発見
ギルドの近く、いつもの酒場に入ると、女将さんが笑みを見せてくれた。
「あんた、怪我の具合はどう?」
「ずいぶんとマシ」
「今日も美人と一緒じゃないの! がんばったね!」
「おしっこをかけたお詫びをしたいから、ご馳走してくれるって言ってくれたんです」
お前はいらんことを言うな!
わなわなとする俺の周囲で、「おしっこを?」「どんな趣向だ?」「聖女におしっこ……」「俺もしたい」という囁きがおきる。
俺が睨んでやると、皆が視線をそらした。
「一日、看護してもらっている時に漏らしたんだよ……」
わざとらしく大きな声で女将さんに話すことで、周りにも聞こえるだろうと思ったが、
「俺も看護されてぇ」「おもらしの趣向か」「そういうのもアリなのか、あいつは」とごちゃごちゃと言われて後悔した。
焼きガキと白のワインを頼み、タコと野菜のサラダを頼む。
料理が運ばれてきて、彼女がタコと野菜のサラダを食べてもぐもぐとしているのを見るとおかしくなった。
「なんですか?」
「おいしそうに食べるなと思って……大口あけて口いっぱいに詰め込むから」
「……よく注意されていたんですが、こうしたほうが美味しいじゃないですか」
「まぁ、そうだな。いや、悪かった。そのほうがいい」
焼きガキを食べる。
日本人だった頃からの好物だ。
こうして前世で好物だったものを、この世界でも食べる時やふとした時に、前世の世界とこの世界はどう繋がっているのかと悩んだりを過去はしたが、今は気にしない。宇宙とはなんぞやみたいなもので、考えたところでわかるはずもなく、時間の無駄だし眠れなくなる。ただでさえ、浅い眠りで睡眠をとる訓練をした俺は、貴重な睡眠時間をこんなことで失いたくない。
「焼きガキ、好きなんですね? 嬉しそう」
「ああ、好きだ。だから秋から冬の季節は食べ物が美味しいから嬉しいよ」
「傭兵なのに、そういう言い方、不思議です」
「一人で仕事してるし……か?」
「そぉです」
「話した通り、元奴隷だ」
「ええ」
「それに襲われた時に奴隷を殺して逃げたと言ったろ?」
「……はい」
「俺が帝国領に入る仕事をしないことにも通じるんだが、帝国領に入り、俺が元奴隷であり、あの時のあいつか! となると捕まる可能性がある」
「はい」
「仲間と行動すると、というか多くの傭兵団はそうなんだが、大所帯になればなるほど、常に金回りをよくしておかないといけないから、戦争がある場所を転々として連戦だ……仲間をもつと、俺は帝国領には入りたくない、というのはただの我儘になって他に迷惑をかける……だから一人のほうがいい。それに気楽だし、人付き合いも嫌いな奴とはしないと決めたらしなくて済む」
「……ご両親とは、会わないんですか? わたしとちがって貴方……ごめんなさい。出過ぎたことを言いました」
俺はよっぽど嫌な顔をしていたんだろう。
「いや、いいんだ。そのうちに……とは考えて……まだ五年、もう五年……五年だとまだ俺はお尋ね者かもしれない。もっと年数がたってから……て思ってはいるが……やめよう。美味しいものを食べてるときに……焼きガキうまいぞ」
「はい、頂きます」
大口をあけてカキを食べるパトレア。
素直に、可愛いと思った。
-Elliott-
十月十一日。
朝から市街地の中央広場から近くにある図書館に入った。
地下一階、地上二階の建物は、読書くらいしか趣味がない俺の癒しの場所である。
ただ休みを楽しもうというわけじゃなくて、竜王や主神に関して調べてみようという気になったので来てみた。
一階の奥、神話や歴史の棚が並ぶ一画へと入り、それらしい本を片っ端から抜いては目次を確認する。
アロセル教団が出している聖書も手にした。
三冊ほどにしぼり、閲覧席へと移動する。
聖書、竜の系譜、竜と人の歴史を夕刻までじっくりと読み、覚えておきたいところは写本用の本を図書館で買って書き写した。
写本用の本とは、何も書かれていない本だ。
しかしこれがお高い……紙そのものが高いので無理はないが、ふつうは傭兵が買うようなものではない。
主神に関しておさらいをしておく。
この世界で、とくに人類に支持されている神々の派閥が天界派であり、そこの頂点に君臨する神が、アロセルだ。そのアロセルを中心とした天界の神々を信仰する宗教の主流がアロセル教で、多くの人々が信じている? 利用している? ともかく認知度は抜群だ。
一方、竜族は敵とみなされる。金龍という偉大で美しい竜が三〇〇〇年ほど前に世界を統べたが、人々への統治方法が厳しすぎたこともあり、人々は反発した。これを助けたのがアロセルだったと言われているが、後付けくさい。
それからしばらくして、大司教との会話で出てきた男が、神の声を聞いたといいだし、次にまたしばらくして、神の子が現れてアロセルの教えを広めた。
この間、竜族は魔族と同一とされ、竜たちは僻地へと逃げた……というより、書物によれば争いを嫌って自主的に避難した。しかしながら、一部の竜はこれに反して棲み処を変えないでいる。現在もこれは続いていてこの五か国半島にも有名な魔竜がいる。北方騎士団領国の北に浮かぶ島を棲み処にしていて、近づかなければ害はない。
で、あの墳墓の地下にいた魔竜テンペストだが、三〇〇〇年も前、金龍が神々と人類に倒される際、金龍とともに戦った竜の一体である。
テンペストは歴史から姿を消していて、どこにいるのか、生きているのか死んでいるのかもわからないままだった。
本を読んで知ったのだが、テンペストは魔竜のなかでも格が高く、金龍や竜王に継ぐといわれている。
つまり、あの墳墓は大発見だった!
屍術師絡みでなければ……。
この事件が片付けば、本格的に地下へとさらに調査が進められるだろうから、護衛に応募してみてもいいかもしれない……。
また、竜と人の歴史という本に、竜側についた人類もいて、彼らは竜から竜の命の欠片を授かり、竜騎士として神々と戦ったと記されている。これに対抗して、聖石を手に戦うことで神々の力を授かることができたのが勇者とされていることが記されていた。
なかなか勉強になった。
こういう歴史の話は好きなのだ。
満足して帰宅すると、玄関でパトレアが待っていた。
「あれ? 約束はしてないぞ」
「してません。作りますから食事をどうですか? 三度、ご馳走する約束なのでこれで二度目です」
彼女は買い物籠を抱えている。
俺は玄関を開けて、待たせて悪かったと詫びると笑われた。
「わたしが勝手に来たので謝る必要なんてありません。それに、仕事を終えてから来たので、待ったといっても少しですよ」
それが本当であることを祈るしかない。
彼女を中にいれて、キッチンは好きにしてくれと伝えると、さっさと調理を始めた。
パトレアは包丁も持参で、テキパキと野菜を切り、竈に火をおこす。
俺が近所の共同井戸から水をくんで帰ると、ぶつ切りの鶏肉と野菜が並んでいてミルクとチーズもあったのでシチューだとわかった。
彼女は埃まみれの鍋を洗い、水をいれて竈にかける。
そして、奴隷商の責任者が今日、訪ねてきたと話してくれた
アロセル教団グーリット支部に、奴隷商の現場責任者だったロイス・ラングニック──警備連隊の事件捜査部に連れられて現れた彼は、パトレアを訪ねて謝罪をしたという。
鶏肉のシチューを作りながら、彼女は報告を続ける。
大司教が、奴隷商に捜査の手が伸びていることを言っていたが、パトレアが評議会に例の番号を持ちこんだことで、評議員のヴィンセント卿が違和感を覚えて捜査指示を出したことが発端だったという。
通常、取引のない個人に売ることはしないのが商慣習で、違法ではないが怪しいと感じたらしい。
まともな商会ならまずしないことを、その奴隷商はした。
他になにかやっているのではないかと、ヴィンセント卿は考えたそうだが、それがあたったのだという。
「エルフの違法取引にも手を染めていたみたいで……先日、わたしが写した書類には、実はあと二人、いるはずだったのに隠したみたいです。エルフだったので」
「……そうとうに高額だっただろうな。密輸だ……中央大陸のイシュクロン王国を侵略するゴート共和国が、奴隷エルフの最大輸出国だが、共和国と対立しているギュレンシュタイン皇国と、皇国と同盟関係にあるヴァスラ帝国はエルフの奴隷取引を禁止している……主神への信仰が強いから……そのヴァスラ帝国があるこの北方大陸も基本は禁止だ……それに、都市国家連邦は特に奴隷売買に厳しい……」
あの時、石棺から現れた神使を降ろすのに、一人は使われたのだろうと推測する。
同種をそのように使われたオメガの心中を想うと腹立たしい。
「経営者は逮捕されたのか?」
「いえ、行方不明みたいです……ネレスとあの奴隷商の経営者は友人関係にあったみたいですね。一緒に隠れている可能性もあります」
「ということは?」
彼女が、うまそうな匂いを発するシチューを深皿へとよそい、スプーンを差し出してくれた。
食材の費用を渡そうとしたが、断られた。
「わたしも食べていいですか?」
「ああ、当たり前だろ」
食卓で向かい合う。思えば、誰かとこうしてここで食事をするのは初めてかもしれない。
パトレアがシチューを食べ、味に満足したのか頷きながら答える。
「ということは、その経営者のこれまでの動きをたどればネレスの居場所がわかるかも……です」
「大司教が動いているのか?」
「はい。ヴィンセント卿と今日、話をして協力体制を整えてくれました。警備連隊も動いています」
「前から気になっているんだけど、彼はどうやってそういうのを調べているんだ?」
「大司教は複雑な方で……詳しくはわかりませんがそういう人たちを囲っているそうですが、くわしくは」
大司教はなかなか興味深い相手だと思うが、詮索するとまずいことになりそうな予感がある。あの応接室での会話から、彼は教団の表も裏も知って、理解しているからこそ現在の立場にあるように思うのだ。
その日は、食事を終えてからパトレアを支部まで送り、公衆浴場へと寄ってさっぱりした。
帰宅して眠りにつくも、騒がしさで目覚める。
「エリオット! エリオット! 起きてください!」
ドアをガンガンと叩かれている……。
下着姿で出ると、完全武装のパトレアだった。
「見つけました!」
「は?」
「ジェイク・マクブライドの居場所がわかったんです!」
俺は欠伸をして、背伸びをして、覚醒した。
「着替える。待ってくれ」
「はい!」