命を狙われた
空はどこまでも高く、蒼さが突き抜けているように見える。
「おい、エリオット」
「あ?」
「あぶねぇぞ」
俺は盾で矢を受けた。グルカ鍛冶店に特注で制作してもらった俺用の盾は、軽鉄製のもので重すぎず軽すぎない頑丈なものだ。形は円形で直径五〇センチになる。
俺の盾にあたって地面に落ちた矢をひろい、声をかけてきた傭兵に手渡す。ここで、東方向から大量の矢が届き始めたので盾に隠れた。
仲間は胸壁に身を隠しながら弓に矢をつがえ、矢の雨がやんだ直後、身を乗り出して撃ち返した。
城壁へと梯子をもって接近していた敵兵が、矢を受けてもんどり倒れる。
「命中」
俺の声に、撃った傭兵が手をあげて誇らしげに笑った。
直後、その手に矢が刺さった。
「って! いって! くそ!」
「馬鹿、油断すっからだ」
俺は盾を置き、弓を受け取る。そして彼の手から抜かれた矢をつがえて、仲間を狙った帝国兵の狙撃手を射た。
手に包帯をまきながら前方を見ていた仲間が喜ぶ。
「命中!」
「大丈夫か?」
「縫わないと駄目だ」
「ここは大丈夫」
「頼んだ」
城壁の上。
ちょうど楼門の真上、狭間付き胸壁にいる。鉄製の門は閉じられているが、城壁の上には俺しかおらず、あとの味方は橋を対岸へと向かっている。
俺が最後尾だ。
城壁の外、東側には人、人、人……。
ヴァスラ帝国軍五〇〇〇の軍容はすごい。
敵後方に掲げられた帝国旗、参加している諸侯の軍旗、アロセル教国の旗などなどを眺め、撤退するかと決めた。
都市国家連邦のレーヌ河城塞は、東岸部の小塁を放棄する決定を下しているが、傭兵に殿を任せて正規軍がさっさと逃げたので、有志をつのって味方の後退が完了する時間稼ぎをしていた。
言い出しっぺの俺が当然、いちばん最後に離れるべきだと思って残っている。
手を怪我した傭兵は、大規模な傭兵団の代表なだけあって肝がすわっていた。
ドン! と足場が揺れる。
楼門に、破錠槌が突進していた。上から見ると小屋が動いているように見える。
俺が上から、火炎弾を下へ放つ。
破錠槌の屋根が吹っ飛び、押していた部隊が火だるまになって四散する。その痛々しい姿と絶叫で、帝国軍前衛部隊群の前進が乱れた。
ふいに、騎兵が一騎、前衛の隊列を割って現れる。
「ヴァスラ帝国軍第二軍団司令官代理アレク・ダンジュマである! 貴公! 正規兵ではないと見受けるがいかに!?」
白旗を掲げているので、攻撃するのは卑怯だなと思い、胸壁から身を晒した。
アレクが声をはる。
「深紅の外套に同色の革鎧! 貴公! 都市国家連邦のクリムゾンディブロか!?」
有名になったなぁ。
「何か用か!?」
「いくらで雇われた!? 倍を出す! 士官級として迎える! 帝国籍も与え、定住権もつけよう! 帝国に味方せよ」
そうしたくても、素性がばれると逮捕されかねない……。
まぁ、その気はないんでね。
日本人というか、現代人の民主主義で生きていたから、お前らみたいな国よりも都市国家連邦が住みやすいんだよ。
俺はアレクが乗る馬の手前に、矢を撃った。
ドスン! と地面に刺さった矢をアレクは見て、白旗を捨てる。
「敵ながら見事! 傭兵が数多いるが! クリムゾンディブロに並ぶ戦士はおらず! 敵として戦える名誉を誇ろう!」
うるせぇよ。
見逃してやるやらさっさと後ろに退がれ。
角笛の咆哮が聞こえる。
帝国軍の前進が再開された。
俺は火炎弾を敵前衛へとぶちこんで、城壁から橋へと通じる階段を一気に駆け下りる。
橋の長さは三〇〇メートルほど。
昔、この河を泳いでグーリットに辿り着いたのは奇跡だと思う。
肩越しに背後をみると、城壁の上に敵兵が乗り込んだのが見えた。梯子をかけて昇ったのだろう。その数はみるみるうちに増えて、雄叫びをあげながら追撃してきた。
走りながら呪文を詠唱する。
「揺らめく炎は命の息吹、竜の吐息と精霊の穢れ、浄し導く神の化身! 炎王!」
叫ぶと同時に、身をよじって後ろを向き、右手の剣を振り降ろした。
空中に発生した巨大な火の球が、轟音とともに滑空し城塞東岸の小塁に直撃する。
凄まじい衝撃で橋が軋む。
懸命に駆けて、肩越しに背後を見た。
崩れる建築物は炎に包まれ、灼熱の火炎が大量の蛇を生み出したかのように空へと揺れながら伸びていく。その黒煙は一帯の空気を汚し、断末魔の叫びや悲鳴の全てをのみこみ、炎が暴れる音のみが耳に届いた。
城塞西岸の扉で、都市国家連邦の防衛を指揮していたアウグストス将軍が待っていた。
「エリオット、すまんな!」
「置いて逃げやがって!」
俺はそいつに接近し、顔面に殴打をみまった。
アウグストスは後ろに倒れて気絶する。
護衛の騎士たちが、いきなりのことで硬直していた。
俺は西岸の楼門から内部へと入る。
傭兵たちから歓声があがり、正規兵たちから拍手がおこった。
-Elliott-
「軍の偉いさんを殴っちゃいかんよ……」
ヌリに叱られた。
レーヌ河城塞防衛戦を終えてグーリットに帰還した俺は、報酬を受け取る前に軍からの苦情を受けたヌリにこってりとしぼられた……。
「傭兵を使い捨てにするような作戦を立てやがったんだよ」
「だとしても、お上品に抗議で済ませておけ」
五十万リーグを受け取り、五万リーグをヌリに渡す。
「たしかに……次の仕事、決めていくか?」
「そうだな……」
俺が頷いた時、背後で「いた!」と声がした。
振り返ると、傭兵の格好をした男が俺を見ていた。
どこかで一緒に仕事をしたかな? と思っていると、男をズイっとどかして現れた小柄な人物がギルドへ入ってくる。
顔は仮面で隠していて、フード付きマントをしている。
「お前がクリムゾンディブロか?」
女の声。
どこかの国の諸侯の娘さんが、なにか用があって会いに来たにしては装備が本格的だ。
腰のベルトに留めている剣は細身のもので、左手の盾は木の盾の表面に革を打ちつけた丈夫そうなものだ。胸当てと腹当ても革のしっかりとしたものだ。
「なにを見ている? お前はクリムゾンディブロか? 答えろ」
「そうだ」
「ここでは彼の迷惑になる――」
女はかすかに顔を動かした。ヌリを見たようだ。
「――から、表に出ろ」
「何の用だ?」
「殺しに来た」
殺しに来た!?
いや、あちこちでいろんな恨みはかっているかもしれんけどさ……。
「お嬢ちゃん、やめときな」
ヌリの言葉に、俺は心からの同意でうなずく。
「お嬢ちゃん、ではない。お前らよりも年上だぞ、わたしは」
ヌリと顔を見合わせた。
俺は事情がわからず、どうして殺されるのかと質問する。
「俺があんたの家族、恋人、友人……誰かを殺したか?」
「お前は、秋にジェイク・マクブライドを倒したな? 屍術師も」
おお……二カ月前の事件……。
今日は十二月五日なので、まだ二カ月にはなっていないか……。
「倒した」
「なら敵だ」
「ちょ、ちょっと待て。彼の家族か? 逆恨みするな」
「ちがう」
女は仮面をとりフードを脱いだ。
ギョっとした。
ヌリも動揺したが、すぐに声を出す。
「みんな、すまねぇ、外に出てくれ」
掲示板を見たり、同業同士で情報交換をしていた傭兵たちが、ヌリの声に応じてギルドから出て行く。こういう時、彼に信用があるからこそ、皆が従うのだとよくわかる。
俺は女――エルフの女性に尋ねた。
「俺はエルフを手にかけたことはないぞ」
「わたしの家族が、人間に捕まり、売られて、ここに辿り着いたことを調べた。そして、また売られて、買われて、贄にされて殺されたことも知っている。その仇をお前は倒した。お前はわたしの仇を横取りしたのだ。だから敵だ」
……無茶苦茶だ。
復讐したいけど、その相手が殺されたから、殺した奴を倒して気を晴らしたい?
勘弁してくれ……。
「表に出ろ。殺す」
「……武器がない。家に取りに帰ってもいいか?」
「……いいだろう」
ヌリを見ると、「応援してるぞ」と言った……。
ふざっけんな!
腹が立ったので、仕返しをする。
俺は、俺を殺すというエルフに声をかけた。
「わかった。戦いってことは……お前の長いながい時間のほんのちょっとをもらうってことだな?」
「……そうだな」
「おい! お前はそれをどこで!?」
慌てるヌリを無視してギルドを出る。
借家へと向かいながら、ついて来るエルフ女を肩越しに見た。
「逃げたりしないよ。ギルドの前で待っててくれ」
「お前ら人間を簡単に信用しない。さっきの男も最初は騙そうとした。痛めつけたらお前のところに案内した。人間は汚い」
さっきの傭兵か……そりゃ、傭兵だからだよ……。
歩いていると、距離が離れることに気づく。
立ち止まって待つ。
具合でも悪いのか?
「どうした?」
「……なんでもない」
その時、エルフ女からその音が聞こえた。
ぐぅぅきゅるるるるるぅう……。
「腹、減ってるのか?」
「う! うるさーい!」
殴りかかってきたので躱し、足をかけた。
エルフ女は転ぶと、起き上がらない。
「大丈夫か?」
抱き起こしてやると、小さな声で言う。
「ご飯を食べてから……戦おう」
「わかった」
「お金がない……」
「……」
「お金がない……」
「わかった、わかったよ」
俺は、自分を殺しに来たというエルフ女にご馳走するはめになったのである。




