キメラと遭遇
九月二十日当日。
早朝の出発は魔獣に有利な夜を避ける為だ。
街道にそって北北西へと進むのは、見る限り俺達だけだった。
街道の東側には、レーヌ河をわたる橋があるが要塞化されていて、都市国家連邦管理だ。対岸から向こう、東側は帝国領になる。俺がこちらに来た時は河を泳いだのだが、物を知らない無謀な若者を神様は助けてくれたのだなと今は思えている。
昼前には、目撃情報が寄せられた場所に到着できるだろう。
パトレアは聖女の正式装備である鎖帷子の上に白を基調とした鉄製の胸当てと腹甲を装着している。胸当ての中央には朱で主神の紋章が描かれていた。そして白い外套を羽織っていて、右手の盾は円形で木製である。
彼女の装備は、これまで会ったことがある聖女のものと大きく変わらない一般的なものだった。ただ、教団支部で会った時とは違い、戦闘に適した服装なのでスタイルの良さがわかる。
日本人だった時の記憶にあるファンタジーもので女性キャラが身に着けていた露出の多い装備を、傭兵を始めて間もない頃は、女性とパーティーを組む機会があった時に期待をしたものだった。
現実にはない。
まぁ、考えればすぐにわかることだ。実際にそんな格好で現場に出るのは死にに行くようなものである。肌の露出はせいぜい顔くらいで、なかには仮面をつけて顔を隠す場合だってある。例えば、森林の奥地に行く場合、枝葉で顔をかすってできた傷から毒物が入って死亡……なんてことは笑い話にもならない。
出発してしばらくすると、彼女に質問された。
「エリオットはどうして傭兵を?」
いつもは「気づいたら」と答えていたが、目的地まで時間があったので身の上話を聞かせる。
無言で歩くのも退屈なので、時間つぶしになると思った。
聞き終えた彼女は、感心したように何度も頷く。
「大変だったのですね? とにかく、一人で切り開いた貴方はご立派です」
「立派じゃないよ。両親を捨てて来た。父親とは戦場が別れてからずっと会っていない……気になっているが帰るのが怖くてここで傭兵をしている男だ。それに盗みもした。主神の加護は得られないと思う」
俺ばかり話していたので、彼女に尋ねる。
「君はどうして聖女に?」
「七年前……十三歳の時に両親が戦争で亡くなりました……もともとアロセル教の活動には熱心に参加していたので、それで教団に正式に入って、特性をみてもらった結果、今に至ります」
「戦うのが得意なのか?」
「いえ、聖女の力……神聖魔法に長けているそうです」
神聖魔法は、神の敵だと聖女が認めた相手に効果を発揮するもので、例えば俺が彼女に、敵を魔法で倒せと言っても彼女がそいつを神の敵だと認識してなければ効果がない。どういう仕組みなのかと尋ねても、誰もわからないと言う。
この時も、パトレアに尋ねたが同じ答えだった。
「わかりません。アロセルの導きに従うのみです」
やっぱり。
昔、神聖魔法を考案した大魔導士が残した本を図書館で読んだが、当初はそのような決まりはなかったはずだ。アロセル教団が聖女の養成を始めるようになって始まったことだと思っているが、何か意図があるのかもしれない。
深く考えても金にならないので、話題をかえようとした時だった。
北側に広がる丘陵地帯の丘の上、森までは行かないほどの場所に黒い生物らしきものが現れていることに気付いた。まだ点ほどでしかないが、凝視すると翼を広げて飛んでいることがわかる。
「おい」
俺がパトレアに声をかけた時、その点は急速に大きくなっている。かなりの速度で接近してきていたのだ。
そして、姿が露わとなる。
「おい……あれじゃないか?」
俺の言葉に、パトレアは武器を構える。
鉄棍だ。
俺は合成獣の姿に叫んでいた。
「合成獣のほうから先に来るなんてついてると思ったけど! 頭は鷲じゃなくて人だぞ!」
「情報とは違う個体です! ですが倒さねば旅人や商隊が危険です! 協力してください!」
「当たり前だ! 俺だってグーリットの市民だ!」
俺も剣を抜き放った。
屍術師による忌まわしい実験がこの近辺でされたことを証明している化け物は、ばさりと翼を羽ばたかせて加速した。そして威嚇するように俺達を中心に旋回し、その全貌を見せつける。
蝙蝠のような翼を広げ、獅子のような身体と四肢、尻尾はふたつの頭部をもつ大蛇で、首の先には白目をむいた男の頭だが、口は左右に裂けたようになり、生えそろった牙は鮫を連想させた。
「俺が前、あんたは神聖魔法で支援してくれ」
「わかりました!」
合成獣の頭が人間であることが最悪な理由は、魔法を使ってくるからだ。それは言葉を操ることで、魔法発動に必要な呪文の詠唱を古代ラーグ語でおこなえることにある。
俺は敵に攻撃されるまえに、魔法を発動した。
合成獣は俺が魔法を使うとは思ってもみなかったようだ。
火炎の魔法を発動させ、炎の渦で飛行中の化け物を包んだ時、奴は驚いたように声をあげた。
「うおぉおおおおおお!」
人間みたいな声を出しやがって!
炎に包まれて落下する合成獣へと、俺は突進する。直後、パトレアの神聖魔法が地面を転がる合成獣を縛った。
「聖なる手による束縛!」
パトレアの声と同時に、合成獣が炎の中から転がり現れたが、身体の自由を奪う力によって動きが悪く、俺の剣を躱すことができなかった。
斬撃を化け物の首に浴びせ、俺を狙ってきた右手を盾で防ぐ。そして返り血を浴びないようにバックステップをし、離れ際に再度、火炎の渦をぶつけてやった。
合成獣はすりガラスに爪をたてた時のような耳障りな奇怪音を口から発して地に伏せる。地面に流れ出た血がしゅうしゅうと音をあげていて、毒物なのだと察してさらに距離をとった。
「倒しました?」
駆け寄ってきたパトレアに、俺は頷きを返し、合成獣へと向かう彼女の手を掴んで止めた。
「まだ近づくな。血が毒だ。煙を吸ってもやられるかもしれない」
「……ありがとう。でも、貴方は倒した証拠がいるのでは?」
「あんたが証人になってくれればいい。それに、まだ鷲の頭が出てきていない」
「そうですね……でも、こいつのおかげで隠れてしまったかも」
彼女が合成獣の死骸を眺めて言う。
たしかにそれはあるな。
自分よりも強い奴がうろうろしているところを、奴らはうろつかないだろう。合成獣は群れないし、個体がそれぞれに縄張りをもつと聞く。
俺は炎の魔法を死骸へと放った。
彼女が目を丸くしている。
「エリオット、この短時間で三度も魔法を使えるのですか?」
「ああ、この程度の魔法だったら五回はいける」
「あなた、戦士だと思っていたけど魔法のほうが素質があるのですね?」
「このおかげで生きているから、俺は」
水筒を取り出して水を飲む。
パトレアが周囲を見渡して、燃える死骸を前に口を開いた。
「合成獣を作り出した屍術師、どこにいるのかしら?」
「丘陵地帯のどっかに隠れ家があるのかもしれないな」
「合成獣の目撃情報は最近のこと……人の頭をもった個体はおそらくわたしたちが初めて見た……飛んで来た方角に行ってみたいと思います」
「わかった。屍術師を捕まえることができたら報酬を増やしてもらえるか?」
彼女は苦笑する。
「報酬の十万リーグは、わたしの蓄えなの。逆立ちしてもこれ以上は出ないわ……抜けたいなら止めませんが……」
俺は馬鹿にされたようで少し腹がたった。
「一度、後ろを任せた仲間を見すてるわけないだろ」
「……傭兵にしては義理堅いのですね?」
「誇りを捨てるなと父から教わった」
「でも、報酬はたしかに増やすべきだと思いますが……約束ができません」
「じゃぁ……食事をおごってくれ。三日間な」
彼女は微笑んでいた。




