斥候として
十月三日の昼前に、俺たちは墳墓へと入った。
支援隊の奴らは若い奴が多くて……といっても、俺とそんなに変わらない奴らばっかりだから、俺は本当に早くから無茶をしていたんだと改めて理解した……。
帝王の間までは問題なく進むことができたが、隠し通路をライティが見つけるまでに時間がかかり、発見した時には時間的に夜となっていた。
十分単位の砂時計頼みなので誤差はあるだろうが、他に判断のしようがない。
一日目から無理をする必要もないとなり、帝王の間で隠し通路を前に支援隊が交代で見張りにつき、俺たちは食事と睡眠をとる。こういう時、女性たちは排泄が大変だなと思うと、オメガはヌリと仕事をしていただけあって、さっさと暗闇にはいって済ませて帰ってきた……。
もぞもぞとするパトレアに言う。
「我慢してても無駄だ。あっちの端っこで済ませてこいよ」
「……なんのことですか?」
「わかった、わかったよ」
俺はわざと気付かないフリをした。
パトレアが、そっと離れて暗闇へと消える。
随分とたって、戻ってきた。
すっきりした顔だ。
それからすぐに寝息をたてはじめる。
俺も寝袋にくるまってさっさと寝た。
-Elliott-
嫌な夢を見てしまった。
浅く眠る癖がついているからかもしれない。
俺がヴァスラ帝国の軍を抜けたから、父と母が兵士に連行されているというものだ。そして俺はそれを、なにもできないまま見守るしかないという夢だった。
起き上がり、身体をほぐす運動をおこなう。腕を回して、脚を動かして異常がないことを確認し、水筒の水を飲んだところで支援隊の見張りが「おはようございます」と声をかけてくれた。
「見張り、ありがとう」
お礼を言い、支援隊が用意してくれていた軽食を口にいれる。二日目なので今日から本格的なアタックになる。
この『アタック』という言い回しはいろんなところで使うが、今回でいうと未踏区域への侵入がそうだ。
ライティが指定した壁面を、ヌリが調整した火薬で爆破する。
最小限の破壊で通路を確保できた。
斥候なので俺がまずは通路へ入る。
これまでとは違い、左右と天井、床も石材で加工されていた。
俺は松明を右手に持ち、盾をかまえて前方へと進む。通路は一本道だったが、途中で左右に別れた。西へと直進していたので、北か南へと進むことになる。
俺は南を選ぶ。おそらく本命は北だろうと思うが、全員で北へと向かった時、こちらは背後になるので確認したかった。
五〇メートルも歩けば行き止まりだった。しかし、床の石材の色がおかしい。落とし穴だろうと思い、松明を置いて剣を手にする。壁の石板を剣ではがし、あやしい床へと投げた。
カン! と音がした直後、床が左右に開かれるようにして割れた。
どういう仕組みかわからない。
慎重に近づき、穴の底をのぞく。
下は水が流れていた。
もしかしたら、三層の滝へと通じているかもしれないが、飛び込む勇気はない。失敗したらそれまでだ。
もとの場所へと戻り、北へと進む。
幸い、化け物は出てこない。
都市国家連邦の西方、ゴズ鉱山跡地は地下火山にぶちあたって廃鉱になっているが、多くの化け物が住みついたことで有名な迷宮になってしまっている。
まっすぐ歩くと、色が違う床がある。
壁の石材をはがし、そこに向かって投げた。
カツン! という音がして床が開くように割れた。
また落とし穴だ。
慎重に底を覗くと、水が流れている。
……嫌な想像をした。
仮に、たとえばこの墳墓の地底湖で眠るやつのために、ここが造られているなら、こうやって罠にかかって落ちた奴は、底へと運ばれて……地底湖で待っている奴のところに運ばれる……生贄を捧げられていたと、バーキン准教授は話していた?
立ち止まって考えていると、床がゆっくりと元通りになる。
俺は来た道を戻り、左右に道が分かれる場所から帝王の間へと声を発した。
「おーい! 来てくれ!」
松明がゆっくりと近づいてくる。
「どうだ?」
ヌリの問いに、俺は北方向へと伸びる通路を指差して、こちらへ進もうと伝えると同時に、さきほど気付いたことを伝えた。
ヌリの奥さん、オメガが口を開く。
「水……生物を餌……竜王に間違えられている……ヒュドラではないでしょうか?」
嫌な名前を出された……。
「ヒュドラだったら、このまま墳墓を封じておけばよくないか?」
ヌリの意見に、俺も頷く。
だが、パトレアがかぶりを払った。
「ヒュドラは竜と明らかに形が違います。可能性はあるにしても蓋然性は低いように思います」
「……とにかく、先を確認してくる」
俺はさらに進む。床の色が違うところは壁の石板をはがして確認し、その地点まで皆を呼び寄せた。そして目の前でしかけを発動させてみせる。
一メートル四方の穴なので、場所さえわかれば飛び超えるのは簡単だ。
帝王の間から伸びた通路を、北へと曲がってさらに進み、床の仕掛けをいくつも避けた先は、下へと降りる階段になっていた。
螺旋階段だ。
俺がまず下へと進む。
途中、二股になっていて上へと昇る階段があった。
ここで、全員を再び呼び寄せる。最後尾の支援隊の傭兵が、階段の上まで到着したらしく、下へと声をかけてきた。
「床のしかけのところ、全てにはしごをかけていますので!」
とても助かる。
螺旋階段の分岐点を、わざと上にのぼる階段を選び進むと、先日、ネレスが逃亡に使った通路だとわかった。外側――広間からだと一度とじてしまえば開けないが、こちら側からだとレバーを押し上げれば扉が開いた。
分岐まで戻り、支援達へと伝えて俺は下へと向かう。
地下へと降りているのに、下が明るいことが不思議だった。
何故だろうと思いながら進むと、三層に出てその理由を知ることとになる。
森の中に、円形の大きな穴が空いていて、その穴の底にいるのだと理解した。断崖絶壁に囲まれた円筒状の空間は、高さでいうと一〇〇メートルはあるだろうか。
グーリットの北、レーヌ河にそって北へといくと半島山脈がそびえているが、その南側には広大な森が広がっている。その森のどこかに出てきたのだと想像する。
断崖のいたるところから内部へと向かって水が滝となって落ちてきていて、底は中心に向かって深くなっているように感じるが、湖の中心は島のようになっていて、俺が立つ場所からそこには浅瀬で渡れるようになっていた。
島の中央には、石造りの小屋がある。
俺は後方のヌリたちに声をかけて、浅瀬を進んだ。
後ろで、ヌリの声が聞こえた。
「こりゃすげぇ!」
「穴の底なのね!」
「まだ午前ですね。太陽が東にあります」
俺は島の真ん中に浮かぶような島へと踏み入り、腰まで伸びた草を松明ではらいながら進み小屋へと入る。
扉などなく、すんなりと内部へと入ると下へと通じる階段があり、螺旋状になっていることがわかる。
後ろの三人に声をかけて、俺は階段を降りる。
ぐるぐると降りると方向感覚が狂いそうだ。
だが、真下へと向かっていることは間違いない。
石段は濡れていて、壁面もぬらぬらとしている。
石段ひとつの高さは十センチほどとみて、降りながら段数を数える。
二百を超えたあたりで面倒になり、三百を超えたあたりで数字に自信がなくなり、四百を超えてどうでもよくなった。
俺は百ごとに上に声をかけていたが、途中から適当になってしまう。
斥候に向かないことが理解できた……。