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勇者

 奴隷商の経営者であるジェイク・マクブライドが、自身が所有する市街地東側の倉庫に隠れている。


 それは大司教に報告があがり、彼からパトレア、そして俺に伝わった。


 最近、その倉庫に人の出入りが頻繁にあるが、誰も荷物を運び出さないことから、事件捜査部のほうで違法取引の捜査もあって監視対象にしていたらしい。


 大司教の影響力が軍にも及んでいることに呆れたが、今回は感謝すべきかもしれない。


 俺はいつもの装備でパトレアとその倉庫へと入った。


 軍の警備連隊の一個小隊も同行するといって、俺たちの後方に続く。その指揮官はアビゲイルだった。


「お前は勝手にしろ。俺は俺でする」


 アビゲイルは、上から言われて嫌々だと愚痴り、俺に別行動をとると公言した。


「危ないぞ?」


 忠告したが、「関係ないね」と言って、部下達を連れてズンズンと奥へと入る。


 倉庫の中には、小屋ほどの大きな木製の箱が中央に置かれている。


 警備連隊の兵たちがそこに近づき、入り口らしき穴から中へと入る。


「下に続いています」


 兵士たちがアビゲイルの命令で次々と階段をおりていく。


 俺とパトレアは、自然と最後尾になった。


「昨日、今日のことじゃないな、これ」

「ええ、ずっと前からですね」


 下まで降りると、豪華な絹服に身を包んだ中年の男が、若い女を幾人もはべらして俺たちを見ていた。


 アビゲイルが怒鳴る。


「ジェイク・マクブライド!」

「ようこそ……君たちを待ってたよ」

「待たせて悪かったな! 捕まえろ!」


 アビゲイルの命令で、兵士たちがジェイクへと突進したが、ジェイクが指を鳴らすと一斉に後ろへと吹き飛ばされる。


 ジェイクにまとわりついていた女たちは、身体が裂け、皮膚が裏返り、肉が脈動して関節が鳴る。バキバキという不気味な音が連なり、骨が折れて裂ける音も重なる。そして女たちの身体は、痙攣しながら背が腹となり、腹が裂けて巨大な尾が生えると、四肢でたつ不気味な化け物へと変貌していた。


 彼女たちの顔からは血の気が失せ、目は白く濁り、口からは無数の蛇が首を出すがそれぞれの口は蛭のようである。


「色男一人に、化け物三体か」


 俺はそのまま前へと進み、アビゲイルと並んで尋ねた。


「交代するか?」

「交代しよう」


 憎めない奴……。


「エリオット、あの三体は下級魔族の従者サルブスです。わたしが神聖魔法で相手しますので、経営者をお願いできますか?」

「わかった」


 色男は部屋の奥で長椅子に腰かけていて、左右と前に化け物をはべらしている。


 そこまでの距離は二十メートル前後。立方体の空間だが、ジェイクの後ろにある壁は他の壁と色が違うので偽物だと予想する。


 後ろにまだ何かある。


 観察を終えて、剣を抜くと同時に床を蹴った。


 俺の一歩目に、化け物たちが反応する。


 俺は前に転がり、頭上をかすった悪魔たちの爪を躱すと立ち上がりながら斬撃をみまう。


 ジェイクの左肩から胸に至った剣は、俺が抜いたと同時に鮮血を撒き散らした。


「見えなかった! すごい!」


 色男が笑う。


「……お前も化け物になったか?」


 ジェイクは微笑むと、血だらけの左手で上着の内ポケットをさぐり、赤い宝石を俺たちに見せた。


「過去、神と竜の戦いにおいて、神の力を授かった勇者ブレイブたちは、聖石レリックを持ったという……これがそうだ」


 見れば、奴の傷が自然に治癒されていく。血が体内へと逆再生のように吸い込まれ、肉もふさぎ始めた。


「お友達の屍術師ネクロマンサーは、竜が大好きみたいだがお前は神側か?」


 俺の問いに、ジェイクは苦笑する。


「少しは知っているみたいだが、所詮は作られた歴史、情報を読み知ったにすぎない知識だ。真実はいつだって捻じ曲げられ、隠されているのだよ、クリムゾンディブロ」

「俺を知っているのか?」

「後ろの聖女もね、パトレア・グランキアル」


 肩越しに背後を見ると、化け物三体を相手に、警備連隊と協力して戦うパトレアの姿がある。彼女の神聖魔法で兵士たちが強化され、化け物は数を二体に減らしていた。


 ジェイクは発言を続ける。


「どうせ、俺とネレスのことは知っているのだろ? だから彼から君たちのことは聞いていると言えばわかるか?」

「よくわかった」

「彼は、君たちと敵対したいわけじゃない。たまたま……最初の関わり方が失敗だっただけだ。関係を修復したいそうだが、そちらはどうかな?」

「その気はない」

「話し合いをすれば君たちも考――」


 俺の跳躍と火炎弾フレイム発動は同時で、着地して斬撃をみまう時には、ジェイクの身体は炎に包まれている。


 戦闘中にゴチャゴチャとお喋りするやつが悪い。


 そんなのは漫画だけにしておけ、馬鹿。


 黒焦げになったジェイクは、頭部と胴体を切断されてもなお燃えていた。


 俺は後ろのパトレアたちに加勢しようと振り向き、加速しようとしたが、本能が危険だと叫ぶ。後ろからの重圧を感じて、半瞬後には斜め前に跳躍していた。


 ガン! という鈍い音。


 着地し体勢を整えた時、俺がいた場所へとジェイクの身体から生えたとしか表現しようのない太くて長い腕が振り降ろされていた。


 黒焦げになっていたはずの男は、白い煙を身体から発しながら自己修復している。そして彼は身体をビクンと痙攣させると、苦しげな声を漏らした。


「くそ……苦しくて痛い……こんな思いまでして……ぶち殺してやる」


 死んでいれば楽なのに……。


 ジェイクの身体が、さきほどの女たちの比ではないほどに変化を見せた。骨が軋み、肉が裂け、身体がはね、関節が外れる音が不気味だ。そして雄叫びをあげた奴は、身体中の毛穴から霧状の血を噴射し、赤い霧の中に隠れた。


 背後で、化け物が断末魔の叫びをあげる。


 しかし、俺はジェイクから目を逸らせない。


 赤い霧が薄まり、異形の化け物が姿を現す。


 つるりととした頭部には、細く赤い目がふたつ。鼻はなく、耳があったであろう箇所まで裂けた口には鋭い牙が生えそろっている。そして巨大な身体は肥満体だがおぞましいのは腹部が裂けて巨大な口があることだ。舌は蛇で毒牙であるのは牙から滴る黒い液体を見れば明らかだ。そして脚はたるんだ腹部の皮に隠れて見ることができない。


 日本人であった頃でも、こんな不気味なキャラクターを漫画や映画でみたことはない……。


 奴の吐く息がすさまじく臭い。


「カカカカ……ナカヨクシヨウ……カカカカカ」


 裂けた口を歪ませて笑う化け物は、体型からは想像もつかないくらいの速度で接近してきた。


 俺は盾で防ぐことも考えたが、奴の腹の口にやられたら終わりだと判断して横に跳ぶ。回転しながら立ち上がり、盾を投げた。


 この戦いに盾は重いだけで邪魔になると思う。


 一瞬の判断。


 化け物の突進を躱した後、壁を蹴って進行方向を無理に変える。そして火炎弾フレイムをジェイクへと放った。


「ナカヨクシヨウ! カカカカカ!」


 仲良くしようって面じゃねぇぞ!


 化け物は、俺の魔法を腹の口で受けると、もぐもぐと喰いやがった!


「エリオット! 任せた!」


 アビゲイルが、地上へとあがる階段を駆け上がっていく。


 あいつ! 最低だ!


 たしかに交代したけど、ここは手伝えよ!


主神の力を借りよアロセルタキシリオマ!」


 パトレアの声。


 神聖魔法で、俺は身体が軽くなり力がみなぎってくる。


 ここで、彼女の周囲にいた兵士たちは戦う姿勢のまま、彼女を守りながら化け物との距離を測るようにじりじりと移動する。弩をもつ兵士が、ジェイクの動きを観察しながら矢を装填し、狙いをつけて放った。


 化け物の腹部へと矢が刺さるが、まったく痛がるそぶりも見せずに俺へと向かってきた。


 太い腕が伸びてくる。


 俺は寸前で躱し、剣を奴の腕に突き立てた。


 化け物の力と勢いで、俺の剣は太い腕の肉を斬り裂く。


「カカカカ! ギギギギ!」


 笑ってんじゃねぇよ!


「スバラシイ! スバラシイカラダヲテニイレタゾ!」

「ブサイクになってるぞ、お前!」


 俺の斬撃は、奴の腕に防がれる。肉を断つが骨で刃は止まった。これではダメージを与えられない。


 化け物は身体を修復しながら、身体を反転させて腕を振るう。


 受けたら吹っ飛ばされてしまう!


 身体を屈めて躱し、足捌きで敵と位置を変えて背後へと出たが、奴は回転を続けてさらに腕を振り回した。


 独楽のように回ったかと思うと、跳躍して壁にぶつかる。その振動で空間が揺れ、天井が不気味な音とともにガラガラと瓦礫を落とした。


 まずい。


「上にあがれ!」


 俺が叫び、兵たちが後退する。


聖なる手による束縛アロセルウルト!」


 パトレアの神聖魔法!


 化け物はそれを受けても、一瞬で俺の前の前に跳んできた!


 奴の腕を躱した直後、その腕を蹴って階段へと跳ぶ。同時に炎宴アズズを奴の足場へと発動させた。


「エリオット! 神聖魔法がききません!」


 嘘だろ……。


「理由はどうでもいい。なら味方を支援する魔法にしてくれ」

「そ……そうですね! わかりました。退きます!」

「後ろを守る!」


 パトレア、俺と階段を登るとき、最後尾についた勇敢な兵士がいて、弩を化け物へと放って俺に続く。


 地上へと出た時、兵士が転がりながら俺の横に倒れ、すぐに立ち上がって階段と距離をとる。


「やるな!」


 褒めると、緊張した顔で頷いていた。


「この街を無茶苦茶にされたくないんです!」


 こういう奴がいるから、俺は味方を死なせたくない。


 階段を破壊しながら、奴があがってくるのがわかる。


 俺は兵士に叫ぶ。


「応援を! 奴を市街地に出してはまずい!」

「了解!」


 だいたい! こういう指示を出す指揮官が最初に逃げるなんてナシだろ!


 ロジェに言って、広めてもらおう。


 化け物が姿をみせる。


 頭部、肩、身体と順に露わとした化け物は、腹の口で大きく深呼吸をした。


主神の導きを我へアロセルドゥアクトドゥトゥトアドゥミ……」


 化け物の口から神言ヴォイスに近い言語が発せられる。


 剣を構えた俺は、奴の頭部の少し上に、光の輪が浮かびあがるのを見た。


「カカカカカ……供物を主神アロセルに捧げる。男はいらぬ。そこの女、こちらへ来い」


 化け物の細い目が赤く光った。


 パトレアの手から、鉄棍メイスが落ちる。


「おい!」

「エ……エリオット……力が……」


 パトレアの悲痛な声と表情で、俺は彼女の腕を掴むが、すさまじい力で化け物へと引き寄せられているのがわかる。周囲の兵士達が、彼女の前や左右に集まり、懸命に化け物へと向かうパトレアを守る。


「邪魔をするな」


 化け物が、衝撃波を放った。


 魔法ではなく、物理攻撃だとくらってわかる。


 俺は吹き飛ばされ、パトレアを守ろうとしていた兵士たちも彼女から引き剥がされるように飛ばされた。地面を転がり立ちあがって、飛ばすだけの攻撃力は低いと判断しつつ前へと駆ける。


 兵士たちも懸命に立ち上がり、パトレアを守る。


 俺は素早く呪文を詠唱する。


「智神ガリアンヌの恩恵、魂の根源、闇の中の息吹、神々の嘆き……」

「時間を稼げ!」


 さっき、弩を放って殿しんがりを務めてくれた兵士が叫んだ。


 パトレアを守る兵士と、化け物へと向かう兵士に別れる。


 やめろ!


 叫びたい。


 だが、この魔法は呪文が長い。ここでやめるわけにはいかない!


 集中しろ……一撃で仕留めて終わらせるために集中しろ!


「竜と人と神の世界を裂く光! ときの中に潜む王! 明けの明星ルキフェル!!」


 俺が使える魔法の中で最高難易度の魔法は、間違いなく発動した。


 一気に体力を失った自覚がある。


 立っていられなくなり、膝を地につけ肩で息をした。


 顔をあげた時、化け物が黒い球体に包まれていて、その球体は中心に向かって収縮しているのがわかる。


「ごぅおおおおおおお! ぐぅおおおおお!」


 化け物が抗う咆哮。


 パトレアへの力はまだ解けていない。


 彼女は引き寄せられていた。


 まずい。


「彼女を! パトレアを!」


 兵士たちも必死だ。


 早く終われ!


 俺の祈りにも似た懇願は、化け物の嘲笑で絶望に変わる。


「カカカカカカ!」


 化け物が、黒い球体を腹の口へと吸い込み、グチャグチャジュルジュルと咀嚼をした。


明けの明星ルキフェルを使うとは驚いた……ただの人間のくせに……だが、まだまだ錬度が足りんな。さすがに焦ったぞ」

「クソが……」


 化け物が、再び衝撃波を放つ。


 俺も兵士たちも、地面を転がった。


 パトレアが、奴に捕らえられる。


太い指でがっちりと掴まれた彼女は、恐怖で顔を青くしていた。


「可愛がってやって、供えてやるからな。カカカカカ」


 化け物の腹の口から生える蛇が、彼女の身体へとまとわりつこうとした時、その動きがビクリと止まった。


 俺は懸命に立ち上がり、剣を手に奴へと走る。


 指を斬りおとしてやる!


 化け物が狂ったように叫ぶ。


「おまえ! 月経が始まっているではないか! 供物にならぬ! これでは駄目だぁああああ!」


 化け物がパトレアを放り投げた。


 その方向へと、兵士たちが急いで集まり彼女を受けとめる。


 俺はもう、奴の目の前に潜り込んでいた。


 初めて、この距離に近づけた。


 目の前の、腹の口へと剣を突き立て、火炎弾フレイムを連発する。


「うお! ごぉおおおお!」


 剣で斬られ、体内の、さらに奥へと火炎を続けてくらった化け物がたたらを踏んで後退すると、腹部から煙と血を吐き出し、転がりながら苦しみ始めた。


 俺は、後はもうどうなってもいいという覚悟と、目の前の化け物を倒すという闘争本能で突っ込む。


 のたうちまわる奴に飛び乗り、顔面に剣をつきたて、口を斬り裂き、火炎弾フレイムを撃てるだけ撃った。


「ぎゃあああああああ!」


 耳を塞ぎたくなるような断末魔をあげて、化け物の身体が痙攣を始めた。


 俺は転がり落ちるように奴から離れ、兵士たちに助けられて距離をとる。


 化け物の身体が、ゆっくりと人間であったジェイクへと戻っていく。


 腕や身体を激しく破損し、内臓を傷口からこぼした瀕死の男は、充血した目で俺を見ていた。


「くそ……馬鹿な……勇者ブレイブになったのに……勇者ブレイブになったのに……」


 奴の声は、しだいに小さくなっていく。


「エリオット!」


 パトレアの声。


「大丈夫ですか!?」


 目の前に、美人の聖女がいる。


 なにか言おうとしたけど、口が動かない。


 俺は、瞼を閉じた。 

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― 新着の感想 ―
組織丸ごと敵とか無く基本的に権威が信用出来て善人が多く読みやすい。
[気になる点] この月経が来てるから供物に出来ない~ってのは初潮を向かえているって事? それとも生理周期による生理を向かえているって事?
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