グラードバッハへ
二月二十七日の昼。
俺はグーリットに帰ってきた。港から上陸してその足で傭兵ギルドへと向かう。
市街地の人通りが多いのは、迎春祭が近いからだろう。グーリットではアスパラガスのバター焼きで祝うのだが、ワインにすごくあって最高の味わいだ。
……今年は味わえそうにない。
ギルドへと入ると、ヌリの隣でパタパタと元気よく働く娘がいて驚いた。
「おい、おっさん。若い娘をさらってきたんか?」
「おお、おかえり。聞いてるぞ。これは雇ったんだ。オメガの代わり」
「オメガは?」
「イシュクロン王国に行った。半年ほど、戦士として戦ったら帰ってくる」
……イングリッドの影響か。
「賛成したのか?」
「当たり前だ。俺もお前らみたいな奴らの世話さえなけりゃ一緒に行ってた」
「……それで、事務方を?」
「そうだ。金を任すには不安だから、俺がそっちをやって、この子に前に出てもらおうと思ってな……メリッサ、こいつがグーリットの傭兵ギルドで一番のエリオットだ」
メリッサはぴょんと跳ねると、俺の目の前に立つ。
「クリムゾンディブロ! 本物!? すごぉい! 尊敬してます!」
悪い気はしないが、賑やかすぎる……十代後半かな? 元気な女の子! て感じだ。
「よろしく……ヌリ、仲間を集めたい」
「大怪獣だろ? できる奴らは今、戦場だからな」
「……前にもあったな」
「俺も参加したいところだが、こういう状況で悪いな。募集は出すが期待するな。あるいはグラードバッハで集めたほうがいいかもしれん……あそこの大学は魔法学院併設だ……あと、これは上陸作戦に参加した報酬がこちらに送金されてきたので渡しておく」
俺は三十万リーグが入った袋を受け取る。金貨で三十枚、ずしりという大満足な重みだが、もっと稼げたはずだ……。
それでも、二百万は魅力的!
家、買えるかも!
俺は脳内で素早く計算し、なんとかいけるんじゃないかと期待する。
「エリオット? どうする? グラードバッハで募集かけてみるか?」
「そ……そのほうがいいかもしれないなぁ……わかった。話を通しておいてもらえないか?」
「すぐに手紙を出す。これ、受付票」
「はいよ」
受付票を受け取ると、メリッサが俺の左手を握る。
「がんばってください!」
「おう!」
ん? なにか握らされた。
ギルドを出て、手を広げると紙きれがあった。
『リズ王国のメリッサです。よろしく』
そういうことか!
うまいこと潜り込んだな!
運がいい奴!
……ん?
何歳なんだ?
-Elliott-
俺は銀行に寄って、報酬の三十万リーグのうち、半分を入金した。
愛想よく受け取る行員も、家を買うから融資をしてくれと相談したら途端に顔をくもらせる。
やつらは傭兵には金を貸さない。
理由? いつ死ぬかわからないからだ。だから金庫としての付き合いのみになる。
帰宅する前に、公衆浴場に寄ってサッパリとした。
仕事終わりの風呂はいいなぁ。
革鎧とか武器を持ったままってのがちょっとガッカリだが、二度手間にはしたくなかったからしょうがない。
荷物を置いて飯を食ってから旅の支度をするかと思っていると、ケイが歩いているのを見つけて声をかける。
「おい! ケイ!」
「おお、帰っていたのか?」
元准教授は、教授になっている。彼女……彼は墳墓の研究調査を発表したのだ。例の墳墓の二層までに関して、ではあるが十分に学術的価値があったらしい。古代ラーグ人が図面をひいて掘削し、躯体工事などをおこないながら地下に人工物を建設していた証拠になったのである。
あの事件があり、落ち込んでいた彼を大学の経営陣が励ます意味もある人事だったというのは、ヴィンセント卿から聞いた噂だ。
「エリオット、ちょうど飯にしようと思ってたんだ。つき合えよ」
「ああ」
「そういえば、先日お前が僕に見せてくれた石、文献を探ってみたけどよくわからない。鉱物学のほうに相談したほうがいいんじゃないかな?」
「鉱物学か……」
竜の命の欠片だとイングリッドが言っていた石を見せて、文献になにか載っていないかを調べてほしいと依頼をしていたんだが、やっぱりわからないようだ。ちなみに宝石商にも鑑定してもらったが、色のついた石ころですねと言われている……。
無くしたり、取られたりしたらヤバそうだから、今も革袋にいれて首から下げている。
この石は綺麗な球状で表面もガラス玉のようになめらかだが、宝石ではないとわかって意外だった。
「鉱物学はミラーノ?」
俺の問いにケイは頷きながら、「いつもの店でいいか」と言って歩きだした。
二度ほど一緒に利用した『セルン』という飲食店に入る。バーが食事も出すという店で、酒好きで煙草好きのケイが気にいっていた。
席についた俺たちに、店員の女性がメニューをわたしてくれる。そして「これに荷物を」と言って大きな籠を貸してくれた。
……物騒なものをそこに入れる。
革の各防具を外していると、ケイが目を丸くした。
「そうやって服の上につけてるんだな?」
「どうやってつけてると思った?」
「なんかこう全部が繋がっていて、すっぽりと着るのかと思っていた」
「それはたぶん、動けなくなる。適当に頼んでくれよ」
ケイがシングルモルトの銘柄で有名なイヴリン・サ・セリーンのストレートと炭酸水割りを頼み、貝の盛り合わせシャンパン蒸し、キャベツを主に使った葉野菜のサラダを頼んでいた。
「灰皿ちょうだい」
食べながら煙草吸うのはすごいと思う……。
ヘビースモーカーだ。
「身体によくないと聞くぞ」
「健康を気にして生きてるわけじゃないよ」
酒、煙草……友人の内臓を心配するよ、俺は……。
「だいたい、僕よりも君のほうが早死にする確率は高いだろ?」
「……たしかに」
「さっきの話……鉱物ならグラーツの大学が有名だが、行くのは大変だぞ」
「……じつは、近くまでは行くかもしれない」
俺が中央評議会から受けた依頼内容を教えると、彼は野菜をもしゃもしゃと食べながら俺を見る。
「……ごくん。足を伸ばしてグラーツの王立大学に行けよ。紹介状、書くよ。考古学の教授、交友があるんだ。そこから紹介してもらうようにしておくよ」
「おお! ありがとう! 持つべきものは友だ!」
それからくだらない話で笑いあい、おいしいご飯を食べて別れた。
立ち直ってくれて、本当によかったよ。
-Elliott-
グーリットを出て、北へと進むこと六日。
レーヌ河の西側を、河沿いに伸びる街道をひたすら進むだけで目的地が見えてきた、と言えば簡単だが、河の東側には帝国軍が展開している。
やつらと都市国家連邦軍はもちろん、グラードバッハの自治軍も戦っていて、河向こうで戦争やってる時はおとなしく宿場町に隠れていたから日数がよけいにかかってしまった。
城塞都市グラードバッハ。
十メートルを超える二重の城壁に守られた都市で、住民の三割が魔法学院の関係者であるといわれるほど、ここの魔法学院は有名だ。大魔導士アラギウスの弟子がこの地に来て、私塾を開いたところから始まったと言われている。現在はバルティア王国に属しているが、地理的に離れているので自治区に近い扱いだと聞いたことがある。
実は、訪問するのは初めてだ。
グラードバッハ自治軍とヴァスラ帝国軍の小規模な戦闘が連続して発生しているせいで、街道沿いにいくつもある渡し業はどこも困っているようだ。レーヌ河の上流地点でようやく、対岸へと渡してもらえるとあって乗船した。
船から東側を眺めると、広大な森と山脈に挟まれるグラードバッハが視界中央にある。
それにしても、グラードバッハのような都市にも傭兵ギルドがあるのか。
渡しの船を降りて、徒歩でグラードバッハへと向かう。
一時間もかからず、市街地に入ることができた。
三月六日の夕刻前だ。
閉まる前にと思って、傭兵ギルドに顔を出す。
場所は、ヌリが住所を教えてくれていたのですぐにわかった。リズ王国と違ってここは住所表記がちゃんとしていて助かる。
ギルドの建物に入ると、すぐに受付があり、右手に空間が広がる作りになっていた。奥に掲示板があり、手前全体は歓談用の空間だ。
俺は受付の老人に声をかける。
「こんちわ。グーリットから来たエリオットだ。ヌリの紹介だ」
「あんたか! 無茶な仕事にかかろうというんは!」
苦笑するしかない。
「募集、出しとるが応募者おらんぞ……わし、ジークフリード。ジークと呼んでくれりゃぁええよ」
爺さん……すげぇいい名前だ。
「よろしく。困ったな……さすがに一人はキツいんだ……て、いつもこうなのか?」
ギルド内には、誰もいないのだ。
「暇よ、だからわしがやっとる」
「……」
「ここ、交通の便、悪かろ?」
「ええ」
「林業が盛んだが、馬鹿な帝国が攻めてきやがって、グーリットやベネティアに木材を河で運べんなってな……廃れとるよ。今じゃ人も減って、魔法学院の関係者がほとんどだ。傭兵の多くも自治軍に雇われているからな、あっちで忙しい」
「……俺はどうすればいい?」
「これ、持ってけ」
手紙を渡された。
「何だ? これ」
「魔法学院の学長に相談はしておるよ。魔導士を紹介してもらうようにな。都市国家連邦から金が出ること、彼らの軍勢が援軍として山脈の北側に派遣されようとしていることなどを話しておる。学長は協力的だが、各学部長を無視できんからとまだ回答はないが、あんた、直接いって会って話せばえかろうよ」
爺さん、助かる!
「ありがとう。明日、朝いちばんに行ってみる」
「ハッハッハ、あんたは魔導士を知らんな? 剣士か?」
「いや、魔導士でもあるが?」
「実戦で鍛えたほうか……なるほど、だったらわからんでも無理はないな」
「どういうことだ?」
「魔導士は夕方に起き始めて、夜に本を読んだり研究したりして、朝がたに寝るよ」
「……これから、すぐに行ってみるよ。場所は?」
「そうせい。出たらわかるよ。この街でいちばん背が高い塔に向かって歩けばいいだけだ。宿に困ったら声をかけてくれ」
「すまない」
俺はギルドを出て、ここからでもはっきりと見える背の高い塔を眺めた。
あれが魔法学院か……。




