夜の市街地
夜、宿の裏口から出る。
支配人が焼き石を布で包んだものをくれた。
ありがたい。これ、温かいんだ。それに魔法で熱して再利用できる。
水、軽い食事の籠を受け取り、宿から離れた。
古都の夜は暗い。グーリットでは油を使った外灯が点々と主要街道を照らすが、ここにはそれもない。
明後日の夜まで、どこに身を寄せていようか……。
「ライティの実家だ。風を凌げる」
「天才か!? 行こう」
「場所、覚えてるか?」
困った……どうやって行った? しかも夜だからわかんねぇし……。
「たぶん、こっちだ」
俺は自信なく答え、記憶を頼りにライティの家を目指す。途中、記憶にある建物があって、道はこっちであっていると喜んだが、そこからまったくわからなくなってしまった。
十字路を前に、まっすぐか右か左かで迷う。
イングリッドが籠から食事をとり出してむしゃむしゃと食べ始めた……。
「美味しいぞ……生ハムが挟んである。ソースがいい味だ」
「俺にも」
「ほら」
二人でムシャムシャと食べながら歩くと、暗闇の中で手提げランプの灯りが揺れていてそれはこちらへと近づいてくる。
こういう時、あったら便利だよなと思っていると、いきなり光を顔に当てられて驚いた。
「な!」
「うわ!」
驚きのあまり声がでた。イングリッドも驚いて、パンを地面に落っことしている……。
「わたしのパン……」
悲しむ彼女……。
相手が声をかけてきた。
「治安部隊の者だ! その場を動くな!」
そういう展開!?
いっちばん嫌いなやつ!
俺はイングリッドの手をひき、彼女は怒りで籠を兵士たちに投げつけた。
「抵抗するか!」
追いかけられて、懸命に逃げる。
くそ!
走るのに慣れているけど! 坂道だらけ! 階段だらけ!
兵士たちは、笛を吹きながら追いかけてくる!
しつこい!
「ハ! ハ! イングリッド! 大丈夫! か!?」
「大丈夫! 魔法! くらわせて! いいか!」
「駄目だ!」
完璧なお尋ね者になってしまう。
いや、もうなっているのか……。
殺しはせずに、怪我で済ませてやれば切り抜けられるか?
俺は角を曲がり、そこで立ち止まる。
イングリッドが俺の後ろについた。
「やるのか?」
「奇襲だ」
兵士三人が、俺たちを追いかけて角を曲がった。
俺は先頭の男をわざと見逃し、二人目の兵士の右手をとる。そして驚くそいつの身体を三人目へとぶつけ、最後尾が吹っ飛んだのを確認してから掴んでいる手を引いた。兵士が俺へと無防備で突っ込んできたところに、左腕でラリアットをくらわせる。
「うわぁ」
「ぐえっ」
兵士二人が地面に倒れた。
「ぎゃ!」
背後で、イングリッドに股間を蹴られた兵士がうずくまる。
痛い! それは痛いし苦しい……。
「イングリッド、それはひどいぞ」
「お! おまえは敵の味方をするのか?」
「男として、これは同情する。大丈夫か?」
背中をトントンしてやると、兵士が「すまない」と感謝を伝えてきた。
「俺たちは悪いことはしてない。誤解で手配されているだけだ。手荒な真似をしてすまないが、化け物を捕まえて倒さないといけない。だからこれで失礼するぞ」
まだ動けない兵士は、「待て」と言うだけで何もできない。
イングリッドを誘い、駆け足でその場を離れる。
しかし先ほどの笛の音のせいで、あちこちの分隊が集合している状況だと理解できた。手提げランプの灯りが、行く先々で眩しく光った。
市街地の中を走り回る。
坂をのぼり、階段をくだり、細い道を走り抜け、大通りに出るとつっきって脇道へ飛び込み、裏道をひたすら逃げる。
貧民街と思われる区画に入ってしまった。
とくに治安が悪い。
違法薬物、違法な人身売買、殺人強盗脅迫暴力沙汰なんでもそろっているようなところだ。
兵士たちもさすがにここまでは入ってこない。
通りをひとつ、奥に入っただけでこうまで雰囲気が変わるものかと驚いていると、若い男がにこやかに近づいてきた。
「兄さん、その子を売りに来たのなら俺がいいところを紹介するぜ?」
「いや、そうじゃない。放っておいてくれ」
しばらくここで休んでから移動しよう。
俺はイングリッドに言う。
「少し休んでから行こう」
「おう……エリオット、こいつ睨んでるぞ」
俺は若い男を見ると、肩をいからせて近づいてきた。
「お? こら! お? こら! なめてんのか? こら……お?」
面倒なので、腹を殴って倒した。
こういう反社会の人たちはどんな世界にもいるもんだ。
倒れた男が、苦しそうにもだえながらも立ちあがろうとしていたので、もう一発いれるかと思っていると、イングリッドが男の顔面に蹴りを入れた。
「あ……イングリッド、顔はやめてやれよ。傷が目立つだろ」
「お! お前はこのチンピラの味方か?」
「おい。大丈夫か? 歯、折れてないか?」
顔はさすがに気の毒なので、助け起こしてやった。
「大丈夫です……イタタタ」
「俺たちはちょっと忙しいから、あっち行っててくれ。いいな?」
「はい! はいぃ」
若い男が離れていく……若いといっても、俺と変わらない。
日本人だった時のせいで、自分は三十歳だと思ってしまうが、実際は二十歳だ……ただ、今でこそそう違和感はなくなったが、子供の時は本当に苦労した……。
「追っ手の笛、聞こえなくなったな」
「ああ、行くか」
俺たちが移動しようとした時だ。
「待ちな」
さっきの男が、仲間を連れて戻ってきた。
「兄貴、こいつらです」
「おい、兄さん、そのエルフを置いて消えな。見逃してやる」
俺はこういう奴らと会話をする気にもならないので、先頭の男へと無言で近づぎ、盾を使った体当たりをくらわせた。
馬鹿な男が、後ろにいた仲間たちを巻き込んで吹っ飛ぶ。ボーリングのストライクを思い出すようにバタバタと倒れた男たちへと突っ込み、倒れているところへ容赦なく蹴りをいれていく。
蹴るのも疲れるんだ……。
馬鹿どもが動かなくなったのを確認し、全員のズボンと下着を脱がして捨ててやった。
これでしばらくは大人しくなるだろ。
「イングリッド、行こう」
「お前のほうがひどいと思うぞ……」
「そうか?」
俺たちは、貧民街から出て、大通りへと戻る道を進む。さっきは右に曲がったから右に……いやこの方向からだと左になるのか? なんて考えながら歩いているとなんとか元の場所……いちばん最初に見つかった付近へと戻ってきた。
疲れたよ、まったく……。
東の空がうっすらと明るい。
ライティの家は……あの建物は見覚えある。
「エリオット、お腹減った」
「たしかに……ライティの家に着いたら、俺が買い出ししてやるから頑張れ」
「おう」
ここを右に……あった!
あったあった!
玄関は、俺が鍵を破壊しているので開いたままだ。
二人で中へと入り、水を飲んでようやく座ることができた。
靴を脱ぎ、脚の筋肉をほぐす。
イングリッドのおかげで治ったといっても、無理をして大事な時に痛めたくない。
「買い出し、何がいい?」
脚を揉みながら尋ねると、イングリッドが椅子に腰かけて眠っている。
マントを脱ぎ、かけてやると彼女は目をパチリと開き、俺を見た。
「なんだ、起きてたのか?」
「エリオット、買い出しは明るくなってからできるだろ? 隣いろ」
「お……おう」
「手を貸せ」
「ああ……まだ覚えられないのか? 俺の情報とやらは」
「ふふ……難しいんだ」
手を握られて、彼女の隣へともう一脚の椅子を移動させて、そこに腰掛けた。
俺も少し寝ておくか。
「エリオット」
「おう、なんだ?」
「……いや、なんでもない」
おかしなやつ……。




