執政官からの依頼
昨晩のうちに降った雪が、大地をうっすらと白く染めている。
美しい白一色の大地へと、俺の馬はグンっと加速した。
雪が剥がれれば下は泥だ。
白と黒を巻き上げて加速し最高速に達した馬の背で、俺は前方に見えるヴァスラ帝国軍ブログブニシェ連隊めがけて火炎弾を放った。
帝国軍増援を撃破する好機だ!
帝国領ブログブニシェの西三十シングの砂浜――ディブロ地点と名付けられたビーチに拠点を確保した都市国家連邦軍は、周辺の村々へと侵攻し、レーヌ河城塞を攻撃する帝国軍後背をズタズタに斬り裂いた。これに対し、帝国軍は軍団をふたつに分けて、またブログブニシェからの追加派兵もあり、上陸した都市国家連邦のディブロ地点攻略に出てきている。
俺たち傭兵は、遊撃隊として複数の部隊に別れ、ディブロ地点へと接近してくる帝国軍に、奇襲攻撃を一撃離脱戦法でおこなっていた。
二月二十二日、午前七時前後。
ブログブニシェ連隊本隊へと騎兵による突撃を敢行した!
いくつかの戦場で顔見知りになった傭兵たちが、俺の左右で雄叫びをあげる。
「ぶち殺せ!」
「帝国で未亡人を増やせ! 俺たちが慰めてやる!」
「お前らの婚約者はあとで抱いてやるよ!」
口々に帝国兵を罵る傭兵たちは、それで自らの戦意を高めてもいるのだ。
遊撃中隊百人の騎兵が、帝国軍ブログブニシェ連隊二千を圧倒する。
行軍中を襲われると、戦う準備ができておらずに崩れる場合が多いがまさにそれだ。
俺は敵兵の中を駆け抜ける!
一人、二人! 斬った!
右に左に斬り捨てて、飛び散る血潮を無視して駆ける!
騎士!
相手が叫ぶ。
「その格好! 都市国家連邦のクリムゾンディ――」
速度を落とさず、騎士へと風刃波をくらわせた。
イングリッドに言われたとおり、いろんな魔法を平均的に使うようにしている。
騎士が馬ごと真っ二つになり、内臓と血液をばらまきながら左右に割れた。
戦闘中におしゃべりするからだ、間抜け!
俺は騎士の身体が割れてできた空間へと馬を突っ込ませ、ひるむ歩兵たちへと火炎弾をぶつける。
帝国軍の悲鳴と絶叫。
俺たちの怒声と咆哮。
「邪魔するなぁ!」
怒鳴って右手の剣を一閃すると、敵兵が独楽のように回りながら鮮血をばらまいた。
馬の腹を蹴る。
帝国軍の隊列をつき抜けた!
半円を描くように馬で駆ける。傭兵たちも次々と突破して俺へと並んだ。速度を調整し、ゆるやかに駆けながら隊列を整え、再び帝国軍へと突撃を敢行する!
右手の剣が、陽光を浴びて赤く煌いた。
「イングリッド、頼むぞ!」
相棒を軽く振ると、ピン! という澄み切った音が聞こえる。
帝国軍ブログブニシェ連隊へと二度目の突撃!
この日、俺たち遊撃隊第三中隊は、傭兵だけで帝国軍増援を散々に蹴散らした。
-Elliott-
ディブロ地点近くに、名もない漁村があったが都市国家連邦軍が占領し、反攻作戦の拠点にしている。
都市国家連邦で有名な歴史上の人物であるユリウスと名付けられ村は、城塞化工事が進められていた。
二月二十四日、午後四時過ぎに、俺はここに入った。
執政官直々のご指名で呼び戻されて還ってくると、海上には多数の軍艦が浮かんでいるのが見える。制海権は完全に都市国家連邦が握っているのがわかった。
海軍が非常に強力で、ミノスの軍港は北方大陸最大と言われている。
その海軍力をいかして、レーヌ城塞へと敵を引きつけての後背急襲案……俺を呼んだチェザル・ボルジァという執政官はそうとうにキレていると思った。しかも前線に乗り込んできている……兵士たちの士気が高いわけだ。
漁村だった村は一か月もたたない期間で大きく変わりつつあるが、まだまだ幕舎の中で仕事をしている人も多い。
俺は、上陸作戦部隊群を指揮する作戦本部の幕舎へ入った。
「エリオットだ。執政官閣下に呼ばれた」
名乗って用件を言うと、兵士たちが敬礼をしてくれる。
「クリムゾンディブロ!」
「ご苦労さまです」
奥の空間で話し合っていた将官らしき男たちが、俺を一斉に見た。
三十前後の男が、片手をあげる。
「すまない! 君を呼んだのは俺だ。チェザルだ。チェザル・ボルジァだ、よろしく」
「前線での戦働きをしないと報酬がもらえない。すぐに戻してもらえるのだろうか?」
若い執政官……今の俺のほうがよっぽど若いが、国家の要職に若くしてついているという意味では間違っていない。その執政官が手招きしながら口を開く。
「君には違う任務に就いてもらいたい。もちろん、報酬を出すし、経費は全て後払いで渡す。事前に現金も報酬とは別にわたす。報酬は二百万」
二百万!?
にひゃくまん!?
さらに必要経費は別!
彼は続ける。
「グーリットのギルドには事前に打診してある。本人が良しとするなら問題ないと言われている。どうだ?」
「うける」
「よかった。こっちに来てくれ」
作戦卓を囲む幕舎の奥、裏側から出たチェザル卿に続いて外に出ると、彼はすぐに隣の幕舎へと入った。
「入ってくれ」
執政官個人の幕舎だ。
中に入ると、ヴィンセント卿もいた。
「戦場に来るなんて珍しい」
声をかけると、彼は水を杯に注ぎながら返事をする。
「お前に用があった」
彼が差し出した杯を受け取り、卓上の地図と、皿にもられた果物を見た。俺の視線にチェザル卿が「どうぞ」と言ってくれたので、林檎をもらう。
かぶりつく。
甘い! 連戦で疲れている時に果物はありがたい。
この世界にも砂糖をたっぷりと使った菓子はあるが、身体を壊すもとなので避けていた。
地図を見る。
バルティア王国だ。
バルティアとは縁がある。
俺が十五の時に、戦場に連れていかれて戦った国だ。
「ミラーノにバルティア王国の使者が来て、支援要請を受けた。リズ王国はいまだ動かず……こちらから半島山脈を越えて連隊を派遣することも考えている」
チェザル卿の説明を、ヴィンセント卿が引き継ぐ。
「お前も察しの通り、それだけバルティアは危ない。国土の南東はほぼ敵に押さえられて……遮るものがない平野だから帝国の侵攻速度も速い。臣民の三割は難民として避難し、王家も軍費負担増で借金まみれ……」
俺は苦笑する。
「なるほど、債権を回収できないまま滅ばれるとまずいんだな?」
二人は同時に反応する。
「隠し事はできないな」
とはチェザル卿で、ヴィンセント卿は手をひらひらとさせて言う。
「お前、それを言うなよ、こっちは親切で買ってんだからさ」
「国家予算を使ってるんだな?」
「昨年の決算書、予備費が多かっただろ? あれだ……堂々と書けるかよ」
ヴィンセント卿はなげやりに答えた。
俺は国家の年間決算書なんて見てないが、毎年、発表されている例のやつかと理解できた。誰でも、各都市の評議会館に行けば見ることができる。
俺は林檎を飲み込み、考えを話す。
「……ようは、来年の夏に、中央の評議員は任期を迎える。その選挙の時に、現執行部がつっこまれる材料になる、それも最大の爆弾になりかねない債権のことをなんとかしたい……バルティアは支援をもらえて逆襲をしたい。思惑が重なったんだな?」
チェザル卿はそこで、俺の杯を奪うようにして取ると水を地面に捨てて、幕舎のすみに置いてあったシングルモルトの瓶をとった。そして杯に酒を注ぎ俺につき返すと、自分たちの杯の水も捨てて酒にきりかえる。
「こういうことは素面はまずい。酔った勢いでついってことにしたい。クリムゾンディブロも酔った席でのことだと認識してもらおうか?」
「了解」
椅子を勧められ、円卓を囲む。
「十五億リーグの債権が未回収だ」
チェザル卿!
やばい! やばすぎる爆弾だろ!
てか、あの国はそんなに借金して……待てよ?
「もしかして、北方騎士団やデーンが大規模な援軍派兵を始めたのは、彼らも?」
「そうだ。買っている。リズ王国だけは債権購入を拒否したのだ……」
リズ王国の豚王は、馬鹿なだけでなく薄情だったと……同盟国のピンチすらシカトかよ……。
「幸い、我が都市国家連邦は予算内での軍事行動を計画的かつ効率的におこなうことで、財政は健全だが……十五億の金が溶けるのはまずい」
あたりまえだ……。
「そこで、連隊を派遣……それも半島山脈を越える道で北側へと出て、帝国軍の背後を脅かしたいのだ」
チェザル卿の発言に、俺は地図をさし示しながら口を開く。
「グラードバッハから山越えをする道しかないだろ……」
「軍を送るような道ではない。連隊を小分けにして送る? 金がいくらかかる? ということで、君にはここを開いてほしい」
グラードバッハの北側、半島山脈の南端をさし示したチェーザレ卿は、その指を紙面にはわして、山脈の北端にいたるところでトントンと叩いた。
「あれを倒せってことか……」
俺が二人を交互に見ると、彼らは真面目な顔で頷く。
山脈の南側と北側は、実は隧道で繋がっている。古代ラーグ時代に、ドワーフが工事をしたというその隧道はみごとなもので、現在も使える状態だと聞いているが、誰も使っていない。
いや、使うことができない。
恐ろしい魔獣が住みついているからだ。
ヴィンセント卿が、俺の肩を叩いて口を開く。
「隧道を使えば、半月かかる山越えが一日、二日で終わる。連隊規模を再編成することなくそのまま送り出せる。バルティア王国には協力要請を出しておくから、ひとつ頼むよ……軍勢を派遣するとこれまた金がかかりすぎるからさ、お前がちょちょっと倒してくれたら助かる!」
……二百万で片付くなら安いだろうな!
「仲間を集めることになると思う、一人じゃ無理だ。仲間も一人二百万、他も同条件にしてくれ」
俺の希望に、チェザル卿は「約束する。間違いなくそうする」と頷いたが、予算幅を教えてくれた。
「機密費から出す。その条件だと……三人、四人が限度だろう」
「……わかった」
しかし、あれを三人、四人で倒せというのか……。
イングリッドがイシュクロン王国に帰る前だったらなぁ……。
気が重い。
大怪獣が相手か……。




