神の使い
仕掛けのある通路には出ず、帝王の間と名付けられた空間へと繋がる螺旋階段を選ぶ。そしてレバーを操作し、その広間へと出た時、それはあった。
広間の中央には、いつの間にか魔法陣が床に描かれていて、その中心に石棺が立てられている。
俺は油断なく広間の中央へと進みながら、後ろに続くパトレアに声をかける。
「神聖魔法は使えるまで回復したか?」
「あと一回くらいはなんとか」
「あれ、なんだと思う?」
「……ネレスが召喚した化け物なので……死者系だと思います」
「あんたは神使なんかを召喚できない?」
「残念ながら……」
支援隊の傭兵たちには、ライティを守るように告げて俺は盾をかまえて進む。
閉じられた石棺が、内側からゆっくりと開かれ始めた。
胸を押し潰されるような重圧は、二十年間の人生で初めてだ。前世でもこんなことはなかった。
石棺が完全に開かれた時、魔法陣が光を放射する。
眩しさに、腕で目をかばった時、その声が石棺の中から発せられた。
「主神を崇め奉れ」
不気味なしゃがれ声を発した存在は、白い手を石棺のふちにかけて、グンと外へと身体を引っ張り出した。
金色に輝く髪に鳩のような翼、美しい女性の顔と見事な肢体……。
「神使!?」
パトレアの声は、信じられないという響きに満ちている。
俺だって、そうだ。
主神を裏切り、竜王や魔王を信仰しているネレスがどうして神使を召喚した!?
神使召喚には強い信仰心と、神聖魔法へのずばぬけた才能が必要のはずだ。
「主神の敵は汝らか?」
神使の不気味な声は、神使に化けた魔族なのではないかと疑うほどだが、パトレアは俺の前へと進み出て片膝をつく。
神使は、長い耳の先端がとがっていてエルフのように見える。
オメガが小声で言った。
「間違いありません。神使です。エルフの身体に降りています」
「……どこでエルフを?」
「わかりませんが、間違いないのは、目の前のあれは神使だということです」
パトレアが、俺たちを背にして一礼し、輝く神使に述べる。
「我々は敵ではありません。わたしは主神にお仕えする者……信仰の剣と加護の盾で主神の敵と戦う者です。そして彼らはわたしの味方です」
「主神の敵であるな?」
おい……話が通じていないぞ?
「我はフェルミオン! 主神の使いにて美神の右乳房から生まれし遣いなる! 汝らを罰し供物とす!」
嘘だろ!
俺がパトレアの腕をひいて立たせた直後、神使が奇怪な声を発した。
「キャアアアアアアアアアアアア!」
女の悲鳴にも似た叫びは、耳というより頭に直接ひびく!
誰もが思わず膝を地につき、頭を抱えた。
俺は懸命に魔封盾を発動する。
直後に俺たちは衝撃に襲われて、後方へとふき飛ばされた。
支援隊の傭兵ひとりが、壁に身体をうちつけられて血を吐く。そして倒れて動かなくなった。
「ライティを頼む!」
傭兵たちは頷きを返して、学者を守って通路の奥、螺旋階段へと後退する。
広間には俺たち四人と、神使だけ。
「パトレア!」
「こんなの……どうして?」
「しっかりしろ!」
俺が怒鳴ると、彼女はかぶりをはらって後ろについた。
「戦うしかないんだ」
「でも、わた――」
一瞬で、喋っていた彼女が後ろへと吹っ飛ぶ。
「!?」
驚く俺は、咄嗟に横に跳んだ。
床を転がりながら、ヌリに抱き留められてぐったりとしたパトレアを見る。
オメガが雷撃系の魔法を放ったが、フェルミオンは翼で身体を覆うと魔法を完全に防いでみせた。そして羽ばたき、突風でオメガが飛ばされる。彼女を守ろうとヌリが跳び、二人は壁に激突してずるずると床に倒れる。
マジか……。
こいつ、本当にやべぇ相手だ……。
倒れていたパトレアが、のそりと立ちあがった。
まずい!
俺は彼女を守ろうと、フェルミオンとパトレアの間にわってはいる。そして神使の翼から発生した突風を盾に角度をつけることで受け流しながら、パトレアの腕を掴んで叫んだ。
「姿勢を低く!」
「うるせぇよ、離せ、スケベ」
これは……カミラだ。
パトレアは気絶したのか!?
「おいおい、神使がどうしてわたしらを襲ってんだ、ああ!?」
カミラが、鉄棍をフェルミオンへと投げつけた。
神使が、左手でそれを掴んで止める。
「供物よ、無礼は許さぬ」
「うるせ、変態女! 乳くらい隠せ、貧乳!」
口が悪い!
カミラは俺の隣に立つと、唾を床へと吐いた。
「っへ……パトレアちゃんが真面目にお祈りしている相手の本性が、こいつらみたいなもんだと知ったらショックを受けただろうなぁ」
「その言い方、お前は真面目じゃないのか?」
「古い聖書を読めば、神々の正体に疑問をもつのが普通だが、パトレアちゃんはそういう禁書は読まないからな……ネレスは読んだんだろうさ……」
「会話している暇はないぞ」
「お前が訊いたん――」
会話を止めて左右に跳ぶ。
俺たちの身体があった空間は、いくつもの風刃波が駆け抜けていた。
「おい、スケベ!」
「おう! なんだ!?」
「時間を稼げ!」
「作戦があるんだな!?」
「話してる暇がない。時間を稼げ!」
「わかったよ!」
叫ぶと同時に突進する。
神使だろうが、なんだろうが、風呂つきの家を買うまで死ねないんだ、こっちは! 父さんにも会いたい! 奴隷の村に残った母さんにも会いたい! いつか必ず! それまで死ねないんだよ!
俺の突進に、相手は魔法で迎撃してくるものとわかっていた。
奴は神使だけあって、呪文の詠唱も魔法の種類も口にしなくても発動できる。しかし俺も同じことができるとは思っていないに違いない。俺たちを見下している奴だ。
俺は火炎弾を発動させた。
フェルミオンはまともに火炎の塊をくらい、驚いたように後ろへと跳躍する。翼を羽ばたかせたが、俺の火炎で羽根が燃え始めた。
接近した俺の斬撃を、フェルミオンは一瞬で創りだした光の槍で受け止める。そして反撃の払いをみまってきたので、盾で受け止め、押し返して剣を突きだす。
フェルミオンの腹部から背へと、俺の剣は突き抜けた。それを右へと払って後ろへと跳ぶ。俺がいた空間に、奴の槍が振るわれていたが空を斬っただけだ。
腹部を真ん中から右にかけて裂かれたフェルミオンは、器であるエルフの内臓がこぼれ落ちていくにも動揺せず歩を進めると叫ぶ。
「キャアアアアアアアアアアアア!」
それはやばい!
それは卑怯!
思わず頭を抱えてしまうほどの頭痛と耳鳴りに襲われる。
懸命に床を転がり、勘で後ろ、右、後ろと逃げた。
片膝をついて見ないまま剣を払うと、フェルミオンの槍にぶつかり甲高い音が広間に響く。
睨みあげると、フェルミオンは目を赤く染め、歯軋りをしていた。
お怒りだ……。
俺は至近距離での魔法攻撃を読み、魔封盾を発動して雷撃を防ぐ。衝撃でダメージはあるが直撃は避けられた。
火炎弾をぶつけ、両手で炎の塊を受け止めたフェルミオンへと接近する。
左脚を切断した。
均衡を失い、神使は倒れるかと思ったが、突如の衝撃で俺は吹っ飛ばされた。
いつのまにか再生していた翼が、突風を生み出したのだ。
壁に激突する直前、剣を床に突き立てて免れる。しかし右肩がはずれた!
「がぁ!」
激痛で声が出る。
「くっそ……痛い」
立ちあがり、自分で肩をはめようとしたが痛すぎて無理だ。
神使が俺へと接近してくる!
やばい!
「終末!」
カミラの声!
俺は、フェルミオンが光の柱に包まれたのを見た。
「いやぁああああああああ!」
神使の叫び声。
「これは嫌ぁ! これは嫌ぁ! 主神! 主神! お助けくださいませ! お助けくだ――」
奴は、光の柱が中心へと集約されるにあわせて身体を削られ、神聖魔法が終わった時には広間は静寂に包まれる。
「クソ虫を冥界に送ってやった」
カミラの勝ち誇った顔を見た後、俺は気絶した。