舞踏会会場の戦い
舞踏会当日は、小高い丘の上に築かれたリエージュ王宮へと向かう貴族たちの輿が、市街地の通りをのろのろと進むので、いつも以上に混雑しているように感じる。
男四人で一人を運ぶ輿は、効率化の真逆だと思うがそれをする権力と富をみせびらかしたいのだろう。
都市国家連邦にも、無駄に金を使う奴らはいるしな。
イングリッドはフードを被って耳を隠し、仮面をつけている。俺も毒を使う魔獣との戦いに備えて仮面をもっているが、この日は顔を隠すために使った。そして俺たちは、少し離れて歩く。
二人組だと思われないように、だ。
舞踏会には、一般人も参加できるが、それは高い金を払えるものに限るという条件がある。その額を聞いた時には目が出そうになった……。
王宮には多くの付き人たちも入るので、楼門の前は検査で大混雑だ。
俺たちはそんな堂々と入ることはしないので、王宮の周囲を囲う城壁に沿って歩きながら侵入できそうな場所を探す。
俺が時計まわり、イングリッドが反時計回りで歩く。
楼門前で集合ということにして、それぞれに歩きだした。
舞踏会会場に入る必要はない。
あいつが現れたら、舞踏会会場へと入ることができる場所にいればいい。
リズ王家の王宮は古典的な城で、主塔を中心に居住館に迎賓館などが連なっている。敷地全体ではけっこうな広さだ。
王宮への坂道を輿の行列がのろのろと進む光景を見降ろし、こんな不便な街だから馬車や牛車は駄目なんだなと理解できる。
高低差がすごいので、すぐに役立たずになるのだ。
だから荷も市街地内は人力で、傭兵たちの日給稼ぎになるとラムズフェールが笑っていた。
よさそうな場所があった。
高い木が城壁に向けて育っているので、木によじ登り、イングリッドの魔法、風守護とかいうふわりとなる奴をしてもらえば飛び移ることができるんじゃないか?
集合場所の楼門前に戻る。とても混雑しているからこそ、俺たちはばれにくい。
俺は若草色のフード付きマントを探し、彼女は赤いフード付きマントを探す。
これだけで会える。
いた。
近づくと向こうも気付いた。
「エリオット、すごくいい場所があった」
「どんなところだ?」
聞くと、城壁の修理中になっている箇所があり、今日は舞踏会だから工夫たちは休みで無人だという。
最高の侵入口!
平和ボケしたリズ王家と行政関係者と軍関係者に感謝。
彼女が先を歩き、俺は十分に距離をとってついて行く。
イングリッドの言った通り、修理中の城壁は無人で、『立ち入り禁止』という立て看板だけがある。
もちろん、そこから中に入……俺は万が一のために袖の中に隠している短剣を取り出し、イングリッドに「待て」と伝えて短剣で地面を撫でて土をどかした。
トラバサミが隠されていた。
しかも、熊用の大きなものだ。
性格がとても悪いやつがこれを設置したに違いない……こんなものくらうと、足首がぐちゃぐちゃになって助かったとしてもまともな生活は望めなくなる。
俺はそのトラバサミを解除して、周辺を眺めた。
「けっこう、埋まってんな」
「わかるのか?」
「人がまったく配置されてないだろ? 危ないからだ。舞踏会終わって罠を解除するまで誰も近づけるなと周知されているんだろ」
「残念だ……」
「いや、ここから入ろう。近くに誰もいないのなら見つからない」
「危ないのではないか?」
「慎重に調べながらいこう。人がいないから時間をかけても問題ない」
「わかった。後ろをみながらついていく」
短剣を手に、地面をザクザクと掘りながら進む。地雷を探りながら進む歩兵の気分はわからないが、こちらは爆発することはないのでそれよりはマシだと思う。
トラバサミを三つ解除したところで、身を潜める茂みがあった。
俺がそこに進み、周囲をうかがってイングリッドを呼ぶ。
彼女も身を低くして続いた。
茂みから、次の場所を窺う。哨戒が幾人かいるので、ここからはそう時間をかけられない。
「エリオット、あれ」
彼女が示す方向には、小屋がある。
俺は草が生えている箇所を選び、素早く移動した。そして小屋の壁に身を寄せ、イングリッドを呼ぶ。
彼女も俺が選んだ道で続く。
小屋の中は無人で、スコップや枝切りバサミ、梯子に桶などなどがしまってあった。
庭師が道具を置いておく小屋のようだ。
「ここに隠れていよう」
「よし……エリオット、奥いけ」
「イタタ……」
夜まで待機だ。
-Elliott-
賑やかな音曲が聞こえてきた。
始まったようだ。
イングリッドが外に出て、周囲を窺って手招きをする。
二人で小屋を挟んでお互いを見ないようにしてから、小便を済ませておく。こういう時、彼女は旅に慣れているからブツブツと言わないから助かるよ、ホント。これがお嬢様がたの護衛だった時はそれはもう大変だったもの……。
スッキリしたところで、いざ行かん!
舞踏会会場は迎賓館だとひと目でわかる。光が外まで派手にもれていて、音もまたそこからこちらまで届いているのがわかった。
「本当に来ているな。竜の魂が近いとわかる」
「俺を信じてよかったろ」
迎賓館へ、兵士たちに見つからないように慎重に茂み、樹木の影を進みながら、遭遇した時の戦い方を話し合う。
「お前の凍王降臨で凍らせてしまおう」
「舞踏会にはたくさんの人がいるだろう? 全員に魔封盾は現実的じゃない。騒いで人が減ってからだったらなんとかなるかも」
「最大で何人を守れる?」
「それだけに集中して、お前の援護など考えない場合であれば八人……当然、凍王降臨を発動できる力を残しての計算だ……八人まで人を減らすのが難しいぞ? エリオットが使える魔法、教えてくれ」
「炎系統はだいたい……重力はわりと得意だ。風刃波も呪文詠唱なしでいけるけど、風を操るのは他は勉強をさぼった……氷は槍だけだな……」
「火炎の牢獄に閉じ込めて燃え尽きるまで終わらない魔法……名前でてこない。なんだっけ? 使えるか?」
「炎姫歌華は使えるけど、捕まえるのが難しいからあまり実用的じゃないと思って練習していない」
「お前の火炎弾はたしかに強力だし信頼性も高いけど、幅を広げておかないと強い魔導士相手に困ることになるぞ」
「イングリッドの敵にはならないから問題ない。お前よりすごい魔導士とは会ったことないし、これからもないだろうな」
「……」
無言になるので振り向くと、頬を染めて俺を見ていた。
照れてる……。
「照れてないで歩け」
「お……おう」
「あの周辺を薙ぎ倒す魔法……あれが何か俺は知らないがわかるか?」
「天雷嵐だ。風を操る魔法に分類されている」
「あれが厄介だ」
「あいつ、まだまだ慣れていない。呪文の詠唱をしていた。接近戦で発動できないようにすれば問題ない」
「そうだな。そうしよう。イングリッドの凍王降臨で動きを止められたら勝てるのになぁ」
「……凍王降臨を呪文詠唱なしで発動すると負担が大きくて……接近戦となるとむかないな……周囲の人間を守る魔法を発動させながらの術式組み立てだ……お前、凍らせたい理由はあるのか? 火炎系の魔法で肉体が消滅するまで燃やしてやるのがいいと思うが?」
妹さんの身体の一部だけでも取り戻したい。
これをまだ俺は伝えていない。
おぞましくて、口にしていないというのではない。
イングリッドに、これを伝えるのがつらいから言っていない。
シャーロットの右肺と心臓は妹さんのもので、血液も混じっているぞ……。
言うのがつらい。
「どうした? 理由がないなら火炎系で攻めきろう。そのほうがいい」
「……わかった。だけど、凍王降臨を使える条件を整えようと努力する。無理なら諦める」
「? ま、お前の判断は信用している。任せる」
歩く俺の背を彼女がポンポンとする。
小さな手だ。
俺の手を握ってくれていた、小さくて剣ダコだらけの相棒の手……。
俺は、わきあがる怒りを抑えるのに苦労した。
-Elliott-
舞踏会会場へと堂々と入った。
着飾った紳士淑女の笑い声が、楽団の奏でる音曲に重なり賑やかだ。諸侯や富豪の息子や娘が、交際相手を見つけるために舞踏会を利用する。
その出会いの場として王家が開催しているが、多額の参加費を集めることができるので王家にとってもいい催しだ。それに王族は参加費を払わなくていいので遊び相手を探すにはもってこいだろう。
シャーロットは必ずいる。
王族の近く……エドワード王子と言っていた。
「君、その格好で入るのはよくないよ。警備の者かね?」
参加者の付添人に声をかけられたので、ちょうどいいとばかりに質問する。
「は、警備の者です。エドワード殿下はいずこに?」
「王子なら、あちらの……ほら、あそこで美女と踊っておられるよ。曲が終わったら行きなさい」
見つけた。
王子とシャーロットだ。
イングリッドがフードを脱ぎ、注目と感嘆の的になった。
「エルフ!」
「美しい! いずこの森の?」
「なんて神々しいのかしら」
付添人たちの輪を抜けて、相手を見つけるのに必死な若者たちの踊りを乱しながら進む俺に会場がざわつき始めた。
すらりと剣を抜く。
楽団の音曲が乱れ、王族の方々も俺の存在に気付いて騒ぎ始めた。
「何者か! 警備! 何をしておるか!?」
男の声に、兵士たちが甲冑の部位と部位をぶつけあって駆ける音が重なった。
だが俺は止まらず、盾をかまえて王子とシャーロットへ突進する。
「化け物ぉ! 王子に手を出すな!」
わざと叫んだ。
俺に注目していた人々が、シャーロットへと意識を転じる。
彼女は最高の舞台を邪魔されたと知り、顔に怒気を漲らせた。
「クリムゾンディブロぉおおおおおおおお!」
叫んだ彼女が左手を突きだす。
ドン! という衝撃波で俺は飛ばされた。
イングリッドが俺を躱して前に出る。
俺は動揺する参加者たちにぶつかることで止まった。
イングリッドが、至近距離で氷槍を発動してシャーロットを狙うが、化け物は跳躍することで魔法から逃れると羽根を広げて羽ばたいた。
「うわぁあああああ!」
「化け物ぉおおお!」
慌てふためき逃げ出す参加者たち。
王族が警備の兵士たちに連れられて逃げ出す。
エドワード王子は、茫然と立っていた。
魅了をもうかけられているのかと思い、駆け寄ってその頬を叩く。
「殿下! エドワード殿下!」
「……! あれ? 僕はなにを?」
「誰か! 王子を!」
俺が叫び、兵士と入れかわるように突入してきた騎士たちが王子を囲んで盾を並べた。そのまま整然と後退する。
参加者たちも避難してもらいたいが、数が多すぎて出入り口でつまっている。
ここはシャーロットを戦いにしばりつけて、参加者への接近を防ぐしかない。それに余裕を与えると、広範囲を破壊する魔法を発動される可能性もある。
俺は化け物へと突進する。
イングリッドはこれまで後衛にいたが、前衛も十分に務まるほどに強い。
力はないが、圧倒的な魔法攻撃力を活かして接近戦でも相手をおしまくっている。
氷槍と風刃波を連発したうえに、剣での一閃もくわえることでシャーロットを苦しめた。
化け物は逃げようと高度を高くとるべく羽根を動かす。
「させるか!」
俺は走り、跳躍して火炎弾を放った。
シャーロットは火炎弾を魔封盾で防ぐも、体勢を崩して地上へ落ちる。
力を溜めないと、地下の時のような疾走はできないと読んだ。
盾を円盤投げのようにして化け物へぶつけ、それをわざと防がせたところに突っ込む。ここにイングリッドが、呪文の詠唱も魔法の名前を口にすることもなく、風妖裸舞を発動させた。
シャーロットは飛んで俺の攻撃を躱そうとしたが、イングリッドの魔法で周囲の空気を乱されて呼吸ができず、羽根も動かせず、その場で片膝をつくしかない。
「死ね!」
剣を一閃する。
シャーロットの首を斬り落としたひと振りを、返す刀で斬りあげて片翼にしてやった。
だが、彼女の胴体が動き、俺は体当たりをくらって後ろへと後退する。
床を転がる生首が、不気味に笑っていた。
「クククク……クリムゾンディブロとエルフ……エルフ……お前たちの同胞の肉はすばらしい……神の器と言われるだけあって、わたしの失った身体を完全に再現してくれた」
その意味に、イングリッドがハッと動きを止め、だがすぐに叫ぶ。
「貴様! 我が妹を!」
「イモウト!? カカカカカカ! オマエのイモウトか!?」
シャーロットがゆっくりと立ち、自らの頭部を招くように手を動かすと、生首が首へと吸い寄せられるように浮かびあがった。
俺はすでに跳躍していて、シャーロットへと斬撃をみまう。しかし奴はそれを右手で受け止めて、片腕を犠牲にすることで頭部を手に入れると素早いステップで俺たちから距離をとった。
「逃がすか!」
イングリッドが叫び、俺も追走する。
舞踏会会場から逃げようとする参加者たちへと、シャーロットが走る。
「チをヨコせ! チがイる!」
化け物は着飾った若い女を捕まえると、ばくりと耳まで裂けた口で彼女の顔に噛みついた。
「きゃああああ!」
「いやぁああああ!」
「うわああああああ!」
周囲が逃げ出すなか、シャーロットは女の顔面に噛みついたまま、じゅるじゅると血液を啜る。
「クソ虫が!」
参加者が化け物の背後にいて魔法を撃てない。
シャーロットが女を放り投げ、頭部が割れた西瓜のようになった娘の死体が床に倒れた。
それがさらに周囲の悲鳴と怒声を誘い、そこに突進する化け物は新たな獲物を捕まえた。
シャーロットは男の腕を引き千切ると、こぼれ出た血液を啜る。
「ぎゃああああ!」
俺たちから逃げながら、二人めの死体を作ったシャーロットは、逃げるのではなく床を蹴ってこちらへ加速する。
俺は斬撃をみまう。
奴は光る剣を創りだしていて、俺の剣を受け止める。
イングリッドが加わり、彼女の魔法と俺の剣で化け物を休ませない。
挟みこむように位置をとり、交互に攻撃をみまう。
シャーロットは全てを防ぎきれず、腹、脚、腕から出血を強いられ、再び回復を図って参加者を襲おうとするも、俺が体当たりをくらわして転倒させた。
イングリッドが剣を突き立て、シャーロットは身体を貫通して床に突き刺さった剣で動けなくなる。
「ゴフ……ゴフ……」
化け物は口から血を吐きながら、俺たちを睨んだ。
「ユルさん……ゼッタイにコロす」
「俺たちがお前を殺すんだ、馬鹿」
「グゾォオオオ!」
シャーロットは、自らの左胸と右肩から先を切り離すように、自分の身体に風刃波を当てると、血液を大量にこぼしながら床を這って逃げる。
それは予想外な逃げ方!
追う俺へと、化け物が光剣を投げてきた。
剣で弾く。
イングリッドが魔法を発動したが、魔封盾で防いだシャーロットが舞踏会会場の壁へと跳躍し、壁面を片腕と二本の脚でカサカサと昇っていく。
「それはないだろ! 化け物!」
俺が火炎弾をした。
一発がシャーロットにあたり、奴は地上へと落下してくる。
周囲を見ると、参加者たちは我先にと逃げ出した後で、二人の死体の他には誰もいない。
ドン! という鈍い音でシャーロットが床に落ちた。割れた石材の上で、内臓の多くを破裂させた女は血を吐きながらもがいている。
千切れた胸部からのぞく血管が、びくびくと血を吐き出していた。
心臓の近くに、赤い石が見える。
硬球くらいのサイズだろうか。
「竜の魂だ」
イングリッドの言葉で、俺がそれを取ろうとした時、化け物の右手が俺の手を掴む。
「ユダンしたな!」
しまった!
ばくり、と開いた口が目の前に迫ったが、イングリッドの剣が彼女の顔面を横から刺した。
化け物の動きが止まる。
「イングリッド、妹さんの肉体、取り返そう」
「……いや、役目を果たす。竜の魂をもらう」
「わかった」
俺がシャーロットの傷口へと手を伸ばし、竜の魂である石を抜き取った。
グチュという音とともにシャーロットから離れた石が不気味に光る。
「キィィァアアアアオオオオオ……」
シャーロットが奇怪な声を発した。
すると、彼女の身体は腐臭を撒き散らしながら急激に劣化していく。
イングリッドを見ると、彼女は泣きだしそうになりながらも懸命に耐えている。
俺は彼女の手をとり、誘うように一歩を踏み出した。
「さ、魂の間に戻しに帰ろう」
彼女は頷くと、手を握り返してくる。
やっと終わった……。
「待たれぃ!」
お?
出入り口は、完全武装の騎士たちに封鎖されている……。
「貴様ら! 何者だ! 王宮に侵入し化け物をけしかけて混乱を齎すなど死罪も覚悟せよ!」
……もう、本当にこいつらみたいな馬鹿は大嫌いだ!
蹴散らして出るか……。
「待て!」
その声は、騎士たちを制するものだ。
振り返ると、王族たちが引き上げた避難口から、エドワード殿下が会場へと戻ってきていた。
「その方らは僕の恩人だ。無礼は許さぬ」
よかった。
イングリッドを見た。
彼女もホっとしている。
王子が俺たちに声をかけてきた。
「お礼をしたい。彼らの無礼を詫びたい。時間を少し頂けないか?」
……褒美のお金をもらえるかもしれない!
こう期待する俺の隣で、イングリッドが呟く。
「ご馳走を食べさせてもらえるかも……」
二人で片膝をつき、とても深い一礼を返した。




