対決
六層に潜んでいた奴らを全滅させた。
合計十五人が六層にいたことになる。仮にこいつらが、最下層で背後から襲ってきたらと思うとよくない未来しか想像できない。
こちらが奇襲をかけたので、拠点にいた奴らはあっけなかっただけで、戦おうという状態の奴らと向き合ったなら話は別なのだ。
七層へと降りると、恐ろしく巨大な空洞に出た。上から滝が落ちてきていて、その滝をグルリと囲むように螺旋状の下り坂が底まで延々と続いている。そして底が八層になる。
大量の水が落ちる音は他の全てを圧倒する。
大声で話さないと、近くにいても会話ができない。
「エリオット! 魂、封印できたら隠し部屋に連れていってやるからな!」
「隠し部屋!?」
「お前にいい物をやろう! そこにあるんだ!」
「いいのか!?」
「エリオットに使ってほしい物なんだ!」
なんだろう?
「教えろよ! 何だ!?」
「秘密だ!」
滝の周りをぐるぐると歩きながら下っていくと、滝に逆らうように何か黒い影が水の中を下から上へと泳いでいた。
「なんだ!?」
イングリッドも気付く。
長い影……。
「エリオット! これもあいつらの仕業かな!?」
「計画には書かれて――」
滝から水飛沫をあげて飛び出した巨大な蛇の頭!
俺とイングリッドは左右に跳んで躱す。
俺は同時に、抜剣してかまえた。彼女も剣をかまえて距離を計る。
間違いない。
ヒュドラだ。
でかい蛇だと思っていたら苦戦する相手だ。
イングリッドが叫ぶ。
「戦いを避けるか!?」
「逃げよう!」
魔法もあまり使いたくない。剣の消耗も避けたい。
イングリッドは俺が立つ方向へと走り出したが、それを狙って再び蛇の頭が水の中から現れる。
彼女は、地面を転がって避けた。
俺が盾で彼女を庇うと、そこに蛇の頭がぶつかってきた。
二人で地面を転がり、ヒュドラの攻撃をいなす。
俺が盾をかまえ、彼女を後ろに斜面を底へと向かった。
イングリッドが言う。
「ここからだと! 頭が三本に見える!」
「まだ若いな! だとしたら逃げ切れる!」
ヒュドラの面倒なところは、生えている首を同時に全て倒さないと死なないところだ。
底を目指して走りながら、滝から襲ってくる蛇の頭を盾で防ぐ。木製の盾から金属製に替えておいてよかった!
滝つぼが見えてきた。
この下り坂の終着点から九層に向かう階段まで、浅瀬がある。先回りされる前にわたりきろうと思った時、後ろのイングリッドが立ち止まった。
「どうした!?」
「エリオット、倒しておく!」
「なに!?」
「ヒュドラを倒す!」
いきなりどうした!? っと! くそ!
盾で蛇頭を弾き、抜いた剣で斬りつける。
同時に首を落とさないと意味がない。
「不浄の大地を清める力、知恵を得て……」
イングリッドが呪文を詠唱する。それだけの魔法か、あるいは力の消費を抑えるためか?
俺は彼女を守るべく、蛇の頭を盾で防ぎ、斬撃をあびせて牽制する。
「北洋の精霊の声となって届け……風王華渦!」
イングリッドの声で、魔法が発動した。
耳鳴りに聞こえたのは大量に発生したかまいたちが、滝の中のヒュドラへと襲いかかった証だった。
滝が一瞬で真っ赤に染まり、斬撃の鋭さと数の多さが飛び散る赤い飛沫で明らかとなる。
イングリッドの魔法は、ヒュドラを細切れにした!
すごい!
「エリオット、行こう」
「おお、だけど大丈夫か? 力を温存しておいたほうが良かったと思うけど」
「大丈夫だ。わたしはこれくらいちょちょいだ」
笑う彼女に励まされるように、俺は先を急ぐ。
彼女が後ろにつく。
もう少しで、最深部だ。
-Elliott-
九層は罠だらけ……だった。
まず、九層に辿り着くと奥にもう十層への階段が見えていた。歩きだそうとしたが、イングリッドに止められる。そして彼女が、小石を拾って投げてみせると、部屋の床が抜けて大穴があいた……。
「あれ、正しい道順でないとああなる」
「……頼む」
「こっちだ」
罠があると聞いていたのに、目の前に階段があるとついつい……危ないあぶない!
右に壁づたいに進み、人ひとり分の幅のみを使って奥へ向かった。
なるほど、部屋の真ん中は落とし穴で、実際には壁際にしか地面がないってことね……。
「待て」
イングリッドが止まる。
「どうした?」
「今は駄目だ」
「今は?」
何だ?
少し待つと、彼女が「行こう」と声をかけてきた。再び前進する。すると、少し歩くと彼女が止まる。
訊くのも無駄だろうと思い黙って待った。
渡りきった時、立ち止まっていたのは何だ? と尋ねると彼女は後ろを見ろと言う。
「呼吸を整えていた……高いところは苦手だ」
そういう理由か!
九層から十層へと降りる階段は広く、深くまでずっと続いているように見える。
終わりが見えてきたところで、立ち止まり、水を飲む。
「エリオット」
「なんだ?」
「ライティがどんな姿になっても、心を乱すなよ」
「わかってる」
「……こう言ってはなんだが、彼は悪事に手を貸していた。どうせ捕縛されて、それなりの罰を受けていたに違いないぞ」
「……だとしても、バーキン准教授の依頼だった。准教授は、親友を連れて来てくれと俺に頼んだんだ」
言いながら、妹が受けた残酷な仕打ちにも耐えて乗り越えたイングリッドの言葉だからこそ、俺は動揺していることを認めた。
彼女が俺の手をとる。
握り返した。
「この手は、剣を握る手だなぁ……タコがいっぱいだ」
「お前の手もだ」
「ふふふ……よし、脈が少し早いくらいに戻ったな……緊張している良い状態だな?」
「ああ……完璧だ。メタクソに倒してやる」
「奴らを倒した後、わたしは竜の魂をもう一度、封印する」
「ああ」
「その間、無防備になる。守ってくれ」
「いちいち言うな。任せろ」
俺たちは抱き合い、お互いの背を叩き合った。
「イングリッド、行くぞ」
「おう」
階段を進む。
十層に到達した。
-Elliott-
十層は、四層と似ている。一面が水に覆われた空間で、壁面を濡らす水の音が心地いい。足場は浅瀬で、それがずっと奥まで続いていた。そして四層と同じく、空間全体が光に包まれていて、ここまでに比べて格段に明るい。それだけ水の精霊の力が強く、エルフの血に反応しているんだろう。
中央を睨むと、縛られたライティがうなだれていた。剣士が二人、彼を挟むように立っている。またその奥に、フードで顔を隠した男がいた。
フードの男が頭だろう。
そいつが手を叩いた。
「待ちくたびれた……さ、竜の魂を」
「お前ら暇だな? ずっとここに隠れていたのか?」
「まさか、のんびりと楽しみながら待ってたさ」
男の言葉に、剣士たちが笑う。
どういう意味かと思ったが、空洞の奥に若い男女の死体がいくつも転がっていた。まだ少年とおもわしき死体もある。
彼ら彼女らは、恥部から大量の血を流して倒れていた。
「彼らはなんだ!? 彼女たちをどうした!?」
「はははは! おもちゃだ。ミラーノで歌手になりたいか? 演劇俳優女優にならないか? と誘うと簡単にひっかかる。さ、竜の魂を寄越せ」
俺は剣を抜き、中央へと真っ直ぐに進む。その背後で、死角となったイングリッドが素早く魔法を発動した。
風刃波が、ライティへと襲いかかる。
縛られていたはずの彼が、魔法をくらう直前に跳躍し、後転した後に立ちあがると胸をかきむしるようにして皮膚を破る。
俺はいちいちライティの変化を見ない。
わかっていたことだ。
剣士の一人に突っ込み、斬撃をみまうも剣で防がれる。直後、もう一人の剣士が迫ってきて、俺は剣を右に一閃して二人目の攻撃を防ぎながらバックステップで、火炎弾を一人目にぶつけた。
防御魔法で防がれた。
奥の男が魔導士!
ライティがイングリッドに襲いかかる光景を視界の端に認め、剣士たちの追撃を盾と剣で受け流しながら氷槍で牽制した後に彼女に加勢する。
牛の頭を持つ魔人、牛頭魔人にされているライティの身長は以前の倍ほどで、身体もごつく恐ろしいほどの圧力感があった。武器を持っていないが、腕で殴られただけで致命傷を受けるだろう。
牛頭魔人は露出した陰茎を左手でしごくとニヤリと口を歪め、鼻息を荒くする。
「ゴフ! ゴフ!」
イングリッドに発情してやがる。
「お前、エルフまで犯し殺すつもりかよ!」
フードの男が笑い始め、剣士たちも身をよじっていた。
奥で転がる若者たちは、この男達に弄ばれた後、化け物になったライティに遊ばれた……。
彼ら彼女らの恐怖と激痛と絶望を想像すると、身体が震えるほどの怒りをおぼえた!
絶対に許さん!
ライティ! 今、殺して楽にしてやる!
貴様ら! 苦しませて殺してやる!




