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初戦、合流、準備

 森の地図を見ながら歩くこと三時間。


 それにしても、帝国軍がレーヌ河上流にむけて軍をこれだけ展開しているとなると、都市国家連邦からの援軍をバルディア王国へ送るには、レーヌ河城塞東岸を取り戻す必要がある。またグラードバッハまでの安全を確保しないと駄目だ。


 ……順番か。


 チェザル卿がそんなことをわからないで、俺にこんな依頼をしたとは思えない。ようは順序だ。


 帝国軍をレーヌ河城塞へと引きつける。


 ブログブニシェと、レーヌ河城塞を攻撃する帝国軍を断つように海から部隊を上陸させて敵兵站を破壊する。


 城塞方面の帝国軍を駆逐。


 新たな防衛線を、ユリウスを中心にブログブニシェ西側一帯とし、かつブログブニシェ攻略の拠点にもつかう。


 隧道を利用し、バルティア王国への援軍派遣。


 こんなことを考えていると、激戦区に到着したとわかった。


 前方から聞こえる怒号と絶叫のせいである。


 俺は剣を抜き放って小走りになる。その隣に、リュミドラが左右に短剣を持って並んだ。


 高低差の激しい地面は、これまでの戦場とはまったく感覚が違う。それでも数多の戦いを経験してきたおかげで、身体はすぐに反応してくれていた。


 味方が後退しているのがわかった。


 彼らを追うのが敵だと睨む。


 俺は駆けながら小さな声で呪文を詠唱する。練習している雷撃系の魔法は、まだまだ一瞬で発動するほど慣れていない。


「天帝の怒り、極まれり。罪を貫き悪を滅す。雷爆グローム!」


 後退する自治軍兵を追う帝国兵たちは、頭上からの落雷と爆発で中央がふき飛ぶ。


 樹木が折れ、枝葉が散り、人体が跳び、腕や脚が千切れて転がる光景の中へと俺は突っ込んだ。


 後退する味方の兵たちが、駆け抜ける俺に道を譲りながら叫ぶ。


「誰!?」

「姫!」

「赤い傭兵!」

「クリムゾンディブロ!」


 俺は一人目の敵を一閃で屠り、突っ込んできた二人めに盾をぶつけて腕の骨を折ってやった。ひるんだところに斬撃をみまい、反対方向から迫る敵へと雷撃トニトルスをぶつける。そして前へと加速し、視線を素早く散らすと敵に優先順位をつけて突進する。


 弓矢をもっていた兵達の列へと火炎弾フレイムをぶっ放し、槍をかまえた男の突きを身体の回転で躱し、すれ違いざまに敵の首へ後ろから剣を叩きつける。


 イングリッドの切れ味は、元愛刀を超えるもので、敵兵の首は抵抗なくストンと落ちた。


風姫歌踊インプレンセンテセス!」


 リュミドラの声。


 魔法が発動した。


 突風が敵兵たちを襲い、吹き飛ばしながら無数のかまいたちが人体と森を切り刻む。


 樹木は傷つき、敵兵が撒き散らした血液で不気味な樹液を滴らせた。


 枝にかかった腸が、蔦のように地面へと揺れる。


 追撃していた敵兵は、予想外の強烈な逆襲に驚いて後退していく。


 味方たちが追撃に移った。


「追え! 深紅の悪魔クリムゾンディブロ戦姫ヴァルキリーに続け!」


 グラードバッハ自治軍の逆襲が始まる!


 リュミドラが剣を前に突きだす。


「帝国の無法なる者どもを追え! 戦神ヴェルムの加護は我らにあるぞ!」


 彼女の声は、よく通る。生まれもっての才能といえるだろう。そして、高いが細くなくしっかりと一言一句が耳に入った。


 自治軍兵たちが、戦意を高められて叫ぶ。


「おらぁああああ!」

「うぉおおおお!」

「帝国の馬鹿野郎! クソ野郎!」


 彼らの先頭を、白銀の戦姫ヴァルキリーが駆ける。


 おいおい! 


 無茶はするなと言ったのに!


 俺は慌てて加速し、彼女をいつでも支援できる位置をとった。


 しかし、その必要がないくらい、帝国軍は崩れていて、後退ではなく撤退を選んだようだ。


 参加した最初の戦闘で勝てた。


 縁起がいい!




-Elliott-




 森の防衛を担当する連隊の指揮官は、魔法学院の教師兼民兵の士官級という男で、中年の魔導士だった。


「ようこそ、ミゲル・インビシルだ」

「エリオットだ」


 握手をして、俺への視線が集まる状況に苦笑する。


 魔導士見習いたちが、ずらりと周りにいて俺を見ている。そして、小声で話し合う……。


「若いな」

「あれがクリムゾンディブロ?」

「もっと強そうなのかと思った」

「おまえ、決闘して勝っちゃえよ」

「あっさり勝ったら悪いだろ?」


 生意気な奴らしかいない……。


 でも、よく考えたらそうかもしれない。


 魔導士とは各国でも貴重な人材だ。誰でもなれるわけではなく、魔導士の血が流れていないといくら勉強しても練習しても魔法を使うことはできない。


 そんな貴重な人材を、大金を払ってこの魔法学院に留学させるってのはよっぽどの才能があるって者だからだ。そういう奴らは小さい頃から周囲にチヤホヤされていて、俺みたいなレアな経歴を下にみるのかもしれない。


 それにしても、俺とそんなに年齢が変わらない奴らばっかだ……学院にいた生徒たちよりも年上っぽいから、上級生とかそういう奴らなんだろうと推測した。


 ほら、よくあるやつだ。


 ファンタジーの学園もので、魔法学院の上級生は前線に出て敵と戦い、そこで事件にまきこまれて壮大な物語へと発展していくってやつだ。


 こいつらは、その入り口にたっているといえる。


 入り口で死ぬなよ。


 ミゲルと並んで彼の幕舎へと向かう。状況を教えてもらおうと思ってのことだ。


 後ろでその声が聞こえた。


「ノアくん、あれがクリムゾンディブロだそうだよ」

「ふぅん……すごいなぁ! いろいろと教えてもらいたい――」


 その声は、一瞬後には目の前に移動していた。


「挨拶いいですか? 僕はノア・アルキメトス……て、またやってしまった……うっかり力を使い過ぎた」

「アルキメトスくん、失礼だよ」


 ミゲルの注意に、ペコペコを謝る少年は、他の生徒たちよりもかなり若い。


 十代前半だろ? 戦いに出てるのか?


 金髪碧眼のお嬢様みたいな顔立ちの男の子は、にこやかな笑みで俺を見ていた。


 俺はミゲルの注意に本音では同意だが、口では気にしないと言ってやる。


「いや、かまわないよ。まだ若いのにすごいな。エリオットだ」

「ええ、なんだかんだと皆の推薦で、前線に出ることになったんです。よろしくお願いします」


 俺は頷き、右手を差し出す。


 彼は握手で応えて、ペコリとすると離れていった。


 後ろにいたリュミドラが、小声で言う。


「彼、天才なの」

「ああ、だろうね」


 天才ってやつなんだろう。


 誰よりも才能があり、魔法に愛されているんだろう。だから謙虚な態度の裏には自信家が潜んでいる。俺たちにみせる顔と、本当の顔は別だろう。


 ミゲルの幕舎に入り、彼に地図を見せてもらった。


「小隊を分散配置しているけど、戦闘が発生したらすぐに集合して迎撃する。また分隊規模で斥候をして、敵の動きを牽制、拠点設営の現場を目撃したら応援を呼んで撃破、ということを繰り返しています」


 彼の説明に、俺は頷きを返したが対処でしかないと感じる。


 引率役の魔導士が、士官役もしていて、傭兵や見習いを率いて戦闘に出ていると聞いた。


 彼は姫さんに言う。


「しかし困りました。殿下がいらっしゃるとは……」

「どうして? どうしてよ? 困ることないでしょ」

「万が一の時、私は責任が取れませんよ」


 はははは! 正直な奴!


 リュミドラは沈んだ表情で地図を見つめる。


「今回の参加に関しては、彼女の責任は俺がもつ」


 俺がそう言い、ミゲルが驚く。


 姫さんが、目を丸くしていた。


「国のために戦いたい……彼女は本来、姫さまだからそんなことをしなくてもいい立場だ。王宮で、歌って踊って優雅に暮らしていてはずの人だ。だけど、そうじゃない道を進みたがっている。俺は戦士として、彼女の味方をする」

「エリオット! さすがクリムゾンディブロ! 相棒よね? わたしたちは相棒バティよね?」

「調子にのらないで頂きたい」


 俺は、わざと厳しい口調で彼女を制した。


 今度はミゲルが目を丸くする。


「殿下、貴女が強いことは認めます。しかし、周りに気を遣われるような前線に出ることを望む気持ちには苦言を呈しましょう。もっと全体をみて頂きたい。一戦場で目の前の敵を倒すことなど、傭兵に任せればよろしい。貴女がすべきは国を勝たすこと、軍を勝たすこと……兵の損害を少なくすることです」

「……」

「殿下、今回の戦いを最後になさって、巨視感を養うことにこれからは注力なされるがよろしいでしょう」


 リュミドラはそこで、まじまじを俺を見ると、微笑みを浮かべた。そして、俺の肩を叩く。


 痛い! けっこう力が……。


「エリオット、その提言、ありがたく受け取ります。バルティア王国王女リュミドラとして、金言を申した貴公に礼を言おう。そして命じる。わたしを助け、帝国軍を破りなさい」


 俺は突如、姫となった彼女を前に苦笑を浮かべた。しかしすぐにそれを消し、その場で片膝をつき、こうべをたれる。


「このエリオット、一命にかえてお支えいたします」

「ミゲル!」

「は!」


 魔導士も態度を改める。


「夜襲にて、森の敵を撃破し、防御壁に迫る帝国軍本隊を急襲します。その準備をしましょう。ここで守り続けてもジリ貧です。攻撃せねば、勝ちは拾えません」

「は……はい! ただちに!」

「引率の魔導士たちを集めて。作戦を練ります。エリオット、わたしの副将として参加してください」

「かしこまりました、殿下」


 俺は心地よい彼女の声に、素直にそう答えることができていた。

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戦神ヴェルムの加護は我らにあるぞ! これマジのやつ。
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