竜と向き合う
パッと場面が切り替わるように、見えている光景が一変していた。
ここは、封印の間だ。
壁も壊れていない。
俺が倒した奴らの死体は変わらず転がっていて、彼らによってひどい扱いを受けた若者たちの死体もまた同じように空間の奥に重なっていた
俺の背後には、イングリッドが一人、竜の魂を抱きかかえてうずくまっている。
倒したのか?
俺はあの竜を倒した?
いや、何かがおかしい……。
俺がイングリッドへと近づくと、彼女は呼吸をしていない!
驚いて肩を掴んだが、ビクともしないで止まっている。
ここは、全てが止まっている?
そういえば、壁をつたって流れ落ちていた水も、波打っていない。
時間が止まっている。
もしかして、俺、死んだ?
これ、死ぬ間際の?
でも、どうして竜がいない?
「人間」
女の声で声をかけられ、振り向くとイングリッドが立ちあがっていた。
「イングリッド?」
「このエルフの名か? よかろう、よかろう……それでもよい」
「誰だ?」
「誰でもよい。人間……わたしはお前が死を受け入れるのならば、この娘を助けてもよいと考えている。どうだ?」
「どういうことだ?」
途端に衝撃を受けて壁まで吹き飛ばされた。
身体を引き裂かれるような痛みで声が出ない。
魔法……使えない。
そういえば、剣も持っていない……? いや……折れてしまった。
苦しい!
「ぐお……うぅ……」
激痛に声が漏れ、歯は折れるかと思うくらいにくいしばった。
ドスンと浅瀬に落ちて、冷たい水に顔を浸からせて瞬きをする。
なんだ?
なにをされている?
「人間、わたしが問うている。答えよ」
「彼女を助けてくれ」
「では、お前の命をわたしに差し出せ」
「俺はもう死んでいるのではないのか?」
「死ぬ寸前……といえるな。この娘もだ」
……。
守れなかったのか。
情けない。
俺は強いと思っていても、何もできていないじゃないか!
くそ……。
くそ!
「くそ!」
声に出ていた。
また、衝撃波をくらって壁にぶちあたる。激痛でうめき、血を吐いて浅瀬へと倒れ込んだ。
「言葉が悪いぞ、人間」
俺はイングリッドを見つめる。彼女は口を動かしていないが、声を発していた。
竜の魂は持ち主を乗っ取る……? もしかして、イングリッドは封印に失敗したのか?
「テンペスト、教えてくれ。イングリッドはまだ生きているのか?」
「ああ? この嘘つきエルフはまだ死んではいない。しかし封印の祈りに集中できなかったようだな……わたしに負けた」
「彼女は嘘つきじゃない。取り消せ!」
ドン! という衝撃で壁にぶつかる。今度は圧力が止まらず、ギリギリと俺の身体は見えない何かに押しつぶされているようだ。
「この娘は嘘つきだ。そしてもうすぐ封印を失敗した代償を払うことになる」
「助けてくれ」
「助けてほしいか?」
「イングリッドを助けてくれ……」
「いいのか? お前は死ぬことになるぞ?」
「それでいい。彼女を生かしてやってくれ」
「どうして彼女を助けたい?」
俺は激痛で思考が乱れた。
口が動かない。
懸命に、言葉を紡ごうとしても声が出ない。
それでも、イングリッドを想う。
一人で森を出て、妹を探した。この世界にテンペストを甦らせないために、妹を助け出すために、懸命に旅をして、情報を集めて、口にはしないがつらいことは一杯あったはずだ……それでも彼女は妹の足取りを追い、グーリットに来た。
それなのに……。
俺が仇を奪い、彼女の怒りの矛先を奪ってしまった。
彼女の感情は行き場を失い、溜まりこみ、妹のされていたことを想像したあの時、爆発を起こしてしまった。
それでも彼女は前を向いた。
イングリッドは、自分の妹を凌辱し殺した人間までも守るために、今! 命をかけてくれている。
彼女は、一人で世界を背負う重圧を感じていたくせに、まったくそんな素振りをみせなかった。
なにも言わないから、話してくれなかったから、俺はあの時、俺を魔法で突き飛ばして魂の間から追い出した時の彼女の表情を見るまでわからなかったから!
あの微笑みを見てしまったから!
感謝と、悲しみ……。
どうして、あんな表情ができる?
自分を犠牲にしようとしているのに、どうして他人にあんな顔を見せられる!?
死なせたくない。
俺は、俺の相棒を死なせたくない!
「俺はイングリッドを死なせたくない」
声を、出せた。
-Elliott-
「うわあああああああ!」
叫んでいた。
熱風を浴びた俺は叫んでいたが、俺たちが焼き尽くされるより早く、炎が消える。
見ると、黒い竜が俺を見つめていた。
『そんな状況で、明けの明星が成功するわけないだろう? 人間』
竜の声には、呆れがたっぷりと含まれている。
奴の言葉が続けて、頭の中へと届いた。
『テンペストからの伝言だ。お前たちの気持ちに免じて、またしばらくここにいてやってもいいと』
……助かったのか?
『助かったのだ、人間。そしてエルフ』
背後を見ると、憔悴したイングリッドが俺を見つめている。
「エリオット……お前は馬鹿だな? 聖竜に挑むなんて……逃げろよ」
ガクンと崩れる彼女へ手を伸ばし、抱き留めたが俺も限界だった。
二人で浅瀬へと倒れる。
イングリッドが濡れないように、痛む全身で彼女を受け止め、浅瀬に半身をつけた状態で仰向けになった。
身体を動かすのも億劫だ。
首はなんとか動かせた。
竜が言う。
『エルフは人間を想い、人間はエルフを想い、それぞれがテンペストへ相手の無事を祈った。彼女は暴虐の竜で嵐のように世界を壊すが、お前たちのような関係を築ける人間とエルフがいるなら、しばらく世界を任せようということだ』
俺が戦っている間、イングリッドも戦っていたのか……。
『では、もう会うことはなかろう。テンペストからの土産はそこに置いておく』
黒い竜が破壊した壁へと消えていく。すると、壁が逆再生をかけられたように欠片が集まり始め、穴を埋めて、元通りの封印の空間ができあがった。
「エリオット」
「……動けない」
「これ……」
俺は、俺の胸のあたりに転がっていた二個の石を掴むイングリッドを見る。
「なんだ、これ?」
「……竜の命の欠片だ……聖石ともいう」
「……同じもの?」
「竜と神は同一と言っただろ? ……疲れた」
彼女が、俺の身体の上で横になる。
俺の肩に、きれいなイングリッドの顔がのっかっていて、クリクリとした目で俺を見つめた。
「そんな目で見るなよ。勘違いするぞ」
「……ははは、迷惑だ。やめてくれ」
「うるせぇな。封印、終わったんだな?」
「……失敗したけど、許してくれた」
「お前、失敗するなよ」
「エリオットが死にそうだったから……」
彼女はそこで身体を動かし、俺の顔を両手でつかむ。
「……心配して集中が乱れた。お前のせいだ……ぞ」
頬にキスをされた。
照れくさくて、そっぽを向いた……。
彼女が、俺の耳元で囁く。
「守ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして……お姫様」
俺たちはしばらく、そのまま重なっていた。




