだ。
「これに、この石をいれておくといい。魔法で創りだした精霊の首飾りだ。わたしが死ぬまで壊れはしないし、落としてもお前のところに戻る」
「もうすぐ壊れそうだがな……」
ジークの小声に、シルティの殴打が返されたが、爺さんはひょいと躱すと笑いながら口を開く。
「隧道は通過できるのだろ? グラーツ経由で、船で向かえばいいだろう。世話をした商会に船を出させよう。手紙を出す。準備をして、出発は明後日にせい」
「わかりました」
俺は席をたち、老人ふたりに深々と頭をさげた。




