再調査
十二月十七日の夜。
借家に帰ってきた。
調査は中断。拠点は残していて、カインとイサクの二人が神殿への侵入者がいないかの監視を大学から請け負って行うことになった。追加の応援を募集して寄越すと、ヌリの奥さんであるオメガが言い、明日あたり、さっそく掲示板に貼られているだろう。
本来であればもらう予定の報酬を、俺は放棄した。その代わり、追加の募集を出してくれとバーキン准教授に伝え、彼女は了承してくれたのである。
あの二人なら、応募者が応援で到着するまで、たいていの小悪党は追い返せる。それに危険なら逃げるということもさっさとできるだろう。
前提条件が崩れたので調査を中断するという准教授の判断は正しい。しかし彼女はとても苦しかったに違いない。
大学からは事前調査の甘さをガンガン言われるだろうが、あれはさすがに予測できない。
終わったはずの事件が終わっておらず、いないはずの人達があそこにいたのだ。
それに、イングリッドが現れたことも現在の状況を招いた要素のひとつと言える。
彼女が悪いというわけではないが、調査を中断して下調べを強化するという今の状況は、彼女の影響が強い。
魂を盗んだ女。
あいつが何をしようとしているのかを俺とイングリッドはつきとめたい。
報酬?
このままだと出ない。
なので、明日は評議会に顔を出して、奴隷商のその後と経営者家族の現状を確認することで、ヴィンセント卿の混乱を嫌う性格を利用し予算をとってもらおうか……なんてことを考えている。
屋台で買った鶏肉のパリパリ焼き、カブやブロッコリーにほうれん草といった季節の野菜を湯通しして塩をかけて食べるサラダ、牛の肝臓と小腸に大腸を下処理した後に根菜と一緒に煮込んだスープ、を食卓に広げる。
水をそれぞれの杯に注ぎ、勝手にフォークとスプーンで食べる。
「イングリッド、あの女は何を目的にしたんだろう? それに、エルフでもないのにどうやってあそこに入ったんだろう?」
「入り方は、エルフの血で扉を開ける。血を抜かれた男達がいたな? 妹の血を抜いていたんだと思う……だけど、どうしてあの時だったんだろうな……わたし達が入る直前だった」
たしかに……運がいいのか悪いのか出会ってしまったわけだ。
あの時の、どっちのエルフだろうか……。
石棺の中から現れて神使を降ろされていたエルフか、光る謎のものを呼びだすために使われたエルフか……後者のような気がするが……って、おい!
「おい! 鶏肉、三切れずつだぞ!」
「お? すまない。早く言ってくれたらよかったのに」
「六つあるなら、二人で分けるんだから三つずつだよ。わかるだろ!」
「わるいわるい……次からは気をつけるよ。モグモグ」
「レバーを遠慮なく食べやがって……」
「女は血を作らんといかんのだ」
「こういう時だけ女を主張するな……」
「お前から見て、わたしは女っぽくないか?」
はたと手を止めて見つめられた……。
こうしてみると、恐ろしく美しい少女だ……。
金色の髪の艶は見事で、白い肌はきめ細やかだろうと思うほどつるつるしている。整えられた眉の下には大きな二重の目に、形よい鼻梁とプルンとした血色がいい唇……。
文句のつけようがない美少女だと思うが……。
「見た目は文句ないが、言動がやんちゃな野良犬って感じだ……痛い!」
フォークで手を刺された……。
危険な野良犬だ。
-Elliott-
翌日、俺は一人で評議会館を訪ねた。
警備連隊本部は忙しそうで、ベイルがいたがお互いに手をあげて挨拶をしただけでとどめた。
ヴィンセント卿の執務室に行くと、約束はしてないがすぐに会ってくれた。ヌリの言う通り、彼との関係を作るために安い仕事でも受けておいて良かったと思う。
俺はミラーノ大学の調査隊が例の墳墓の奥、封印された魔竜の間のさらに奥で、死なない女の化け物と戦ったことを話す。そして、奴隷商の現場責任者とアビゲイルも犠牲になっていたことを告げた時、ヴィンセント卿が腰を浮かした。
「行方不明になっていたんだ! くそ……そういうことか!」
彼は頭をガシガシとかいて、腰をストンと椅子に落とすと天井を見上げる。
「どうした?」
問うと彼はチラリと俺を見て、口を開く。
「十万が限界」
「……」
「十万が限界なんだよ、本当に。第三街区の共同井戸の修理とか、浄水場の定期清掃とかいろいろと金がかかってだな……」
「……」
「十二万」
「わかった」
「頼む。ヌリのところに依頼を出しておくから」
「逃亡した女を捕まえたらいいな? 証明はどうしたらいいか?」
「お前を信用する。捕まえたらそう報告してくれたらいい。本当に化け物なのか? その女は」
「首と胴が離れても生きてた」
「……生死は問わんから片付けてくれ」
俺は頷き、奴隷商を調べたいと伝えると、警備連隊に行けと言われたのでその足で二階から一階へと降りて、忙しそうなベイルには会釈だけして事件捜査課のほうに顔を出した。
「ヴィンセント卿から許可をもらって来た。屍術師事件の時の奴隷商の資料を見たいんだが?」
「ああ、どうぞ、こっちです……てクリムゾンディブロ?」
「どうも」
「光栄です。セバスチャン・ラウドといいます」
どこかで会ったか?
名前が……。
ひっかかるものがあるんだけど……。
「あの事件に巻き込まれたネイサン・ラウドの息子です」
驚いた!
ネイサン・ラウドは、ネレス司祭が奴隷を購入する際に残した偽名だ。その名前が傭兵ギルドの掲示板に行方不明の家族を捜してほしいという内容で掲載されていたのを見て、ネレスを疑ったという経緯がある。
俺は姿勢を正して、差し出された手を握り返した。
「仇をとってくれてありがとうございます」
「その……見つかったのか?」
「いえ、ですがきっと……」
生きてはいないだろう。
彼は言う。
「母も、あの事件が解決したことで納得したようです。ありがとうございました」
「いや、ちょっとまだ引きずっているかもしれない」
セバスチャンは瞬きをして首を前に出す。
そうだよな? 俺も、え? と思うよ。
資料を読ませてもらうのに机を借りて、奴隷商の情報を広げる。
ジェイク・マクブライドはミラーノの出身で二十歳の時にグーリットへ移住し、二十五歳でマクブライド商会を立ち上げた。木材や石材の仲介から始まり、奴隷の扱いも始めたことで売上高が急激に伸びたが、出て行くお金も増えている……。
三年前の決算からかろうじて黒字だが、こういうのは粉飾を疑えっていうようなものだ……三年間、ぴったり横ばいっておかしいからね。こういう法人の不正は、経営者が腐るからおきる……やっぱり……数字を操作してるっぽいな……ん? 資産計上されている石材や木材の評価額がやけに高いな……戦争してたからか? 簿価もいじってんな……なるほど、債務超過になるのを恐れて数字をあわせていたのか……。
資金繰り悪化をなんとか回復させようと、違法取引にも応じるようになった……ただ、違和感がある。友人に誘われたからといって相手は個人でしかも死体を弄ぶ奴だった……商会の経営者がのるかね? 個人との取引だから、エルフの密輸で大きな金が動くといってもしれてる……ちがうな。
ちがう。
ちがうちがう!
これは大きな組織の動きを、彼らの犯罪行為という体に見せているだけだ。
イングリッドは言っていた。
妹さんを誘拐された……たかだか一都市の奴隷商が中央大陸の密猟者とコネがあるか? だいたいその密漁者ってのはおそらくゴート共和国軍の正規軍がやっている裏の事業だ……そちらとパイプをもっていて、目的のエルフをさらって運んできて、ネレスに引き渡した……つまりネレスのやっていたことは、彼一人のことではない……歯車だ。
ネレスもジェイクも歯車だ……。
となると、ジェイクの家は……ノース通り十五番地の一……高級住宅地だ。
うらやましい……ここらで売りに出ている家はお風呂も広くてさぁ……とっても魅力的なんだよなぁ……すっげぇ高いからとても無理なんだよな……いかん。
まだ時間は……昼前か。
俺は資料をセバスチャンに返す。
「ありがとう。役にたった」
「いえ、またご用の時はいつでも」
「じゃ」
ジェイクの家へと向かう。




