死闘
地下教会へとパトレアが放った光球が入る。
二十メートル四方の広場で、高さは三メートル弱だろうとみた。
正面の奥には通路があるのが見える。
そして、主神の石像が台座の上に祀られているが、その手前、中央には石棺が立てられていた。さらに地面には魔法陣……
卑怯……それは卑怯……。
俺はうんざりとしながら教会へと入る。すると、バチンという音がして、奥の通路まで一気に明るくなっていく。
通路の奥から、ネレスが現れた。
「お前……」
思わず声を出したのは、奴が骸を抱えているからだ。それはとても朽ちていて、白い肉と露わになった骨は水分を失っているのがわかる。黒い長髪だけが色づいていた。
「ジョアンナか?」
大司教の問いに、ネレスは無言だ。
「お前は妻を蘇らせるために屍術に手を出したのか?」
ザヴィッチ大司教の問いに、ネレスが反応する。
「そうではない。だが、蘇らせようとしているのは事実だ」
「愛していたのだな?」
「愛? 他の男と通じていた女だぞ? 夫は司祭だというのに、不貞を働いていた女だ……そういうくだらん感情が理由ではない」
「では、どうしてだ?」
ネレスはジョアンナの骸を地面へと放る。
すでに損傷が激しい骸が、それでさらに崩れた。肉はもうゼリー状でもろい。
彼は石棺へと近づき、俺たちへと微笑みながらそれを開く。
「竜王のためだ」
「あれは竜王ではない。魔竜だ」
俺が言うと彼は笑った。
「魔竜? テンペストをただの魔竜だと言うか? これはものを知らない愚かな奴だな」
テンペストとわかっていて、竜王と?
ネレスは石棺の中から、エルフの死体をひっぱりだす。
あの奴隷商から購入した二人のエルフのうち、残るひとりだ……。
腹部を裂かれて、とても生きてはいないことがわかる。
「テンペストは、嵐竜と書く。別名は金色の風……金竜の一族なのだよ」
ネレスが指を動かすと、光が空中を漂い文字となった。
彼は、エルフの死体と妻の亡骸を、石棺の前に重ねると俺たちを見る。
「ザヴィッチ。のこのことこんな所に来なければ教皇になれたものを……恨むなら己の軽率を恨め」
ネレスは手にナイフを持った。
俺は火炎弾を瞬時に発動する。
奴に付き合う必要はない。
倒してしまえば終わりだと思ったのだ。
だが、俺の火炎弾は奴の防御魔法に防がれた。そして、その隙にネレスは自らの首をナイフで裂く。
鮮血が噴き出す。
鼓動にあわせて、血液が弧を描いた。
ネレスは膝から崩れた。
自殺?
「自分を供物に!」
パトレアの声。
見ると、魔法陣が光を放っている。
「まずい」
大司教……ここでその言葉は聞きたくなかった。
「何が起きる?」
俺の問いに、彼は青ざめた顔で答えた。
「三つの死体を供物にすれば求めに応じる神使がいる」
「なんだ?」
「ヴェリガナール……復活を助ける神使だ」
「……復活……テンペストか」
魔法陣が光を放射した。
地下教会内部は眩い光に包まれた。
俺は目を腕で庇う。
直後、衝撃波に襲われて後ろへ飛ばされた。壁に頭をぶつけないよう、盾で庇う。
ガン! という衝撃は盾が守ってくれたものだ。
片膝をついて、呼吸を整えながら部屋の中心を睨む。
それは、そこに立っていた。
姿は見えない。
光に包まれた長身の人らしきもの。
「よくやった。褒めて遣わす。これは褒美である」
それはたしかに、そう言った。これは、俺が魔導士だから理解できる古代ラーグ語だ。
見れば、魔法陣に重なり倒れていたネレスの屍へと、光に包まれた何者かが青く輝く石を落とした。
光に包まれたそれが、砕けて粒子となり宙を漂うと俺たちの間を駆け抜けて消えていった。
大司教は、ジャンヌに守られて無事だったらしい。ただし彼女の左腕はおかしな方向へと折れている。
「おい、撤退しろ」
俺の声に、彼女は表情ひとつ変えずに頷くと口を開く。
「猊下、参りましょう」
「わかった……エリオット、頼む。これでわかった。奴らは供物を捧げることで、聖石を得ていた……ネレスが勇者になるぞ」
「わかってるよ。前回は赤い石、今回は青い石か……」
ベイルが俺の横に立った。
「第一分隊に撤退路を確保させています。第二分隊は後方で待機、残りは手伝います」
「助かる」
俺は、むくりと起き上がったネレスへと突進した。
-Elliott-
ネレスは裂けた首が修復されながら立ち上がったが、俺の斬撃で頭部を切断されて崩れ落ちた。
後方へと跳んで、火炎弾を放つ。
しかし、防御魔法で防がれた。火炎が奴に届く直前に弾けてしまう。
ネレスの顔の皮膚が不気味な音とともに裂けて、山羊の口と鼻が現れる。そしてそのまま、人の顔であったものを左右に割るかのように山羊頭が露わとなると、ねじ曲がった角が生えた。そして身体は折れ曲がり、四肢となると背が破れた。不気味な羽根が血に濡れながら広がり、脚が巨大化して身の丈は倍となると二本脚で立つ。
「前に会った時よりも、大きく育っているな……」
俺の言葉に、パトレアが頷く。
だが、そこからの変化が聖石によるものだった。
魔人となったネレスは、頭を抱えて暴れ始める。
俺は炎宴を発動させて、奴を火あぶりにしようと思ったが効果はなかった。
オメガの魔法をうけても無視して突っ込んできた奴だ。
やはり魔法はきかないのかと思った時、ネレスだったものがピタリと止まる。
だが、すぐに胸が裂けてあばらが開くと、邪悪な赤く巨大な目がそこに生まれた。
心臓だったものが、目玉になっているのだ。
「どうして勇者さまは不気味なのかね……」
英雄じゃないのかよ……ったく。
「勇者には条件があります」
パトレアが言う。
「前回、あの肥満体と戦ったので調べました――」
肥満体とは、ジェイクが石をつかって変貌した化け物のことだろう。
「――この世界でありながら、別の世界から来た者であること。これを満たさねば、勇者にはなれません。つまりあれは、不適合者が聖石の力で無理に変化させられた結果です」
「……」
それ、異世界転生……じゃねぇか?
――おい!
思考を中断したのは、ネレスの放った火炎弾のせいだ。
奴は四方八方に、俺の火炎弾にも匹敵するサイズの火の球を放ち、さらに右手には氷で創った槍を持つと突進してきた。
俺は魔法を躱して剣を振り、化け物の槍を受ける。
化け物は左腕での殴打をくらわしてきたが、身を屈めて躱して奴の脚を斬った。しかしネレスは痛みを感じないような動きで槍を振るう。
俺は盾で敵の攻撃を防いだ。
「主神よ! 貴方の子らが貴方の敵と戦います。貴方を守る盾となり、信仰を勇気として――」
パトレアの神言が聞こえる。
俺の斬撃はネレスの槍で防がれたがベイルが弩を撃ち、一本がネレスの背に刺さった。
山羊頭がギロリとベイルを見る。
俺の斬撃が、ネレスの注意をこちらに向けた。
兵たちがパトレアを守り、彼女は神聖魔法を発動する。
「聖戦!」
パトレアは前回の経験から、化け物へ神聖魔法での攻撃をするのではなく、俺たちの支援に徹するつもりだとわかる。
疲労が消えて、頭は冴えた。さらに戦う勇気が湧き、力がみなぎってくる。
俺は前に跳び、奴の槍を盾で受けると右方向から迫る化け物の拳へ剣を突き立てる。
ガツンという衝撃は、奴の骨を砕いた手応えだ。
山羊頭が左手をひっこめた直後、俺は屈みながら前へと走り、奴の不気味な目の球へと火炎弾をぶつけた。呪文の詠唱も魔法の種類も言う必要がない魔法の中で、最も錬度がたかいこの攻撃方法こそ俺がもっとも信頼するものだ。
化け物は後ろへと後退したが、直後、槍を地面に突き刺す。
ドン! という衝撃は地面の揺れだ。
立っていられないと判断し、後方へと跳躍した。
直後、パトレアを守っていた兵士へと、化け物が火炎弾を放った。
パトレアが神聖魔法の結界をはるも、高温の衝撃波が兵士を襲い、一人が熱風で焦がされて吹き飛ぶ。
「がぁああ! がぁああああ!」
兵士が言葉にならない叫び声をあげて苦しむ。
「助けろ!」
俺は叫び、山羊頭へと突進したが、再び槍を地面に突き立てられた。
ドン! という揺れで立つことが難しくなる。
膝をついた直後、槍の攻撃を盾で受け止めた。
危ない。
今のは危なかった!
化け物は嘲笑したようだ。
山羊の口が不気味にねじれる。
「クソが! メーメー言ってろ!」
反撃に出る。
だが、また地面に槍を突き立てられた。
卑怯!
それはなし! それはルール違反!
たまらず後退したが、化け物は翼を動かすことで加速を得て一気に距離をつめてくる。
本気になりやがった……ジェイクの時みたいに、余裕かましてくれていればよかったのに!
化け物の槍を盾で受け止め、全力で押し返すと剣を一閃、二閃し奴の左腕の肉を斬った。そのまま雷撃を至近距離からくらわして、突きだされた槍を身体の回転で躱した俺は、その勢いを利用して剣を奴の頭部に叩きつける。
甲高い音で、化け物の角が折れた。
「キサマ!」
不気味な声で怒りを表した化け物が、槍を払いながら衝撃波を放つ。
吹き飛ばされて壁に背を強打する。
呼吸困難になって咳込んだ。
「エリオット!」
パトレアが鉄棍を投げた。
苦しむ俺の視界で、彼女が投げた鉄棍が山羊頭の後頭部へぶつかる。
山羊頭が、俺に背を向ける。
ぜぇぜぇと呼吸を整えて立つと、奴はパトレア目掛けて突進していた。
殺らせるか!
跳躍し、雷撃を放ちながら剣を投げた。
山羊頭の背に刺さった剣へ、雷撃が直撃する。
「グゥオオオオオオオ!」
化け物の雄叫びは激痛からのものだとわかる。
初めて膝をついた奴の背へと突進し、剣を抜きながら払う動きで肉を裂いた。
ドバっと溢れた血で隠された傷口へ、左手を突っ込み火炎弾を放つ。
轟音は奴の体内で火球が爆発した音だ。
俺は後方へと後退し、化け物の背中は肉が爆発し、背骨は折れ、砕け、血液と内臓が体外へとこぼれ出る光景に勝利を確信した。
「ツレテイク!」
化け物の手が伸び、パトレアを守ろうとした兵士を払いのけ、吹き飛ばすと、彼女を掴もうとした。
ベイルが弩を撃つ。
パトレアを握る化け物の手に矢がささり、彼女は転がるように化け物から逃げた。だがそれを化け物が蹴り上げる。
「きゃぁ!」
悲鳴をあげて宙を跳んだパトレアが、壁にぶつかり動かなくなる。
俺は走っていた。
一人の兵士が、パトレアを助け起こそうと駆け寄り、化け物の手に捕まり握り潰される。
「ぎゃあああああああああああああ!」
バキバキバキ、ゴリゴリゴリ、という不気味な音に絶叫が混じり合い、鼻腔は血と死臭で麻痺した。
俺は奴の背へ剣を突き立てる。
傷は大穴で、目玉の裏側が露わとなっていた。俺はそこへと剣を突き立ててねじった。
化け物の動きが止まる。
そして、あの時と同じように身体が小さくなっていき、激しく損壊したネレスの遺体となった。
青い石が地面を転がる。
熱風でやられた兵士と、握り潰された兵士は助からないとわかった。
ベイルと、一人いきのこった兵士の助けを借りて彼らを運ぶ。
パトレアは、自分で立った。
金色の目。
「カミラ、ちょうど終わった」
俺の言葉に、彼女は微笑む。
「頑張ったな?」
「二人、殺された」
「二人ですんだ」
「彼らにも家族がいる……」
そうだ。
彼女が俺の背を叩いた。
「お疲れ、スケベ」
「……」
「シチュー作ってやる」
「……おう」
地下教会から、通路へと出た。




