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本音

 十月二十日。


 傭兵ギルドの二階。


 祝勝会だとヌリに誘われてお邪魔した。


 オメガが姿を見せないのは、ヴィンセント卿とザヴィッチ大司教、そしてジャンヌがいるからだろう。


 応接間にはラングレ亭から運びこまれた料理が並び、酒もたんまりとある。ふだん、あまり酒を飲むことはしないが、今日は滅茶苦茶に酔いたい気分だ。


 パトレアがワインを飲みながら、大口を開けて鶏肉のコンフェを頬張る。


 美味しそうに食べてくれている。


 ヴィンセント卿が、俺のグラスにワインを注いでくれた。


「なんとか予算をやりくりして、報酬を払うようにするから」

「頼むよ……大変だったんだ」

「市の評議会のほうで払ってくれるなら助かる」


 ザヴィッチ大司教の言葉に、あんたからも欲しいくらいだと答えて笑わせた。


 ジャンヌはまだ腕が治らない。


 彼女はあの時、大司教を守るために彼と壁の間に入り盾となりながら、彼に衝撃が加わらないよう、絶妙に計算した威力の衝撃波を発生させて壁への直撃を防ぎつつ、自らの身体をクッションにすることで大司教を守っていた……ことを聞いた。


 折れたのが左手でよかったと言っている。


「左でよかった。右手だったら自慰をするのに困るものぉ」


 理由に呆れた……。


 パトレアが赤面しているのは、ジャンヌのせいかワインのせいかわからない。


 その日は、夜更けまで食べ、飲んで騒いだ。




-Elliott-




 ヌリの家を辞して、家へと帰ろうとするとパトレアに呼び止められた。


「途中まで一緒です。帰りましょう」


 二人で並んで歩く。


 彼女が、「報告があります」と口を開いた。


「ミラーノの司教区本部に戻ることになりました」

「そうか。ま、もともとはそっちにいたんだ」

「……あの消えた光を追う作戦に参加します」


 ネレスが呼び出した光る謎の存在のことだ。


 あの時、いなくなって姿を現していない。


「ザヴィッチ猊下のもとに、教国本国から連隊が到着しますので、そこに……」

「ああ、仕事があったら回してくれ」

「ふふふ」


 微笑む彼女は綺麗だ。


 ふと、空気が冷たいと感じた。


「秋だなぁ」

「ええ……」

「また会うことがあったらよろしく頼むよ」

「ええ……」


 会話がなくなる。


 こうして二人で歩くと、なんだか気恥ずかしく感じる。これまでは仕事だった。しかし、今はそうじゃない。


 日本人だった頃の、恋人がいた時を思い出す。


 似たような空気だと感じてしまった。


「新しい司祭は、本国から来るそうです」

「今度は真面目な人を頼むよ」


 パトレアが笑う。


 初めて会った時、キツそうだなという印象を受けたが、実際の彼女はまったく違った。


 俺は決して女性の扱いがうまくない。前世の頃からこれはなおっていない。それでも彼女はすねず怒らず付き合ってくれている。


 このまま、別れたくないという気持ちが湧く。


 だが、彼女は聖女だと脳内で自分にいいきかせた。


 おたがいに、それぞれに生き方がある。


 一時の感情に溺れてはならないと思う。


 中央広場で、俺は旧市街地の方向、彼女は倉庫群の方向を向いて止まる。


 離れたくないという気持ちが、お互いにあるんだとわかって、彼女にもそれは伝わっているから、俺からさよならを言おうと決めた。


「パトレア」


 声をかけた。


 彼女が俺を見る。


 右手を差し出した。


 彼女が、握ってくれる。


 俺は本音を呑みこんだ。


「一か月ほどだったけど、いろいろとありがとう。初めて……仲間と仕事をするのもいいなと思った」

「……」

「元気でな」

「エリオット」


 彼女が、顔を伏せて俺に一歩、近づく。


 そして、おでこを俺の胸にあてた。


「聖女の務めがあるので……言わないでおこうと思いましたけど、やっぱり言わずにはいられないので言います……好きです」

「……」


 俺は照れくさくて顔をあげる。


 よく晴れた夜空には、煌めく星々が美しい。


 彼女が離れた。


「貴方の鼓動が、返事をくれましたよ。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 俺たちは、別々の方向へと歩きだす。


 俺は、肩越しに彼女を見る。


 夜でも鮮やかな金色の髪。


「パトレア!」


 彼女が振り向く。


「はい!?」

「次に会うことがあったら! 襲いかかるかも!」

「ふふふ……襲われたら! 倒します!」


 笑顔のパトレアは、星空よりも美しかった。




-Archbishop-




 私はミラーノへ向かう馬車の中で、その手紙を開いた。


 中央大陸の本国から届いたばかりの手紙だ。出発の時間が迫っていたので、馬車の中で開いたのだが、ジャンヌがいるところでこれを読んだのは失敗だった。


 彼女は私の情動を、機敏に察知するからだ。


 この時も、表情に出さなかったはずだが悟られた。


「如何いたしました?」


 ジャンヌの問い。


 私は答えるべきか否か迷うが、いずれ伝わるだろうと思い答えることにした。


「教皇聖下が崩御された」

「……」

「私は本国へ行かねばならない。教皇選挙が始まる」

「例の……ヴェリガナール追跡はどうなさいます?」

「……私が不在となると君が仕切るか?」

「わたしはどこまでも猊下のおそばにおります」


 だろうな。


 ジャンヌは、私から、というよりも私の血から離れることは嫌う。数日分の血液を用意しておいて離れることもできるが、新鮮でないからと嫌がられる。


 不死者も制約が多くて大変だが、そのおかげで彼女の腕の怪我はもう治っていた。


 あの傭兵の前では、ギブスをして隠していたが……見られて訊かれると面倒だったからである。


 あの傭兵か……。


「ジャンヌ、あの傭兵はどう思う?」

「ああ……変わった匂いの男……クリムゾンディブロ……猊下、しかし彼はこの世界の人間であって、そうではありません」

「……匂いか?」

「はい。勇者ブレイブになりかねません」

「……おもしろそうだ」

「は?」


 私は決めた。

赤い悪魔と二人の聖女 おわり

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公が大人で万能過ぎないのが良いです。 とても面白くて一気に一生を読破してしまいました。 二章もとても楽しみです。
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