リズ王国到着と傭兵組合
リズ王国。
五か国半島の中で最も古い歴史をもつ王国で、過去にはこの半島全体を支配下においていたが、現在は半島のすみっこを治めているに過ぎない小国に成り下がっている。それでも半島でいちばん古い歴史をもつ王家であることを、王家はもちろんながら臣民も誇っていて、半島にある他国を下にみる傾向がある。
だから各国から嫌われている。
それでも、半島の各国は、リズ王国の歴史の長さと、各国の独立を認めた寛大な方針――激しい内戦状態となり収拾がつかなくなったので認めたという真実をかなり歪曲した結果であるが、独立を承認した事実に敬意を表して、半島同盟の盟主においている。
ところが、このリズ王国はまったく盟主らしくない。
ヴァスラ帝国から半島が侵略を受けている現在、最前線にあるバルディア王国と都市国家連邦は何年も前からリズ王国に支援要請を出していた。半島同盟の盟主であるならそれらしく振舞ってくれというわけだ。
しかし現国王のエドワード二世は、「予は野蛮な戦争なるものは嫌いじゃ」という発言をして、支援を見送っている……らしい。
聞いた話なので、信憑性はどうかな?
これまで仕事で何度か入国したことはある。
歴史ある国家で、リエージュといえばまさに古都だ。雰囲気がめちゃくちゃにいい。日本人の時に海外出張で行ったプラハとかイメージが近いが、治安も同じように悪い……。
ひさしぶりにリエージュの城壁を眺める。
高さ十メートルにも及ぶ城壁が、リズ河の北側にそびえる光景はなかなかのものがある。
市街地に入るには、河の南岸にあるリエージュ関で審査を受けて、税金を払って橋をわたる。
「名前は?」
審査官の横柄な態度は、いつも頭にくる……。
「エリオットだ」
「どこのエリオット?」
「都市国家連邦のグーリット」
「エリオット・グーリット? ダサ……」
てめぇ、今なんか言ったか?
「エリオット、落ち着け」
背後からイングリッドが声をかけてきた。まさか彼女に落ち着けと言われるまでイラつきが背中にでていたのか……?
「リエージュに来た目的は? 田舎もん」
「……観光」
「はい、いいですよ。満足したら帰ってね。住み着いたりしないでね、次」
くっそムカつく!
「仮面をとって! ……えっと……お名前をお聞かせください」
「イングリーンウッディザハフォーディだ。イングリッドでいい」
「承知しました。どうぞ、おすすみください」
おい!
態度が全然ちがうじゃねーかよ!
「親切な人でよかったなぁ、エリオット」
「ふざけんな……絶対に問題を起こしてやる」
「そんな子供みたいなこと言うなよ……もう夕方になる。宿を決めてご飯にしよう」
お前は食べることが第一だよな!
……人捜しをさっさと始めたいんだが、ま、慣れない都市で夜にうろつくと面倒の元か……。
橋をわたり、門をくぐって市街地に入る。
「おお……大きな街だな」
イングリッドの感想に、俺も同意だ。
大きさは間違いない。半島全体を統治していた歴史ある都だ。しかし不便であるのも事実だ。
道は狭い、家は隣と近い、坂道が多くて階段も多い。
陸路の要衝にもならないため、商会は規模も小さく取引も狭い範囲内でのものが多いと聞く。そして立地のおかげで戦争とも無縁で、この都市の傭兵ギルドは歴史があれども繁盛していないとヌリから聞いていた。
それでも、一応は顔を出しておいたほうがいいというヌリの助言で、俺は宿を決める前に傭兵ギルドを訪ねることにする。
ヌリから聞いた場所へ向かうが、住所表記が『橋を渡ったところの門をくぐったらまっすぐ通りを進んで智神の銅像が右手に見えるまで歩いて……』みたいなの本当にやめてほしい。
それでもなんとか傭兵ギルドを見つける。看板が剣と盾なのですぐにわかる。ちなみに、ギルドというのは組合のことで、傭兵の他に職人、医師などなどいろいろある。地域ごとに連携をとっているが、国境をまたげば別の組織という認識で間違いはない。だから俺みたいに都市国家連邦だけで仕事をする傭兵は基本的に、他所の国では無名であることが多い。
それこそ、伝説の勇者だ! とかいうレベルで傭兵の間でも評判になっていれば、国、大陸が違っても名前は知られているということはある。
扉を開けて中に入ると、夕刻であるがポツポツと人はいた。正面左手に掲示板があり、右手にいくつかの卓があって傭兵たちが歓談している。
奥の受付に、ここの支配人である男がいた。
いや、女? 男? 男だ!
化粧して女性のような格好をしているから迷ったけど、でかいしガタイはいいし胸は筋肉で厚いからわかった。でも顔立ちは化粧の影響あるだろうが綺麗なお姉さん的な感じだ。
「こんちわ。都市国家連合のグーリットから来たエリオットだ。あちらで受けた仕事でここに来た。荒らすつもりはないが動いた結果、そちらに迷惑がかかる可能性もあるので先に伝えに来た」
「あら、都市国家連合のエリオット……赤いマントに革鎧……クリムゾンディブロってあんた?」
知ってるのか!?
「お前、有名なんだな?」
イングリッドが感心した声を出す。
こういう時は正直、照れくさい。
「俺がそうだ」
「すごい! みんな! この人がクリムゾンディブロだよ!」
お姉さん? が野太い声で大声をだし、居合わせた傭兵たちが一斉に「マジか?」「本物か?」「握手してくれ」と群がってくる。
どうして知られてんだ?
もみくちゃにされて、お姉さん? が俺の肩をガシっと抱く。
すごい力だ……。
「誰か、レストランのケルン・デ・ラドに走って持ち帰りで大量に買いこんできな! わたしのおごりだ! クリムゾンディブロを歓迎しなきゃいけないからね!」
数人の傭兵が飛び出して行き、俺は皆に囲まれてそのまま歓談席のひとつに座らされる。
「あんただろ? ヴァスラ帝国の前衛を一人で混乱状態にした凄腕って!」
「聞いたぜ!? 炭鉱では炎魔人を一人で倒したらしいな!」
「屍術師と合成獣をやっつけたのもあんただろ!?」
「次は北の魔竜を狙ってるって本当か!?」
口々にいろんなことを言われる。
イングリッドが驚いていた。
「お前、有名なんだなぁ」
照れくさい!
-Elliott-
「あんたは有名だよ。都市国家連邦から出ないってことも特別だし、あの帝国を相手に戦う傭兵ってことでこっちでも名前は知られてるんだ。それに難しい事件も全て成功させているし、ここ一、二年じゃ一番じゃないか?」
リエージュの傭兵ギルドを仕切るエマが、俺の杯にワインを注ぎながら言った。
「そうだろ? わたしもこいつはできると思ってたんだ」
イングリッド……おまえは最初、俺を殺そうとしていた……。
「だが、意外だ。クリムゾンディブロはいつも一人だと聞いていたが、まさかエルフの相棒がいたとはな?」
「どうしてもと誘われると、わたしも断れないからな」
イングリッド……最初に誘ったのはお前だ。
酔いつぶれた傭兵たちが雑魚寝するギルドの一階で、しぶとく飲み続けるイングリッドの肝臓はおそろしいアルコール分解機能があるのだと思う。そしてエマ……きっと偽名だろうが彼女……女性だと自己紹介されたので尊重するが、彼女もまた酒豪で、俺はもう酔いつぶれて満たされた杯を口に運ぶことすらできないでいた。
傭兵たるもの、こんなに酔ったら戦えないというのに……。
「で、何をしに来た?」
「わたしとエリオットが追っている女と、その関係者がリエージュにいるかもしれないんだ。この住所だ」
例のライティの住所を見せる。
これもまた、『中央公園右手の青い屋根の家が……』的なとんでもないものだが、エマはそれを見ると「ああ、わかる。明日、若いやつに案内させるよ」と言ってくれた。
天才か!?
すごくいい奴だ!
俺は酔いで意識が朦朧となりながらも、感謝する。
「ありがとう……助かる」
「クリムゾンディブロの役に立てて光栄だよ」
「もういっこ、住所ある」
イングリッドが、シャーロットの母親の実家がある場所が書かれた紙をエマに見せた。
「……こっちはちょっとわかりづらいな……調べておこう」
「エリオット、調べてもらうぞ。エリオット? エリ……」
「どう……た?」
「エリ……」
「……ディブロ」
……。
-Elliott-
椅子に座ったまま寝ていたと、目覚めて気付いた。
口の中が気持ち悪い……リエージュのギルド一階だ。
見ると、目の前の椅子でイングリッドが寝ている。
床には数人の傭兵たちが転がって寝ていた……いびきがうるさい。
鎧戸が閉じられていて室内は暗いが、外の光が隙間からさし込んできているので歩くには支障がない。
水の瓶を掴み、出入り口の扉を開錠して外に出る。明るい空は晴れ渡っていて、酔いで鈍く痛む頭にはきつい。
水を飲み、口の中をゆすいで地面に吐いた。
歯磨きの道具を持ってきているので、ちゃんと磨きたいが今はとりあえずこれで……水を手にためて、顔にかけてさっぱりとする。顎に触れると髭が伸びた手触りがして、後で剃ろうと思った。
まだ朝早い時間帯のようで、通りには人が歩いていない。
ギルド一階には時計がないので時間はわからないが、冬の今、これだけの明るさとなると午前六時後半かな?
「エリオット」
振り向くとエマが立っている。
俺よりも身長が高い。
化粧をしていないので素顔だが、整った顔立ちだ。男性としても女性からとてもモテただろうと思う。
「昨日はすまない。寝ていた」
「いや、あんたの弱点を知ることができてよかったよ」
「やめてくれ」
「宿は決めていたのか?」
「いや、探す前にここに来て……あとはご存知の通り」
「紹介しよう……ここらの宿はどこもお高くとまっているからな、一見さんを嫌う」
「助かる」
たしかに前回、仕事で来た時も宿に苦労した……。
俺はイングリッドを起こし、エマが差し出した紙に書かれた宿へと向かうことにする。
目的の家には、昼に連れていってもらうことになった。




