休暇をとった男
十二月十九日。
俺は朝いちばんで、アロセル教団の支部に行き、ヴィクトルを訪ねた。
「おはよう」
「あ! エリオット! おはよう! 肩は大丈夫ですか?」
「とっくによくなってる。ヴィクトルのおかげだ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ本当に助かりました」
「残れてよかったな?」
「ええ。ザヴィッチ猊下のおかげです。それに、位階をあげる試験も受けさせてもらえそうです」
「よかった。あんたみたいな熱心な人に支部は任せたいよ。前みたいなのは御免だ」
「本当に!」
二人で笑いあう。それからしばらく近況報告をしあった。
パトレアは小隊を率いて忙しいみたいだ。
頑張ってほしい。
「ところで、支部の墓地にシャーロット・マクブライドという女性の墓はないか?」
「墓? また事件ですか?」
「実は……」
「ちょっと待ってください」
彼は祭壇の地下にある部屋へと降りた。
少し待つと、戻ってくる。
「ありませんねぇ。あれば間違いなく記録します」
やはりな。
予想はしてた。
「信徒が共同墓地に遺体をいれることはあるか? ないよなぁ?」
「ないですね。墓地のほうが管理は雑だし高いですよ……だから最近は死んでから信徒になりたがる不信心者が増えてます」
「どういう意味だ?」
「うちの墓地に入りたいから、遺族が嘘をつくんです。生きていた時から改宗したがってたと」
二人で笑い、礼を言って別れた。
それからギルドに寄って、ヴィンセント卿からの依頼を受けた受付票をもらう。それからシャーロットの居場所を探りたいと思い、評議会館を再び訪ねることにした。
イングリッドは昨日から留守で、今日も別行動だ。
置手紙があったし、ヌリからも聞いたので心配はしていない。
彼女は、金がまったくない状態からの脱却を目指して、ヌリに仕事を紹介してもらったようだ。家出猫の捜索をしていると置手紙には書いてあった。
がんばれ!
評議会館の離れへと、通路を歩いて入ると市民課へ向かう。
受付でジェイク・マクブライドの妻に関して質問した。
「そういうことは答えられないんですよ」
受付の女性が迷惑そうな顔で俺を見る。
「ヴィンセント卿の依頼で仕事をしている。これ、受付票」
見せると、渋々といった顔で奥へと引っ込む。
昨日のうちに来ていれば手間は一度ですんだのになと思いもしたが、昨日は受付票がまだ発行されていなかったから、あの受付の女性の感じでは、結局は今日になっていただろうと自分を納得させる。
すぐに、壮年の男が現れて俺にペコペコした。
「なんでしょう?」
用件を引き継げよ……。
俺は同じことをもう一度、言った。
「はいはい……ちょっと待ってくださいねぇ」
……たっぷりと待たされて、ジェイク・マクブライドの妻であるスカーレットはリズ王国の出身で、実家の住所もわかった。といっても……都市国家連邦のように、戸籍整備や区画整理などがされていないリズ王国の住所の表示は、『リエージュ市街地へ南門から入って通りを真っ直ぐ進んで、赤い屋根の大きな家が見えたら……』なんとかかんとかとえらく長い説明文の表示である……。
また、シャーロットは除籍されていて、理由の欄には死亡と記されていた。
俺はペンを借りて、シャツの袖にスカーレットの実家の住所を書き写した。写本用の本はけっこうなサイズなので持ち運べないのが難点だ。小さいのを作ってみたいが、おそろしく高額なメモ帳なんて気軽に使えないからと思って迷っている。
俺は評議会館を出て、屋敷の寝室にあった家族集合の絵を持ちだそうと思って、ジェイクの家だった屋敷へと向かう。
高級住宅地に入ると、立派な屋敷が並んでいてどこにそんなお金があるんだろうかと気になった。都市国家連邦は貨幣経済が進んでいるが、それにしても貧富の差が大きいと感じる。
ふと、見慣れた後ろ姿を見つけた。
あのフード付きマントは……。
「イングリッド!」
声をかけると、フード付きマントが振り向く。
「おう! エリオット!」
やっぱり。
「どうした?」
「猫を捜してるんだ。このあたりにいるはずなんだ。さっき、見つけたのに通りを曲がられてから見失った」
「どんな猫だ?」
「三毛猫で目の色が左と右で違う。左が青で右が緑」
そいつは……俺が昨日、ジェイクの家で見つけた猫だ!
「もしかしたら、これから俺が行く場所にその猫がいるかもしれない」
「お前、くだらん嘘をつくようになったな?」
俺は昨日の出来事を教えてやった。
「天才か!? お前、すごいぞ!」
「だろう? ついて来い」
「おう!」
俺たちはジェイクの家に到着した。
昨日と同じように敷地へと勝手に入り、同じ場所から中へと入る。
「いいのか?」
途端に常識人のような指摘をするなよ……。
「誰も住んでない」
「それはいいということにはならないと思うが……」
「猫、捕まえたいんだろ?」
「うん」
「昨日は二階にいた」
居間から二階へとあがる階段へ移動した時、階段の途中に三毛猫がいた。
猫は俺たちを見て、腰を浮かした状態で停止する。
俺も、イングリッドも停止する。
彼女はゆっくりと歩き、フードを脱いで声を出す。
「にゃん……にゃにゃん」
笑うのを我慢する……。
猫が「ニャ」と声を出した。
イングリッドが目をゆっくりと瞬きさせているのがわかる。
「にゃにゃん……にゃん」
鳴き声を真似しながら、階段の一番下で両膝をついたイングリッドが両手を広げる。
彼女はトドメとばかりに、猫を見上げて声を出した。
「にゃんにゃにゃん」
「ナー」
猫が甘えた声を出して、イングリッドへと駆け寄ると彼女の腕に収まった。
「やった! 捕まえた! 可愛い……」
「早く飼い主のところへ戻して来いよ」
「おう! ありがとな。助かった」
彼女はそう言うと、入った場所から出ようとしたが、猫を抱えたままだと狭いと感じらたしく、魔法を発動した。
俺が気付いて叫ぶより早く、風刃波の魔法で居間の壁面を破壊したイングリッドが、毛を逆立てて硬直する猫を抱きかかえて離れていく。
近所から人々が外に出てくる。
まずい。
俺は二階へと急ぎ、寝室に入って絵を抱える。縦横二十センチ程度のサイズなので助かる。
裏口を開けて、逃げるように去った。
-Elliott-
俺はジェイクの屋敷を出て、ライティと話をしようと大学のキャンパスへ向かう。
途中、警備連隊の兵士たちが慌てて高級住宅街のほうへと走って向かっていたが、にこやかに挨拶をしてすれ違うだけにとどめた。
准教授の研究室に入り、ライティがいないので准教授に彼のことを尋ねる。
「ライティは? 今日は?」
「ライティに用? 寂しいじゃないか」
「いやいや、誤解するからやめてくれよ」
「ははは……彼は今日から休暇をとっているよ」
「休暇?」
「ああ、なんか突然で驚いたけど、ずっと働いてくれていたし調査もしばらくはできないからな……君が早くその化け物ってのを捕まえてくれないとね」
「……昨日、休みを取ると?」
「そう。君が帰った後のことだよ……一月」
「……怒らないで聞いてくれるか?」
俺は自分の推理を准教授に聞かせた。
「君は! 僕の友人を疑うのか!?」
「怒らないで聞いてくれと言ったじゃないか」
「怒らずにいられるか! ひどいぞ!」
俺は彼女をなだめて、そう考える根拠を伝える。
「だけど証拠がない……推理でしかないけど、この仮説が正しいならすんなりとつながる」
「……」
「ライティは休みでどうすると?」
「故郷に帰ると言ってたぞ。父親が病気らしくて顔を見たいと」
「それはリズ王国じゃないだろうな?」
「どうしてわかった?」
おいおい……。
俺はシャーロットの母親の実家が、リズ王国にあることを准教授に教えた。
彼女は激しく貧乏ゆすりをしながら言う。
「まさか……まさかとは思うけど……いや、だけどたしかに……」
准教授ははたと脚を止めて、俺を見る。
「彼の部屋に行ってみよう。出発の準備をしてるだろうから話を聞こうじゃないか」
望むところだ。
こうして准教授の案内でライティが借りている部屋に行ったが、ドアの外から呼びかけても無反応だ。
「もう出発をしたのか?」
自問した准教授の隣で、俺は少し後ろにさがった。
「おい、エリオッ――」
ドアを蹴破った。
「おいおい……」
呆れる彼女をおいて、室内に入る。
慌てて荷造りしたらしく、室内は荒れていた。
勝手に室内を物色しようとする俺を、准教授が止めようとして室内に入ってくる。
「エリオット。エリ――」
彼女が床を見つめていた。
俺も同じ場所を見る。
黒く長い髪の毛が落ちている……。
シャーロットも、黒く長い髪だった。
ライティは短いし、色は茶だ……。
「エリオット、彼を追ってもらえないか? 金は僕が出す」
「お前が?」
「五万リーグが限界」
「嘘つけ」
「八万!」
「……ヌリを通してくれ。わかった」
「彼を連れ戻して、僕の前に立たせてくれ……確かめずにはいられないんだ」
「……最悪の話をしよう……戦いになった場合、生かすのが難しいこともあるがいいか?」
「……生かして連れてきてほしい……お願いだ」
「努力する」
彼女は、ライティの部屋に散らばっていた本を拾って室内を見まわす。そして卓上にあったペンをもち、インクが入った瓶へと突っ込むと本を広げて文字を書き始めた。
住所?
リズ王国の!
准教授はその頁をやぶり、俺におしつけた。
「彼の実家はここだ」
「よく知っていたな?」
「親友だ。何かあった時のために、お互いの連絡先を伝えあっている」
「助かる」
俺は受け取り、研究室を辞した。
旅の支度をしないと……大きな戦争が城塞で発生しなければいいけどなぁ……。
結局、戦争がいちばん儲かるんだ。
世界から、戦争がなくならないわけだよ……。
十二月二十一日。
旅の支度を終えてグーリット市街地を西側から出た俺たちは、アテナへと向かう。そこから北西へと向かえばリズ王国だが、ゴズ鉱山跡地がある山地を進むのは避けたいので海岸線のリズ街道を使うか、内陸側のアテナ街道を使うかになる。
楽しみたいならリズ街道経由だが、今回は日数を短縮したいのでアテナ街道を使うことにしている。
「これ、うまいな」
焼きたてのパンを頬張るイングリッドが隣を歩く。
彼女に旅のことを話すと、自分にも関係があることだと言って同行を決めてくれた。
たしかに、シャーロットの行方を知る手掛かりになりそうなのはライティだけだ。これもまだ確証はないが、黒にかぎりなく近いと言える。
アテナまで三十キロくらいだから、休憩しなければ昼過ぎには到着できる。馬を使えば一時間もかからないが、初日から贅沢はできない。
「おい、エリオット! 店があるぞ」
「……あれは馬の蹄を直したり餌を与えたりする店で、市街地に入るまでもない旅人用の……駄目だぞ」
「いい匂いがする」
「……お前が金をまったく持っていなかった理由がわかる。無駄遣いしすぎだ」
「まだ残ってる」
「お前な……金持ちの猫探しで五千リーグを稼いだのに、もう半分しかないってのはおかしいぞ」
「……お饅頭が美味しかったんだ……中のお肉がトロトロでなぁ。お前にも買って帰ってやればよかったなぁ。あとな、蜂蜜をかけたパンも美味しかったんだ。あとな――」
アテナに到着するまで、イングリッドがこれまで食べてきた美味しい食べ物の話を聞かされ続けることになった……。




