婚約破棄の原因はいつも同じ人
「私、他の方を好きになってしまったの!貴方とは結婚できない!!」
「なぜだ!」
この会話、三年生の僕が入学した年の後期からよく聞くようになった。
当然、最初の方は驚いていたが段々と日常となり、ああまたか~と生徒たちは横を通りすぎていく。
今回は食堂か。また公衆の面前で。
まあ男爵家と子爵家ならまだいいか?いやよくないか?
「まさか・・・君もレイ様に惚れたのか!!」
「ごめんなさい!!」
その言葉に、『あ~レイ様ね』という空気が広がる。
ちみにその『レイ様』は食堂にはまだいない。
「なんで皆レイ様ばかり好きになるんだ!!!」
振られた男子の魂の響きが今日も学園に広がっていく。
三年生になってからの『レイ様』理由の破局はもう五回になるだろうか。
「まあ、レイ様ならしかたないわ」
「そうね、レイ様ですものね」
「相手が白馬の王子様ならともかく、男爵じゃねぇ」
女子の言葉が食堂にいる男子に突き刺さる。
この学園の女子人気は各々の妄想の中の王子様か現実のレイ様という二択になっている。
とは言うものの、レイ様の方が人気は上だ。
「そういえば、レイ様どうしたのかしら」
「いつもならもういらっしゃるのにね」
確かに遅い。
普段ならもうとっくに女子が黄色い悲鳴をあげているのに。
「大変だ!!中庭で婚約破棄だ!」
「いつものことだろ~」
「今月だけで三回目ですわ」
「お前たち・・・王子と公爵令嬢の婚約破棄かもしれないんだぞ!!」
食堂から一気に人が居なくなった。
そろそろ婚約破棄、禁止にしないと大変だな。
それより原因をどうにかするのがはやいか。
****
「わたくしの運命の相手はレイ様ですわ!貴方のような人とは結婚したくありません!」
「ふざけるな!」
そうだよな、ふざけるな!だよな王子。
しかしさすがビックネームの婚約破棄。
日常化された婚約破棄でもギャラリーがわんさかいる。
「俺のどこに問題があると言うんだ!」
「まずはその威圧的な態度!わたくしに押し付ける教育と称した仕事!それになによりその筋肉!無理!」
「なぁっ!?筋肉は美しい男性の象徴だろう!」
そう、この国では男性の魅力は身長と筋肉で決まる。
綺麗にもりもりついた筋肉をもつ男こそモテる、らしい。
だから筋肉がほぼない身長だけの僕はまったくモテない。
が、最近女子の嗜好が変わった。
有り余る筋肉は暑苦しい、むさ苦しいという方向に。
もちろん筋肉好きな女子もまだまだいるらしいが。
大衆の恋愛小説の流行りから変化していったらしく、実際婚約破棄されてない男性はムキッではなくスラ~とかヒョロッという音が似合うタイプだ。
そして女性に優しいことも重要。
「美しいというのは、レイ様のような人を言うのですわ!」
そう公爵令嬢に指差された人物。
細い首と腰に、スラリとした立ち姿。指先まで繊細で、くりくりした瞳。
かといって貧相ではなく、おそらくうっすらと筋肉はあると思われる。
制服の裾やズボンの裾が少し余っているところもチャームポイント。
そう、その人こそ貴族の女子のハートをほぼ全てかっさらう『レイ様』である。
「そんななよなよとした奴が良いなど、世も末だな!」
「はん!力だけで女性に気遣いもできない男が吠えないでくださる?」
これは・・・レイ様という第三者が居なくても婚約破棄してそうなほど険悪だ。
確かに、かつての流行である屈強なオレサマを素で行く王子は、男の僕から見ても魅力はないだろなって分かる。
「・・・おいレイ様とやら!なにか言ったらどうなんだ!」
「レイ様、どうかわたくしをお助けください!」
あーあーあー
ここまで巻き込まれるのは珍しいな。
破棄する理由として名前は聞くが、引っ張り出す女子は居なかったもんな。
それだけ惚れているのかな?
しかし相手は王子だろ。
好きな人を国家反逆罪にするつもり?
「・・・ごめん、君のこと別に好きじゃないから助けられない」
この騒動で、初めて口を開いたレイ様の言葉に、令嬢もギャラリーも王子も固まった。
そりゃ、固まるよな。
「でも、わたくしに優しくしてくれたじゃありませんか!」
「二人きりで会ったことはないし、悩みを聞いただけだよ」
あーこれもうダメだ。
話さないようにって日頃から言ってたのに。
「帰るよ」
「あ、グリス。ごめん、話しちゃった」
「もういいから。王子、すいません失礼します」
「あ、ああ・・・いや駄目だ!ソイツは俺の婚約者を誑かした!」
「えっと・・・公爵令嬢とレイ様とお茶して公爵令嬢の悩みきいた人手を上げてー」
あ、ギャラリーから何人か手を上げたな。
よしよし。
「というわけで、二人きりで会ってないし、誑かすことはできないかと」
「それは確かに。しかし、なぜお前がソイツを庇うんだ?部外者だろう」
「そうですわ!馴れ馴れしくレイ様に近寄らないでくださる?」
「あーいや、部外者ではないです」
「「は?」」
「この中でレイ様のフルネーム言える人」
やっぱり居ないか。
まあ名前が長くて面倒だから愛称で名乗ってばっかりだったもんな。
「はい、名乗って」
「ん。レイアンドラ・レイアレイス・ノーレンフィスと申します。気楽にレイと呼んでね」
「その婚約者、グリフィス・ノーマンです」
ギャラリーにざわめきが広がり、この話を広げようと走り出す連中もいる。
レイアンドラが生徒会でもやってれば、この誤解も早くとけて、多くの婚約破棄が予防できんだろうなぁ。
「ノーレンフィスとは、あの公爵家の!?」
「で、ですがあの家はご令嬢しか・・・まさか」
「そうです。レイ様ことレイアンドラ嬢がその令嬢です。」
「黙っててごめんね。聞かれなかったから」
「レイアンドラ、ちょっと黙ってて」
「で、でも男性の服・・・」
レイ様あらためレイアンドラは、確かに男子の制服を着ている。
正直ただの美少年で、女性には見えない。
「これは趣味と仕来たり」
「しき・・・たり?」
「体が弱いから、成人するまで異性の格好をしているの。楽だし気に入ってるんだ」
「レイアンドラー、そこまで話さなくていいから。」
ノーレンフィス家の不思議な仕来たりで、体の弱い子供は結婚するか成人するまで異性の格好をさせられる。
最初聞いたときは驚いたけど馴れると気にならない。
「ともかく、そういうことなので。同性とのお茶会で誑かすもなにもないでしょう。いったん帰るのであとはお二人で。はい、レイアンドラ行くよ」
「ん。グリス、帰りにカフェよりたい」
「駄目。今日はドレスの合わせだから帰ってこいって言われてたよね?」
「む」
「ウェディングドレス着たくないならいいけど」
「・・・・グリスが着た方が似合いそう」
「それは嫌だ」
****
あのあと、婚約破棄は次第に落ち着きを取り戻し、令嬢たちは婚約者を新しく変えるのではなく自分好みに育てる方向になっていった。
あの王子も今ではマッチョから細マッチョになり、
結局公爵令嬢と結婚するらしい。
あと少しで学園も卒業。そうしたら結婚ラッシュになりそうだ。
そして僕はと言えば
「やっぱり、グリスの方が似合うから」
「嫌だから。やっとレイアンドラにドレス着せられるんだから着てよ」
「じゃあペアルックにしよう?」
「話を聞いてくれるかな?」
なぜか美少年から美青年に変貌しようとしている婚約者に女装をさせられそうになっている。
「卒業パーティーはエスコートする」
「それは僕の役目だから・・・なにしてるの」
「お義父様とお義母様にドレスの相談してくる」
「それは駄目。お願い待って。待て!!」
ちなみに、先日レイ様ファンクラブが発足し、名誉会長の肩書きがついた会員カードが例の公爵令嬢から届いた。
もちろん彼女の番号は1番だ。
まだなにかありそうだけど、ひとまず今は本気でやらかしそうな彼女を止めることにする。
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字がありましたら申し訳ありません。