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学長と孫

 魔法学院に入ろうとすると、入門所で止められた。


「あんた、何者?」


 係員の女にぞんざいな口調で訊かれて、ジーク爺さんからもらった手紙を見せて学長に用件だと伝えると、女が目を丸くする。


「……ガリアンヌの塔の四階」


 通してもらえた。


 爺さんの手紙、効果がある!


 大学に魔法学院が併設されているというよりも、魔法学院が大学も兼ねているという表現のほうが正しいのではないかと思うほど、建築学や美術はすみっこにおいやられていた。


 ガリアンヌの塔というのが、街で一番、背が高い塔のことだ。十階以上はあるけど、どうやって建てた?


 内部は思ったよりも狭い。入り口から中央広間へと八メートルほど歩くと、ずっと上まで吹き抜けになっている円筒状の空間があり、壁にそって螺旋階段がある。驚くべきは壁面が全て書棚で、色違いのレンガか石材かと思っていると全て本だった。


 ところどころの壁面には、学術の発展に貢献した人達の画像が額縁にいれて飾ってある。


 大魔導士アラギウス、魔王ミューレゲイト、斑鳩イカルガ帝、アレキサンダー・ガリエル、ホウコ・ユキダツ・ハイネン医師、エルムート・ギュンドアン医師、アメリア太后宮……最近ではエンプシロン博士のものもある……どうやって集めてるんだろう?


 いや、列強は自国の魔導士育成を目的にこの魔法学院に芽のある魔導士を留学させると聞く。だからこの都市へと触手を伸ばす帝国は、同盟関係であるはずのギュレンシュタインからも抗議されていたはずだ。


 学院が金を持っていて、この魔法学院が使うお金で都市がまわっているのか。


 魔導士見習いと思われる学生たちは、本棚を前に立ち読みしたり、話し合っていたりとさまざまだけど、みんな真面目に勉強をしているようだ。


 四階の踊り場にでると、上と下へ伸びる階段の他には、ふたつのドアがあり、ひとつが学長室だった。


 ノックをする。


「機嫌悪くされる覚悟あるなら開けてもいい」


 年配の女性の声だ。


 開けた。


「おい! 入ってくるな!」


 婆さんが怒る。


 いや、たしかに忠告はされたけどさ……。


「ギルドのジークに紹介されて来た。グーリットから来たエリオットだ」


 白髪を結い上げてアップにした婆さんは、背筋が伸びた元気な老人といえる。はきはきと喋るし、俺を睨む目は力があった。


 魔導士だよな、この人も……。


「エリオット……エリオット……お前がクリムゾンディブロか!」

「そうだ」

「ハー! えらい若いのが来たな! 座りなさい」


 執務机の対面を勧められ、腰掛けた時に身を乗り出された。


 なんだ?


「お前、おもしろいものさげているわね」


 彼女の視線の先には、イングリッドがある。


「相棒にもらった剣だ。わかるのか?」

「ちょっと待ちなさい」


 彼女は腕を組み、頭上へと視線を向けてしばらく「うぬぬぬ」と唸っていたが、俺へと視線を転じて声を弾ませた。


「みつけた。ロイ記七章八節、魔将ガブリエルとの戦いに出てくる剣の特徴と似ている。ガブリエルはその魔剣に自らの血を滴らせることで、魔剣の力を解放しロイ・ハギンの聖法を無効化した。魔剣は刀身が赤く、血を吸ったような滑りを帯びていて不気味であった……」

「これがそうか?」

「わからん。しかしそうならとんでもない学術的価値がある。調べるから譲れ」

「無理、断る」

「……わたしが頼むのにか?」

「これは相棒がくれた剣だ。俺だけのものじゃない。俺たちを繋ぐ剣だ」

「……じゃ、協力しない。帰れ」


 こいつ、最低なババアだ!


 いたいた! こういう我儘な年寄りは日本人の時にもたっくさん会ったぞ!


 この婆さん、ぶん殴りたい。


 だいたい、都市国家連邦からバルティア王国へ、俺に協力をしろというお達しも出ているはずじゃないのか?


「国と国が話し合っていることだ。あんたの一存で変えられるわけがないだろ?」

「変えられる! 息子が決めたことなんてわたしには関係ないの!」


 息子?


「息子? どういう意味だ?」

「バルティアの王は、息子だ、この馬鹿傭兵。いいからさっさと剣をよこせ」


 こ!


 このババア、先代の妃? どういうことだ?


 もうちょっとバルティアのことを学べばよかった。


「なんでそんな人が、こんなところで学長をやってるのか?」


 こっちも感情が追いつかないので、相手が王族であっても口調がきり替わらない。


「わたしの勝手だろ。さんざん、国政を手伝ってやったんだ。老後くらい好きなことさせろ」

「……」

「じゃ、剣をよこす気になったらまたおいで。さようなら・・・・・! 誰か! 客人を帰らせて!」


 お前、ふっざけんな!


 反論しようとした時、後ろでドアが開いた。


 肩越しに背後を見ると、長身で若い女性が立っていた。金の縁取り刺繍が入った白地のアウターと膝上スカートが、銀色の長髪と白い肌をした彼女の高潔さを強調している。切れ長の目は鋭く知的で、腰の剣に手をおいて俺を見つめる姿は隙がなかった。


 かなりデキるな……。


「婆様が失礼したようですが、これでもここでいちばん偉い人なのでご容赦ねがいます」

「リュミドラ、謝る必要なんてないのよ!」


 孫?


 ということは、彼女も王族……王の娘?


「あの……帰ります」


 なんだか疲れて出直すことにした。


 変な国だ……。


 デーンやリズにはこれまで仕事で来たことがあったが、バルティアはなかったからいまいちよく知らなかったけど、いろいろとこじれた国だと思う……。


 階段を降りていると、後ろからさきほどの女性が追いかけて来た。


「待って! 待ってったら!」


 立ち止まり、振り返る。すると、本棚で本を物色していた魔導士たちの注目を浴びた。


 近くにいた女子学生の声が聞こえた。


「リュミドラさま、素敵」


 男女問わず、人気があるのか。


 美人でカッコいいもんなぁ。


 羨ましい。イケメンになりたい。


 彼女は俺の前まで階段を駆け下りてくると、下をさし示して笑みを見せる。


「下まで、行きましょう」

「は? ああ」


 一階へと降りて、出入り口から外に出る。学生棟や研究棟などなど、いくつもの建物に囲まれた緑地帯で、彼女は俺をマジマジと見つめ、右手を差し出した。


「クリムゾンディブロでしょ? 婆様が言ってた大怪獣ベヒモス退治で都市国家連邦からやって来る傭兵、君でしょ?」

「……そうだ」

「やった! 最高! ねぇねぇねぇねぇ! それ、わたしとやろう!」


 ……この女、頭は大丈夫か?


「君、いくつ?」

「二十……一」


 気付けば、誕生月の三月だ。産まれた日はわからない……。


「え!? 年上!? 見えない! あ、でも傭兵で有名だもの! 十九ってことはないよね! そっか、そっか! わたしは普通に喋るから、君もタメ口でいいよ」

「いえ、王家の方でしょ? ちょっと待ってください。頭を整理して言葉遣いなどを直し――」

「いいから、いいから……このままでいいから! わたし、魔導士なのよ! けっこう強いんだけど、実戦経験が少ないの。積みたいのに、皆に反対されて困っているのよ!」


 それは、そうだろう。


 王様を息子という婆を婆様と言うこの人は、姫だもの。


「あの、実際のところ、姫様なんです?」

「あー! もう! そんなの気にしないで! もうそうやって籠の中の鳥みたいに扱われて嫌なのぉ! 親睦を深めましょ! ご飯いこう! おごってあげる!」


 グイっと手を引かれて、おもわず引っ張り返す。


「キャ!」


 彼女を抱き留める格好となった。


「無礼もの!」


 瞬間、彼女の平手が俺の左頬を打った。


「痛い……」

「あ……クセでつい……ごめん、引っ張ったから反射的に抵抗したのね? わかる! わたしもよくやるの! 今もついつい! ごめん! ごめんね!」


 ……本気で痛い。


 こいつの平手打ち、見えなかったし予測できなかった。


 かなりやる奴だ……。


 そして、変な奴だ。




-Elliott-




 リュミドラに誘われて入ったのは、学生向けの食堂っていう感じの店だ。昼間は店がやってなく、夕方から朝までを営業時間にしていることから、完全に魔法学院向けと思われる。


 ワイン、地ビール、山菜と葉野菜のサラダ、兎肉のソテー、兎の内臓と野菜の煮込みなどなどが運ばれてきた。


 店員が、笑顔で俺に言う。


「姫様が男性の方と食事って初めてですよ。自慢できますよ!」

「はぁ」

「もうちょっとやめて! そういう関係じゃないの! 今日あったばかりなの! まだまだお互いに名前くらいしか知らないんだから! もうやめてよ! やめて!」


 うるさい奴だ……。


 初登場は凛としていたのに……これが素なのか。


「どうして、魔法学院にいるんです?」

「もう! 普通に喋ってくれないと嫌!」

「……魔法学院にいるのはどうして? 王宮で暮らせばいいのに」

「わたしは婆様に似て魔法の力が強いの。そして爺様に似て剣の才能もあると言われた……だから国のために帝国と戦いたいのに、誰もそれをさせてくれない。リズ王国の王子に嫁げなんて言われて、はぁ!? 嫌よ! て断って家出してこっちに来たのよ」


 おい!


 おまえ、えらいこと言ってるぞ……。


「リズ王国が、バルティア王国への支援に二の足をふんでいるのって、それも関係してるんじゃないか?」

「あー! やっぱり! そうだよねぇ! やっぱり関係わるくなっちゃうよね!? でもさ! あんな古臭い、外の人間を馬鹿にするような歴史しか誇るものがない国に行きたくないよね、実際は! それにわたしは戦いたいの! だからここなら魔法の勉強もできるし、爺様も婆様もいるし、自治区の軍で帝国と戦えるの! ここ最高でしょ?」


 先代の王と妃がここにいる……王都で息子を助けてやれよ。


 まぁ……権力を譲ったからしっかりやれってことなのかなぁ……兎、うまいな!


「うさぎ、初めて食べたけど美味い!」

「でしょ? でしょでしょでしょ? わたしも兎、好きなの! 可愛いから抱っこしても好きだし、美味しいから食べても好きぃ」


 ……あぶない奴な気がしてきた。


「クリムゾンディブロ、こっちでも知られてるよ。必ず都市国家連邦軍に参加して、対帝国のために戦う反ヴァスラ帝国の英雄! って」

「グーリットの市民なんだ」

「なんで傭兵に?」


 俺は、このうるさい姫さんに静かにしてもらおうと思って、長い話をぶっ続けで話してやる。


 奴隷から始まり、戦場で仲間に殺されかけて逃亡し、グーリットの傭兵募集にとびつき金を稼ぎ、それからずっと戦い続け、屍術師ネクロマンサー事件があって、相棒を得たけど彼女は国を助けるために帰らないといけないから別れた……というところまでたっぷりと。


「――というわけで今、地ビールおかわり!」


 喉がかわい……泣いてる?


「ど……どうした?」

「えぐ……えぐぐ……いい話……どっでもいい話だよぉ……お互いが認め合う相棒バティ……その人が危機の時は必ず助けに行くって約束するなんて……わたしも言ってみたい!」


 地ビールが運ばれてきた。


 リュミドラがワイングラスを掲げる。


「乾杯! 乾杯しよう? エリオットとその相棒バティに!」

「お……おう」


 ジョッキを掲げた。


「クリムゾンディブロと森の姫君イングリッドに乾杯! ……んぐんぐ! ワインおかわりー!」


 すげー元気だ……。


 だが、俺の驚きはこれで終わりではなかった。


 宿を探すと言った俺に、姫様は泊まるところを用意してあげると言い、店を出ても隣を歩いた。


「あの、本当に大丈夫だから」


 皆が見てるんだよ……あんた、俺の手をひいて歩いて……どう見られているかわからないのかな?


「ここー! ここにお爺ちゃんがいまぁす! わたしもここで部屋を借りてるんだぁ!」


 ……傭兵ギルドの前で、彼女はそう言ったのである。

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