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地下の異変

 十二月十六日、午前七時に準備を終えて、アブダルを先頭に螺旋階段を降りる。


 あれ? ここの出入り口は以前に塞いだと思ったが……できないまま撤退したっけ?


 まぁ、手間が省けてよかった。


 イングリッドがアブダルに続いて四層へと入った時、首をかしげていた。


 空間全体が光を発して視界が確保できる状態になっていて、前とは違うので俺が「どういう仕組みだ?」と口にした時、彼女が言う。


「わたしたち、フォーディ族の者が入ると水の精霊が歓迎して光を灯してくれるのだが……わたしがここに到着する前から明るかったよな?」

「……来ることがわかったからじゃないか?」

「……まぁ、気にするだけ無駄か。全てを、どんなことでも我々の論理で説明できるわけでもないからな」


 その通りだと思う。


 四層は黒革狩人ハンターと戦闘をおこなった場所で、テンペストの石像がある空間だ。高さ十メートルは越える広い空洞で足場は浅瀬になっている。そして壁面は水の壁といえるほどで滝に囲まれているといえばわかりやすい。ところどころは岩壁が露出しているが、そこも濡れているので空間全体が水に包まれているようだ。


 俺とオメガは二度目だが、カインとイサク、そしてアブダルは初めてなので驚いていた。


 安全を確保して准教授たちを呼び寄せたい。


 まずアブダルがぐるりと空洞の中を歩く。


「テンペストは――」


 イングリッドが言う。


「――恐るべき火竜で空を飛べば嵐だった。だから水の精霊たちに封印を助けてもらっている」

「精霊は本当にいるんだな……」

「いるが、見えないだけだ。この世界には、見えないが存在しているものはある。エリオットたちも魂とかいう見えないものを話すじゃないか」


 アブダルが戻ってきた。


「滝の裏側も調べた。化け物はいない」


 俺はオメガと笑う。


 前回、あの苦労はなんだったのかと思ったわけだ。


 彼女は市街地を出たあたりで仮面をとっていて素顔をさらしている。こうしてみると、イングリッドと彼女では容姿に大きな差があることに気づく。


 オメガは大人の女性。


 イングリッドはまだ大人になりきれていない女の子。


「オメガ、イングリッドは君よりも若いのか? 君と比べると……」

「いえ、彼女は五百歳を超えていますが、わたしは四百歳にも及んでいません。わたしのほうが年齢が上に見えるのは、わたしのほうが姫様よりも寿命そのものが短いので、加齢による容姿の変化が早いのですよ」

「へぇ……」


 五百歳を超えてんのか……。


 アブダルが地図を示しながら報告を続けていたところで、イングリッドの大きな声がする。


「なに!? そんな馬鹿な! わたしは今、到着したばかりでまだ神殿への入り口を開けていないぞ」


 慌てた様子の彼女が北方向の壁へと近づき、滝をくぐって再び叫ぶ。


 ……もしかして、さっきからの違和感も?


 誰か、先にここに来ていた?


「おかしい! こんな馬鹿な!」


 駆け付けると、そこには前回の時にはなかった横穴が開いていて、光が灯されて奥まで続いていることが見える。


 この時、ドン! という衝撃で俺たちはふらついた。


 空間全体が揺れ始めた。


「おい! 崩れないか!?」


 イサクの動揺に、イングリッドが鋭い声を発する。


「誰かがわたしよりも早く、魂の間に入った!」


 ゴンゴンゴンゴン……という重く響く音が地底から聞こえてきた。


 しばらく耐えていると、揺れと音が消える。


 ここで、アブダルが地図の写しを手に穴の奥を窺いながら進んだ。


「イングリッドさん、合図したら来てください」

「頼んだ」


 斥候が先に進み、彼女は焦りながらもじっと待つ。俺たちも彼女の位置へと移動し、アブダルの報告を待つことにした。


「この場所をお前の他に知っているものは?」


 俺の問いに、イングリッドはかぶりを払った。


「いや、いない……一族だけが知って……そういうことか」


 イングリッドは悔しそうな表情をした。


「あの時、偶然に妹が連れ去られたわけじゃなかった……巫女だと知って、連れ去られた! 奴隷売買という隠れ蓑で本来の目的を隠した……妹の肉体と魂を使っている奴がここにいる」


 それはあの時の、光る化け物じゃないか?


 オメガが口を開く。


「エリオット、屍術師ネクロマンサーの事件、もっと根が深かったのでは?」

「……エルフを買った側、あの奴隷商がそうだが……売った側に関してはまったくわからないままらしい」

「奴隷商で働く人たちが知らないわけがないと思うのよ……」


 そういえば、あのロイス・ラングニックという現場責任者は、嘘の書類でパトレアを騙した。結局、評議会の指摘で警備連隊の捜査が入って嘘はあばかれたが、嘘はあれだけではなかったのだろう。


 あの奴隷商は経営者が犯罪に手を染めたあげくに死亡したとあり、評議会から解散命令を受けて解体されている。


「おい! 人がいるぞ!」


 アブダルの声に、イングリッドよりも早く俺が走った。




-Elliott-




 アブダルが見つけた相手は、すでに死んでいた。


 顔が真っ白になっていて、皮膚がたるんでいる。駆け寄って触ろうとしたが、アブダルに止められた。


「待って! ……血が抜かれている」

「血を?」

「ええ……」


 彼は剣で死体をつつき、腹部を二度、刺した。そこからは血が滲みもしない。


 イングリッドが現れて、死体を見て表情を硬くする。


「姫様、後ろに」


 オメガの声に、彼女はかぶりを払った。


「いや、このまま進もう。神殿はそこだ」


 地図で見た通り、奥の空洞もまた巨大で、石材で造られた砦に似た建物がある。扉はすでに開けられていて、周辺には幾人もの人が倒れていた。


 身体を引きちぎられ、内臓をこぼれさせた骸ばかりで、それでいて血があふれ出ていない。


 アブダルが神殿の入り口へ近づく直前、後ろへと跳んだ。


 直後、彼がいた空間を巨大な鎌が斬る。


 アブダルは躱しきれず、右脚のふくらはぎをざっくりと斬られた。


「くそー!」


 叫んだ彼を後ろへと引きずりながら、前方へと火炎弾フレイムを放つ。同時に、イングリッドがアブダルへと駆けつけて、負傷箇所に手の平をあてて瞼を閉じた。


「どうだ?」


 肩越しに問うと、彼女は瞼を開く。


 目の色が、緑から赤に変化していた。


「あれ?」


 アブダルが気の抜けた声を出す。


 そこに、再び鎌が振りおろされた。


 アブダルを狙った一撃を、カインが直前で弾いた。しかしカインの剣が鎌にからめとられて地面を滑る。


 俺は後退し、イングリッドの頭部を盾で守りながら、アブダルの腕を掴んで後退を急かした。


 通路まで撤退したところで、俺が盾を前にかかげて様子をみる。


 後ろにオメガが来た。


悪霊レイスです」

「倒し方は?」

「手っ取り早いのは神聖魔法ですが……運がないですね」

「本当に……他には?」

悪霊レイスの元になった死者の骸を破壊してください」

「どれかわかるか?」

「無理です」


 全部、壊せってか……。


「イサク、後ろの死体を燃やしてくれ」


 俺の指示に、後列の魔導士が頷くと火炎弾フレイムの呪文を詠唱し、魔法を発動させる。同時に俺は炎宴アズズを発動させて、死体が転がる一帯を燃やした。


 しばらく待つ間、イングリッドがアブダルの脚を診ていた。


「……再生はしたが、元通りにはなかなか……出血は止めたけど歩けるか?」

「……動かすのが難しい」


 彼女が俺に言う。


「アブダルは上に戻したほうがいい。ふくらはぎを斬られた時に神経もやられている……肉を繋いで傷と血管を塞いだだけだ。歩行訓練をしないと走ることもできないぞ」

「わかった。アブダル、上で支援の奴らの指揮を頼めるか? あと、この異変を知らせてくれ」

「わかった」


 後ろへと歩きだした彼は、右足をひきずるように進んだ。


 カインが斥候として前に出て、神殿へと近づく。


 俺がピタリと彼に続き、二人で交互に左右を確認しつつ、前と後ろにも気を配った。


 建物の入り口へ到着する。


 見れば、そこに鎌が落ちていた。


「エリオット、これからは、死体をみたら燃やそう」

「了解。おい! 来てくれ!」


 魔法を戦闘以外でも連発することになりそうだが、幸い、このパーティーには四人の魔導士がいる。


 かなり強力な戦力だ。


 神殿内部はがらんとしていて、正面には地下へとおりる階段があるだけだ。


 そこに人がいた。


 足元の石を拾い、投げつけてみる。


 ビクっとした相手が、顔をあげた。


 俺は、その男を知っていた。


「ロイス・ラングニック……」

「クリムゾンディブロ……あんたのせいで俺たちは……」

「喋るな。治療してやる。どこをやられた?」

 

 俺たちが彼に近づくと、奴隷商の現場責任者だった男は苦笑を浮かべて口を開く。


「無駄だよ……」


 彼だけが血を抜かれていない? 両脚の腱を斬られただけのようだ。


 イングリッドがロイスの前に立った。


「どうしてお前たちがここに入れたのか知っている……我が妹を利用したな?」

「……イシュクロンの巫女の一族……神々の器に適した者たち……」


 ロイスは喋りながらイングリッドを見上げると、涙を流しながら笑い始めた。


「はははは……うぅ……死にたくない……くくくく……」


 異変を感じた俺は、イングリッドの腕を掴んで後方へとさがらせる。カインとオメガが前に出て、ロイスへと武器をかまえた。


「くくくく……ふふふふ……来たなぁ……やっぱり来たなぁ……嫌です……嫌だぁ……はははは! 来たなぁ」


 ロイスがゆっくりと立つが、その動きは操り人形のようだ。


 彼は涙を流し、懇願するような顔で俺たちを見ていたが、直後、首を伸ばして口を大きく開いた。


「ぎゃあああああああああ!」


 激痛に叫んだ男の身体が内側から引き裂けれ、赤黒くぬめる目のない化け物が皮膚を脱ぐようにして現れようとしている。


 それは肉を引き裂く嫌な音を鳴らして、脱皮を終えたというように全身を俺たちにさらすと赤い目を輝かせた。


 二メートルほどの巨体は細身だが、両手の爪は鋭く長い。そして蝙蝠のような羽根を広げると、ニタリと笑った。

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