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連戦

 一段十センチとして、ゆうに百メートルは下に降りたのではないかと思っていると、ようやく底が見えてきた。


 水の音がする。


 俺は上に声をかけて、ヌリの姿を見てから横穴へと進んだ。


「……これはすごいな」


 声が出ていた。


 松明の光が届くかぎり、水に覆われているように見える。それは、おそろしく広い地下空間の壁面が上から流れ出る水を滴らせているためで、足場は踝までつかるほどの浅く広い湖がどこまでも広がっているように感じる。実際にはそんなことはないだろうが、この空間の入り口に立つとそう見えてしまう。


主神が照らす道アロセルイルミナート


 背後でパトレアの声がして、光が生まれた。


 彼女はそれをいくつも作り出すと、周辺へ飛ばして浮遊させる。


「大発見だろ……」


 ヌリの言葉に、誰も何も発せられない。


 水の壁に囲まれた巨大な空間の中央に、巨大な石像が立っている。それもまた水を滴らせていて滑らかに光っていた。


 オメガが声を絞り出す。


「魔竜……テンペスト」


 テンペストと呼ばれる魔竜の石像は、古代ラーグ時代に造られたものだろう。


 これを竜王と間違えていた?


「石像でよかったです」


 パトレアの感想に同感だ。


「まってください」


 オメガが、ヌリの隣でじっと石像を見ていた。


「どうした?」

「あなた……この石像、生きています」


 石像が生きている?


 どういうことかと口を開こうとした瞬間、水の壁だと思っていた箇所から矢が放たれた。


 一瞬のことで反応できず、矢がヌリの左腕を貫いた直後、そちらへと火炎弾フレイムを放っていた。


 だが火炎の魔法は水にぶつかり水蒸気となって霧を発生させると消滅した。


 片膝をつくヌリを背に、俺は水の幕に隠れた敵へと接近する。


「ネレスか!?」


 返事はなく、返ってきたのは二射目の矢だった。


 俺は予測していたので盾をかまえていた。


 盾の表面で弾かれた矢が、地面に落ちる前に水の幕へと突進したと同時に、斬撃をみまう。水飛沫をあげた俺の剣は、水幕に隠れた敵をとらえた。


「ぎゃ!」


 悲鳴をあげた敵へと、俺は追撃の体当たりをくらわした。


 盾でぶつかる俺は、敵がネレスではないと知った。


 蛙に似た頭部に筋肉質な身体は黒一色だ。目は細く左右に長く、口もまた左右に割れるように大きい。身体を覆う鱗は硬いが俺の剣が勝った。


 合成獣キメラの下位種である黒皮狩人ハンターは、子供程度の知能を有し道具を使うリザードマンのように群れる。しかし決定的な違いは、黒皮狩人ハンター屍術師ネクロマンサーが作り出す合成生物であることだ。


 この四層は、黒皮狩人ハンターの巣になっていると察して叫んだ。


黒皮狩人ハンターだ! 壁があると思ったら滝になっているだけで裏側に空洞がある! そこに隠れているぞ!」


 俺は叫んだ直後、バックステップで移動し周囲を窺い、水に写るゆらゆらとした影を狙って疾走する。同時に、いくつもの矢が壁方向から放たれて、ヌリが射抜かれた腕で盾をかかげてオメガとパトレアを守った。


雷蛇ヴェイロン!」


 盾の影から、オメガが壁面へと雷撃の魔法を放った。


 たしかに有効だろうが! 俺も滝の近くいる!


 バチバチバチ! といった衝撃で水の幕から飛び出してきた化け物。


 俺も稲妻の影響で飛ばされて浅瀬の上を転がった。


「ああ! ごめんなさい!」

「離れたところに撃ってくれ!」


 立ちあがりながら叫び、浅瀬をのたうち回る化け物に剣を突き立てる。


 パトレアの声が聞こえた。


主神の力を借りよアロセルタキシリオマ!」


 身体が軽くなり、動きのキレが増したと感じる。


 オメガが壁面へと次々に雷撃の魔法を放つので、ひそんでいた黒皮狩人ハンターがたまらず飛び出してくる。そこに俺が駆け付けて剣で倒していくが、数が多い!


「くそが!」


 ヌリの声。


 彼は右手一本で長剣を振るい、あぶりだされて飛び出した黒皮狩人ハンターをなぎ倒した。


 彼の長剣が届かない敵には、オメガが風刃波ベントスの魔法をぶつけて化け物を近づけさせない。


 パトレアが鉄棍メイスを浅瀬に打ち立てて、神言を唱えた後に神聖魔法を発動させた。


聖戦サンクトゥベィルム!」


 彼女の身体が一瞬で光に包まれると、その輝きは周囲へ放射された。そして俺たちを包むと、わきあがる戦意と冷静な思考が齎されて、疲労を忘れることができた。


 アロセルを信じていない俺にも、これだけの効果があるのは彼女の力量がすごいということだ。


 しかし、パトレアはそこで片膝をつく。立て続けに神聖魔法を使って疲労していた。


 ヌリが彼女に迫った黒皮狩人ハンターに体当たりをして、次の敵へと長剣を払った。


 俺は二人へと駆け寄り、オメガもパトレアを守るように後退する。


 輪になり、蛙頭たちの頭数を数えた。


「残りは八」


 オメガの声に、俺はうなずく。


 この数ならこちらが四人であるなら問題にならないが、片腕を負傷したヌリと疲労状態のパトレアをいれての人数である。


 俺は、自分が無理をすると決めた。


「俺が仕掛ける。ヌリは防御を優先してくれ」

「任せろ」


 黒皮狩人ハンターは、弓矢をかまえているのが二体、剣や斧をもっているのが六体。


「俺が弓矢の始末をする」


 言って駆け出した俺は、化け物が振るった剣を盾で受ける。そしてその衝撃を利用して方向転換しつつ姿勢を低く保ち次の敵へと体当たりをした。


 吹っ飛んだ黒皮狩人ハンターは、矢を放とうとしていた化け物へと飛び、二体がもつれあって浅瀬に倒れて水飛沫をあげる。俺はそこに火炎弾フレイムを放ち、同時にもう一体の弓を持つ黒皮狩人ハンターへ向かって剣を投げた。


 直後には浅瀬を前転し、斧の攻撃を躱す。


 すぐにオメガの風刃波ベントスが、俺に迫っていた黒皮狩人ハンターの斧を持つ手を切断していた。


 ヌリがパトレアに迫る化け物へと剣を突き刺し、敵の攻撃を剣で弾いている。


 俺の剣は弓矢を持つ黒皮狩人ハンターの頭部に突き刺さっていた。


 どうっと倒れる化け物へ俺は疾走して剣を抜き取ると、すぐさま背後へと身体をよじりながらの斬撃をみまう。


 追ってきていた化け物の頭部をかち割った剣を抜き、素早く敵の位置を視認する。


 二体がヌリとパトレアに迫っていた。


 一体がオメガの剣を剣で受け止めていた。


 二体が俺へと迫っている。


 俺は左方向から迫る黒皮狩人ハンターへと火炎弾フレイムを放ち、右方向から接近してきた化け物へと盾を使った体当たりをくらわした。


 爆発音を左に聞きながら、体当たりをした化け物が倒れるところへ乗り上げて剣を投げる。そして跳躍して下からの斧を躱し、着地と同時に走った。


 ヌリが一体の黒皮狩人ハンターの攻撃を防いだ時、もう一体がヌリを狙った。がら空きになった彼の左半身へと斧が迫るが、俺の投げた剣がその背に刺さって崩れ落ちる。


 ヌリが一体を押し返し、倒れた化け物へと蹴りをみまった時、片膝をついていたパトレアが懸命に鉄棍メイスを振るっていた。


 ヌリに押し返された黒皮狩人ハンターが、顔面で鉄棍メイスを受けて転倒する。


 オメガが、至近距離から氷槍グラキエスをくらわせて、一体の化け物を倒した。


 俺はヌリに蹴られて倒れた化け物へと駆け寄り、剣の柄を握ると同時に払いあげて背後を向く。背中に刺さっていた剣を払われながら抜かれた化け物が、内臓と血液を撒き散らして浅瀬を赤黒く汚した半瞬後、俺は後方から追いかけてきていた化け物へと剣を一閃した。


 崩れ落ちた化け物を見おろし、呼吸を整えながら四人で輪をなる。


 オメガが、巨大な石像を見上げて口を開く。


「これ……はぁはぁ……生きています」

「どういう意味だ?」


 俺の問いに、彼女は真剣な表情で巨像を眺めて続けた。


「封印されているのです。覚醒しておらず、封印も解かれていません」

「……竜王と間違われたのは、こいつか……」


 ヌリの言葉に、オメガが頷いた。


「きっと……この墳墓の入り口を――」


 この時、後方の支援隊から声があがる。


「大変です! 上で化け物が!」

「上!?」

「二層にまだ別の通路があったみたいで! ライティさんが逃げてきました!」


 傭兵の表情は動揺を隠せない。


 無理もない。


 地上へと撤退する道が危ういのだ。


「ともかく上に行こう」


 ヌリの意見に皆で頷く。


 俺はパトレアに尋ねた。


「階段、大丈夫か?」

「おかげで回復できています」


 彼女の強がりに苦笑を返し、支援隊の傭兵に言う。


「この入り口、爆破して封じてくれ」

「いいんですか?」

「学者たちが再調査に来るなら、その時はまた護衛の募集が出るだろうが……今のところは調査の為に来たわけじゃない。この奥も未探索だ。何かが湧いてきても困る」

「わかりました」


 支援隊の傭兵が二人、俺達が階段をあがるのを見上げてから、火薬の準備を始めた。


 また延々と続く階段。


 こんどは上りだ。


 下りもつらいが、これもつらい。


 呼吸を乱しながら俺が三層に出た時、二層から三層へと続く横穴からライティが飛び出して来ていた。そして、彼の後ろを守っていた傭兵も三層へと後退してくる。


 俺は咄嗟に前に駆け出し、支援隊の傭兵と入れ替わると横穴を睨む。


 不気味な唸り声が聞こえる。


「ごふっ……ごふっ……」


 太い腕がぬっと現れ、次に全身が露わとなった。


合成獣キメラの上位種です! 魔人ヴィケド!」


 パトレアが叫ぶ。


 魔人ヴィケドは山羊の頭、成人男性の身体をしているが、その体格は筋肉質で逞しい。恥部が露わとなっていて、パトレアとオメガを見るなり陰部を屹立させると口を割いて長い舌をのぞかせる。脚は牛で左手には輝く剣を持ち、右手には錆びた斧を握っていた。


 オメガが素早く呪文を詠唱した。


「戦神ヴェルムの加護をもって天帝の怒りで汝を罰す! 雷帝矢アルトゥラ!」


 発動された雷撃系上級魔法が、魔人ヴィケドに直撃する。しかし化け物は全く効いていないそぶりで前進してきた。


 俺の盾が、奴の剣を防ぎ、剣で山羊頭の斧を弾く。刃こぼれを嫌って剣で防ぐことはあまりしたくないが、強敵を相手にそれもできない。


 ヌリが俺の援護にはいり、女性二人を守る位置をとりながらも牽制をしてくれた。


 化け物は止まると、にやりと笑う。そして、口を開いた。


「戦神ヴェルムの加護をもって天帝の怒りで汝を罰す! 雷帝矢アルトゥラ!」


 オメガが放った魔法を真似した魔人ヴィケド


 雷撃が俺に迫ったが、直前で魔封盾スクトゥムを発動して後方へ跳躍した。


 俺が発動した盾の魔法に、魔人ヴィケドが放った雷帝矢アルトゥラがぶつかり閃光が放たれる。眩しさの中でも懸命に身体を動かして着地と同時に斬撃を前方に放った。


 ガツっという手応え!


 視力が回復した。


 魔人ヴィケドは左腕を力なくたらしている。握られていた剣は草むらに落ちていた。


 化け物のくせに、魔法を放った直後、防がれるとみて突進してきたのである。


 だが、俺のほうが奴を上回った。


 俺もよく使う手だからだ。


「くくく……強いな。この身体になっても勝てそうにない」


 その声!


「ネレス! 貴方なのね!?」


 パトレアの鋭い声に、化け物は笑うと赤い霧に包まれる。そして、霧がはれると司祭であった男が立っていた。彼は左腕を負傷していて、血がたらたらと腕をつたい、足元を汚している。


「俺はまだ死ねないのでね……これで失礼させてもらう」

「逃がすか! 馬鹿!」


 俺は前進と同時に斬撃をくらわせる。


 元司祭は後退するように跳躍すると叫んだ。


「お前らにはちゃんと相手を用意してやっている! 上に行け!」


 直後、彼は赤い霧に包まれる。


 俺の剣が霧を裂いたが、手応えはない。


「相手を用意?」


 ヌリの声。


 彼は周囲を見渡し、支援隊やライティに告げる。


「撤退しよう。急ぐぞ」


 異論はない。


 俺を先頭に、最後尾はヌリに任して三層から二層へと続く階段を駆け上がった。

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― 新着の感想 ―
敵の落とした剣拾わないと!
[一言] 次は逃げられないことを願いたいです 同じ敵に何度も逃げられる作品は信用が出来なくなります 逃げて逃げて逃げて逃げていつか倒せるでしょうがそれまでは安全マージン確保してるのに何故その時は逃げな…
感想一覧
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