爺さんの案
風呂……最高。
バスタブにお湯を運ぶ苦労はあるが、そんなもの天国への階段をのぼる作業みたいなものだろう!
最高だ。
グラードバッハの傭兵ギルドで部屋を借りることになった俺は、風呂があるということを姫から聞いて大喜びした。そして今、つかっているぅ……。
ああ……血流がよくなるのがわかる。この少しぬるめのお湯に長くつかるのがいいんだよなぁ。
石鹸で首、耳裏、脇、股、足裏をしっかりと洗い、あとはお湯が汚れを浮かび上がらせきれいにしてくれるのを待つ……。
毎日、入りたい。
やはり、家を買いたい。
この仕事を終えたら、二百万……これまでのお金をあわせれば、中古の家を買える。家具も贅沢をしなければそろえられそうだ……家事や留守を任せるお手伝いを雇う必要があるか……。
あるいは、同居人を募集して家賃をとるのも手だ。家賃を貯めておいてあとでリフォーム費用にしてもいいし、怪我や病気で働けない時の生活費にもあてられる。
あの不動産屋、うさんくさそうだったが大丈夫かな?
他にもまわって探すか……。
「エリオット、追い湯はいる?」
「いえいえ、大丈夫です。ありがとうございます!」
「ちょっと! そういう話しかた、やめてって言ったでしょ!」
「……」
あの姫さん、本気か?
本気で俺と組む気なのか?
困っていた仲間が見つかってよかったなんて、一ミリも思っていない。
彼女になにかあれば、俺はバルティア王国からそれはもうすさまじい抗議をうけるだろうし、王国が都市国家連邦に「おまえんとこの馬鹿傭兵、えらいことしてくれたぞ!」と抗議をするだろうから、都市国家連邦が俺にお仕置きをということもある。
最低な未来しかみえない。
風呂からあがると、ふかふかのタオルと新品の下着が籠に入っている。俺が用意していたのもあるが、せっかくなので借りた。頭をガシガシとタオルで拭きながら出ると、洗剤の箱と服や下着を大量に抱えたリュミドラと目があう。
「あ、ちょうどよかった。洗濯しちゃうからエリオットも汚れもの出してくれる?」
「せ? せんたく!? いや、いい! 自分でする」
「遠慮しないでよ。わたし、溜めてたからさ! お湯があるからしちゃおうと思って! 脱衣所のところにある下着、洗っちゃうね!」
「いや! あ……」
ドアをバタンと閉められた。
……ありがたく甘えるか。
姫が洗濯……? どういう教育なんだ?
一年前、仕事でデーン王国の諸侯の姫君の護衛をしていた時、それはもう偉そうなやつだった。おつきの女性たちを顎でつかい、自分で落としたものも彼女らに拾わせ……最低な女だった。
それと彼女を比較すると、王家の姫君なのにずいぶんと変わっていると思う。
風呂、脱衣所を出て廊下を進み右に曲がるとギルドの歓談室兼掲示室だ。円卓のひとつでジークがシングルモルトの瓶……リュミドラが店で頼んでいたのでわかるが、イブリン・ザ・セリーンというものを飲みながら、ナッツをつまんでいた。
「王族への礼儀をとったほうがいいならそうする」
俺はいろいろと面倒なので、そう尋ねた。
「いらんいらん。もう引退してギルドの支配人やっとんだ。前からやりたかったんだよ、傭兵を」
「……」
「しかし、まぁ国の王ってのもいろいろ大変で、忙しくてなぁ。バタバタとしていたらあっという間に歳をとって……さっさと引退して傭兵になろうと剣技はそうとうに鍛えたが……いざ引退できたら爺だ。情けない」
「……」
「お前、つきあえ。飲めるだろ?」
「もらう」
俺はジークが示す受付へと歩き、カウンターの裏側に収納されているグラスをひとつ掴んだ。そして席へと戻り、自分で瓶を傾け酒を注ぐ。
「お孫さん、いいのか? あれで」
「それぞれの人生だ。あの子は三女だし、男の孫もおるから、早くから自由にさせておったら、あんなんになった」
「……」
「それにあの子は、今の王妃の娘じゃないからいろいろと複雑でな……家出してきたというから驚いたが、ここにおればわしらも安心だ。息子には伝えているが、好きにしろと怒っておったわ」
「俺と一緒に仕事をすると言ってるぞ。とめてやってくれ」
「さっき、話して説得してやめさせた」
「よかった」
爺さん、助かったよ!
「しかし、孫から聞いたが婆さんと喧嘩したんだと? なんでだ?」
俺は剣のことを話す。
今も、シャツにズボン姿とはいえ腰のベルトに結んでいた。
「それが魔剣となぁ……わしも道楽でいろんな剣を集めてきたから多少はわかる。たしかにえらい剣だと思うが、そんな神秘的なものかもしれんとはな……イングリッド? だったか?」
「ああ、相棒だ」
「いい傭兵は仲間に恵まれると聞くが、あんたはどうして今、一人なんだ?」
俺は、爺さんに身の上話を聞かせた。
そして、話がイングリッドとの別れに至ったところで、爺さんの目から涙がこぼれ落ちる。
……同じ反応か!
「ええ話だ! ええ話じゃないか! ……危機には必ず助けに行く約束をした……お前、気に入った! パーティーの件……」
爺さんはそこで涙を手でぬぐい、続けて喋った。
「……考えがある。お前、自治軍に参加してみんか?」
「自治軍に?」
「帝国軍との小規模な戦闘が多発している。その対応に、魔導士見習いたちに実戦経験を積ませようと傭兵と組ませて送り出しているんだ。それに参加して、そこで適当なのを見繕って引き抜け。あとはこっちでなんとかしておく」
「いいのか?」
「いい。ただ、ひとつだけ条件をのんでくれ」
「なんだ?」
「帝国軍との戦闘を、リュミドラと組んであたってほしい」
「……」
たしかに彼女は強いだろう。
彼女も、実戦の経験を積みたいと言っていた。
大怪獣に比べればマシか。
「いいだろう。だけど顔も守る完全防備が条件だ」
「それは大丈夫だろう。お前と一緒に戦えるならのむだろ」
こうして、グラードバッハの自治軍として帝国軍と戦うことが決まった。
-Elliott-
グラードバッハはバルティア王国に属しているとはいえ、王国からは山脈を隔てて飛び地のような立地であるから直接支配を受けているわけではない。よって王国軍が防衛を担うのではなく、住民たちが自主的に戦うという表現が近い。
正規兵の連隊は駐屯しているが、治安維持と都市防衛で手一杯だ。帝国のスパイが入り込まないように目を光らせるのはけっこう人手がいるもんだ。
都市の外に出て戦うのは、傭兵と魔導士見習いたちということだが、戦死の可能性もあるのに見習いたちは承知したのかと不思議に思った。
「承知するよぉ。皆、自分の力を試したいもの」
リュミドラの言葉を聞いて、それもそうかと納得する。
魔導士は二種類に別れる。
魔法を極めたい人か、知識を極めたい人。
前者は自分の魔法がどこまで通用するかを試したくてウズウズしている。だから傭兵稼業で経験を積むという魔導士もいる。俺なんて、他人から見ればこの典型だろうなと自覚した。
自治軍連隊本部はグラードバッハの南、森との境にある丘陵地帯に設営されているとあって、そこまで二人で歩いていた。
俺はいつもの赤い外套と赤い革鎧。鎧というとひとつのような印象があるが、胸、腹、脇、肩、腕……各部位は独立している。その下には鎖帷子だ。腰の革ベルトにはイングリッドがいてくれて、左腕には軽鉄製の盾のベルトを通している。その盾の裏には投擲用のナイフ二本。右足の脛当てにも短剣を隠している。靴は厚底で鉄が入ったものだ。
そして彼女も軽装ではなくフル装備である。ちゃんと注文通り、顔を守る仮面を用意してくれていた。仮面は両眼だけがあいていて、右頬に薔薇の模様が入った美しいものだ。冑、仮面、首を守る帷子は白銀で美しい。胸当てから脚までを守る軽鉄製の鎧はさすが王族といえる高価なものだった。
連隊本部に到着する。いくつも幕舎が連なり、馬の世話をする者たちが少し離れた場所にいた。馬蹄や剣、盾を作る職人たちもここに出張ってきているようだ。本部から南には土塁と柵が作られていて、弩砲も設置されている。
連隊本部の責任者は、正規軍の連隊長を補佐する参謀の一人で、ハモンズ・オリギという騎士である。彼を紹介してくれたリュミドラが、彼に俺を紹介した。
「彼はエリオット。都市国家連邦のクリムゾンディブロといえばわかるでしょ?」
「ええ!? 姫さま、本当ですか!?」
「しょうもない嘘はつかないわよぉ」
ハモンズは俺よりずっと年上だが、俺の両手を握ってブンブンとしながら興奮して喋りまくる。
「すごい! あのクリムゾンディブロが! 夢じゃない! すごい! 俺は貴方を尊敬してます! 会えるなんて! やった! 夢が――」
あとはもう聞き取れなかった。
彼の興奮がおさまり、状況を聞く。
都市の南、森と河の間には高さ十メートルの防御壁があり、そこに一個大隊を配置してある。これを抜くのは大変ということで、帝国軍としては防御壁を攻撃しながらも、森から背後へと迂回し、挟撃したいという狙いがあった。
広い森の中は大軍を動かすには不向きで、両軍ともに小隊から中隊規模を動かしている。
森の中に拠点を設営しながら北上しようという帝国軍に対し、迎撃し拠点を作らせないとするのが自治軍連隊だ。
本部の西側にずらりと並ぶ幕舎から、血で濡れたタオルが大量に運び出されていた。
「昨晩、けっこうな数の帝国軍兵と遭遇した小隊があって……周辺の部隊が応援にかけつけて防ぐことはできたけど……」
魔導士見習い含めて、一〇人が戦死、五人が重傷。八人は軽傷で復帰可能と聞いた。
俺は配置に関して注文をつける。
「せっかくだから、激戦区にしてくれ」
姫さんが後ろでパチパチと拍手する……。
「じゃ……ここに行ってくれ。伝令を出して知らせておく」
ハモンズの隣で暗号を書いていた書記が、羊皮紙を軍用犬の首輪にくくりつけて離した。
俺はリュミドラに拳を差し出す。
「じゃ、行こう。強いのはわかっているけど、無茶はするな」
彼女は拳をぶつけてくると、歯をみせて笑った。




