連戦
ロイスだった化け物は、素早いというレベルを超えて移動してきた。
いきなり目の前に現れた奴に、俺は盾で身を守りながら体当たりをくらわせた。後ろにさがってはまずいという本能が、俺自身を助けてくれた。
奴の腕が振られていたので、さがっていたらくらっていた。逆に懐へと潜りこめた状況を利用して剣を一閃する。手応えはあったが一気に距離をとられて追撃ができない。
「凍王降臨!」
イングリッドが強力な冷却魔法を発動させた。
俺はその魔法を使えないが、どのようなものかはわかっているので彼女の近くへと後退する。カイン、オメガ、イサクにも集まれと叫んだ。
空間の色が白一色となる。
イングリッドの力量に感心したのは、俺たち四人には魔封盾をかけたうえで広範囲の攻撃魔法を発動したことだ。
ほぼ同時にこれだけの魔法を完成させた彼女は、化け物が氷漬けにあって動けない光景を指し示して口を開く。
「エリオット、とどめをさせ」
言われるまでもない。
俺は氷ごと化け物を砕くべく、氷の槍を生み出す魔法を発動した。
「氷槍」
化け物は動けないまま、俺の槍で串刺しになる。
氷の中で、化け物の身体は色が抜けたように白くなった。
「何だったんだ?」
カインの動揺が発した声に含まれていた。
「あれは何だったんだ? なんだあの化け物は!」
「落ち着け」
カインに声をかけたのはイサクで、彼は俺たちに言う。
「こんな化け物が出るなんて聞いてない……悪霊なら注意すれば問題ないが、あれ、人間が変化したぞ?」
「屍術の裏返りね」
オメガの言葉に傭兵二人は困惑をしていた。
「屍術師がいるのか?」
「だとしたら誰が?」
神殿の奥へ行った奴か?
俺は階段を見つめた。
イングリッドが階段へと歩を進めたが、硬直したように動かなくなる。
「どうした?」
「テンペストの魂が持ち運ばれている」
「わかるのか?」
「……わたし達は嘘をつかないと何度も言ったろ」
にわかには信じられないんだよ……。
「出入り口はここだけか?」
「そうだ」
「迎え撃とう」
俺の案に、オメガが頷く。
「ここで迎え撃つのね?」
「そうだ。階段はひとつ。上がってきたところを集中攻撃だ」
俺がカインとイサクを見た。
二人は覚悟を決めたように頷くが、イサクが口を開く。
「上に……知らせておいたほうがいい」
「……そうだな」
階段を睨みながら、イングリッドに尋ねる。
「上がってくるまで、どれくらいの時間だ?」
「一刻……まっすぐに上がってくればの話だ」
時間は十分にある。
「カインとイサクで、上にあがって弓矢や剣の替えを運んでもらえないか? 俺はここで待機する」
「わかった」
二人が後方へと走った。
ここで、階段をあがってくる足音に驚く。
早くないか?
驚きながら階段を睨み距離を保つ。魔法の射程範囲に捉えた。イングリッドもオメガも、自分がもっとも得意とする魔法の射程でその時を待つ。
階段から、男があがってきた。
魔法を発動する直前に、その男に気付いて攻撃を止めたが、イングリッドは相手を知らないので魔法を放っていた。
風刃波が階段へと走り、男の身体を真っ二つにすると後ろの壁にも亀裂をいれた。
「ああ!」
叫んだ俺が男へと走る。
「アビゲイル!」
警備連隊の騎士身分の士官だ。
そいつが階段から現れたんだ。
もう助からないとわかっても、知ってる男が目の前で死んだ。
彼の名前を叫びながら駆けた俺に、オメガの声が届いた。
「とまって!」
何だ!?
「エリオット! 行くな!」
イングリッドの声。
え?
アビゲイルが俺を見ている?
身体を真っ二つにされていても、俺に向かってきた!
もう訊かなくてもわかる。
化け物だ!
屍術で化け物にされたんだ。
俺は後方へと跳びながら、火炎弾をアビゲイルにぶつけた。しかし奴はかまわず突っ込んできて、俺へと跳びかかってくる。
斬撃で奴の身体を裂いた。
真っ二つになっても修復し、身体を裂いても再生する。
化け物は無茶苦茶に両手を振り回す。
殴打なんて怖くはないが、何かあるのではないかと思って受けるは不安だ。
躱して、後退して、オメガとイングリッドのところまで移動した。
「あれ、なんだ?」
「壊れた人形というものを聞いたことがあります」
オメガは言い、直後には魔法を放った。
雷撃がアビゲイルに直撃し、バチバチと周囲に放電をしながら彼を吹き飛ばした。
煙を発して動かなくなった奴へと、俺は慎重に近づく。
白目をむいて、口からは舌をだらりと出していたが、正気に戻ったかのように目をパチリと開く。
剣をかまえたが、彼は目をパチクリとして俺を見ていた。
「エリオット?」
「……お前、正気か?」
「……なんでお前がここに……? あれ? 身体が……」
彼の顔が真ん中で上下にずれる。
アビゲイルは、両手で顔を持ってささえながら喋った。
「お前のせいで俺は! 仕方ないんだ! 仕方なかったんだ!」
彼は叫んだが、それでさらにズレが大きくなり、バシャっと西瓜を割ったような音をたてて真っ二つになった。そして崩れ落ちた時には、俺の攻撃で裂けた傷が身体にできている。
「壊れた人形は、雷撃で主人と人形の繋がりを断てば倒せると聞いていたので……まさか、生きたままされていたなんて」
オメガの言葉に、イングリッドが死体を眺めて俺に言う。
「お前のせい、と言っていたが、どういうことだ?」
「……さっきの男とこいつ……知っている。さっきの男は奴隷商の現場責任者で、こいつは警備連隊の中隊長だったが俺を置いて逃げたから降格で小隊長になっていた……」
「二人は繋がっているのか?」
「……お前の妹さんが、犠牲になった事件に関わっていた」
「……」
イングリッドの表情が厳しいものになる。
「聞かせろ……その事件がまだ続いているのなら、聞いたうえでこれからのことを決める」
俺は経緯を順に話した。
アロセル教団、屍術師、合成獣、神使、勇者、そして光る謎の存在。
話し終えた頃、上からカインとイサクが現れて、増えた死体を見て驚いていた。
「ちょ! 敵がまた来たのか!?」
カインの動揺を無視するイングリッドが口を開く。
「相手は組織で動いていて、エリオットが片付けた二人の他にもテンペストを復活させたい奴らがいる……奴隷商の男も、騎士身分の男も、前回のことでそいつらに目をつけられ、利用されていた……ここまで転がっていた死体は、悪霊を作りだすためではなく、贄として連れてこられた……竜王への贄ではなく、封印を解こうとここに入った首謀者の為だ……下は前にも話したが危険な魔物がいる。そいつらを蹴散らして進むための食事をここでしたんだ……」
嫌な食事だ……。
「単純に考えて、血を食事にするのは吸血鬼か不死者のどちらかだろうと思いますけど……」
オメガ、どちらも嫌だよ……。
吸血鬼は強さでいえば間違いなく、ここに来るまでに倒した化け物二体よりも上だ。ずっと上といえる。
不死者なんてもう会いたくないというレベルで強いと聞く。
「この二人はわざと食べ残されて、ここで見張りに置かれていた……倒されたということは主人に伝わっていると思います」
オメガは言い、階段を見つめる。
ここで、イングリッドが俺に問う。
「なぁ、奴隷商の経営者、屍術師、に家族はいたか?」
「屍術師の妻は死んでいた。子供はいなかったと後で聞いたが……経営者のほうは知らん」
「……もともと竜のことは知っていた。一緒に活動をしていた……」
イングリッドが推理を口にしていた。
俺も考える。
奴隷商の経営者ジェイク・マクブライドの家族は、彼の悪事を知っていて、かつ協力していたとすれば、墳墓の地下のことも当然ながら知っていて、エルフを違法売買で入手した目的もわかっていて……つながってしまう。
さきほどの男たち、奴隷商のところにいた従業員か?
顔をちゃんと確認すればよかった……記憶のすみっこでひっかかるかもしれなかったが、もう跡形もない……。
カツカツというヒールの音が下からしてきた。
早いご到着だ。
カインが弓矢をもち、イサクが魔法陣を床に描いた。自らの魔力を高める効果がある魔法陣で、そこに立って魔法を発動させようというのだろう。
オメガとイングリッドが魔法発動の準備に入る。
俺も剣と盾をかまえた。火炎弾はいつでも放てる。
何が出てきても攻撃する。
俺は決めていた。
カツンカツン……。
階段の途中で、音が止まった。
待つ。
静かになった。
待つしかない。
待ったほうがいいのか?
例えば、この時間を利用して長いながい呪文の詠唱をされていたら、とんでもない魔法が発動されてしまうのではないか?
魔封盾の準備をしたほうがいいのではないか?
いや、現れた時に全員が攻撃する中、俺が防御系の魔法を使うことで呼吸が乱れて失敗するのはまずい。
攻撃すべきだ。
信じろ。
自分を信じろ……。
これまで戦いで自分を信じて生きぬいてきたんだ。
攻撃だ。
攻――!!
そいつは突如、ものすごい速度で俺たちが待ち受ける神殿一階の広間に出ると、空中に舞いあがった。階段へと狙いを定めていた俺たちは反応できず、上を見上げて敵の姿を確かめようとする。
黒い翼を生やした女は、黒いドレス姿で宙で制止すると、羽ばたくことで先端が尖った黒い牙のようなものを降らしてきた。
盾で防ぐ。
見ると、カインがイサクを守っていた。
イングリッドとオメガは攻撃が失敗したと判断した直後には後ろへと走っていて、敵の射程範囲外へと逃れることに成功している。
俺は火炎弾を女へ放つ。
女は俺の魔法に、火炎弾をぶつけて相殺した。
できる!
とりあえず降りてこい!
女はそのまま滑空して、イングリッドとオメガを狙った!
卑怯!
お前は超卑怯!
全力で走る。
カインが矢を放ち、女が空中でガクンと高度を落とす。
女の脚を貫いた矢。
俺は落ちてきた女へと火炎弾を放ち、走る。
女は落下直前で浮かびあがり、火炎弾を躱すと俺へと翼を羽ばたかせた。
盾で身を守る。
イングリッドが神殿の外へと出て、オメガが風刃波で空中の女を狙う。
女は回転で躱そうとしたが、右の翼をやられて落下し、着地と同時に床を蹴ると恐ろしい速度でオメガを狙う。
俺が女とオメガの中間に駆け込み、剣を一閃した。
女もいつの間にか剣を抜き放っていて、鉄と鉄がぶつかりあって右手がしびれた。
女のくせに力がある。
鮮やかなステップで距離をとった女は、脚にささった矢を抜いて放り投げると俺を見ていた。
「あんた、赤いマント、クリムゾンディブロ?」
俺は会話に付き合うフリをして火炎弾を発動させると同時に、床を蹴って一気に距離をつめる。
「卑怯!」
それはこっちの台詞だ、クソ女!
飛び回りやがって!
俺の斬撃を女の剣が防ぐ。
「クリムゾンディブロ!?」
うるせぇよ!
お前のほうがよっぽど悪魔だろ、馬鹿!
俺の剣が女の剣を弾き、がら空きになった身体へと盾を押し出す体当たりをくらわせる。吹き飛んだ女が床を転がるところに、火炎弾を放って加速した。
起き上がった女が火炎弾を防御魔法で防ぐことを見越して突進していた俺の斬撃が、女の左腕を斬り飛ばし、腹部を斜めに斬り裂いた。
女が後ろへと逃れながら傷口から血を溢れさせる。
「げぇ! げぇぇええええ!」
女が吐きながら俺を睨んだが、魔法攻撃をしてくるのは読めるので魔封盾を発動させてそのまま突っ込んだ。
読み通り、女が氷槍の魔法を放ったが俺は魔法の盾で防ぐ。目の前で氷が砕けて飛沫が飛び散ったがかまわず突っ込み剣を一閃した。
俺の剣が女の首を切断した。
首から下が血だまりの中に崩れ、頭部が床を転がる。
俺は吸血鬼や不死者ならまだ生きているだろうと思って、転がる頭部を掴み、剣を突き立てた。
ビクビクと唇を動かした女は、目玉をぐるりとひっくり返して白目をむく。
だが、生きていた。
「クリムゾンディブロ?」
「……化け物にも知られて光栄だよ」
「エリオット!」
オメガの声で、俺は女の頭を放り投げて地面を転がる。
倒したはずの女の身体が起き上がっていて、俺が立っていた空間には剣が振り降ろされていた。
女の身体が、女の頭を掴んで首の上に乗せる。
「わたしは遊んでいられないの。またね」
女はそう言うと、神殿の入り口へと走り、俺の剣を躱すと跳躍し、そのまま空中を飛んで石像のある空間へと向かった。
追う途中、イングリッドが倒れている。
くそ! 女にとどめをさせなかったから!
「大丈夫か!?」
抱き起すと、彼女は力なく笑う。
「お腹減った……限界だ」
こいつは……。
連戦がきかない奴なんだな……。




