神殿へ
一月十一日の夕刻に、俺とイングリッドはグーリットに入った。
大急ぎで帰ったので、身体は疲労の極みだし準備も何もできていないが、ライティのために二人ですぐに出発を決める。
荷物は最小限にした。
剣……研ぎに出していないのが不安だ。最低限の手入れはしたが……。
イングリッドは、ベレー帽を俺の部屋に置いていくといって脱いだ。
「汚したくない」
わかる。
大事にしたいもんな。
水筒に雑貨屋で買った水を入れ、夜がもうそこまで迫る空を見上げて街を出る。途中、街道の鍛冶屋に寄り、併設されてある食堂で軽食を買う。ゆで卵、パン、チーズといったものだが、腹持ちがいいものを選んだ。
「エリオット」
「どうした?」
「どうして人間は竜を復活させたいのだろう? 自分たちが困ることになるのに」
「……竜が暴れることで、得をする人間がいるからじゃないか?」
「……ちがう」
彼女はかぶりをはらい、歩きながら俺へと右手を差し出した。
「手か?」
「おう」
左手で彼女の右手を掴む。
イングリッドが言う。
「以前、話せないと言ったが……少し話す。竜と神は同一だ」
「は?」
「竜と神は、同じなんだ……金竜は、主神でもある……テンペストはその妹……」
脳内で有名どころの神々を整理した。
主神アロセルは男性の神で、長身で若々しい容姿をしていると言われている。全ての神々の頂点に君臨しているが、竜王バルボーザには勝てないという制約がある。
智神ガリアンヌ。容姿は不明。神々の世界の法を定め、守る。裁判官の役割ももち、公明正大。アロセルの双子の弟とされている。
美神ハーヴェニー。女性の神。美しく高貴な姿をしていると言われるが、愛が不足すると醜い化け物になるという恋を司る神でアロセルの不倫相手。
大地の神マーヴェ。女性の神。アロセルの妻とされているが不仲。農業や林業、畜産業などを保護している。
戦神ヴェロムは女神で、その美しさは神界一と言われている。戦いの神であることから、錬成や鍛冶、製鉄や鉱業までも保護している。アロセルの妹。
アロセルの妹……。
「テンペストは、戦神ヴェロムか!?」
「そうだ……」
「ちょっといろいろと混乱しそうだ……戦いを前によくない。またにするよ」
「そうだな……うん、そうだ。終わってからだな。エリオット、守ってやるからな」
「そりゃ、こっちの台詞だ」
「ふふっ」
イングリッドの笑みに、俺も笑みを返す。
必ず二人で生きて帰る。
ライティを取り戻して、バーキン准教授に会わせる。
絶対だ。
俺は決めた。
-Elliott-
墳墓の入り口からは入らず、森の中へと入るイングリッドに続いた。
夜の森は暗いが、彼女が精霊たちに話しかけた。
「少し明るくして道を照らして」
すると、樹木や花々、草たちがぼんやりと光をまとう。
「ありがとう……さ、行こう」
「すごいな」
「神の器たる所以だ」
「奇跡をつかう……か」
三層の穴を見降ろす場所まで来たところで、彼女の案内でその階段を見つけた。
地下へと延々とおりるような狭い階段を進むと、断崖絶壁の壁面に沿って螺旋状になっているのだとわかる。そして、墳墓の方向とは反対の壁から底へと出ることができたが、茂みや樹木で隠れているので見つけられなかったのだろう。
中央の島には拠点が残っているが、人の気配はない。
カインとイサク、逃げてくれていればいいが……
複数の幕舎の中をのぞく。
よかった。
逃げ出したようだ。
こういう判断がパっとできないと傭兵は長生きできない。
四層へと降りる階段を進む。
何が待っているのか……。
どんな奴でも、俺とイングリッドが負けることはないという自信がある。
石像の間は、前回と同じく明るいままであった。
この像が生きているのかと思うと、やはり不気味に感じる。
戦神ヴェロム……戦う女神とも呼ばれ、傭兵では信じる奴が多い。
竜と神が同じ……。
教団の聖書は、もう根本から間違っていることになる。
そうか……エルフたちの長老格というか、上層部にいる者たちがこれを公にしないのは、アロセル教団と敵対することになるからだ……教団は各国に勢力をもち、信徒もいれると恐ろしい数になる。
また大国であるヴァスラ帝国、ギュレンシュタイン皇国、リーフ王国などなどがアロセル教団を保護、敬っている……敵にはしたくない。
とくに、エルフが王であるイシュクロン王国は、ゴート共和国から激しい侵略戦争を仕掛けられていて、ギュレンシュタイン皇国の支援を受けていたな……。
考えながら歩いていると、神殿が見えてきた。
周囲を警戒しながら、階段がある空間まで進む。
無人だ。
「下まで来いということかな……?」
「……有利な場所で待っているのかも」
イングリッドは、背の荷物入れをおろして地図を取り出す。随分と軽くしてきているので中には水筒と軽食しか入っていない。
「六層……ここは狭い迷路だ……七層から八層は吹き抜けで滝が落ちている。九層は罠だらけ……戦いやすいのは魂の間だろうな」
「それは俺たちにもいえることだけどな……」
「うん……石像の間だと螺旋階段に逃げられると追う側が不利になるから、最深部でということかな?」
「なるほど……途中の階層に伏兵を隠していて、十層に俺たちが到着したらそいつらが下に降りてくる……挟み撃ちは面倒だ。先にそいつらがいるかいないかと確認してから十層に行こう」
「伏兵を隠すなら……六層の迷路だ。わたしたちの通過を確認してから、後を追う……六層を念入りに調べよう」
「わかった」
地図をしまった彼女は、軽食を手にもち階段を見る。
俺も軽食を荷物入れから取り出し、袋はその場に放り投げた。
ゆで卵を頬張り、パンを齧って水を飲む。
つめこむだけの食事だが、他愛ない会話をすることで不安がなくなっていた。
階段へと歩きだした時には、緊張で心地よくなる。
この感覚は大事だ。
緊張しない奴なんていない。緊張している状態を楽しむ感覚が全力を出すコツといえる。
「降りるぞ」
「おう、指示した通りに進んでくれ」
「了解、相棒」
俺たちは、五層へと降りる階段を進んだ。
-Elliott-
五層は踊り場のような場所で、長い階段の中間という位置づけだ。
がらんとした空洞へと降り立ち、さらに続く階段へと歩く。
水が落ちる音が下から聞こえてきていた。
この下は迷宮になっているが、地図をもつ俺たちは迷うことなく進める。
本来であれば……だ。
六層に降りた時、武装した男が二人、俺たちを見て慌てて奥へと走っていった。
「追うか?」
「いや、あれは囮だ」
この六層に伏兵を潜ませているなら、俺たちには脇道にそれることなく下へと進んでもらいたいはずだ。だからわざと姿をさらして逃げてみせ、俺たちを七層、八層とひきずりこむつもりだろう。
その手にはのらない。
六層をくまなく調べてから、下へ降りようと決めているので、わざと違う道を選んで進む。
幅二メートル、縦二メートルの通路は風景がどこも似ていて、地図がなければ確実に迷うだろう。綱をつけて進まないと帰ることもできなくなりそうだ。
十字路に出た。
正解は右だが、まっすぐに進むと左に曲がる。これは、直進と左折の道が奥で繋がっていて正方形のような形になっているからだが、俺たちが歩く方向の先から、やはり音が聞こえてきた。
俺の合図で、イングリッドが反対へと歩く。
俺はわざと足音を消して、忍び足で数歩進み、前からの音が消えたところで一気に地面を蹴った。
直後には剣を抜いている。
角を曲がり、十字路に戻ってきたところで男二人を見つけた。
逃げた男達だ。
「な!」
「どうして!?」
彼らは挟み撃ちにされて困惑したまま、俺とイングリッドの剣で首を斬られて絶命する。俺たちが追ってこないので、ここで通過するのを見守ろうとしたのだろう。
マントの裾で剣の刃を拭い、鞘へと納めて再び奥へと進む。
「エリオット、こいつらは何者なんだろう?」
「聖なる騎士団の奴らじゃないか?」
「にしては弱いな」
「下っ端の雑魚を動員しているのかもな。数は力だ」
イングリッドはここで、上着の内ポケットにいれてある竜の魂を取り出す。
「下に降りたくないと訴えてきている」
「封印されることがわかっているからだろ?」
「ああ……すごい思念だ。頭が痛い」
「代わるか?」
「大丈夫……いざという時、お前が動けるほうが生存率は高くなる」
「任せろ」
彼女の何気ない言葉に、信頼されていることがわかって勇気がわいた。
歩きながら、敵はいつから潜んでいるのだろうかと想像し、誘拐してから準備をしてここに入ってと考えると、おそらく三日、四日は地下暮らしだ。
違和感で立ち止まった。
「どうした?」
イングリッドの問いに、俺は問いを返す。
「倒した男たち、食料をもっていない」
「……食べたのか?」
「馬鹿、違う……拠点がどこかにある。俺たちが三層に拠点を設営したように」
「……」
イングリッドが地図を広げた。
「隠し通路はない。下に降りるだけだ……設置するなら六層だが、この狭いところに?」
「拠点防衛ともなれば、狭いところで雑魚寝することもよくある。この通路は広いほうだ……ここなんていいな」
七層へと向かう中間あたり、正規のルートから外れて進んだ先を示した。
角をふたつ曲がった先が行き止まりで、曲がってから壁に行きつくまでの距離が長い。
荷物を置いたり、休憩したり、寝たりするには十分な広さだろうと思う。
「そこにきっと、人員の配置図がある」
俺の案に、彼女が目を輝かせた。
-Elliott-
拠点はやはりあった。
壁のような模様の布で、通路をひとつ隠している。わかっていれば嘘だとわかる代物だ。
中に何人かいるだろうが、突っ込むと決めて剣を抜いて走った。
直線の通路には、少なくとも五人の男たちがいた。武装していたのは三人、二人は武装を解いている。
俺の剣が一人目の頸動脈を断ち、鮮血が噴きあがった直後にはその下をくぐり抜けて二人目へと接近する。敵は剣を抜こうとしたが、俺の斬撃のほうが早く、男の手を斬り飛ばし、さらに一閃して肩から胸までを断ち斬った。
グシャリと倒れた二人目を蹴り、跳躍して三人目へと氷槍をくらわせる。男は胸を氷の槍で貫かれ、死んだまま串刺しとなって宙に浮いた。
奥には二人ではなく、三人いたが急襲されて武器も持たずで逃げるばかりだ。しかし奥は行き止まりで逃げ場はない。俺の背後にいたイングリッドが風刃波を発動させて三人を同時に攻撃した。彼女の魔法はすさまじく、一人目を真っ二つにして、二人目を左肩、脇腹、左脚を斬り飛ばして内臓を溢れさせ、三人目の左脚を切断せしめた。
俺は速度をおとさず、死んだ男達を払い除けて三人目へと突っ込み、手でそいつの口をおさえて声をあげさせないようにしてから剣先をつきつける。
男は激痛と恐怖で汗まみれとなった。
「正解なら頷け、違うなら首を左右にふれ」
男の目が、じっと俺を見ている。
「お前たちは聖なる騎士団か?」
男がうなずく。
「ライティは無事か?」
男は、かぶりを払った。
こいつら……人をなめ腐ってやがる!
「お前の上司は最下層にいるのか?」
男が頷く。
「人数は俺たちよりも多いか?」
男が頷き、痛みで呻いた。
「これくらいで痛がるな……お前らにもっと痛い目に遭わされた人はいるんだ、クソが」
「……」
「下の人数は五人より多いか?」
男は首を左右にふる。
「助かったよ、楽にしてやる」
剣で男の頸動脈を斬った。
背後で、イングリッドが声をあげる。
「エリオット、見つけたぞ」
振り返ると、彼女が紙を持っていた。
人員の配置図と、計画が記されている。
待ち伏せ、挟み撃ち……。
そして、ライティに関することも記されていた。
『人質の男は屍術で、魔人に改造。奴らが取り戻したと思った人質が、奴らを襲う。その直後、一斉に攻撃を開始』
こんな奴らに絶対に負けないぞ、馬鹿野郎!
くそ野郎ども!
シャーロットを追うことを優先して、ライティを助けなかった……もっとしっかり、護衛をつけてやれば……十万、いやもっと出してやればよかった……俺が金をケチったばかりに……金ならあるだろ!
金なら……あったんだ。
「エリオット」
イングリッドに肩を抱かれていた。
「すまん……先を急ごう」
「しょいこむな。一人でなんでもしようとするな」
「……ああ」
「もうひとつの拠点を潰そう。奥にある」
許さないぞ、クソども!




