イングリッド
案内をしてくれたのは、昨晩もいた傭兵でラムズフェールという剣士だ。爽やかな好青年で、どうして傭兵をしているのかと尋ねると、憧れていてこの道に進んだという。
珍しい奴だ。
金髪碧眼の貴公子みたいなやつだから、育ちもいいのにと思うがそれを言うと笑われた。
イングリッドと並ぶと、どこかの王子とお姫様って感じに見えるらしく、格好が傭兵、というか旅人というか、なんというか……なので通行人たちからジロジロと見られる。そんななかでもお嬢さんたちは独自の解釈と想像力で「復讐がんばってください」「駆け落ちなんて素敵です」と声をかける者もいた……。
まず、エマがすぐに場所がわかると言ったライティの家へと来た。
目的の家は、左右の家に挟まれた小さな家といえる。通りにはすぐに玄関があり、窓は閉じられていて中はカーテンで見えない。だけど外観はもう汚れていて、石壁には苔がびっしりとついているし、屋根からは何かの蔦が……。
入りたくない家だ……。
玄関の扉を叩く。
返事はない。
今度は、玄関に盾を利用して体当たりをした。
ガツン! という衝撃で玄関は開く。
中は暗い。
細長い家で、玄関から入るとすぐに居間と食卓、そして階段と奥へとの通路があり、奥にはキッチンと裏口。
二階の寝室をイングリッドに任せ、裏口から出るとそこは裏庭になっている。
裏庭は四方を隣家に囲まれていて、閉塞感があった。
「エリオット!」
イングリッドの声が二階からした。
どうした!?
二階へと急ごうとした直後、頭上で派手な破壊音がする。
頭を庇うような姿勢で家屋の中へと戻った直後、庭に男が降り立った。
「ライティ!」
ライティは俺を見て「来るな!」と叫ぶと隣家の壁へと走り出す。だが左足を痛めたようで走りがぎこちない。それでも懸命に壁へと飛びつき、屋根によじ登ろうとしていた。
彼が一階の屋根に手をかけたところで、俺が彼の脚を掴む。
「離せ!」
「脚を斬って逃げられなくしてもいいんだぞ」
「……」
ライティは、諦めたように地面に降りる。
「話をしてもらわないといけない」
俺の言葉に、彼は視線をそらした。
ここで、二階から裏口へと来たイングリッドが俺の隣へと歩み寄りながらライティに言う。
「飛び降りた時、左の足首をくじいただろ? 治してやる。だから暴れるな」
「……」
イングリッドが彼の隣に座り、ズボンをめくって足首を出す。そこに手をあてて意識を集中させはじめた。
彼女の瞳の色が変化する。
少し待つと、彼女は「ふぅ」と息を吐き出して「終わった」と言った。
「動かしてみろ」
「……痛くない」
「よかったな」
イングリッドが微笑む。
その笑みをみて、ライティが観念したというように表情が穏やかになった。
「話をきかせてくれ……お前を傷つけたくない。バーキン准教授のためにも」
「……俺が彼女を死なせたんです」
「シャーロットか?」
「ええ……彼女の母親は僕の従姉で、グーリットで再会した時は驚きました。そして彼女の娘が大学に通っていると知って、いろいろと勉強の面倒もみていました」
ライティは当初、普通の親戚付き合いをしていたが、こじれたのは春あたりだという。スカーレットに招かれて家へと食事に行った際、そこにネレスもいたそうだ。もちろん、ジェイクはスカーレットの夫なので同席している。
彼らがライティを食事に誘ったのは、大学を辞めて自分たちの組織で遺跡調査をしろというものだ。
「組織?」
俺の問いに、ライティは頷く。
「聖なる騎士団という組織です……彼らはそこに入っていて、グーリット支部の騎士たちでした」
「ん? スカーレットもか?」
「はい。彼女もです」
となると、家を売って実家に戻っているよりも、そっちの組織へ逃げ込んだってのがアリそうだな……ただ、シャーロットと関係ないなら無視してもいいか……。
俺たちの後ろでは、ラムズフェールが聞き耳をたてながら家の玄関を見ている。
「お前はそれで、手伝うことに?」
「いえ、断ったんです。ですけど……しつこくて。その時点で付き合いを断つのは難しかったんです。グーリットで仕事はあるし、苦労して就いた職です。准教授と一緒に働くのはとてもやりがいがあります……迷いに迷って……そういう時……初夏ですね。たしか七月のはじめだったと思いますが、彼らは俺に未発見の墳墓を調査しないかと誘ってきたんです」
「例のところだな?」
「ええ……」
ネレスたちは、あの墳墓の詳細な地図ももっていたという。
「本当か?」
イングリッドの問いに、彼は頷く。
そこでエルフの姫様は、両目から涙をこぼしはじめた。
「どうした?」
俺の問いは、後悔するほど馬鹿なものだった。
彼女は崩れるように座り込むと、泣きながら口を開く。
「その時、すでに妹は奴らの手に渡っていた……描かされたんだ……どんな目に遭わされて……うう……」
俺は初めてみるイングリッドの激しい情動に動揺する。
かける言葉が見つからない。
俺はためらったが、肩をふるわせて泣いている彼女を抱きしめた。そして、髪を撫でながら、泣き止むまでずっとそうしていようと決めた。
ライティが地面を見つめる。
「エリオット……」
イングリッドの声。
「うん?」
「仇をとってくれてぇ……うう……ありがとう」
「仇をうばってごめん……」
「悔しい……うぅ……悔しいよぉ……エリオット……わだしはぐやしぃ!」
彼女を抱きあげて、家屋の中へと戻ろうとライティを誘う。
彼はもう逃げるということをしない。
裏口から室内へ入った時、ラムズフェールがキッチンを眺めて口を開いた。
「お茶、淹れましょう」
-Elliott-
イングリッドは泣き続け、疲れて眠ってしまった。
俺の腕の中で、俺の身体にしがみついたまま寝ている。
彼女はきっと、ずっと悔しかったに違いない。
ずっと怒っていたはずだ。
ずっと、悲しんでいたのだ。
だけどそれを、隠すように明るく振る舞っていた。冗談も言って、本音……本当の心の状態と向き合うことを避けていたんだと思う。
それが、ライティの語った『地図を持っていた』というところで、その地図がどうして彼らの手にあったのかを想像し、確信した時、堰をきったように感情があふれ出したんだとわかる。
俺も今、悲しさと憐れみがある。だが、それ以上に怒っている。
あの時のエルフは、一人は神使を降ろす器に使われて、もう一人はネレスに殺されて、贄にされた。
無理矢理にさらわれて、利用されつくされ、命までむしゃぶりつくされた……。
許せないと思う。
心の底から許せない。
イングリッドと出会ったからというのもある。
だけど、俺は人として腹がたっている。
「顔、怖いですよ」
ラムズフェールの声で、自分が感情むきだしの顔だったのだなとわかって苦笑した。
彼が紅茶を淹れてくれた。
すばらしい香りは、苛立つ俺の胸の中をやさしくほぐしてくれるみたいだ。
ライティが紅茶を飲み、「淹れるのうまいですね」と言い、彼は照れていた。
「ライティ、どうしてその時、墳墓の調査を進めなかった」
「進められなかったんです。四層の下へは進めなかった」
「エルフの血があれば、進められた……実際、シャーロットは俺たちより先に入っていたじゃないか」
「あれはイングリッドさんが調査隊に加わるという顔合わせの時に聞いてわかったことなんですよ……だから、それまでは先がどうなっているのかわかっていても、入り口がないから進めなかった……火薬で爆破したら水没しそうだということで、組織もあそこで動けなくなっていたんです」
皮肉だ……。
イングリッドの妹は、入る方法を彼らに教えなかった。
もしかして、共同墓地の地下で見たエルフが死んでいたのは、拷問の末のことではないかと想像し再び怒りがわきあがる。
ネレス……ジェイク……あいつらをもう一度、殺すために屍術で生き返らせたい!
「ライティは、一回目の調査の時、ネレスたちを引き入れたな?」
「……すみません。正確には、入ることを知らせました。なので、彼が帝王の間に現れた時は驚きました……」
「本筋に戻ろう。で、お前は彼らに協力することにしたんだな? 地図をみて、神殿を調査したいと思った……学者なら当然だ」
「……はい。ただ、ご存知の通り、四層の石像の間には黒皮狩人がいました。そうと知らずに俺たちは降りたんです……三層の素晴らしい光景……美しさに勘違いをして油断した状態で四層に……シャーロットは俺の助手として、参加してもらっていました……騎士団からも人は来ていましたが、あの時は俺と彼女、ネレスで降りたんです」
「そこで、黒皮狩人にやられた?」
「……正確には、俺を助けようとして殺されました」
「ネレスはどうした? 戦わなかったのか?」
「いきなり襲われたうえに、水の中から次々と矢も撃たれて混乱して逃げ帰ったんです。彼女を抱きかかえて……」
シャーロットは死んだ。
「ジェイクとネレスが彼女を甦らそうとしました。破損した身体は他で補って、騎士団の戦士として復活させようと……」
「ははぁ……合成獣を作っていたのは練習だな……シャーロットの遺体はどこかに保管していたのか?」
「教団の墓地に……凍結の魔法で氷漬けして……」
ネレスが司祭だった時にしたから、記録していないのか……当然といえば当然か。
「いつ、復活したんだ? シャーロットは」
「……いつかはわかりません。ですが、あの事件が解決したとなった数日後、彼女が訪ねてきたので驚きました」
「……復活……復活を助ける神使」
つながった。
ネレスが共同墓地の地下で召喚した神使は、テンペストを復活させるためにと推測していたが違った。
組織の戦士としてシャーロットを復活させるために、彼はあれをした。
追い詰められた自分たちより、組織の戦士たる彼女を優先した。
それだけ有望株ってことかよ。
「ライティ、シャーロットは今、どこにいる?」
「グーリットにはもう用がないので、母親のところにいます」
「それは、この場所か?」
俺は評議会館で手にいれた場所が書かれた紙を、彼に見せた。
「ええ……こんなのなくてもわかりますよ。案内します」
「ああ、だけどお前は案内したらすぐに離れろ。ラムズフェール」
「はい」
「彼をギルドへ。保護しておきたい」
「依頼ですか?」
ちゃっかりしてる……。
「依頼だ。一万出すから連れていって見張っておけ」
「了解。エマを通していいですね?」
「そのつもりだ」
頷きを返した。




