目覚めたら
目覚めたら、美人がいた。
前にもあった。
また眠ったまま漏らして、処理をされたんだろうなと思いつつ彼女の微笑みに見入っている。
「起きました? ね?」
「起きた……今日は何日?」
「十月十三日、お昼です」
「……おしっこしたい」
「はい」
パトレアが尿瓶をみせる。
俺は笑ったが、情けない表情だったに違いない。
彼女も笑い、尿瓶をそこに置くと部屋を出ていく。
「終わったら、教えてください」
前回のことを、彼女も気にしてくれていたようだ。
長い……。
たまりにたまった尿を出しきったと思ったのに、下着をはこうとするとまた尿意に襲われて、尿瓶へとおしっこを出す……
あふれるんじゃないか? くらい出した……。
これ、渡すのが恥ずかしいんだけど……。
「終わった」
声をかけると、パトレアが水さしをもって現れた。
喉がカラカラだとわかる。
彼女は尿瓶を受け取り、「出しきりましたね!」とおかしな褒め方をする。
やめてほしい……。
「また世話になってすまない」
「いえ、わたしも月の……二日目と三日目はしんどいので、エリオットの世話を理由に教団の仕事を休めたのでよかったです」
……女性は大変だと思う。ただ、それで助かったのは奇跡だろうな……。
彼女が部屋を出ていく背を見て、俺は水を飲んだ。
生きている。
ギリギリの戦いだった……。
でも、俺は生きている。
五体満足でいる。
奴は、油断していた。
きっと、強力な力を手にしたと思い、俺たちなどすぐに倒せると思ったのだろう。
初めから全力でこられたら、きっと負けていた……。
強くならなければ……。
これまで、自分が生き残るために強くなろうという感覚でしかなかった。
今は違う。
俺は強くなる。
運で勝てたのは、この前が最後だ。
俺は決めた。
-Elliott-
十月十四日の朝、ヴィンセント卿の使者という秘書で娘のロジェが俺の家の玄関を叩く。
「エリオット! 起きて!」
鍵を開けると、彼女は「パトレアにここ聞いた。父さんが呼んでこいって」と言い、俺が下着姿なのを見てそっぽを向く。
「着替えるから待ってくれ」
「着替えて出なさいよ!」
「急いでたみたいだから……ちょっと待ってろ」
俺は物置として使っている部屋へと入り、ズボンをはいてシャツを着る。すでに肌寒い季節なので、革のアウターを羽織り、愛用の剣を左手に持った。そして部屋の隅に置いてある卓へと近づき、卓上に放ってある銅貨と銀貨を適当につかむ。たぶん二〇〇リーグくらいはあると思いながら、アウターのポケットに突っ込んだ。
それからロジェに連れられ、市街地中央広場に面した評議会館へと入る。ちょうど、警備連隊本部にアビゲイルがいるのが見えたので、ロジェに断りをいれて彼に近づいた。
「アビゲイル!」
「あ……エリオット、この前はご苦労さん、さすがクリムゾ――」
にこやかに近づき、殴打を奴の顔面にくらわす。
転倒したアビゲイルに「これでチャラだ」と告げて目を丸くするロジェへと戻った。
「悪い、待たせた」
「アビゲイルがどうしたの?」
「敵前逃亡した。ジェイクの時」
「ああ……パトレアが怒ってたやつね……」
「知ってたのか?」
「だって、あの後は大変だったのよ。パトレアが本気で怒ってたもの! アビゲイルの卑怯者って……だから彼は今、グーリットで一番の卑怯者になってる」
「いい気味だ……その場にお前もいたのか?」
「父さんの手伝いで。そこでパトレアとも会ったわ……彼女、貴方につきっきりで……この! この!」
そういう関係じゃない……。
案内されてヴィンセントの部屋へ入ると、彼はグーリット警備連隊の連隊長であるオスカー・ファンベルグと話をしていた。
彼らは俺を見て、腰を浮かして席をすすめる。
座ったところで、ロジェが水を出してくれた。
「呼んで悪かった。ジェイクの地下を調べて、奥からヴィクトルを助けだしたのが今朝だ」
「生きていたのか!」
よかった。
ジェイクがいたあの部屋の奥、やはり何かがあったんだ。
「問題は、呪いをかけられていて言葉を発せられないし、文字の読み書きもできない様態にされてしまった。ザヴィッチ猊下に診てもらったところ、家の魔法陣が発動したと同時に、呪いも効果が出るよう細工されていたそうだ。ただ、彼はそうなる前に日記をつけていて、助けた部屋にあった日記で、これまでの経緯は知ることができた。これだ」
ヴィンセント卿が差し出した日記は、革表紙の立派なやつだ。
ヴィクトルはネレス・デストを告発したが、それが奴にばれた。彼は殺されることを覚悟したが、呪いをかけられて協力者にしたてあげられた。しばらくして聖女がやってきたところで、いつ明らかになるのかという期待と、ばれてしまったら自分はどうなるのかという不安の日々だったという。
彼は完全に監視下におかれ、あの地下から支部へと通うことを強要されていたらしい。
支部へ顔を出さないとなると、信徒たちが不審がる。聖女が着任してから、そのようなことが起きると逆にまずいということで、彼は地下から支部へと通う生活を送っていたようだ。
オスカーが言う。
「彼はこちらで保護している。ただ、呪いを解かないと意味がない」
「パトレアならできるんじゃないか? 合成獣と戦った時、彼女が呪いを解除したおかげで助かったことがある」
「それは試してもらった。ザヴィッチ猊下にもご協力いただいたが……」
「駄目だったのか?」
ヴィンセント卿が嘆くように答える。
「複数の呪いをかけられていて、複雑にからみあっている。もつれた糸は切るのが早いということで……ネレスの行方を全力で探している」
「教団の司祭が屍術師だった。その友人の奴隷商の経営者が協力者で、違法取引と禁止薬物売買、所持と使用……化け物になって暴れたってのは表に出るのか?」
「ザヴィッチ猊下と話をした」
評議員はそう言うと、溜息ひとつを挟んで続ける。
「化け物云々はなしだ。司祭が屍術師であったことは公表する。ただ、お前たちが遭遇した神使や勇者というのは無かったことになる。これが双方の妥協点だ」
「わかった。俺もそれで話をあわせる」
オスカーが外へと声をかける。
「アビゲイルを呼べ」
街いちばんの卑怯者は、左頬を腫らして現れた。
オスカーが目を丸くして問う。
「お前、顔はどうした?」
アビゲイルが俺を睨む。
それを見て、オスカーが笑った。
「逃げたんだ。卑怯者……ネレス捜索の指揮を俺が執る。警備連隊の三個中隊をネレス捜索にあてる。とりかかれ」
「は!」
アビゲイルが敬礼をして退室した。
俺はここで、オスカーに尋ねる。
「ネレスはグーリット生まれで?」
「そうだ」
「生家は? もう調べたのか?」
「当たり前だ。もぬけの空だったよ」
俺は頷くも、場所を教えてもらった。
二人の前を辞して、ネレスの生家へと向かうことにしたが、ロジェがついてくるというので困る。
「いきなり化け物が出て来たらどうする?」
「逃げるから大丈夫」
わりきっているならいいか。
-Elliott-
ネレスの生家は旧市街地にあった。
俺の借家から直線距離で一〇〇メートルほどの場所にあって驚く。
兵士が立っていたが、ロジェがいたのですんなりと入れた。
役にたった!
木造二階建ての家だ。
玄関から中に入ると、正面に廊下と二階へ通じる階段。そして玄関から右に応接間、その奥にキッチン、キッチンの左側には食卓があり、食卓の手前、玄関から左には居間がある。手洗いは庭の小屋がそうだろう。
二階には部屋が三つ。
ひとつずつ見ていくと、埃まみれでずっと無人であったことがわかる。
ロジェが、「うわぁ」「くもぉ」とうるさい。
「おい、嫌なら帰れよ」
「うそうそ! でも大きい蜘蛛!」
「蜘蛛は虫を食べてくれるから家にはいいんだぞ。害虫駆除になる」
「そうなの!? 蜘蛛! うちにおいで! 引っ越しておいで!」
おかしな娘だと思う……ただ、秘書として仕事はちゃんとしているのだろう。
寝室のひとつで、朽ちたベッドの脇、壁にかけられた複数の額縁が目にとまった。
俺はそのひとつを手にとり、息をふきかけ、手で埃をとる。
ネレスの子供時代のものらしい。
両親と男の子が、この家の玄関に立っている。
まさか両親も、息子が屍術師になっているなんて思わないだろう。
……彼の両親は?
「ロジェ」
「はぁい!」
彼女は、廊下から寝室へと顔を見せた。
「なに?」
「ネレスの両親は?」
「死んでますよ」
「死んでる?」
「随分と前です。えっと……十二年前にグーリットだけでなく都市国家連邦全体で風病という病が流行ったんですけどその時に。わたしも子供の頃にかかって大変だったんですよ」
「墓は?」
「アロセル教団のグーリット支部の墓地にありますよ。もともとは共同墓地にあったのを、三年前に移転させています。もう調査済みです」
「共同墓地のほうは?」
「……え?」
「両親の棺桶が入っていた共同墓地のほうも見たか?」
「……父さんのところに行きます」
真面目な顔になったロジェに、「頼む」と言った俺は額縁を元に戻した。
それから、調査は警備連隊に任せて鍛冶屋へと向かう。
グルカの親父へと剣をわたし、無理な注文もした。
「金属の盾、急ぎで用意してくれないか? できるだけ軽く」
「……五〇〇〇リーグで手をうつ」
「安いな。いいのか?」
「お前にはこれまでの借りがある。多めに払ってくれていたからな」
「頼む」
「いつまでにいる?」
「早ければ今夜……」
「……声をかけまくってなんとかする」
俺は帰宅し、防具の点検をおこなった。
予感がする。
教団の墓地に移る前、共同墓地は空になったはずだ。
グーリットの共同墓地は、地下にある。
両親の棺桶がおかれていた箇所から、隠し部屋へ通じる通路がでてきたら……。
俺の予感は、現実となった。




