森の姫君
ミラーノ大学のグーリットキャンパス。
准教授の研究室を訪ねると、不在となっていた。
また別の日にするかと思ったが、試しにドアノブを回す。
ガチャリと音がいて、開いた。
入ると、彼女はそこにいた。
椅子に座っていて、煙管をくわえてボーとしている。
「帰りましたよ」
「あ? クリムゾンディブロ……煙草、やるかい?」
「いえ、喫煙はしないんで」
「情けない」
彼女は床に灰を落として立ちあがると歩み寄ってきて、俺の右肩を軽く叩いた。
「言わなくてもわかるよ……彼に何があったのか教えてほしい」
「……ライティは、シャーロットに手を貸していたのは事実だ……彼女の母はライティの従姉で、グーリットで偶然、二人が出会ったことで親戚付き合いが始まった……そこからだ」
俺は淡々と説明する。
ただ、ライティが准教授を裏切っていたことは黙った。調査や研究の情報を流していたことは隠したのである。
俺は、彼は二人に頼まれて、逃亡を手助けしていただけだったと嘘を話す。
「……だから、彼も被害者みたいなものだ。最後は、仲間割れで殺されてしまった……申し訳ない」
「エリオットが謝ることじゃない……ただ、僕は親友を失った悲しみをどう処理したらいい?」
「……その方法は、それぞれに見つけるしかないよ」
「……あんたは! たくさんの人を殺してるだろ! だったら知ってるはずだ! 人の死が間近にあっても平気でいられる方法を! 傭兵仲間が死んでもいつもと同じようにご飯を食べて眠る方法を! 知ってるはずだ! 教えてくれ!」
無茶苦茶に手を振り回し、殴りかかってきた彼女を抱き留める。
「僕は……僕はライティに会いたい!」
「すまない……助けてやれなくてすまない」
「……僕はこんなだから……僕はこんなだけど……あいつだけは僕を男として接してくれたんだ……あいつだけだ……親友だった」
「ケイ」
俺は彼女を抱きしめて、泣き崩れるままにさせた。
すまない……。
ライティを殺したのは俺だ……。
あいつを焼き殺したのは、俺だ。
-Elliott-
夕刻前に、ギルドに入る。
ヌリに仕事の報告を終えたことを伝え、ヴィンセント卿からの報酬だけを受け取ると伝えた。
彼が准教授からの報酬が入った包みを手に、俺を見て問う。
「いいのか? 彼女からは帰ったら無条件で渡してくれと頼まれていた」
「……覚悟してたんだな」
「は?」
「バーキン准教授は、覚悟していたんだ……あの日、ライティがいなくなった時に……だけど、それを否定したくて俺を頼った」
「……エリオット」
俺は前を見ることができない。
悔しさが、胸の中をぐちゃぐちゃにする。
ヌリに肩を抱かれた。
「おい、誤解されるからやめろ」
俺の冗談に、彼が笑う。
「馬鹿、たまにはサービスしろ」
苦笑を返すと、ヌリがおでこをぶつけてきた。
「おい、若造。依頼人が結果的に不幸になっても、お前は仕事をやったんだ。受け取れ」
「……」
「ライティの最期を、確認して報告した。受け取る資格がある」
「ああ……わかった。これで、准教授と酒、飲んでくるよ」
「お? 珍しい。俺も行こうか?」
「牛みたいに飲むから断る」
彼が笑い、軽い頭突きをされた。
「二人で飲んでも間違いはおこすなよ?」
ヌリの忠告に、出入り口へと向かいながら答える。
「男同士で間違いはおきないよ。俺にその気はない」
「はぁ?」
俺は笑って、ギルドから出た。
-Elliott-
一月十七日。
イングリッドを見送る為に、グーリット港に来ていた。
彼女はリズ王国で得た報酬があるから、船で帰ることができると喜んでいる。
大型のガレオン船が海上に停泊していて、小舟で港からガレオン船まで運んでもらうが、客が多いので順番を待っていた。
彼女はずっと、俺の手を握っている。
もう怪我を治してもらうこともないというのに、どうしたんだろうか?
尋ねると、黙ってろと睨まれたのでされるがままに任せた。
「イシュクロン王国まで、一か月くらいか?」
「うん……バルク海経由で……途中、いくつかの港に寄港するから、食べ物が楽しみだ」
「ベレー帽、途中で無くすなよ」
「当たり前だ」
彼女はベレー帽を左手で触る。彼女が触れたところには、赤い宝石が装着されていた。それはテンペストからもらった土産だ。まさか堂々と本物をさらさないだろうという逆の発想らしい。
「竜の命の欠片、エリオットはどうするんだ?」
「売ればいくらになるかな?」
「馬鹿か?」
「……本気にするな、冗談だ」
「本当か? 嘘じゃないだろうな? 売るなよ?」
「馬っ鹿、本気で疑うなよ」
潮風が強く吹いた。
イングリッドは左手をベレー帽、右手を俺の手に重ねたまま海を見て目を細める。
微笑んでいるようだ。
可愛い横顔だと思った。
彼女がチラリと俺を横目で見て、口を開く。
「……あげた剣、売るなよ?」
そんなわけないだろ!
「俺は傷ついた……」
「悪い……冗談だ」
俺が傷ついた表情をわざと作り、彼女は目を輝かせて笑う。
「あの剣、大事にするよ。銘も決めた」
「絶対だぞ? 銘は? 教えろ」
「秘密だ」
「教えろよ。もう次はいつ会えるかわからないんだ」
「特別だぞ? 誰にも言うなよ?」
「おう」
俺は、俺の左手を握る彼女の右手の甲に、右手人差し指を這わして文字を書いてみせた。
森の姫君。
「森の姫君だ」
「……」
「俺たち、相棒だろ? 戦場に連れていくから、守ってくれ」
彼女が俺のほうを向き、両手を広げる。
抱きしめた。
「エリオット……約束だ。わたしが危ない時、助けに来てくれるな?」
「必ず行く。だから、それまで俺が死なないように、守ってくれ。イングリッド……お前が後ろを守ってくれると、俺は安心して前に進めるんだ」
「うん……うん!」
二人でしばらくそうしていた。
「次! イングリッド様! イングリッド様!」
呼ばれている。
「イングリッド、順番が来たぞ」
「おう……」
彼女は離れない。
俺はイングリッドの頬にキスをして、彼女を驚かせることで離した。
「気を付けて……君の長い時間のなかで、ほんのちょっとの時間だったけど一緒に戦えたことを誇りに思う。森の命に誓って、君の危機には駆けつける」
「おう……わたしも森の命に誓う。エリオットが迎えに来てくれるのを待ってる」
彼女は微笑み……俺の唇にキスをして離れた。
驚いて目を丸くすると、彼女が囁く。
「わたし、嘘を初めてついた。手を握ったところで治癒には関係ない」
「なに?」
「そうしていたかったんだ。エリオット、お前と」
彼女がクルリを背を見せた。
係員の声が張り上げられる。
「イングリッドさまぁ! いらっしゃいませんか!?」
「いるぅ! ここだ! すぐ行く!」
荷物を抱えて階段を降りていくエルフの背中を、俺は見守る。
イングリッドは、イシュクロン王国に帰ってもまた戦いの中で生きなければならない。
ゴート共和国の侵略に、彼女たちは劣勢だ。ギュレンシュタイン皇国の援助を受けても、大国の本気の侵略行為を防ぎ続けるのは困難だろう。
それでも、彼女たちは戦う。
自分たちの森を守るために……。
イングリッドが、小舟に乗った。
彼女は振り返って、俺を見てくれている。
俺も彼女を、見続けた。
イングリッド……相棒、また会う日まで。
俺は、ガレオン船が動きだしても、その場に立ち続けた。
唇に指で触れる。
森の姫君の悪戯で、俺はとても胸が苦しかった。
-Elliott-
「全員! 上陸用意!」
飛沫をあげて陸へと接近する戦闘艇の先頭で、都市国家連邦の士官が声をはりあげる。
俺は仮面をつけ、盾を背負い、腰の剣をしっかりと右手で握った。
「イングリッド、行くぞ!」
相棒に声をかける。
戦闘艇が砂浜へと乗り上げた。
直後、大量の矢が砂浜の奥、砂丘に陣取る帝国軍から放たれる。
士官が矢を受けて倒れる。
俺は彼をうけとめ、降り注ぐ矢を剣で払って士官を守り、舟に寝かして先頭を代わった。
軽い靴は、上陸地点が砂浜であると聞いていたから選んでいる。
走った。
矢を背に背負った盾を左手で持ちなおしながら防ぎ、叩き落としていく。
集団の先頭は俺だ!
傭兵たちが、俺の後ろを疾走する!
「クリムゾンディブロに続けぇえ!」
「うおぉおおお!」
誰かが怒鳴り、皆が咆哮した。
傭兵たちがさらに加速する。
勢いある人の波が、砂浜を駆け、砂丘へと殺到した。
二月十日。午前六時。
俺たちは帝国領ブログブニシェの西三十シングの砂浜に上陸している。右も左も都市国家連邦の戦闘艇から飛び出した傭兵と正規兵だらけで、船の接近を知ってから登場した帝国軍の防衛部隊を数で圧倒していた。
それでも高みから矢を撃たれると苦戦する。
俺は先頭を走り、敵隊列に向かって火炎弾をぶっ放すと叫んだ。
「続けぇ! 矢を受けたら敵を倒して死ねぇ! 年老いて死ぬくらいなら! 今日、戦って死ねぇ!」
傭兵たち、兵士たちが、雄叫びをあげて応えてくれた。
地鳴りのような都市国家連邦兵たちの咆哮で、帝国軍防衛部隊が恐れをなして逃げ始める。
追撃だ!
俺は相棒とともに走った!
赤い傭兵と森の姫君 おわり




