共同地下墓地
「エリオット!」
玄関の外で名前を叫ばれ、ドアを叩かれる。
最近、こういうことが多い……。
俺はもともと眠りが浅いから、すぐに起き上がりズボンとシャツを着てから玄関へと向かう。
「エリオット!」
ロジェの声だ。
ドアを開くと、彼女がドアを叩こうと振り降ろした右手が俺の肩へと迫る。
咄嗟に掴んだ。
「あ、ごめん! もう一回、叩こうと思って」
「いい。見つかったか? 共同墓地だったか?」
「共同墓地に入った分隊の兵士が屍鬼にされていたの!」
「ちょっと待ってろ」
俺は用意していた防具を装備し、フード付きのマントを選んで外に出る。
「鍛冶屋に寄ってから行くとお父上に伝えてくれるか?」
「りょーかい」
彼女は頷き、「あ!」と声を出してつけたした。
「共同墓地の、東側出入り口!」
「わかった」
俺はそれから鍛冶屋に寄り、グルカの親父さんから剣と盾を受け取った。
「盾、仕上げを急いだから塗装をしてねぇ」
無骨な鉄が剥き出しの盾だが、軽すぎず重くなく、俺の腕にしっくりとくる。いつも剣の研ぎを頼む親父さんだから、俺の身体の状態を剣から感じてくれていたのだろう。
「助かる」
「また使ってくれ。いい仕事するから」
「わかってる」
新品の盾を用意したのは、人間相手ならともかく、化け物相手だと木製の盾だと少し力不足に感じていたからだ。
攻撃を防ぐのに不安があると、躱すしかなく選択肢が狭くなる。これはけっこう厳しいのだ。
それから俺は共同墓地の東側出入り口へと向かう。
旧市街地に近い職人街から、東へ一キロも歩けば目的地だ。
警備連隊の兵士たちがうろうろとしていて、俺を見ると皆、拳を握って応援するポーズを見せてくれた。
墓地の敷地には、ザヴィッチ大司教とパトレアもいた。もちろん、大司教の秘書もいる。
俺が彼らに駆け寄ると、「待っていたんですよ」というパトレアの笑みと、「世話になる」という大司教の硬い表情に迎えられた。
「実は、これの件がある」
大司教の手には、ジェイク・マクブライドが持っていた赤い宝石が握られていた。
「聖石をどこで入手したのか、確認したい」
「……あんた、足手まといになるからと前回は遠慮してたが戦えるのか?」
「わたしが戦うので問題ないわ」
ジャンヌの自信に、パトレアが頷く。
「エリオット、彼女は強いので大丈夫です」
「戦う格好に見えないけどな……」
雑な言い方をすると、スーツで戦いにいくようなものだ……。
武器も持っていない。
まぁ、パトレアが言うなら問題ないが……。
「エリオット!」
オスカーに名を呼ばれて視線を転じると、彼とヴィンセント卿が手招きをしていた。
墓地へと降りる階段を前に、兵士たちが準備をしている。
オスカーが言う。
「共同墓地の東側第二区画だ……」
彼が羊皮紙を広げて見せてくれた。
覗きこむ俺は、ヴィンセント卿の言葉を聞く。
「墓地を調査に行った分隊が帰還しないので、アビゲイルが様子を見るために地下へと降りて、目的の場所へ向かうと屍鬼になった分隊を見つけた。彼の報告をうけて小隊を派遣し、安置所周辺を捜索した結果、さらに地下へと降りる階段を見つけたが……それは共同墓地の案内図には出ていない。今はもう使われていない区画だろうと思われる」
「そこにネレスが?」
「頻繁に通う足跡が残っている。最近のものだ。こんなところ、隠れたい奴ではない誰が使う?」
確かに。
それに、分隊の兵士を倒して屍鬼にした。
他に、考えられない。
「入る」
俺の言葉に、ヴィンセント卿が頷きを返す。
「小隊をつける。お前に預ける」
「助かる」
オスカーが俺の背を叩いた。
「頼むぞ」
「ああ」
拳をぶつけあって離れる。
暗闇に包まれる地下へと、俺は階段を進んだ。
-Elliott-
共同墓地東側第二区画のアリスの三十三番に過去、ネレスの両親が眠る棺桶が安置されていた。そこに行くと、屍鬼が倒れていて、小隊の兵士たちが口々に怒りの言葉を発する。
仲間を殺されたのだ。
しかも、屍鬼にされた。
遺体を家族のもとに還してやることができないのだ。
先日のジェイク・マクブライド戦で俺を助けてくれた小隊がそのまま、今日も同行してくれることになっているのは心強い。そしてアビゲイルではなく、あの時に殿を務めてくれた兵士が、今は小隊長として俺について来てくれているのは助かる。
ベイル・マウンドという名で、俺よりも十歳年上の三十歳と聞いて驚いたが、年下の俺にも丁寧で紳士的なので、こういう人が強いというのだろうなと実感する。
俺はどうだろうか……。
見習うべきところがあると思う。
最後尾にジャンヌがつき、その前にザヴィッチ大司教、そしてパトレアが先導する。彼らの少し前に、俺たちの最後尾が進む。
さらに地下へと降りる階段を見つけた。
ネレスの両親が安置されていた場所から、少し離れたところにある。パっと見は排水溝にみえる。
パトレアが光を創りだして、地下へと放った。
斥候役の兵士が、手慣れた所作で下へと進む。
しばらくして、彼が戻ってくる。
「広い空間です。通路が入り組んでいて、少し探索をしましたが迷いかねません。数日がかりの捜査になるかもしれません」
「わかった。誰か上に報告に走ってくれ。後方支援の拠点を地下一階におく」
俺の指示に、一人の兵士が走る。
斥候が荷物係の兵士から、羊皮紙を受け取り、羽根ペンを走らせ図面を描いた。
「俺が確認した範囲はこんなところです。通路の幅はここと同じくらいで、大人二人が両手を広げて並んだくらい……高さは俺の身長から……一ノートはあると思います」
二メートルほどの高さで、幅は四メートル。
「ただ、狭まったり、低くなったり、変化があります。それから、不気味なうなり声みたいなものが聞こえたので引き返したのがここです。風の音かもしれませんが……」
「わかった。そこには俺が行こう」
俺は兵士達を眺める。
一人が上へと走ったので、九人だ。
「ベイル、二人一組を三組つくって、地下二層の把握をしてくれ。俺はうなり声の正体を見てくる」
「了解。ネイサンとハワードは――」
兵士たちに指示を出すベイルから離れて、大司教と聖女と秘書へ近づいた。
「うなり声が聞こえるらしい。行ってみるがどうする?」
「行こう」
ザヴィッチ大司教の一言で、四人で階段を降りる。濡れた石は滑りやすいので慎重に足を運び、地下二層の柔らかな地面を踏む。ぬちゃぬちゃという音は、足元が泥であることを伝えてきた。
ザヴィッチ大司教が口を開く。
「過去、火葬は死者への冒涜だとされていた頃は、こうして地下墓地に埋葬していた……どうして火葬が広まったかわかるか?」
俺は「さぁ」と答えながら、警戒を続ける。
「死体が増えすぎたのさ……疫病、貧困、戦争……戦争だ。死体を置く場所に困り、火葬が推奨されるようになった。それにあわせて我々も教団の方針を変更した……燃やせば骨だけですむ。砕けば、壺に入れて狭い空間で済む」
「死者も効率化を求められるようになったわけか」
「そうだ。このような墓地は非効率だからな」
うなり声がたしかに聞こえる。
俺が拳を握ると、パトレアが止まった。
肩越しに背後を見ると、ザヴィッチ大司教もジャンヌも止まっている。
この二人は、戦場に出たことがあるらしい……。
通路から横、左方向へと伸びる横穴の奥からそれはしていた。
パトレアが創り出した光の球が、その横穴へと進んだ直後、横穴から俺たちがいる通路へとそれが踊り出てきた。
「屍鬼!」
パトレアの声と同時に、俺は火炎弾を放つ。
屍鬼は炎に包まれて、壁にぶつかりながら倒れた。
「圧倒的だな」
大司教の言葉に、苦笑を返した。
「それで、話の続きは?」
「話してもいいかな?」
「ああ」
俺は横穴へと進み、奥が小部屋になっているのを見た。
三人が続く。
ここには、夫婦が埋葬されていた。棺桶はふたつとも閉じていて、さきほどの屍鬼はネレスがわざわざ作ってここに配置したのだろうと予想する。
つまり、なにかある。
大司教が話を再開した。
「非効率だからと火葬を推奨したが、それは人の世の都合だ。アロセルは、神々は、どうして火葬を死者への冒涜だと説いたのか……死者こそ尊ぶ対象だからだと彼らはしているからだ……つまり、屍術とは、死者を弄び邪の法で世を乱すもの、という認識は我々がそうしただけで本来の有り様とは違うのだ」
「……ネレスは、信仰あつい信徒で司祭だと?」
「実際、私たちよりも彼のほうが真面目……だろう」
大司教がどうして、このような話をするのかわからない。だが彼は、俺に話してくれながら、パトレアに聞かせているようにも感じる。
彼女はこの事件に関わったことで、大司教が知る教団の秘密と無関係ではいられなくなったということだろう。
「ただ、屍術は危険だ。生者が死者を操ることは禁忌なのだ。だから邪法とされている……エリオット、この部屋、どうして屍鬼が守っていた?」
「そうなんだ。俺もそこが不思議で、あちこちを眺めている」
立方体の空間に、ふたつの棺桶。
俺は棺桶に刻まれた名前を読む。
「ネレス……デスト?」
もうひとつの棺桶には、ジョアンナ・デストと刻まれていた。
どういうことだ?
ネレスの棺桶を開けるも、中は空だ。
もうひとつ、ジョアンナの棺桶を開ける。
やはり、中は空だった。
しかし、ネレスの棺桶は内部が新品のように汚れていないのに反して、ジョアンナの棺桶の内部は腐臭が沁みつき、汚れも目立つ。
「……ジョアンナ……彼の妻か?」
俺の問いに、大司教もパトレアも答えられない。
「エリオット!」
通路からベイルに名前を呼ばれた。
戻ると、彼が手招く。
「この先、地下教会があるみたいだ」
「……金竜の時代に、人類が隠れて主神を奉っていたあれか……」
「ああ、ただ不気味な石棺があるので誰も入れていない」
「行こう。石棺の周囲に異変は?」
「松明で見える範囲では……地面に何か書かれているが?」
俺はパトレアを見る。
彼女も俺を見ていた。
二人とも、嫌な記憶を思い出している。
大司教が口を開く。
「召喚だろうな」
やっぱり……。




